第55話 女騎士、英雄への決意を固める
風の吹く草原にアラン、リティシア、カチュアが立っていた。
ゼゼゼ作戦の開始のためだ。「ぜ」ったいにゆるせない「ゼ」ルベルグを「ぜ」ったいにぶちすこる作戦。命名はリティシア。涙目で怒りに震えていた。アランはそんな彼女を見て感心した。
やはり一国の姫。愛国心は相当なものがあるようだ。
――実際には、すこ(「す」こっぷ「こ」くはく)の邪魔をされたことが許せないだけだったが。
「それではリティシア。どうやって攻める?」
これはリティシアが国を取り返すための戦。
アランは基本的に、リティシアの方針に従うつもりである。
「はい。まず王都をスコップ波動砲で消し飛ばしていただけますか」
愛国心(愛スコップ心)。
「了解した」
「了解するなああああああああっ!?」
すちゃりとスコップを構えかけるアランを、カチュアが慌てて止める。
リティシアが『あれ?』と不思議そうにカチュアを見つめた。
「カチュア。これが一番速くて、一番犠牲が出ない新世代スコップ戦争ですよ?」
「犠牲(王都消滅)はやめてください。アラン、お前も了解するな!」
「大丈夫だ、人間は土に埋まるだけのビームだ。掘り返せる」
カチュアがぐっと言葉につまる。
じゃあいいのか? いや待て、いいわけがない。
「人間は……ということは、建物は? あと服とかは?」
「すべて消し飛ぶ」
「我が国を原始時代に戻すつもりか!?」
「リティシアが望むなら」
ロスティールはカチュアの故郷だ。大好きな故郷だ。
そんな思い出までスコップ汚染されるわけにはいかない。
「と、とにかく考え直せ、な!? ロスティールは美しい国なんだ!」
「む……カチュアがそこまで言うなら」
「すこです(´・ω・`)」
言い合いの末に、とりあえず王都を偵察しようということになった。
ロスティールの王都は大陸一と謳われる美しい都である。風のそよぐ丘から見渡せば、真っ白に輝く宮殿と、それを取り囲む暖かな町並みがある。それを見れば、アランも考え直してくれるかもしれない! くれるはずだ!
カチュアが必死の思いで丘を登るとそこには――。
「――黒い」
ピカゴロロロロオオオオウ!
雷の降り注ぐ魔王城がそこにあった。
ロスティールの宮殿が、変わり果てていた。天を突くかの如き巨大な城。黒曜石の壁のまわりにギャアギャアとガーゴイルが飛んでいる。ダークパレス。伝説に謳われるそんな感じの禍々しく巨大な城に成り果てていた。
城の頂上には不気味な三角形状の列塔がそびえている。
――なんだあれ。
「ゼルベルグとやらの仕業か」
アランがすちゃりとスコップを構えた。
カチュアは止めることができなかった。あの都を故郷とは言い張れない。さっさとスコップで消し飛ばすべき……待て、私の考えはだんだんスコップ汚染されてないか? 耳掃除がちょっと気持ちよかったからってアランに寄ってないか?
カチュアがそんな葛藤を繰り広げたとき。
「お、お待ちを、鉱夫さまっ」
なぜかリティシアが動いた。
「あの……た、建物の一部は、残せませんか?」
「む? いや、流石にそこまで正確なスコップは時間がかかるな」
「時間があればできるのか……」
「そうですか……あぅ」
もじもじもじ。城を見てなんだか躊躇する様子のリティシア。カチュアは感心した。ゼルベルグに蹂躙されたとはいえ、愛する国を直接見て、愛国心(愛スコップじゃない方)を思い出したのだろうか。
「あの……すみません、鉱夫さま」
「波動砲はキャンセルだな?」
「すこません、すこません、あの、リティシアは、やっぱり、あの……」
リティシアはダークパレスを指さす。
三角形の形をした列塔だった。キラキラと目を輝かせていた
「あれを、そのまま『スコパレス』に改築したくなりました」
猛烈な頭痛がカチュアを襲った。
「白くペンキを塗って磨けば遠目からスコップ型になります。我が国のシンボルです」
わくわくと目を輝かせるリティシア。
既に奪還後のことを考えているらしい。
「だから……その、やっぱり城は残して、正攻法でスコップしてください」
「了解した」
カチュアは深々とため息をついた。
一瞬でも期待した私の頭がスコップにやられていた。
やはりこの姫殿下は、スコップのこと以外何も考えてないのだ――。
「それとカチュア」
「はいっ!?」
いきなり名前を呼ばれてビクッと震える。
「南西。あなたの所属していた砦近くで、争いが起こっているようです」
「争い?」
「風がスコップに教えてくれています。助けに行ってあげてください」
「助けに行く……いや、待ってください」
スコップに教えられる時点でいろいろとおかしいが。
カチュアが急がずともアランが地中移動して波動砲でもぶっ放せば終わり――。
と、リティシアがくすりと笑う。
「カチュアの成長した姿を、見せつけてやりなさい」
「え――」
「カチュアの古い知り合い達、あなたを侮っていた騎士たちに」
そよぐ風に赤いスコップをかかげるリティシア。
「ロスティール一の、女騎士の実力を、見せつけてくるのです」
私が、ロスティール一の騎士?
カチュアが呆然としていると、アランが動いた。
スコップを地面にトントンと置いて振動を確かめる。
「ふむ。確かに南西で争いが起こっているな。数百人規模だ」
「数百人? そ、それはもう戦争だぞ、私一人でどうにか」
「できる」
「っ!?」
アランが力強く断言した。
「カチュア。英雄になってこい。お前には既にそれだけの力がある」
アランが断言した。あのアランが。
本当にできるのか。戦争を一人で決める、そんな伝説の英雄みたいな真似を私が。確かに闇の国で似たようなことはしたが。あれは洞窟の中で、しかも悪魔相手だった。草原で戦う戦争とは勝手が違う。
だが――『聖騎士の剣』を握ると不思議な勇気が湧いてくる。
聖鞘アルカディアに収められた剣が、私ならできると訴えかけてくる。
私にやれるのか?
いや。違う。私にしかできないのだ。
私は今こそ大陸一の聖騎士になるのだ――っ!
「わ……わかった、行ってく――」
そのとき、ぴこんぴこんぴこん!
「っっっ!?」
聖鞘アルカディアから警告音が鳴った。
ぴたりと止まるカチュア。ぎぎぎと振り返る。
――毎日の、耐スコップ力充填。その合図である。
「カチュア」
「あっ!? アラン、や、やだ、ち、ちかよるな……っ!」
耳を押さえて後ずさるカチュア。だめだ。こんな気持ちのいい草原の丘で。姫殿下が見ている前で。アランに膝枕されて耳をほじくられるなんて。そんなことされたら、私の中の何かが完全にスコップで染まる。
でもドキドキは止まらない。頬の紅潮も止まらない。
だめ、だめ、だめ、だめ――っ!
「やだ、耳は、耳はもう、やなの……っ!」
声が上ずる。子どもみたいな声をあげてしまっている。
でも耐えきれないのだ、あのカリカリを想像するだけでそうなるのだ。
かりかり。かりかりって。耳の内側が、うずいてしまうのだ。
「安心しろ。耳は昨日掃除したから、それではない」
「えっ」
ほっと安心――と、なぜか残念――な感情を覚えた直後。
ちゅぽん。いきなり、鼻に何かを突っ込まれた。
「~~~~~~っ!?」
「じっとしてろ。泣いてばかりで詰まっているようだ」
柔らかい。こよりだ。スコップ型のこよりにされた、ティッシュた。それが鼻の奥の粘膜をちろちろと動き回り、カチュアの中の汚れをほじくり取ってゆく。最近泣いてばかりだったから溜まっていた。
ほりほり、ほりほり。
後ろから暴れないように抱きしめられながら掃除されている。
「あ、ひあ、んんんっ!」
ちろちろちろちろ。
己の顔のいちばんきたないところを、アランになされるがまま。
なんだ。なんだこれ。耳よりも。耳よりもまずいまずいまずい――っ!
「よし、充填完了」
「んんんんんっ!」
引っこ抜かれたスコップこより。
鼻を抑えてぜーはーと息をつくカチュア。
だめだ。完全にだめだ。今のスコップは――。
「あ、あ、ううううぅぅぅ……」
――耳よりも、恥ずかしいじゃないか!
「では改めて」
カチュアが羞恥に体を震わせていると、アランが肩をぽんと叩いた。
「英雄になってこい――カチュア」
カチュアは思った。
なれるかばか。ばか。ふざけるな。
男に抱かれて、鼻水を抜かれて、ちょっと気持ちいい英雄がいるもんか。
でも言葉にならない。カチュアは泣きながら、残った鼻水をチーンとかむだけ。
「ううううう……」
「ハンカチは持ったな?」
あきらかに子ども扱いだ。くやしい。
何がくやしいって、気遣われてちょっと嬉しい自分がいちばんくやしい。
さっき英雄になってくると、決意したばかりだというのに。
「(うう、うう、負けるものかっ!)」
グッと聖騎士の剣を握ってカチュアは決意する。
見返す相手は古い知り合いなんかじゃない。このアランだ。
「(アラン……! すべてが終わったら、まずっ!)」
――おまえを、全力で、ほじくり返してやる。
「ってそうじゃないだろ何を考えてるんだ私―っ!?」
「はよ行け」
3分後。
リティシアがこっそりと鼻をチーンとかんでいた。鼻がムズムズして止まらないのだ。でもアランには秘密だ。ねだるような、はしたない真似は、鉱夫さまにご迷惑をかける。
「う、うらやますこ、ないのですこ……」
だが速攻でバレた。
「……リティシア。こっちにこい」
「すこ!?」
ロスティール都近くの丘でいろいろ掘られる、しあわせそうな姫君だった。
――ロスティールが大陸から消滅する、3日前の風景であった。
ロスティール編のはじまりです。
今後はたぶん隔日更新で安定させたいところです。でもカチュアとリティシアと毎日スコップしたいところです(欲望)。↓評価いただけると作者のスコップ力が充填されます。あとカチュアの耐スコップ力が抜けます。なんだそれ。




