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第54話 リティシアのおくちスコップ

 作戦会議のためにエルフ城に戻っていた。

 7つすべてのオーブが揃った。ついに長き旅が終わり、リティシアの故郷、ロスティール国を宰相ゼルベルグから取り戻すときがきたのだ。アリスが『待て……よく考えたらオーブは3つで充分だったはずなのじゃ』と小声でツッコんだが影が薄く誰にも気付かれなかった以外は特に滞りなく会議は終わった――はずだった。

 

「あの……すみませんアランおじさん、ご相談が」

 

 エルフの夕食を終えたフィオが、エプロン姿で問いかけてきた。

 自信満々に盛り上がるメロンエプロンに反して、態度は不安そうだ。

 

「先程、倉庫をお掃除していたときに、リティシア姫さまとお会いしたのですが」

「何かあったのか?」

「その……リティシア姫さまの様子が、少し、おかしくて……あの……」

 

 フィオはしばらく考え込んだが、やがてしゅんと視線を下げる。

 

「す、すみません……フィオでは表現できない、おかしさです」

「そうか……」

 

 言われてみると今日のリティシアに彼女はおかしかった。

 いや旅の途中から完全におかしいが、今日は格別におかしかった。会議のあいだじゅう一言も喋らず、ずっと真剣に何かを考えているのだ。そうかと思えばアランをチラリと見ていて、視線が合うと、すぐ伏せてしまうのだ。

 フィオは心配そうに倉庫の方をちらちらと見ている。

 

「わかった。俺が話そう」

「あ……はい、あの、ぜひともお願いします」

 

 ぺこりんっと腰から全力で礼をするフィオ。ぷるぷるんと揺れる胸。

 

「それで、で、できれば、リティシア姫さまに……その……」

 

 ぽっと頬を染めて、でも『言わなきゃ』と決意して。

 

「『スコップ』してあげると……げ、元気が、出るかなと……おもいます」

「……それは」

「す、すみません、さしでがましかったです、ごめんなさいっ!」

 

 どの意味のスコップだ、と意味を問いかける前にフィオは背を向けた。顔を赤らめたまま『はううぅぅぅぅ』とつぶやき、タッタッと去る。残されたアランは、しばらく考えてから、ぽつりとつぶやく。

 

「わからん」

 

 あのスコップな姫が何を望んでいるのかアランには皆目検討もつかない。それでも――彼女が元気のないままでいるというのは、絶対に嫌だ。アランは背中のスコップをぐっと握った。

 何をすればいいかはまるでわからんが。

 とにかく、俺は俺にできるスコップを、するのだ。

 

 

 △▼△

 

 

 エルフ城3Fのスコップ倉庫にはスコップが所狭しと並んでいた。

 アランは普段、アダマンティンのスコップを使う。だが無論予備は大量にある。それぞれのスコップはきちんと台の上にフィオが横に置いているのだ。まるで博物館のように丁寧に陳列されている。

 リティシアは見当たらない。

 どこかに隠れているのだろうか。

 探しながらスコップの陳列台を通り過ぎてゆく。『ミスリルスコップ』と立て札が置いてある。続いて『オリハルコンスコップ』更に『ルビースコップ』最後に『プリンセスコップ』が窓の側に――。

 

「……………………」

 

 ぴたり。

 一度通り過ぎかけてアランは振り返った。二度見した。

 プリンセスコップ(自称)が、台座の上に陳列されていた。台座の説明書きに『ふつつかなスコップですけど、つかってもらえるとうれしいです』と女の子の文字で書かれていた。たわわな胸の上には『↓すこっぷ』と名札立てがあった。

 あと箇条書きで注意書きもある。

 

 ・利用エリア:どこでも

 ・利用時間帯:いつでも

 ・使用者  :鉱夫さま専用です。

 ・備考   :新品・未使用です。でもがんばるので、どうかおねがいします。

 

「……………………………………」

 

 アランはガンガンに頭が痛むのを感じた。

 なるほど、フィオには表現できないわけだ。

 台座の上にはプリンセスドレス(ミニスカタイプ)がいる。むちっとした太もも。見えそうで見えない秘密領域。頬をちょっとピンクに染めている。そんな感じのプリンセスコップが薄目を開けている。

 

「……っ」

 

 アランを見てギュッと目をつむる。わたしはスコップ。すこっぷです。

 そうつぶやきながら、祈るように組む手。そのへんでアランは思った。

 

 ――なんだこの、かわいいスコップ。

 

「リティシア」

 

 びくううううっ!

 名前を呼ぶとプリンセスコップ(自称)が飛び上がるように震えた。

 

「……っ!!」

 

 でも声は発さない。

 目をぎゅっとつむって震える手は組んだままだ。わたしはスコップですと何度も何度もつぶやく声をスコップイヤー(地獄耳)がとらえた。姿はどう見ても眠れるお姫様だが、本人的にはスコップになりきろうとしているようだ。

 

 わけがわからない(本日2回目)。

 

 だが理解不能であっても、俺にできるスコップをすると決めた。

 だからアランは自称プリンセススコップを、両手で抱き上げた。

 いわゆるお姫様抱っこである。

 

「……あっ」

 

 リティシアは一瞬、とろけたような声をあげた。でもすぐに何かを振り払うように首を横に振ると、奇妙な行動をとった。両手の指ををぎゅっと伸ばし、三角形の形にしたのである。見慣れた形だった。

 まるでスコップの先端部のような。

 

「………………」

 

 掘れというのか。リティシアの手で何かを掘ってやるべきなのか。どうやらリティシアはそれを望んでいる。一瞬動きかけたアランだったが、しかし、リティシアの手を見てアランはためらった。

 白く柔らかな少女の指。

 あまりにも――綺麗すぎる。

 

「リティシア。それはやめたほうがいい」

「……えっ」

「指が痛む。爪もだ。何かを掘るときは普通のスコップを使う」

「あ、あ、うっ」

 

 リティシアはしばらく呆然とアランを見つめていた。

 が、ちょっと抵抗するように。

 

「す……す、スコップです。あの、どうぞ、ご自由に使ってください」

「無茶を言うな。そんな可愛い手に掘らせるわけにはいかん」

「ひああうっ」

 

 ボウンッ!

 スコップリンセスの頬が一気に紅潮した。

 

「あ、うううう……すみ、すみません……っ」

 

 ぼろぼろと涙まで流しながら、なぜか謝るスコップリンセス。

 いや、もうリティシアでいいだろう。どう見ても彼女は人間だ。

 

「すみません、私、私、スコップ失格です……っ」

 

 しくしくと悲しむリティシアだが、アランは困惑するばかりである。

 やはりわからない。リティシアの考えが何なのか全くわからない。

 であれば――直接聞いてみるしか、ない。

 

「頼む。事情を聞かせてくれないかリティシア」

「っっ!」

「言いたくないのなら仕方ないが、俺は元気にスコップするリティシアの方が好きだ」

「っっっっ!?!?!?」

 

 ずきゅうううううぅぅぅぅんん!

 

「ひやああうううっ……!」

 

 好き、と言われた瞬間、リティシアの心拍数が倍に跳ね上がった。

 だめだった。負けだった。

 リティシアは挑戦に完全敗北したのだ。

 いまや彼女はスコップではなく完全に恋する乙女だった。

 

「ふええええん……ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」

 

 ――乙女であることを、捨てようと、思っていたのに。

 

 

 △▼△

 

 

 結局アランに隠し事などできなかったリティシアが自白した。

 

「すみません、すみません……リティシアは、最低のスコップ失格人間です……っ」

 

 カチュアに耳スコップしていたところをのぞき見して、アランとカチュアの会話も聞いたこと。その会話でカチュアが羨ましくてたまらなくなったこと。でも鉱夫さまにご面倒をかける我儘は言えなくて――だから『プリンセスコップ』を決意した。

 心が完全なスコップなら、カチュアを羨ましがったりしない。

 みにくい嫉妬で、鉱夫さまに、ご迷惑をかけない。

 

「で、でも……できません、でした」

 

 リティシアは結局、失敗した。

 アランに近づくと、声をかけられると、掘られたくてたまらなくなる。

 しょせん自分はスコップじゃなくて、少女に過ぎないのだ――。

 

「そうか」

 

 話をアランはずっと聞き続けた後考え込んだ。

 正直に言って、アランでさえ色々と理解不能だった。なぜ女としてスコップされたくてたまらないのか。なぜカチュアが羨ましいのか。それでもリティシアのために自分にできることはすべてすると決めた。

 であれば――今やるべきことは、ひとつだ。

 ひょいっと。

 

「ひゃっ!?」

 

 リティシアを抱きしめて、倉庫の床にぺたりと座らせる。

 美しい金髪ごしにリティシアの体温が膝に伝わってくる。そのまま彼女の耳を覗き込んでみる――が、完全に綺麗だった。ホコリひとつない。これではカチュアと同じ耳掃除をすることはできない。

 

「あ、あの、あの、鉱夫さまっ!?」

 

 混乱の声。リティシアにとっては理解不能な動きだった。

 なぜ、なぜ、自分が抱きしめられているのか。

 アランに『結婚はありえない』と振られてしまったのに。こんなスコップにもなりきれない姫なんて不要だという感じだったのに。実際にはアランはそんなことは言ってないがリティシア的には脳内変換されていた。

 

「うーむ。耳掃除はできないな」

「あ……あ、はい……そう……です、よね……」

 

 アランが言うとリティシアの混乱は落ち着いた。

 かわりに悲しみが押し寄せるがグッとこらえる。

 大丈夫。わかってた。私の体に掘る価値なんてぜんぜんないのだ――。

 

「よし。代わりに口にする」

「えっ」

 

 アランは素早かった。陳列してある『フッ素ケアスコップ』を歯ブラシ型に加工するとリティシアを更にギュッと左手で抱いた。逃さないためだ。にゅわわっとたわわ胸に左腕が当たって、リティシアが『ひあうっ』と声をあげた。

 でも腕は緩めない。

 アランは自分にできることを全力ですると決めたのだ。

 赤ちゃんを抱くようにしてリティシアを抱いて、口を無理やりあける。

 そして――しゅこしゅこ。

 

「ひゅあああううっ」

 

 ぴくぴくぴくうううっ!

 

「喋るな。大丈夫だ、じっとしてろ」

 

 しゅっこしゅっこ。ほじくられていた。歯が。アランの匠のスコップ技がリティシアの口内を順番に前歯から磨いてゆく。丹念に。とてつもなく白い健康的な歯に、わずかについた汚れを刈り取ってゆく。

 アランは目の前に『ミラースコップ』をストンと置いた。

 赤ちゃんみたいに抱かれ、なすがままに口をお掃除されるリティシアがいた。

 

「ひゅ、あ、あ、あうううぅぅ……」

 

 されてる。口を。スコップ。

 毎朝毎晩してるはずの歯磨きなのに、口元からじゅわわわっと多幸感があふれてくる。神経の通っていないはずの歯が磨かれるたび、乙女神経が敏感になってゆく。ピクピクって体が震え、そのたびにアランが抱く力が強くなる。

 なんで。でもきもちい。しあわせなすこっぷをされている。

 リティシアがその歯磨きに抵抗するなど、できようはずもなかった。

 しゅこしゅこ。

 しゅこしゅこ。

 くちっくちっくちっ。

 

「んんんんっ!」

 

 歯ぐきの間を細かな糸状のスコップがほじくられている。口の中が、粘膜器官が、ぜんぶ、アランのものにされている。そのしあわせで、胸が張り裂けそうで、そんな胸をアランに押さえられている。

 だめです。これは絶対だめです。

 リティシアはもう泣き出しそうだった。

 こんな――こんな優しくされたら、もうアランのスコップなしでは生きられない。

 

「ひあああうぅぅぅ……っ」

 

 最後にシュコっと優しく奥歯の奥を磨いてからようやくアランの手が止んだ。

 時間にして3分。

 だが、至福の時間だった。

 ふうふうはあはあと激しく息をつくリティシア。おわった。やっとおわった。

 もっとされたかったけど……でも、でも……。

 

「よし、じゃあ次は上の歯だ」

「ええっっっっ!?」

 

 さらに3分後。

 全身汗だくのリティシアが、ぐったりしていた。腕も太もももスポーツ直後の少女のように汗で輝いている。頬は真っ赤に染まっていて、頭のなかはアランとスコップがそれぞれ300%を占めていた。

 鉱夫さま。すき。すこっぷ。すき。

 ずっといっしょにいて、ずっとスコップしてください。

 そんな言葉があふれて止まらない。

 でも――。

 

「(だめ――それだけは、ぜったい、だめ)」

 

 最後の力でリティシアは衝動に抵抗する。だめなのだ。言ってしまえば、アランに迷惑をかけてしまう。だって……好きでもなんでもない、結婚する気もないリティシアに、好きだなんて言われたら、困らせてしまうのだ。

 ぎゅううっと拳を握って抵抗するリティシア。

 その頭を、アランが優しく、撫でた。

 なでなで。なでなで。

 

「……あ、ぅ」

 

 やがて――ひとつの希望が持ち上がってくる。

 結婚する気がないというのは、自分の聞き間違いではないかという。

 だって撫でられる頭から、ぎゅっと抱かれる腕から、とてつもない愛を感じる。

 やさしくて、きもちのいい、おくちのスコップもしてくれたのだ。

 

「あ、うう」

 

 聞きたい。だが言えない。だってこわい。

 おまえなんかスコップじゃないと言われたら、自分は即死するだろう。

 でも、アランの顔を見上げると、すべてを受け入れるように笑っているのだ。

 だったら――。

 人生で、あるいはスコップ生で、最大の勇気をリティシアが振り絞る。

 

「あの、鉱夫、さま……っ」

「うむ」

 

 聞くのだ。聞くのだ。今しかチャンスはないのだ――っ!

 

「あの……リティシアと、リティシアと、あの……っ!」

 

 これからもスコップして、くれますか。

 ――言おうとした直後。

 

 ブゥゥゥゥン!

 

『ご無沙汰しております、リティシア姫殿下』

 

 宰相ゼルベルグの映像と声が二人の前に浮かび上がった。

 通信魔法である。

 

「…………………」

 

 リティシアから哀しみのスコップオーラが放たれた。

 

『オーブ探索の旅のご様子はいかがですか? きょうは僕から一つ情報をお教えしようと思いましてね。『パープルオーブ』の場所です。どこだと思いますか? ふふふ、地獄で――ってリティシア姫殿下、なぜ抱かれているっ!?』

「ゼルベルグか。ちょうどいい、今からロスティールに行くからな」

『は? 誰だ貴様は、いやそれより僕のリティシア姫殿下から離れ――』

 

 そこでゼルベルグの言葉がぴたりと止まる。

 視線がリティシアに向いて、表情が驚愕に染まる。

 

『なんだ……なんだ、その……なに? は、はみがき?』

 

 混乱するゼルベルグ。どうやら悪魔にも概念の習慣があるらしい。

 

「……ゼル、ベル、グ!」

 

 ぴたりと空気が止まった。

 リティシアの声だった。涙声だった。じゃまされた。泣きたかった。一生分の勇気を振り絞ったのに。そんなのない。絶対ゆるさない。哀しみを怒りに変えて、歯ブラシを口の中に突っ込まれたまま、リティシアは断言した。

 

「じぇるふぇるふ! じゃまひふぁふぉふぉ、ゆゆひまふぇんからっ!」

 

 歯ブラシのせいで、こもった。

 

『――――――――――』

 

 ゼルベルグはしばらく目を丸くしてリティシアを見た。

 そして顎に手をやって、感動の声をもらした。

 

『かわいい――なんと、かわいいですぞ、姫殿下!』

 

 アランもそこだけは同感であった。

 腕の中のリティシアは、ゼルベルグを睨みつけた。

 そして、今日一番の叫びをあげたのだった。

 

 

「じぇっふぁいふぃ、ゆゆひまふぇんははふぇーーーーーっ!」

 

 

 ――『第1次ロスティール消滅戦争/スコップの乱』。

 後に歴史書に記される大戦。その、宣戦布告全文である。

新品未使用のプリンセスコップを使用希望の方はブクマ評価のうえ『おくちですこっぷ』と3回……ちがうのですスコップ歯医者さん。ぼくは歯医者さんで美人歯科衛生士さんによる虫歯治療中に今回のおはなしを思いついただけの無罪作者です。決して某物語をリスペ(このへんで歯を全部ぬかれた。

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