第52話 女騎士、聖鞘アルカディアを賜る
カチュア達は魔王アスモデウスと対峙していた。
そしてカチュアはガンガンと聖騎士の剣の柄を打ち付けていた。
誰にって、自分に。
自爆である。
なぜかというとあの言葉を忘れるためである。
『――カチュアのすべてを掘り尽くしたいのだ』
あのスコップな告白を全力で忘れたかった。
「(あああああああっ!)」
だめだ。あんな言葉さっさと忘れるのだ私。思い出すと頭がおかしくなる。あと胸もおかしくなる。頬がスコップで掘り返された田んぼみたいに緩んでしまう。ドキドキしてしまう……いやしてない! しちゃダメなのだ!
だから忘れるのだ――全力で、ガイイイイイイン!
「はあ、ふっ、はあっ……あああああっ!!」
涙目でたんこぶを作りながらカチュアは不敵に笑った。
「ふ、ふふふ……い……いたい……」
いたい。すごくいたいけど……だいたい忘れた!
アスモデウスが『ほう!』と感嘆の声を漏らした。
『――面白い。鉱夫アラン、この女騎士、貴様の誘惑に耐えおったぞ!』
「誘惑? なんのことだ」
『――自覚なしか。まあよい。余はますます、こやつが、ほしくなった』
ゆらりと。魔王アスモデウスが立ち上がる。
アランが仁王立ちになってスコップを構えた。カチュアとリティシアを守るように前に立つ。カチュアも痛むタンコブを忘れて『聖騎士の剣』を構えた。リティシアは『鉱夫さま鉱夫さま鉱夫さますこすこすこ』と絶好調だ。
責任を取る宣言でハイテンションになったらしい。
「……くっ」
リティシアは無視してカチュアのうなじに、じわりと汗がにじむ。
本当に戦うのか――神にも匹敵すると伝説に謳われる、魔王と。
「アラン、勝算はあるのか……?」
「俺と奴の1対1だと、まあ、勝率は40%というところだな」
4割。劣勢だ。安心できる数字ではない。それでも伝説の存在を相手にしてそれだけの勝率をはじき出せるのは頭おかしいとしか言いようがないが。だがーーアスモデウスが『くくくっ』とまた楽しげに笑った。
ぎらりと、玉座の間の悪魔達の目が赤く燃え盛る。
『――1対1ならばな。では1対666ではどうだ、鉱夫アラン?』
3桁をゆうに超える悪魔がここにいる。
カチュアは考える。つまり4割よりも更に劣勢だということだ。やれるのか――違う、やるのだ――聖騎士の剣を必死で握って、息と心臓を整えようとする。だが不安は消えない。自分がアランの足手まといにならないだろうか?
そのときだった。アランが自信満々に笑ったのは。
「俺は1ではない。3だ」
『――ほう?』
リティシアとカチュアに視線をやり、ふっと笑う。
「アスモデウス。俺という1本のスコップではお前と互角だが――」
ごうううっと、スコップから青白いエネルギーが漏れていた。呼応するかのようにカチュアの『聖騎士の剣』からも光が漏れた。凄まじい波動だ。見るとリティシアの持つ赤いスコップからも、光が迸っていた。
それらの光を一心に受けながらアランは宣言した。
「――ここには3本のスコップがある。絶対に、負けん」
どきり。カチュアの胸がなぜか高鳴った。
その直後、アランが振り向いてカチュアに笑いかけた。
「カチュア。背中は任せたぞ」
「……っ」
ほわあああああ。
とてつもない高揚感。頼りにされた。あのアランに。地上最強の男に。
私が、劣等騎士だった私が、一人前のスコップとして認められた――っ!
「っておかしいだろスコップじゃないだろ私ーーーーーーーっ!?」
「ぬっ?」
全力でセルフツッコミした。
さらっとスコップ宣言されてたじゃないか、なんで喜んでるんだ私! 頬を緩めるんじゃない私! 姫殿下と同列のスコップと見られてたんだぞ! ぜんぜん女としては意識されてなかったんだぞ、あんなにときめいたのに……。
「ってそれもおかしいだろ私ーーーーっ!?」
「ぬおっ!?」
今のだと、まるで女として意識されたいみたいじゃないか!
ちがう、ちがうのだ――あわわわと混乱に目を回すカチュア。
「カチュア、とにかく落ち着け。3本のスコップを1つに纏めなければ奴には勝てん」
「カチュア、私と鉱夫さまといっしょにトライアングルスコップしましょう」
「しない! 世界が滅んでもスコップはしないーーーっ!」
てんやわんやであった。
アスモデウスはそのスキを突くでもなく、微笑のまま見守っていた。やがて小さく笑い声をあげ、それは高笑いに変わってゆく。玉座の間そのものが震えるかのごとき、静かで太い笑い声だった。
やがて。
『――やめだ』
ピンっと。指で何かを転がしてくる。
紫色に輝く手のひらに収まるサイズの宝玉である。
「パープルオーブ!?」
「すこアスモです?(どういうことですかアスモデウスさん?)」
『――貴様らが、気に入った。戦えば、殺したくなってしまう』
くっくっくっと。
カチュアを見てアスモデウスは笑い続けている。
アランが床に転がるオーブをひょいっと拾い上げた。
「礼を言う、アスモデウス」
『――もとより興味のない宝よ。ベルグの小僧の献上物だがな』
「すこ? ゼルベルグから献上されたのですこ?」
『――ご機嫌取りのつもりよ。余の後継者を狙っておるのだろう。無駄なことを』
そこでアスモデウスはふたたびカチュアに笑いかける。
『――いつでも余のもとに来るがよい。歓迎するぞ、アランの鞘の騎士よ』
どうやら本当に気に入られたらしい。
悪魔とはいえ実力者に好意を向けられるのは悪くない気分だ……が。
「サヤの騎士とは、どういう意味だ?」
『――掘られ尽くされたいのであろう?』
鞘。剣のいれもの。私がアランの鞘になる。つまり――。
「~~~~~~っ!?」
カチュアは少し考えてから、ぼうっとまた頬を真っ赤に染めた。
しまったまた思い出させられた! ちくしょう! 忘れるのだ私!
くくくくっとアスモデウスはなおも笑い続けている。
『――よい見世物だった。スコップの鞘の騎士』
「う、うるさい、うるさいっ! この悪魔め!」
涙目でぷんぷんと怒るカチュアである。
『――くくく。どれ、褒美をとらすがゆえ、機嫌をなおすがよい』
「ほ、褒美?」
アスモデウスはパチンと指を鳴らす。ゴオウッとカチュアの目の前に地獄の焔が湧き上がった。やがて、何かが浮かび上がる。神秘的な装飾が青白く輝く、鞘だった。カチュアはうっと息を飲んだ。
明らかに魔法の力を感じる。
それも『聖騎士の剣』に匹敵するほどの。
まさに――伝説の剣を収めるべき鞘であった。
『――『聖鞘アルカディア』。かつて余に立ち向かった、神代の勇者が持っておったサヤだ』
「聖鞘アルカディア……?」
『――これは3つの魔力を持っておる。所有者の手に自動的に戻る『オートリターン』、使い手を再生させる『オートリジェネ』、30秒間あらゆるダメージを無効化する『インヴィンジブル』だ。この世にまたとない至高の鞘である』
カチュアは鞘に意識を奪われていた。
ほしい。ものすごくほしい。
効果もとんでもないが、それ以上に、とんでもなくカッコいいのだ。
あんなものを背中に背負ったら、それはもう誰もが認める聖騎士だ――。
「……って、いやいやいや!」
プルプルと全力で首を横に振って、ぷいっと視線をそらすカチュア。
あぶなかった。悪魔の贈り物だ。地獄土産だ。受け取ってなるものか。
「い、いらん! 私はこんなものいらん!」
『――これでも不満なのか。欲の深き騎士よ』
「さすスコ欲(さすがカチュアはスコップ欲しがりさんですね)」
言いたい放題である。
『――だが余もコレ以上の宝は、いや、そうだな、コレならどうだ?』
と、アスモデウスは己の指から何かを外した。指輪だ。濃い緑色の宝石が嵌っている。アスモデウスが一声つぶやくと、指輪は鞘に吸い込まれるように、スウッと消えた。鞘が一瞬光ったかと思うと、すぐに収まった。
『――鞘に改良を加えた。そなたも気にいるであろう。この能力は』
「いらないと言っただろう! どんな宝でも私は悪魔の誘惑には屈しない!」
『――『スコップ耐性発動』だ』
「ありがたく頂こう」
即堕ちであった。
だって飛びつかない理由がない。
『――鉱夫アランの波動砲に対抗するために開発した。余の切札であった』
「そんなものを用意していたのか」
戦ったら危なかったかもしれない、とアランは久々に冷や汗をかいた。
『――宝石を押すと発動し『スコップ耐性』が一時的に身につく。うまく使うがよい』
「なんと! 凄い、本当に凄いぞアスモデウスっ!」
感動のあまりカチュアは鞘を抱いて宝石を押した。ぷちん。すると心がふつふつと燃えたぎってきた。鞘の熱が自分に自信を与えてくれる。そうだ、私は絶対にスコップなんかに屈したりはしないのだ――!
と、リティシアがつつっと近寄ってきた。
赤いスコップを握り、周囲の空中には半透明のスコップが浮いている。
「……すこ!」
声とともに、7つの半透明のスコップがカチュアに向かう。カチュアにぶっ刺さる――が鞘から放たれる青白いオーラにカキンカキンと弾かれた。リティシアが『すこ~』と悲しそうな表情を浮かべた。
「ああ……カチュアが、カチュアがシャベルに……」
喜んで少女みたいにぴょんぴょんと飛び跳ねるカチュア。
「アラン! ちょっと波動砲も撃ってみろ! はやく!」
たぶんこの冒険で一番のキラキラ笑顔を浮かべてカチュアが言った。
「む。それは、いいのか?」
『――心配ならば鞘に向けて撃てばよかろう』
アランはうなずいて、波動砲を発射した。ドシュオオオウウウウ! 青白い光の奔流がカチュアのそばの鞘に激突したかと思うと、まるで水に溶ける砂糖のようにシュワシュワと吸収されていった。
カチュアの目の光はもう太陽も輝かんばかりだ。
鞘をまたギュッと抱いて、すりすりと頬ずりする。
これは、これは私の鞘だ、絶対に誰にも渡さないぞ!
――そのときだった。
ぴこん、ぴこん、ぴこん。
鞘から奇妙な警告の音が、聞こえてきた。
『――耐スコップ力が切れおったか。充填せねばならん』
「回数制限があるのか!?」
『――誰も無限に使えるとは言っておらぬ。アランの波動砲クラスなら2発までだ』
カチュアはがっくりとうなだれた。
無限ではないのか……でもまあ充填できるならOKか。
「じゃあその耐スコップ力とやらを充填してくれ、頼む」
『――鞘は最早、余の所有物ではない。鞘騎士カチュア、そなたがするのだ』
「それもそうだな……具体的には?」
『――余の場合は、スコップ風呂に入ってスコップに耐えることで充填しておった』
ぴたりと。
カチュアの動きが完全に止まった。
「……待て」
とんでもなく嫌な予感がする。
『――耐スコップ力は、当然、スコップに耐えることで充填される』
「待て」
『――ちなみに警告を無視した場合は、宝石からスコップ触手が伸びて『スコップくすぐり』機能が自動起動する。安心せよ、耐スコップ力が目的であるから、屈服する直前で自動停止する。とはいえ余も二度とアレは体験したくないが』
「待て! これは返す!!」
鞘を全力でアスモデウスに押し付けようとしたが、鞘がくっついて離れない。
「うわあああああっ!?」
『――所有者のもとに自動的に戻る、と言ったであろう』
「いやだ、やだ、やなのーっ!?」
ぴこんぴこんぴこん。警告はどんどん早くなってゆく。
もはやカチュアは涙目だ。やっぱり悪魔の贈り物だった。自分はくすぐりスコップ地獄に堕ちるのか。堕ちる寸前で焦らされるのか。いや。そんなのいや。鞘をギュッと抱いてぺたんとへたりこんでしまう。
するとリティシアがじりじりと近付いてくるのが見えた。
「ふふふ……苦節数週間、ついに『すこ』のお時間ですよ、カチュア!」
「ちが……や、いやっ……っ!」
子どもみたいに泣き出しそうになりながら背後に下がる。
やだ、やだ、そんなのやだ……っ! と、ぺしん。
アランがリティシアの手をスコップで軽く叩いた。
「怖がっている相手に無茶なスコップをするな」
「あう……すこません(´・ω・`)」
だがピコンピコンという音は鳴り止まない。
カチュアが絶望的になりかけた、そのとき。
アランが膝立ちになってカチュアと視線を合わせ涙をぬぐった。
「大丈夫だカチュア。すぐに俺がこの鞘を止める」
「アラン……っ!」
今までになく、とんでもなく頼もしく見える。
アランはすちゃりとスコップを構えて『聖鞘アルカディア』に狙いをつけた。
そしておごそかに宣言したのだ。
「――カチュアを掘り尽くすのは俺のスコップだ。妙な鞘になど、譲らん」
きゅん、すこっ、ざくぅぅっ!(カチュアの乙女回路がスコップで掘られる音)。
「~~~~~~っっ!?」
だから、なんてこというのだこの男はー!!
カチュアは心臓が飛び出る気分だった。また言われた。スコップで掘り尽くすって。どこを掘るつもりなのだ。きゅんきゅんスコスコと体が反応する。瞬時に想像してしまう。アランのたくましいスコップで体も心も掘り尽くされてしまう自分を――っ。
ああ……なんてスコップな未来なのだろう……って。
「って何を考えているんだ私は違うだろーーーーーーーー!?」
「うおうっ!?」
カチュアの全力セルフツッコミ(本日3回目)。
「はーはーはーはーっ!!」
危なかった。いま完全に屈しかけていた。でも耐えたのだ。
ぜーはーぜーはーと息をつき、どさり。心労のあまりカチュアは倒れこむ。
「あ、音が鳴り止みますこ」
『――耐スコップ力が充填されたのだな。器用なものだ』
「………………ぜっ」
薄れゆく視界にアランが映る。そしてスコップも。
なんて頼りがいのありそうなスコップだ……でも……でも……っ!
「私は……絶対に……スコップなんかに……屈しない……っ!」
どさり。
そこでカチュアはぶっ倒れた。
どうだ、私は勝った、スコップに耐えたのだ!
勝利の満足感に打ち震えながら、眠りにつくカチュアだった。
『――くく。素晴らしい。その調子で耐え続けるがよい、鞘の騎士よ』
耐スコップ力の充填は、毎日必要。
その絶望的真実をカチュアは知らず眠り続けている。
ほろりと涙を流しながら、カチュアはうわ言をつぶやく。
「くっしない……くっしない……んだ……もん……」
――彼女のスコップとの戦いは、まだはじまったばかりだ。
カチュアさんの耐スコップ力の充填風景を見たい方はブクマ評価のうえ『くすぐりすこすこ』と3回……違うんですスコップ大魔王。ぼくは魔王に気に入られ褒美を与えられる王道ファンタジーがやりたかった無罪作者です。決してカチュアをどう落すか一晩中考えてたわけでは(このへんでくすぐり死した
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