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第51話 鉱夫、女騎士に告白する

 煉獄都市ディスはその名の通り炎に包まれていた。

 カチュアはディスの町並みに圧倒されていた。重厚な黒い塔が地平線の果てまで埋め尽くされている。通路らしき場所は砂地になっているのだが、灰色の砂は青色の炎をボオウっと放っており、靴の底からも熱さを感じる。ありとあらゆるものが燃えていて、そんな中をリティシアが『すこっぷ♪すこっぷ♪』と歌いながらスキップしている。

 

 ――最後がいちばん狂気的である。

 

「カチュア、あなたもスコップ移動しましょうよ♪」

「しません」

「たのしいですよ?」

「絶対にしません!」

 

 前をゆくアランはこの地獄の砂地を、てくてくと平然と普通に歩いているのだ。

 私はついてゆくだけだ。あんなアホらしいスキップなんてできるものか。

 そのときアランが振り向いてカチュアに告げる。

 

「無理はするなカチュア。素直にスコップ移動しろ」

「するか! あんなのはリティシア姫だけで十分だ!」

「そうはいかん。普通に歩いていると地獄の焔に心を焼かれてしまうぞ」

「……は?」

 

 アランが解説する。

 煉獄都市ディスの焔は、ただの焔ではない。邪悪な意思が潜んでいる。通常の人間の精神はすぐに焔に焼かれ邪悪に堕ちてしまう。『スコップ移動』はたのしくスコップを歌うことで心に陽気さを保ち、汚染をガードする方法なのだ。

 そう言われるとカチュアも胸にチリチリとした感覚を覚えた。

 くすぶる心。口元から煙が漏れ出るかのようだ。

 

「ぐっ……あぐっ!」

「カチュア、いけません、早くスコップ移動を!」

 

 心にそっと忍び寄る焔。笑うリティシア姫の誘惑。

 思わず『すこっぷ♪』と口に出しそうになる――直前にカチュアは踏みとどまる。だめだ。何のためにこの危険な旅についてきたのだ。世界をスコップの汚染から守るためじゃないか――あれ、そうだっけ――当初は違ってた気がするが――。

 いや、でも、とにかく自分はスコップには負けてはならないのだ!

 

「ま……負け、ませ……ん、からっ!」

 

 考えろ、考えるのだ私。

 カチュアは『聖騎士の剣』をギュッと握りしめた。

 要はスコップ移動とは、心を邪悪に奪われないための、集中の手段なのだ。

 であれば――意識を集中する対象は別にスコップでなくたっていいはずだ!

 

「おおおおおお……剣よ私に力を……っ!」

 

 ギリギリギリリっと剣の柄を握りしめ続けるカチュア。

 やがて体の震えが止まり、靴の底の熱が気にならなくなってきた。

 

「はあ、はあ、はあっ……ふ、ふふっ!」

 

 にやりと不敵に笑うカチュア。

 どうだ。私だってできるじゃないか。スコップなしで。

 アランが『ほう』と感心の声をもらした。

 

「やるではないかカチュア。自力で地獄の焔から心を護る術を、編み出すとは」

「そ……そ、そうだろう?」

 

 じわり。カチュアの心になんだか嬉しさが広がる。

 あのアランを感心させた。なんだかすごく誇らしい。

 

「さすカチュすこ天!(さすがは私のカチュア、スコップの天才ですね!)」

「スコップではないです」

「でも剣が7割スコップになってますよ」

 

 カチュアが握った『聖騎士の剣』の形がほぼスコップになっていた。

 うそん。

 

「…………………………」

 

 カチュアは愕然とその剣を見つめていたが、ブルブルと首を横にふった。ガンガンガンガン! ディスの鋼鉄の建物に『聖騎士の剣』を全力で打ち付けはじめた。数秒ほどもすると剣が変形してだいたい剣の形になってきた。

 ふうっと額の汗をぬぐうと、カチュアはとくいげに笑った。

 

「姫殿下。スコップではありません。これは剣です」

「カチュア……たくますこなりましたね……」

「剣なのです!」

 

 涙目で断言するカチュアを見てアランは満足げにうなずくばかりだった。

 まるで娘の成長を見守るような、温かい視線であった。

 

 

 △▼△

 

 

 アスモデウスの住まう宮殿『煉獄の宮殿』に3人は来ていた。

 それまでに増して異常な空間だった。

 数キロ四方にわたる広々としたホール。高さ100メートル以上もあろうかという鋼鉄製の天井はドロドロと常にどこかが溶け落ちている。神秘的な透明な床タイル。その下には星々が見えた。『時空が焔で焼け落ち、宇宙と隣接しているのだ』とアランが解説した。

 解説がさっぱり理解できない。

 

「だから二人とも、ここで床を掘るときは慎重にな。時空の歪みに落ちるぞ」

「そんな真似をするのは貴様だけだ」

「すこっぷすこっぷ了解ですー♪」

 

 歌ってスキップしながら了解する姫。カチュアはため息をつく。

 こんな狂気的な空間でも二人はいつもどおり。怖がるのも馬鹿らしくなる。

 

「ここだ。ふたりとも気を引き締めろ」

 

 アランが止まる。ホールに忽然と、巨人が通りそうな鋼鉄の門が現れた。アラン達がその前に立つとギギギギと音を立てて開いてゆく。玉座の間だ。それまでとは打って変わって、赤い絨毯が床に敷かれている。

 その両脇に多種多様な悪魔が100体以上も並んでいる。

 だがカチュアが視線を奪われたのは、中央の玉座に座るものだった。

 全裸の美女だった。

 ウェーブがかった黒い髪。白い肌。

 そんな娘が玉座のひじかけにひじをついて、けだるげにしている

 

『――ふむ。誰かと思えば』

 

 その瞳を見た瞬間、カチュアの背筋が凍るほどに冷えた。周囲の悪魔よりもずっと小さいのに放つ威圧感は桁違いだ。震えが止まらない。直感してしまう。こいつが『煉獄の宮殿』の主、悪魔の君主アスモデウスだ。

 なんて――なんて圧力だ――。

 そのアスモデウスが、くっくっと小さく笑った。

 

『300年ぶりであるな。余は歓迎するぞ、鉱夫アラン――』

 

 アスモデウスは立ち上がった。

 そして頭の内側を直接揺らすかのような声で、こう続けたのだ――。

 

『――余の宮殿に、何の用だスコップ?』

 

 ズゴオオオオオオン(一瞬で空気が瓦解する音)。

 

「貴様もスコップなのかよ!!!」

 

 びしいいいいいいいいっ!

 カチュアは全力でツッコんだ。返せ。私の緊張を返せ!

 

「落ち着けカチュア。俺のスコップで奴の意思を自動翻訳しているだけだ」

「その自動翻訳には致命的な欠陥がある! 悪魔が気の毒すぎる!!」

『――言うではないか、鉱夫のスコップ従者よ』

「なんだと!? わたしは従者などではなっ……!」

 

 と、アスモデウスがカチュアに視線をじっと向けてきた。

 吸い込まれるような視線。凄まじいプレッシャー。とたんに言葉に詰まる。

 やばい――こいつはやばい――波動砲を発射寸前の、アランにそっくりだ。

 だけど。

 

「……じゅ、従者などでは、な、ないんだぞっ!」

 

 剣をギュッと握りしめて平成を取り戻し、カチュアは叫ぶ。

 アランと同等の威圧だが、それはつまり慣れているということだ。

 

『――ほう!』

 

 アスモデウスが目を見開き、カチュアを見てくくっと笑った。

 

『――鉱夫アラン、スコップだ! ただの人間が余の威圧を退けおった』

「カチュアはただの人間ではない。ただならぬ人間だ」

「さす悪スコ天です!(さすがは大悪魔すら感心させるスコップの天才です!)」

 

 きゃーきゃーとリティシアがスコップ移動で喜んでいる。

 アスモデウスがリティシアをじっと見る。不審者を見る視線だ。

 

『――鉱夫アラン。コレはなんだ? 人か? スコップか?』

「すこです(どちらかというとスコップです)」

『――人間は奥が深いな。人とスコップ、両方の気配を持つとは』

「すこです(人の本質はそもそもスコップと不可分なものです)」

『――しかも、余の威圧をものともせぬ。実に不可解だ』

「すこです(スコップのご加護です)」

 

 アスモデウスは興味深そうに、じろじろとリティシアを見ていた。

 

「そろそろ本題に入ろう、アスモデウスよ」

 

 といっても要求するのは一つだ。

 配下から献上された『パープルオーブ』を返してほしい。

 あれはもともとアランが発掘した、ロスティールの国宝なのである。

 

『――』

 

 アスモデウスはしばらく目をつむって黙って聞いていた。

 やがて。

 

『――交換条件だ。オーブなどくれてやろう。代わりにスコップを所望する』

 

 などと意味不明な事を言いだした。

 

「アラン。翻訳が暴走してるぞ。ちゃんとしろ」

「いや今度は本当に合っている。奴は間違いなくスコップがほしいと言った」

「………………」

 

 大悪魔の意思すらスコップ汚染されているのか……。

 

「…………だったらくれてやれ。いくらでも持ってるだろう」

「違う。奴の言っているスコップとは――」

『――こやつか』

 

 アスモデウスが指をすうっと動かして、カチュアを指した。

 全身にとてつもない悪寒が走った。

 

『――もしくは、こやつだ』

 

 指を動かしてリティシアに向ける。

 カチュアとリティシアは、二人で目を見合わせた。

 すぐに意味を理解する。つまりアスモデウスの要求とは――。

 

『――余には数多くの下僕がおる。だが、スコップの下僕は、まだおらぬ』

 

 くくくっと、なおも楽しげに笑い続けるアスモデウス。

 

『――こやつらは、おもしろい。実に欲しくなった。鉱夫アランよ。返答はいかがか?』

 

 沈黙の時が訪れた。

 カチュアは広間の両脇に居並ぶ悪魔達の目が赤く光ったことに気付いた。

 断れば、襲ってくるだろう。

 カチュアの思考が一瞬で回る。アランは勝てるのか? 難しいだろうと思った。以前に地獄の君主『デモゴルゴン』と戦ったときは辛勝だったと聞いた。大悪魔とは実力でいえば互角かそれ以下。ましてここは敵の本拠地だ。

 そもそも戦って勝てる相手なら、アランも最初から交渉などとは言い出さない。

 だとすれば――。

 カチュアがそこまで考えた瞬間だった。

 リティシアが一歩を歩みだそうとしているのが見えたのは。

 

「いけませんっ!」

「すこっ!?」

 

 カチュアがその体をぐっと強引に押し止めた。

 リティシアの口を慌てて抑える。もごもごと抗議の視線を向けてくる。だがカチュアは無視した。こんなのでも、姫殿下だ。例え人をやめスコップと化していても、ロスティールの希望の星、自分が守るべき主君だ。

 ならば何を迷うことがあろう?

 カチュアは決意した。

 

「んー!すこー!(カチュア! やめなさい! スコップしますよ!)」

「いくら姫殿下でも、この役目だけはお譲りできません」

 

 カチュアは聖騎士の剣を構えて一歩進み出た。

 心が震えている。恐怖ではなかった。これからの戦いへの高揚感だ。悪魔の下僕に収まるつもりなど毛頭ない。スキを見て内側から食い破る。困難極まりない作業だが、手に握る『聖騎士の剣』が勇気を与えてくれた。

 

「待てカチュア。早まるな」

 

 アランが言うがカチュアは聞く気などない。

 

「アラン。姫殿下を頼んだぞ」

 

 リティシア姫をぎゅっと押し付けた。

 心にどこか清々しいものを感じた。顔から笑みがこぼれた。

 なぜ笑ってしまうのか。少し考えてからカチュアはすぐに理解した。

 

「(――意地だな)」


 自分はきっと――この誰の助けも必要としていなさそうな男を。

 一度でいいから、助けてやりたかったのだ。

 今がまさにその機会だろう。

 

「悪魔アスモデウスよ。了解した。この聖騎士カチュアが――」

 

 貴様の下僕になってやろう――続けようとした直後。

 ズボン。


「えっ」

 

 カチュアの足がなにかに埋まった。

 ズゴンと頭ごと床に倒れてカチュアの額がゴン! 直撃した。

 めっちゃいたかった。

 

「うおうううう!?」

 

 というか落とし穴にハマっていた。 


「だから早まるなと言っただろう。そこに落とし穴を掘っておいたのに」

「掘っておいたのに、じゃない! なぜそんなことを!?」

「戦いの準備に決まっている」

 

 ぴくり。アスモデウスの眉が動いた。カチュアが驚愕した。

 この男、もう覚悟を決めていたのか。動かなかったのは準備していたのか。

 

「いや、ちょっと待て! 私はただ下僕に下ったフリをするつもりで」

「通じるほど甘い相手ではない。それにカチュアにそんな危険なマネはさせられん」

「姫殿下にさせるよりはマシだろう!?」

「比べられるか。カチュアもリティシアも、俺の宝だ。誰にも渡さん」

 

 ぴたり。

 カチュアが止まった。


「え?」


 いまこの男はなんと言った? 聞き違いか? そうに違いない。

 

『――鉱夫アラン、どちらのスコップも頂けぬというのだ?』

「拒否する」

 

 はっきりと断言して、アランは二人の前に立った。

 

「リティシアは俺が守るべき者だ。国を救うと約束し、その引き換えに、彼女はスコップすると約束した。ただその約束のために、己の身も心も、スコップに捧げようとしてしまっている」

「え……こ、ここ、鉱夫さまっ!?」

「だから、俺が責任を持って、最後まで面倒を見ねばならん」

 

 リティシアの頬がボウンっと爆発するようにピンク色に染まった。『責任を持つ』のあたりで感激のあまり、びゅー。なんか汁を出してる。目とかいろんなところか。たぶんスコップ汁だ。そんなリティシアを気にせずアランは気にせず続けた。

 

「カチュアは俺が育てるべき騎士だ。俺の技を凄まじい速度で吸収し続けている。波動砲をはじめ、基本スコップも応用スコップも見せるだけで体得し、独自のスコップすら編み出そうとしている」

「ま……ちょ、待て、何を……っ!?」

「カチュアは才能の金脈そのものだ。だから俺は――」

 

 そこでスコップを天に掲げて、アランは断言した。

 

「――カチュアのすべてを、掘り尽くしたいのだ」

 

 

 沈黙のときが訪れた。

 カチュアは呼吸ができなかった。口をぱくぱくと動かす。言いたいことが山ほどある。なにむちゃくちゃいってるんだ貴様は! 私はスコップ技なんか覚えてない! 独自のスコップなんか編み出してない! でもそんな言葉は言葉にならなかった。

 最後の『掘り尽くしたい』という言葉だけが頭をぐるぐる回っていた。

 掘られる。カチュアが掘られる。すべてを掘り尽くされる。

 

「~~~~~~~~!?!?!?」

 

 ああうううううううう。

 何も言葉がでない。ただ熱い。頬とか胸とかいろんなところがただ熱い

 なにを、なにを、なにをとんでもないことを言ってるのだ、こいつは――っ!

 

「あーもう、あーもう、あーもう……ああああああっ!?」

 

 女の子にそういうことを言うのか! この天然スコップ男が!

 

「どうしたカチュア。動揺するな。戦いに備えろ」

「動揺するに決まっているだろう、ばか、ばか、ばかーっ!」

 

 心臓ばくばくが止まらない。涙が止まらない。あと鼻水も。

 ちくしょう。ちくしょう。こんなの嘘だ。ぜったいに嘘だ。

 

「ああ、あう、くうううううっ!」

 

 胸を押さえて、カチュアは言い聞かせた。

 自分は絶対に、絶対に、アランの言葉にドキドキしたりなんかしてない!

 

『――くくっ。鉱夫アラン。なるほど、良いスコップを連れている』

「私はスコップなんかじゃないもん!!」

『――涙目でそう言うところがスコップなのだぞ、スコップの騎士』

「ちがうもん!!!!」

 

 くくくくくっと、アスモデウスは楽しげに笑い続けていた。

 ちがう。これは絶対に違うのだ――。

 

『カチュアのすべてを、掘り尽くしたいのだ』

「~~~~~~っっっっ!!」

 

 そんなスコップな言葉に――心がときめいてなど、いないのだ。

くっすこ系女騎士カチュアが掘り尽くされるところを見たい方はブクマ評価のうえ『ときめきすこっぷときめきすこっぷ』と……違うんですスコップ恋愛師匠。ぼくはカチュアの魅力をそろそろ爆発させたかっただけの無罪作者です。決して『ときめきスコリアル』のゲーム化を狙った訳では(このへんで爆発四散した

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[良い点] ときめきすこっぷときめきすこっぷ [気になる点] スコップないでスコップ! [一言] アスモデウスの容姿とっても気になるでスコップ! 是非絵で見てみたいでスコップ!
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