第50話 鉱夫、地獄へゆく
アラン、リティシア、カチュアの3人は『パープルオーブ』を取り戻すため地獄へ向かった。いったんエルフ城に戻ると驚きと喜びに胸をたゆんと揺らすフィオに『ちょっと地獄に行ってくる』と告げ、地獄への666万階段をスコップ移動(スコップ♪スコップ♪と歌いながらスキップする歩法。たのしい)で突破。
約30秒後、カチュア達は紫色の不気味な地面に降りていた。
「というわけで、ここが地獄だ」
「観光名所を紹介するような気楽な感じで言うな!?」
叫んだあと、カチュアはぜーはーと息をついた。
本当に来れてしまった。
天を見上げる。地底なのに空があった。ただし灰色だ。おどろおどろしい雷雲がたちこめる空には、巨大な火の玉がゴウゴウといくつも燃えている。そのひとつが、紫色に変色した不気味な大地に激突。ドゴゴオオンと爆発した。
……本当に、地獄の風景だ。
頭がクラクラしている。
可能だとは思っていたが、本当に来ると、さすがに圧倒される。
空気は凍るように寒いのに、肌は火傷しそうなほど熱い。
感覚が既に狂っているのだ。
ここは人間が来るべき場所ではないと、思い知らされてしまう。
「鉱夫さま。ここが悪魔の本拠地なのですか? すこ?」
なおリティシアは平気な顔である。やはり人間をやめている。
「正確には本拠地の一つだな。『バァドル』というエリアだ」
アランが解説する。地獄とひとくちにいっても、いくつものエリア――正確には次元界だが――に別れている。今いるバァドルとは、悪魔の君主『アスモデウス』が支配する、比較的秩序の保たれたエリアだそうだ。
パープルオーブは、君主アスモデウスに献上されたという。
「中心部の『煉獄都市ディス』にいるはずだ。会いに行くぞ」
「……戦うのか?」
かつてアランは悪魔の君主と戦ったと言っていた。
今なら信じられる、それは疑いようもない真実だと。
鉱夫はそれだけのことを、オーブ探索の旅でやってきたのだ。
「いや。基本的には交渉する。気難しいが話が通じない相手ではない」
「悪魔に、言葉が通じるのか……?」
「言葉は通じないがスコップなら通じる」
「さすスコ語(さすが鉱夫さまのスコップ言語ですー!)」
リティシアのスコイショ(すこよいしょ)を無視してカチュアは考える。
アランはそう言うが、邪神にも等しいと伝説に伝えられる悪魔の君主だ。
これまでとは次元の違う、とんでもない相手だ。
どくどくんと心臓がハネてしまう。
「落ち着け……落ち着け、私」
カチュアは深呼吸をした。
大丈夫だ。これまでの冒険を思い出せ。砂漠のピラミッド、海底神殿、天空の島。どこであっても生き延びてきた。震える手を伸ばし、背中の『聖騎士の剣』をギュッと握りしめる。すると不思議なことに勇気が湧いてくるのだ。
この剣さえあれば例え地獄でも――大丈夫だ。
カチュアが不敵に笑ったそのとき、リティシアがふふっと笑った。
「カチュア! ついにスコップ神殿騎士団長の自覚に目覚めたのですねっ!」
「……は?」
なにいってるんだこのスコップは(もはや姫ですらない)。
「だってコレを握って、とっても、嬉しそうではありませんか」
声に振り返ると、握っていたのは剣ではなかった。
リティシアがこっそり差し出した赤いスコップだった。
「うああああっ!?」
カチュアは慌てて地面に投げつけた。ガチャーン!
「あ! カチュア、スコップを粗末にしてはいけません!」
「ぜーはーぜーはーっ!」
滝のように汗を流しながら、聖騎士の剣を握り直す。ちがう。ちがう。私は聖騎士だ。スコップ神殿騎士ではない。さっきのは単なる気の迷いだ。スーハーと深呼吸をする。今度こそ心が落ち着くのを感じる。
よし――私はおちついた。剣で。
「姫殿下。私は聖騎士です。スコップではなく剣を持つと安心するのです」
「その『聖騎士の剣』も5割はスコップですよ?」
「10割が剣です!」
「そこまでだ、二人とも。今の音で気付かれた」
「…………え?」
アランの声に振り返ると、上空からギオオオオウウウウという咆哮が響いた。見上げると骨のドラゴンが舞っていた。巨大だった。砂漠で対決した赤き龍に匹敵する。そして数が異常だ。10体以上もいる。
全員が敵意をこちらに向けている。
「アラン!? 秩序だったエリアではなかったのか!?」
「比較的だ。奴らはスコップの音に敏感だ。注意を怠ればすぐに襲ってくる」
「――――っ!」
カチュアの騎士としての経験が、己の危機を告げている。骨のドラゴン。あれはまずい。とんでもない。間違いなく強烈なブレスの十字砲火が来る。逃げる――いや、切り裂くべきだ。死中に活路を見出す!
コンマ数秒未満でカチュアは即断。
聖波動撃を放とうとした――その、直後。
「Dig!」
ドシュオオオオオウウウウウズゴオオオオオオン!
アラン必殺の拡散波動砲が、地獄の空をつらぬいた。青白いエネルギーは地獄の稲光すらも切り裂き、すべてのドラゴンを巻き込んだ。骨のドラゴンの大軍は断末魔の咆哮をあげながら消え去っていった。
一瞬で、戦闘が終わった。
「――――」
カチュアは『聖騎士の剣』を握ったまま止まっている。
そんなカチュアに、アランはなぜか、申し訳なさげだ。
「すまんなカチュア。おまえに一匹残そうかと思ったが、援軍を呼ばれては厄介だ」
「さすスコうさぎ!(さすが鉱夫さまのスコップは兎を倒すにも全力を尽くしますね!)」
「兎は倒さん」
「動物愛護スコップですね!」
「――――」
カチュアはまだ動けない。
その様子を見て、アランは合点がいったようにうなずく。
「大丈夫だカチュア。ここは地獄だからな、修行の機会はいくらでも――おい?」
カチュアはそれでも動かない。
ぼうっとアランのスコップを見つめている。
アランが不思議に思ってカチュアに一歩近寄った、そのときだ。
「…………はっ!?」
だだだだだっ。カチュアは逃げるように後ずさった。
「カチュア、どうしました? すこが漏れましたか?」
「ち、違う! これは違うのです姫殿下!」
カチュアは全力で首を振りながら、視線をアランのスコップから離した。『聖騎士の剣』をギュッと握りしめる。一瞬脳に浮かんだ考えを必死で打ち消す。ちがうのだ。ちがうのだ。絶対に――。
「……? まあいい、行くぞ。ディスはすぐそこだ」
――絶対に『なんて頼もしいスコップだ』などと安心したりは、していないのだ。
カチュアスコップ回。1話の文字数が最近多くなっていたのと、更新速度をできるだけ維持するため、思い切って文字数半分ぐらいを目安に区切ってみることにしてみました。つまり半分スコップです。半スコ。いかがでしょうか(なにがだ)。




