第49話 王女、悪魔をスコップする
闇の国解放作戦は続行中である。
オデッサはアラン達と別れてリティシアのいる『最も深き黒曜石の都』にいた。アラン達と一緒に向かう予定だったが、別の都からピンチを伝えられたため、アランは急遽(放心状態のカチュアを連れて)そちらに向かったのだ。
『俺が戻るまで、じっとしていろ』
そう言われたオデッサだったが、そこに最悪の報せが届いた。
リティシア姫が『悪魔に捕えられた』というのである。
「(すぐに助けないと!)」
オデッサは坑道を走っていった。
アランにスコップ通信(謎の方法だったがもはや無視した)で状況を伝えたが『リティシアなら大丈夫だ。行くな』というばかりだ。信じられなかった。リティシア姫がどれほどの戦士か知らないが、先日16歳になったばかりの美しい姫だという。
悪魔に囚えられた女に待つのは絶望のみである。
美しきものを徹底的に穢すもの。それが地底の悪魔だ。
そのことをアランは知らないに違いない。
だからオデッサは、走っていた。
「はっ、はっ、はっ……!」
クロノノいわく、リティシアは命の恩人なのだという。
ならば絶対に助けねばならない。
100人ほどが収容できる、錆びついた牢屋区画に潜入する。
この区画を自分は知っている。レジスタンス活動の中でアジトの一つにしていた。排気口を通りぬけて、天井裏から潜入する。恐ろしいまでの血と錆の匂い。ぞくりと背筋が震える。どうか無事でいてください――!
そのとき声が聞こえてきた。
弱々しい女性の声だった。
『すこっぷ……すこっぷ……ああ……すこっぷよ、私に力を……』
すこすこすこり。
オデッサの背筋に猛烈にスコップな予感が走った。
『今の姫殿下は危険だ。とてつもなく。決して一人では近づくな』
親友カチュアの言葉を思い出してしまう。
「…………………………う、ううん、とにかく救出しないといけないわ!」
一瞬浮かんだ迷いをオデッサは振り払う。声が弱っている。そしてまだ生きて理性を保って――いや後半はちょっと自信ないが、とにかく生きてはいる。悪魔の『苗床』にされてしまう前に救出するのだ。
多少の危険は、覚悟のうえだ。
レジスタンスのリーダーとしての矜持が勝った。
排気口の蓋を、ガタンと外す。
そこでオデッサが見たものは――。
「…………っ! リティシア姫! しっかり!」
姫ドレスは豊かな乳房のあたりまで破かれ、ボロ布のよう。輝く金髪の一部が、焼け焦げたように変色していた。華奢な手足には、錆びついた、見たこともない奇妙な形状の手枷と足枷が嵌められていた。右手にはスコップを握っている。
オデッサは怒りと悲しみに包まれた。
悪魔め、これほど美しき姫になんということを――!
「リティシア様ですね。オデッサと申します、牢屋からお助けします!」
リティシアは顔を上げて、ぱちぱちとまばたき。
疲労の色が濃いが、瞳にはまだ理性の光が浮かんでいた。
「……たすこ、る?」
しばらくリティシアはじーっとオデッサを見つめていた。
やがて、ふっと笑う。ふう、ふうと疲労の息を吐きながら。
「それは……30分ほど……お待ち、いただけますこと?」
「は!?」
「あとすこしで……ここに……悪魔の指揮官が……やってくる、のです」
オデッサは息を呑んだ。悪魔の階級は細かく別れている。指揮官級の『アークデーモン』ともなれば、熟練の戦士が100人集まろうと、片手で薙ぎ払う力がある。その残忍さは想像するだに恐ろしい。
あと数分? もう時間がない!
オデッサは慌ててリティシアの手枷に手を伸ばした。
「熱っ!?」
一瞬で離す。
とてつもない熱だった。焼けた鉄よりなお熱い感覚を覚えた。
こんな凄まじいモノでリティシア姫は拘束されているのか!?
「くっ! 今外します……くっっ!」
だがオデッサ一人では、外せそうもない。助けが必要だ。そのとき、ゴウン、ドゴオウウン! 鋼鉄の檻に足音が響いてきた。黒きオーラが通路から漂ってくる。アークデーモン。近寄っている。すぐそこにまで。
リティシアが『ゆきなさい、オデッサさん』と小さくつぶやいた。
「また……すこしあとで、リティシアをお迎えにきて……ください」
「……ッ!」
オデッサは無力感に包まれた。いやだった。
いまそこで悪魔に襲われつつあるか弱き姫を――見捨てる?
「できま、せんっ!」
ガアアアアン!
オデッサは聖なる槍で手枷を叩いた。体が勝手に動いていた。
「……オデッサ、さん?」
「絶対に助けます! 人は――人は悪魔に負けてはならないのです!」
ガアン! ガアアアン!
叩いても叩いても壊れない。それでも叩く。『アークデーモン』の足音はどんどん近付いてくる。ぞくぞくぞくと鳥肌が立つ。オデッサの体に刻まれた拷問の痛みが、恐怖を呼び起こさせる。こわい。にげたい。
それでも逃げる訳にはいかない。
私は、人間は、悪魔になど負けてはいけないのだ。
決意した直後――リティシアがふうっとため息をついた。
「仕方がありませんね……すこ」
右手に持つ赤いスコップで、背後の鉄の壁を『スコゥン』と鳴らした。
「っっっっ!?」
びくううううううっ!
オデッサの全身が震えてどさりと崩れ落ちた。体が勝手に這い回る。粗末なベッドの下の暗がりに転がりこむ。意識が朦朧としている。なに。なにがおきたの。からだがかってにうごいてる。
リティシアはベッドの下のオデッサに笑いかけた。
「そこで目をつむっていてください……すこに……すみます」
「リティシア……姫……っ!?」
なぜ。なぜ笑えるのか。悪魔を目の前にして。一瞬疑問に思ったが、すぐにそれがただの強がりだと気づく。なぜならリティシアの頬には緊張の脂汗がじっとにじみ、スコップを握る手はカタカタと震えていたからだ。
彼女も、恐怖しているのだ。
「……ん」
そのときリティシアは、スコップを胸元にぎゅっと寄せる。
すると彼女の体の震えが、すぐに止まった。
「A-lan、A-lan、A-lan」
一心不乱に祈りの言葉を唱え続けるリティシア。
オデッサは息を飲んだ。
あまりにも――あまりにも、リティシアが綺麗すぎた。
オデッサのぼうっとした意識に、カチュアの言葉が浮かぶ。
『今の姫殿下は危険だ。とてつもなく。決して一人では近づくな』
それはこのことを指していたのだと、オデッサは直感した。
リティシアはただ『A-lan』と繰り返している。それだけなのに後光すら差して見えるほど、神々しい。クロノノを囲んでいたスコップ兵団とは全く異なる、聞くだけで心が洗われそうな神聖さだった。
「スコップよ……私に力を、ください……っ」
確かにこんな姿を見たらスコップを信じたくなってしまう。
これが、これが、ロスティールの姫というものなのか……。
だがそんな神々しき姫にも悪魔が近付いている。
『グオオオオオ……ウウウウウウ』
ズドオオオオンン。
牢屋の前に角と翼を持つ巨大な悪魔が立っていた。
それを見て取ると、リティシアがオデッサに振り向いた。
「オデッサさん。ひとつだけ……おねがいが、できました」
自信に満ちていた姫君の顔が、少しだけ曇っていた。
それでも強がりの笑顔を浮かべると――。
「これから起こることは……鉱夫さまには、絶対に、秘密に、してください」
「……っ!!!」
「お願いします」
決意の表情で言うリティシア。
だめ。だめ。絶対にそれだけは許されない。叫ぼうとするが、口も体も動かない。オデッサの頬から涙がぼろぼろとこぼれる。こんな可憐で清楚で心も体も美しい姫が穢されるのを自分は黙ってみているしかないなんて――!
動け、動け、動けーっ!
オデッサが念じる。それでも動かない。
己の無力を絶望した――直後だ。
「でぃっぐ!(封印解放!)」
リティシアが一声叫ぶ。手枷と足かせがブチンと切れた。
残骸がスコンスコンと合体して立方体のキューブになった。青白い。輝くキューブだ。表面には『スコップ炉』と彫られている。半透明で、中には数センチほどの小さなスコップが、まるで水に漂う微生物のように渦巻いていた。
「――え?」
なにがおきた。
と、アークデーモンが『グウオオオウ』と苦しむような声を上げた。リティシアの持つ『スコップ炉』から、スコップ状の半透明のオ―ラがふわふわと浮いていた。そのひとつを手にとって、リティシアがアークデーモンにすたすたと近寄った。
グオウ、グオオウと怯えの声をあげ続けるアークデーモン。
よく見るとその背中には1本の黒いスコップが刺さっている。
「ふふふ。『スコントローラー』に逆らうことは、できませんよ」
悪魔の行動を制御するためにリティシアが刺したスコップだ。
これでアークデーモンを牢屋まで誘導したのだ。
「『スコップ炉』のスコップ力充電は完了してます……さあ、はじめましょう」
『オオオオウウウウ!』
「人間とは精神構造が違うから、以前は失敗しましたが、今回は違いますよ……でぃっぐ!」
すこすこすこ。
フワフワ浮かぶ半透明のスコップが次々とアークデーモンの頭に刺さる。よく見ればスコップには『あくますこ』と刻まれていた。刺さった瞬間、ヌウッと黒い鱗の肌に、吸い込まれるように消えゆく。そのたびにアークデーモンの目の光が暗くなっていく。
スコリスコリスコリ。
金属を削るような謎の音が悪魔の体のうちから轟いてくる。
「――え?」
オデッサの思考は停止していたがリティシアは悪魔に執拗にスコップを刺している。
「よし、ス術(スコップ手術)の準備が整いました。直接投与します」
と、リティシアは『スコップ炉』を振りかぶるとスコスコスコ。
悪魔の肌に、まるで水に風船を沈めるかのように埋めてゆく。
ばちすこばちすこ。接触面から電撃のような青白い光が放たれる。
『グオオオ……おおおおおおおおお……!』
「あ、こら、暴れないでください。ドレスがまた破れてしまいます」
『オオオ、オオオオオ……』
「このまま、すこのまま……ふう、悪魔は流石に初めてで、疲れます……」
額の汗をグッと拭うリティシア。
――なにがおきてるの。
オデッサの心の叫びは誰も聞き届けず、やがてアークデーモンは止まった。
リティシアがそのツノをスコップでスコンスコンと何度か確かめるように叩く。
瞳に、ブゥンと光が灯った。
スコップ型の光であった。
『スコ?』
「よし! やった、やりました! 史上初のスコップデーモン、誕生です!」
スコップを握ってガッツポーズのリティシア。
きゃーきゃーと、まるで新しい服を買った少女のように飛び跳ねている。
その様子をオデッサは死んだ魚の眼で見つめていた。
「………………」
がらがらがらがらがら(オデッサのすべてが崩れてゆく音)。
「すこっぷ?(オデッサ様、いかがしました)?」
ぱくぱく。オデッサの口が開く。
なにがおきたの。リティシアにそう問いかけてしまっていた。
「あ、さっきのすこですか。スコップ天使の次はスコップ悪魔だと思ったのです」
「 」←息ができないオデッサ
「でも私は人も天使も悪魔も等しくスコップすべきだと思います。博スコ主義です」
「 」←走馬灯を視聴中のオデッサ
と、リティシアがそこで言葉を止めた。
ぎゅっと赤いスコップを抱いて、ちょっとさみしそうに。
「ただ……鉱夫さまは、こういう『すこ』をお好みに、ならないのですが……」
まるで親に怒られた子どもみたいに、しょげた声を出すリティシア。
スコップを抱く手に力がこもる。目尻から涙がぽろりとこぼれる。
「でも……たとえ鉱夫さまが『おまえはシャベルだ』と仰ったとしても……」
「しゃべる」←言語が支配されつつあるオデッサ
「あ、すこません。シャベルとは『スコップと異なる』つまり『間違っている』という意味です」
間違っている?
ちがう。間違っているのはオデッサだ。
オデッサは走馬灯の中にカチュアの姿を見ていた。真剣な顔でスコップの脅威をオデッサに警告するカチュア。そんなカチュアに、ごめんなさいと謝りたかった。あんなことを言っちゃって、本当にごめんなさい。
『あなたはもう、人間をやめているわ』
自分は完全に、間違っていた。
人間をやめている――それはカチュアではなく――。
「――リティシアは、みんながスコップになるべきだと、思ってしまうのです」
目の前の、姫のことをいうのだ。
「ふうっ」
確信してオデッサはぶっ倒れた。
次に目覚める時、自分は人間ではないだろうと思った。
△▼△
数秒後に駆けつけたアランにより、オデッサはなんとか危機を免れていた。
あとスコップデーモンの件はアランにあっさりバレた。
「自重しろ」
「あう……すこません(´・ω・`)」
「オデッサ、オデッサ、しっかりするんだ!」
同じく駆けつけてきたカチュアにより起こされるオデッサ。
ううーんとうなりながら目を開け、ぱちぱちとまばたき。
「……カチュア?」
「大丈夫か!? 姫殿下と一人で会ってはいけないと、あれほど言っただろう!」
「一人で会っては、いけない……?」
オデッサはしばらく周囲をきょろきょろと見回すと。
「あっ! そ、そう、リティシア姫が捕まっているらしいの、救助しないと!」
「えっ」
「カチュアとアランも一緒に来て、悪魔の拷問にかけられたら姫は……っ!」
「えっ」
血相を変えるオデッサだったがリティシアを見てまたびっくりしていた。
あれ、あれ、あれっと、首をひねっている。
どうやら記憶を失っているようだ。
「カチュア。記憶は掘り返さず、このままでいいな」
「大賛成だ。絶対に思い出させるな」
カチュアは安堵のため息をついた。よかった。本当によかった。私のスコップ汚染を指摘してくれた常識人の親友を、失うわけにはいかない。闇の国の人類の未来は、オデッサの肩にかかっているのである。
「ところでアラン。次はどこを解放するんだ?」
「ほぼ終わった。解放した人に聞くと、オーブは悪魔が地底深くに持ち帰ったらしい」
「……そういえばオーブを集めていたんだな」
世界をスコップから救うことばかり考えて忘れかけていた。
「というわけで、地獄へ行くぞ」
カチュアは数秒だけ考えて、たらりと頬から汗を流した。
地獄に行くと聞いて、まったく驚かない自分に、驚いたのだ。
「(いや。でもそれを自覚できているということは……つまり)」
ぶるぶるぶるっと首を振って、嫌な考えを打ち消す。
「(私はやはり常識人だということだな、オデッサ!)」
聖掘削騎士カチュア。
――自分をだます作業が得意で、立ち直りの早い騎士であった。
囚われのリティシア姫殿下に逆すこされたい方は、ブクマ評価のうえ『あくまですこ、あくまですこ』と……お待ちをスコップ悪魔将軍。ぼくは清楚で可憐なリティシア姫のかわいいシーンを全力で書くつもりだった無罪作者です。ほんとに。ほんきで。そのつもりだったんです。なのにどうしてこうな(このへんで脳みそスコチュルされた




