第4話 鉱夫、スコップ(動詞)する
「やあっ!」
リティシアが岩を赤いスコップでざっくりと貫いた。
すると土くれの塊がどさりと落ちる。
次いで、その穴から強烈な光が漏れてきた。
地上である。
光の漏れる先には緑の生い茂る草原が広がっていた。
草原の向こう側には道が見える。
どうやら狙いどおり、山を貫通してショートカットができたようだ。
「よし。そんな感じでいい」
「わああっ……! ありがとうございます! 」
感極まって涙までが出ている。
涙を拭いながらリティシアがぺこぺこと礼を言っている。
アランにスコップを教えてもらい、それが成果を発揮したのが嬉しいのだろう。
まあ、教えたといっても『そこの壁を自由に掘ってみろ』と言っただけなのだが。
「これがスコップ……! 握るだけで全身に英雄の力が湧いてきますね!」
「そんな魔力はない」
リティシアの握っているのは正真正銘、ただのスコップだ。だが踊りだしそうなリティシアは聞いちゃいない。すこっぷ、こっぷと楽しげに歌う少女らしさを見せている。まるで子ども……いや、おそらく本当に子どもだ。
知性があり、胸も大きいが、顔つきはまだまだ幼い。
女性としての魅力というより少女としてのかわいさに満ちている。
国民から愛される王女なのだろう、とアランは思った。
だがそれはそれで、問題だ。
アランとリティシアは草原を進む。
リティシアによればこの先には軍隊の拠点と小さな宿場があるそうだ。
多少は民もいることだろう。
となると、王女にスコップを握らせたままでいいのだろうか?
「リティシア。やはり、王女が土を掘る必要は、ないのでは?」
騎士がスコップを持つというのは百歩譲ったとしても。
スコップの持ち手は究極の現場作業者であって、王族の対極にあるものだ。宣伝やパフォーマンス目的ならまだしも、王女自身が土を掘り返していては、王の威厳がだいなしになってしまうのではないか?
「なにをおっしゃいます鉱夫さま」
だがリティシアはスコップを誇らしげに掲げると、自信満々に断言する。
「スコップを握ることは、いずれ剣を握ること以上の、王族のたしなみとなります!」
数秒の沈黙。
「それは……100%、ないと思うが」
「いいえ。だって、わたしが次代から王家の家訓に加えるからです!」
ロスティールの王族は将来、大変なことになりそうだ。
と、リティシアはスコップを抱きながら、アランを見上げると。
「そ、それに、わたしは母親として……きちんと学んでおかないとっ」
「母親?」
「はい。子どもをつ……つくる、わけですから……」
ごにょごにょっと、言いづらそうにするリティシア。
スコップで口元を隠して恥ずかしげだ。まるで小動物である。
「鉱夫さまのおしごとを……その、きちんと、学んでおきたいのです」
「それはまあ……構わんのだが」
「ありがとうございます! げ、元気な子どもを、つくらせていただきます!」
ぺこぺことまた勢い良く礼をするリティシア。
アランは腕組みをして考えた。
もうすぐ人がいる宿場だ。
このままでは、まずいことになる気がする。
「リティシア。その『子どもをつくる』という表現は、よした方がいいぞ」
「……え?」
ぽかーん。
リティシアは何を言われたのかわからないと様子だ。
「余人に聞かれれば、あらぬトラブルを引き起こしかねない」
いくら王族流の表現とはいえ、やはり庶民からすれば『子どもをつくる』とは、直球で『夫婦として愛しあう』という意味だ。15歳の王女が、ただの鉱夫とそのような関係になると国民が知ったら、どうなるのか。
いくら世間知らずのアランでもその意味には気づいていた。
なお、王女の勘違いにはぜんぜん気づいていない。
「あ……なるほど……たしかに『こういうこと』は秘密にすべきですね」
ほっぺたを抑えて、てれてれと恋する乙女な様子のリティシア。
後継者の報酬を秘密にする意義があるのだろうか。
アランは疑問に思ったが、王女の勢いに押されて流す。
「二人だけの秘密にしたいと、つまりそういうことですね!」
「俺はただ、言葉の表現を変えるべきだと」
「表現を変える? な、なるほど。二人の秘密のラブラブ暗号を考えるのですね!?」
なんだラブラブ暗号って。
などとはもうツッコまない。
この王女はわりとノリがおかしいことにアランも気づいたのだ。
しばらくリティシアは真剣に考えたあと、己の持つ赤いスコップにふと目をやる。
そして――
「それでは――今後は『子どもをつくる』ことを」
赤スコップを胸に抱いて、リティシアは頬と耳たぶを赤く染めながら言う。
「『スコップする』と……呼称、させていただきたく」
ひゅるらー。
妙に寒い風が草原を吹いた。
「…………」
「だ、だめでしょうか……鉱夫さまとの共同作業ですから……あの、スコップと……」
アランは沈黙していた。
正直、王女のセンスがまったくもって意味不明だ。
なぜ後継者募集がスコップする(動詞)になるのだ。
が。
「(呼称なんて、果てしなくどうでもいいしな……)」
一応、庶民に聞かれても問題がなさそうだ。
王女がなぜかドキドキでたまらないといった表情は気にかかるが。
この王女の変なところは、もう気にしてもしょうがないが。
「……まあ、それでも、いいか」
「ありがとうございます!」
がばあっと倒れ込むようにお礼をするリティシア。
と、コホンと咳き込むと、威厳を取り戻した顔で。
「それでは改めまして」
柔和な笑顔を浮かべると、赤スコップを大事に胸に抱きながら。
「リティシアは鉱夫さまと『スコップする』ことを――お約束、いたします」
「う……うむ?」
謎の雰囲気。まるで告白である。
むしろ最愛の相手へのプロポーズである。
――事実そのとおりだったが、アランはまったく気づいていなかった。
「というか……むしろリティシアの方が『スコップ』さ、させて頂きたく……あっ!」
と、いきなり顔を手でがばあっと覆ってしまう。
「すみません、すみません、今のは忘れてくださいっ!」
「は?」
「どうか、どうかはしたないリティシアを、お許しください!」
「今のは、はしたない言動だったのか!?」
いやいやと恥ずかしがるリティシア。
やはり王族のセンスは、よくわからない。
そんな風に思いながらアランとリティシアは草原を進むのだった。
△▼△
「鉱夫さま。もう少しで、国境沿いの宿場が見えるころです」
しばらく進んだあたりで、リティシアが言った。
「軍の砦が街の近くにあるのだったな」
「ええ。おそらくわたしを追っているでしょう」
「だがリティシアが人里に行けば、絶対に話題になるだろうな」
アランは改めてリティシアの全身を見つめる。長く坑道にいたにも関わらずいまだ光を放つドレスは、穢れよけの魔法がかかった魔法のドレスだそうだ。リティシア専用の特注品であるという。
そして金髪。整った目鼻。気品あふれる仕草。
ふくよかな体つきに幼い顔立ち。
遠目からでも、リティシア第三王女としか見えないだろう。
「あの、鉱夫さま……そ、そんなにじっくり見られますと……」
リティシアは恥ずかしげに胸のあたりを腕で隠した。
「あ……すまない、失礼した」
「いえ! あの、いきなりでなければ、あの、いくらでも!」
「え」
「リティシアと……将来的に『スコップする』わけですからっ!」
「は?」
「は、恥ずかしいのは、が、がまんできますので!」
スコップと体をじろじろ見るのと、何が関係するのかさっぱりだ。
だが言動に慣れてきたので、アランは話を本筋に戻した。
「それで……軍の砦とは具体的には、どんなものだ?」
「100人ほどの詰め所です。わたしも激励に行ったことがあります」
「なら味方にはなってくれないのか?」
「それは……」
リティシアは悲しげに首を横に振った。
「そうか、難しいか」
「軍の上層部は宰相の勢力でいっぱいです。もし、わたしに味方をしてくれる下級騎士がいたとしても、捕らえられ地下牢に繋がれているでしょう。もしくは逃げたかです」
「つまり砦には敵しか残っていないのだな」
であれば、人里は極力離れて進むしかなさそうだ。
今夜は野宿だな。アランがそんなことを思ったときだった。
キィィィン!
甲高い剣の激突する音が、二人の耳に響いてきた。
「む――誰か、戦っている!?」
「えっ!?」
アランが目を凝らすと、夕暮れの草原で戦闘が繰り広げられていた。
まだ豆粒ほどの大きさだが、鉱夫は目がいい。特にアランは。具体的には10キロ先の宝石の輝きすら見落とさない。宝石鉱夫として当然の技能だ。その視力でよく見ると男が3人、女が1人いた。
全員、同じような白く輝く鎧を着ている。
肩には龍をかたどった紋章があり、リティシアのドレスの紋様と同じだ。
そんな鎧の男3人が、女1人を囲んで、剣を振るっていた。
「騎士だ。髪を上にしばった女騎士が、男の騎士6人に襲われている」
「女騎士……」
リティシアはハッと驚きの動作を見せた。
「まさか、カチュア!?」
「知り合いなのか?」
「はい! 先ほど言った、砦で歓迎してくださった女騎士です!」
アランはうなずいた。そして背中からスコップを抜く。
「では――助けねばならんな」
「はい! 走りましょう、6人が相手ではいくらカチュアでも危険です!」
カチュアというのは優秀な女騎士らしい。
リティシアも信用しているようだ。なおさらに助けなければ。
「だが、走る必要はない」
「えっ」
アランは肩にスコップを乗せると、金属部の先端を白い鎧の騎士に向けた。アランは800年前、地底奥深くの黄金宮殿で、獰猛なパイロ・ワイアームを倒した時に確信した。スコップは近接戦最強の武器だと。
過去形である。今の考えは違う。
「ここから、届く」
スコップは――遠距離戦でも、最強の武器だ。