第47話 鉱夫、ダンジョンをスコップでつくる
クロノノ率いる闇の国スコップ兵団は、半日で悪魔を王都から駆逐した。
先頭に立って羞恥の表情でスコップを振るうマイクロ布地少女クロノノ。その後に続くとてつもない士気の男たちが、『デーモンスコッパー』から発するビームで悪魔をあっという間に溶かしたのだ。
大食堂で兵団の男たちが勝どきをあげている。
王都での革命は成ったのである。あっさりと。
スコッと簡単に。
『みんなありがとう! みんながスコップする姿、とーっても『すこ』だったよ♪』
スコージ上でビキニ姿のクロノノがスコップを振り上げた。
きわどく食い込んだヒモ水着少女の満面笑顔。食堂は熱狂の渦につつまれる。
『すこ! すこ! すこ! すこー!』
闇の国は地底に築かれた国である。12の山が国内に点在しており、オデッサ達が捕まっていた王都『真なる鉄の都』は、2000メートル級の山にアリの塚のようにビッシリと広がる通路と部屋の集合体だ。
そのアリの塚がたった半日で開放されてしまった。
クロノノ率いる、スコップ兵団の手によって。
『めでてえ! めでてえ! クロノノ様ばんざい、オデッサ様ばんざーい!』
「ちょ、ちょっ……待ってってば!」
食堂の中央で胴上げされる赤毛のポニーテール少女オデッサ。
革命に、オデッサはついていくだけで精一杯だった。
思考はいまだに混乱している。
だって、オデッサはなんにもしてない。
ただクロノノとアランについていったただけだ。
アランがグッとスコップを握ったと思ったら、革命がはじまったのだ。
「(なにが……本当に何が起きたのっ……!?)」
わからない。なにひとつわからない。
だけれども――。
「オデッサ様、ああ、ありがとうございます、ああ、こんな日が来るなんてっ……!」
「うううああ……好きだ、好きだったんだエデル! 結婚しよう!」
「もちろんよアベル!」
感動にむせび泣き、目の前で抱き合う親友の男女。悪魔の苗床の証を彫られ、恋人と引き裂かれていた親友。そのタトゥーがスコップで『抜かれ』愛し合うことができるようになった。それに喜んでいるのだ。
密着して抱き合い、互いに情熱のキスを交わしている。
ほんとうに――ほんとうに、幸せそうだ。
「……………………あ、うぅ」
スコップってなに。おかしい。こんなの絶対おかしいよ。
その思いはいまだオデッサの中にくすぶっている。
だけれども――。
「エデル、エデルっ!」
「アベル……好き、好き、好きっ!」
みんなが笑顔なのである。
5年間オデッサが夢にまで見た情景がいまそこにあるのである。
その幸せに――水をかけるような真似なんて、絶対にできない。
「…………っ」
スコップは凄い。スコップは人類を救う。
私もそう理解すべきかもしれない。なんとか割り切らないと。
オデッサはそんな逡巡を抱きつつ、そばに立つアランに声をかける。
「アラン。れ、レジスタンスの代表として改めて礼を言わせてもらうわ……」
なんとか礼を言えた。
感謝しているのは事実だった。
この男の助力がなければ、革命は成らなかった。
それが例えどんなに意味不明な力でも、助力は助力なのだ。
「オデッサ。礼を言うのはまだ早いぞ。残りの山を開放してからだ」
残り11の拠点はまだ悪魔に支配されている。
闇の国スコップ兵団で、それらも解放しなければならない。
「た、確かにそのとおりね。ではさっそく突撃――」
「いや。攻める前に王都の守りを固める。悪魔は地獄からいくらでも湧くのだ」
「守りを固める……?」
アランはスコップを構えて得意げに笑った。
「うむ。地底への侵攻を阻む障壁――すなわち、ダンジョンを掘る」
オデッサは少しだけ考えてから、静かに首を横に振った。
「それなら私達が既にやったわ。でも無駄だったのよ……」
闇の国はもともと鉱夫の国だ。侵入者を阻む迷路は、お手の物だ。28階層にも及ぶ、地底の王都を囲むダンジョン。迷路と罠を満載した『帰らずの迷宮』。だが、悪魔の侵攻はそんなものでは止まらなかった。
すべての罠は踏み潰され、迷路は数十分であっという間に突破された。
時間稼ぎにすらならなかった。
人間ごときが掘るダンジョンでは悪魔は止められないのだ。
オデッサはそう説明したが、しかしアランは自信満々の表情を崩さない。
「オデッサ。それは、ダンジョンの掘り方が間違っていたのだ」
「掘り方ですって?」
「地底の住民なら覚えておくがよい。真のダンジョンとは――」
アランがスコップで土壁をコツンと突いた。直後、ドゴオオオオオオオオゥゥゥン! 轟音と共に壁が輝く緑色の金属に変わった。スコップで土壁の分子構造を『埋めて』土からアダマンティンへと、原子配列を変換したのだ。
スコップ原子変換。
強度の高いダンジョンを掘るには必須技術である。
「――侵入者がたとえ神であろうと、絶対に追い返す。そういうものだ。」
壁がいきなりアダマンティンに変わった……。
「……くっ」
オデッサはマグマの底にぶっ飛びそうな意識をなんとか抑えた。たびかさなる拷問で鍛えられた精神が、なんとか正気を保とうとする。大丈夫。落ち着くのよ私。脳がスコップで汚染されかけてるけど、体まではそうじゃないのよ。
落ち着いて、自分の姿を鏡でよーく見るの。
ほら、私はきちんと人間のままじゃない――ほら――あれ――?
「――――みじゅぎ、だ」
姿は確かに人間であった。ほぼ生まれたまま。ただし裸よりひどかった。
オデッサは白のマイクロビキニ一丁の、すこな姿だったのだ。
スコップ革命の衝撃で、ずっと気付いてなかったらしい。
……やっぱり、私はもう、だめかもしれない。
△▼△
アランは王都を覆うダンジョン『帰らずの迷宮』の地図を見ていた。
28階層におよぶ巨大な迷路の地図が、スコップの金属部に映っている。
「壁と床をすべてアダマンティン製にしたのね」
とりあえず原子変換のことは棚に上げた。
スコップは万能魔法だと理解するしかない。
とにかく話を進めてゆく。
「でも、それだけでは足りないわよ」
あの最硬質の金属なら、確かに悪魔の侵攻にある程度耐えられる。
とはいえ絶対ではない。力を持つ悪魔が全力で叩けば破られる。
「うむ。そこでオデッサよ、『ダンジョンの3大要素』を教えよう」
「3大要素?」
「ひとつ目は……よし、ちょうど悪魔が侵入してきた」
アランがマップを指差すと赤い点が10数個点滅していた。
点滅はダンジョンの第1層を凄まじい速度で突破、数十秒で2階に侵入。
「1層が突破されるまで約3分。オデッサ、どうすればよいかわかるか?」
「攻略されている途中に、スコップ兵団で迎撃するのね」
「いや違う。ここはスコップを使う」
「(いつも使ってるじゃない……)」
アランがスコップを握ってグッと力を入れた。シャイイイィィィン! スコップが光り輝きアランがダンジョンを掘り進む。ざくざくざくざく! 5秒でアランが戻ってきたときには地図の第28層の上に、第29層ができていた。
階層が、増えた。
悪魔はまだ第2層をさまよっている。
「攻略される以上の速度で、階層を増やせばよい」
「待って」
「待ってはいかん。ダンジョン3大要素の1『無限性』を確保するために常に掘り続けるのだ」
「とにかく待って」
「階層を作るスペースが心配か? 安心しろ、スコップの金属部で叩けば、地中の時空を『引き伸ばす』ことができる。いくらでもダンジョンを広げられるぞ」
オデッサは思考にスコスコと風穴が広がるような気分だ。
だが死ぬ気で正気を保つと。
「それはねアランさん、貴方にしかできないの。人類にはできないの。わかる?」
「大丈夫だ。俺の弟子のクロノノがいる」
アランはクロノノとスコップ兵団のうち20人を呼び寄せた。ダンジョンの基本その1『無限』を説明する。スコップ兵団達は『いやいや』『無理っす』『何がって、何もかも無理っす』『すみません流石に頭おかしいと思いますクロノノ様』と返答した。
ああ、こいつらはまだ、まともな常識を持っている。
などと安心していたらクロノノが動いた。
「あ、あのね、みんなっ!」
太ももをぴっちり閉じ、内股になる。
体を倒して、ちっちゃな胸がヒモ水着の下からのぞけそうになる格好。
スコップを構えて、恥ずかしげに口元を隠しながら。
「クロノノは……無理なことに挑戦するみんなは『すこ』だと、思うな……?」
すこ! すこ! すこ!
兵団の目にスコップの炎が灯り、ズゴゴゴゴスコオオオオオオオオ! アランには及ばぬものの、凄まじい速度でダンジョンに突進した。地図には第30層の迷路が凄まじい速度で広がっていた。約2分で完成した。
「ありがとうみんな! 練習して、もっと早く『すこ』できるようにしようね!」
『すこ! クロノノすこ! すこ練習しますこー!』
オデッサが頭を抱えた。
「うまくスコップ兵団を統率しているな。驚いたぞクロノノ」
「あ、はい。リティシア様にもらった『すこすこスコッチ』っというお酒を飲んでもらいました。そしたらみんな、すぐにスコップに慣れてくれるんです! やっぱりすごいです、姫様は!」
「…………その酒は、後で没収する」
「えっ」
酒のことは気になるが、ともあれ今はダンジョンだ。
アランはオデッサへの解説を続ける。
「続いてダンジョン第2の要素――それは『経済性』だ」
アランがスコップを構える。スコスコっと数十の掘削兵が生み出された。ただし普段とは違い、手にはそろばんを持ち、背中に数十本の値札のついたスコップを背負っていた。
『ヘイラッシャイ!』掘削兵の一匹が言った。
この掘削兵は、店主の役目をするのだ。
「ダンジョン掘削には鉱夫の給料がいる。その金は侵入する悪魔から回収するのだ」
「待って」
「待ってはいかん。商売は迅速が第一だ」
「とにかく待って」
アランはまた待たなかった。パチンと指を鳴らすと掘削兵がいっせいにダンジョンに散ってゆく。入り口を周辺に店に構えた。悪魔を相手に、宝石や魂や悪魔の通貨『マッカ』と引き換えに、スコップを販売するのだ。
回収した通貨は、鉱夫の給料や食料に回すのである。
これで、無限にダンジョンを掘り続けられるというわけだ。
「経済性は無限ダンジョンの実現に必要不可欠――どうしたオデッサ?」
オデッサは机にあたまを突っ伏していた。
あたまがスコップでカチ割られるようにいたい。
「続けるぞ。最後にして最も重要なダンジョン要素。オデッサ、わかるか?」
「なにもかもわからないわ」
「そのとおり」
「え」
「最も大事なのは、侵入者が何もかもわからなくなるほど『掘り返す』ことだ」
アランがグッと気合を入れてスコップを握り――ズゴゴゴゴオオオウウ! まるで地震のように王都が揺れた。アランの『掘り返し』である。一度掘ったダンジョンをもう一度掘り返すことで、迷路に罠に店、あらゆる構造を変える。
地震による地殻変動。
それをスコップを使うことで人為的に起こすのである。
スコップは地底の王者。地震など自由自在である。
「同じ構造のダンジョンではいつかは攻略される――だから『掘り返す』」
ダンジョンは1日たりとも同じ構造であってはならない。
情報を共有され、攻略されてしまうからだ。
常に『掘り返し』構造を変え続ける――それはすなわち『変化』。
変化こそ、ダンジョンに最も大事な要素なのだ。
「『掘り返し』は比較的高度な技だがクロノノが率いれば……どうしたオデッサ?」
オデッサは精一杯に頭を回転させてツッコミをひねりだそうとした。
私の知ってるダンジョンと、ちがう。そう言おうとした。
だが言葉にならなかった。
頭が掘り返されてぐちゃぐちゃになっていた。
「ふうっ」
――クロノノ、私、やっぱりもうだめみたい。
あとはよろしく。
心の中で言って、ぶっ倒れようとした瞬間だ。
「あ、アランさま、あの、すみません!」
マイクロビキニ姿のクロノノがトトっと寄ってきた。
なぜか申し訳無さそうだった。
「あの……すみません。スコップ兵団の人達が『地震は流石に無理っす』『いくらクロノノ様がスコでも無理です』『いくら褐色ロリ様のマイクロビキニ様のスコ力でも絶対無理です』って言うんです……」
「む……そうか。理屈がよくわからんが、クロノノでも厳しいのか」
ああ。オデッサは安堵した。
兵団の人にも、人類としての常識がわずかに残っていたのね。
よかった。闇の国は人類の国だ。悪魔の国でもスコップの国でもない――。
「だからね、オデッサ」
クロノノがくるりと振り向いた。
ぞくり。オデッサの背筋に嫌な予感が走った、直後。
「わたしと一緒に『スコライブ』してほしいの!」
スコオオオオオォォォォォン……。
どこかでスコップが崖から落ちる音がした。
オデッサの意識も崖からアイキャンフライしそうだった。
「そしたら、スコップ兵団のみんなも『真面目なオデッサ様の恥ずかしいすこ!?』『赤髪ポニーテールCカップ白ビキニすこ!?』『震えるぜ俺のスコップが……!』とかで、もっとがんばって『すこ』できるんだって! だからわたしと一緒に――」
そのへんでオデッサの意識は薄れていた。
わからない。なにもかもわからない。わかりたくない。
ただひとつだけ、わかってしまうことがあった。
「ふむ。体調が悪いようだな。スコップ・ヒーリングをかけよう」
「アランさま、お願いします! よかったねオデッサ、これでスコできるよ!」
――闇の国はきょう限りで、スコップの国になるだろう。
確信してオデッサはぶっ倒れた。
幸薄き、少女であった。
幸薄きオデッサちゃんの薄幸スコライブが見たい方はブクマ評価のうえ『赤髪ポニすこほんとすこ』と3回……ちがうんですスコップDM。ぼくはダンジョン回をまじめに書いただけの無罪作者です。決してクロノノちゃんによる天真爛漫責めが見たかったわけでは(このへんでかべのなかに埋められた




