第42話 ルーシィのふわとろスコップ
【お知らせ】書籍化決定しました。活動報告をご参照ください。
アランはスコップで自らを天使炉に『埋めて』ダイブした。ルーシィや他の天使を、一人残らず『すくう』ために確実な方法を取ったのだ。目をつむり、タマゴのからのような中身にスコップで突っ込む。
ゴゴボゴボと突き抜ける感覚の後に目を開けると――。
むわっと、白い湯気がたちこめた。
「……銭湯?」
目の前にはのれんがあった。『天使湯』と書かれている。中を見るとルーシィではない穏やかな表情の天使が、番台の上に正座していた。ほぼ裸だ。タオルで体を隠しているがふっくら太ももも胸も見えてしまいそう。これが、天使炉の内部。
――誰だこんなの作った阿呆は。
と、その天使はアランに気付いたようで微笑んだ。
「いらっしゃいませお客様。『天使炉』へようこそ」
深々と、まるで新婚の妻のように挨拶をしてみせた。
「おまえが管理者……いや、天使炉そのものだな?」
「ええ。お客様は天使ではありませんね……しかし、問題ありません」
番台天使は『エンジェル』と文字の書かれた洗面器を差し出した。中には『とろけるソープ』『ふわほわシャンプー』『てんごくリンス』が入っている。どう見ても入浴セットである。
アランに一つの疑問が湧き上がる。
「番台。タオルがないぞ」
「あらあら。そんなものは不要ですわ。だってそうでしょう?」
番台天使はくすくすと笑うと、妖しく目を光らせて。
「すべての天使は、私の中でとろけるのです。湯を上がることなど永久にありません」
どうやらふざけているのは見た目と名前だけらしい。
さっさとルーシィを救い出そう。
アランは邪悪な番台天使をスコップで雪山の絵に埋め立てると(『えっ!?』と悲鳴があがった)脱衣所に入った。誰もいない。ただ、大量の天使の薄い布や下着が、きちんと畳まれてカゴに入っている。女性のどこか甘い匂いが残っていた。アラン自身も、いつの間にか腰にタオルを巻いただけの格好になっていることに気付いた。
曇りガラスのドアを開ける。
「……む」
むわあああっと、湯気がたちこめた。そこかしこから、女性の声も。
やがて見えてきたのは天国――あるいは地獄だ。
大理石づくりの湯の中のいたるところに、天使がいる。100人近い。全員が湯に気持ちよさそうに浸かっている。気持ちよさそう、どころではない。恍惚とした表情というのが適切だろう。翼がどろりと……溶け落ちそうだ。
文字通り、溶かされているのだ。身も心も。
「やああ、それ、いやあ……っ」
湯の中央あたりに、まだ目の光に正気がある1人の天使がいた。彼女は5人の天使に囲まれ、洗われていた。長い金髪を優しくわしゃわしゃ、手の指先に指先をからめてこすりこすり、胸板に抱きついて体も洗われている。
そのたびに目がトロンと生気を失ってゆく。
代わりに、周囲の湯がコポコポと沸くように泡立っていた。
「あら……新しいおなかま……まあ、たくましい方……!」
その様子を黙って観察していると、数人の天使がアランに寄ってきた。年は10代かそこら。とろけた瞳をアランに向ける。大きな胸を揺らして、誘うような視線だ。あなたもいっしょに溶けましょう。天使のお湯でとけましょう。
それはとってもとっても、天国よりも、きもちのいいこと。
瞳で伝えながら、天使たちはゆらゆらと手を伸ばしてくる。
その天使をアランは――。
「Dig!」
スコップ金属部に天使を乗せて、すくいあげてシュート!
「きゃ、ひああんっ!?」
全裸の天使はそのままスコーンと脱衣所にぶっ飛んだ。
予めアランが用意したバスタオルの中にぼすんと頭から突っ込む。
「ちょ……に、人間のくせに、なにをっ!」
「美しき天使のお湯で、とろけたくないのっ!?」
「天使だろうが誰だろうが」
スコンスコーン。残りの2人も同様に脱衣所にシュートした。
「心に深みがなく、掘る余地のない女に――魅力などあるものか」
アランとて男である。女に興味がないわけではない。
だが『天使炉』に心を溶かした女など、まったく魅力的には思えない。そういう意味ではエルフ城で湯をともにしたエルフ少女フィオの方がよほど、やばかった。鉱夫のアダマンティンの自制心がなければ、まずいほどに魅惑的だった。
体がどうこうではない。いや、体も確かに凄いのだが。エルフの里の復興のためスコップを求める健気な彼女の奥に、恥ずかしげな裸体がある――その深みこそが、魅力的なのだ。心を、体を、掘りたいという衝動を呼び覚ますのだ。
もちろん彼女は大切な義理の姪であり、手を出すつもりなどないが。
「ルーシィは、どこだ?」
さっさと天使を全員すくって、こんな炉は壊してしまおう。
ザバザバと湯をかきわけて進む。からみあう美しい天使たちを、片っ端から脱衣所にすくいあげながら、奥へと進む。やがて見慣れた金髪が見えた。ルーシィだ。湯の中で2人の天使に囲まれ、翼を丹念にごしごしと手で洗われている。
ごしごしごしごし。
ルーシィがぴくんぴくんと洗われるたびに震えている。
表情は既に、恍惚としたものになっていた。
「ああ……ふぅぅぅぅ……」
「きれいな翼……ふわふわで、ほわほわです」
「とろけましょう、とろけましょう、とろとろふわふわに」
「どけ」
スコーン!
「「きゃああああ!?」」
すこんすこーん。一瞬で2人を脱衣所にシュートした。
あとで彼女たちの記憶も掘り起こしておこう。
「ルーシィ。俺だ。アランだ」
「ああ……あらん……?」
とろんとした瞳のままアランを見つめるルーシィ。
「アラン……だれ……?」
「む」
「それより私……とけたい……もっとふわふわ、とろけさせて……っ」
記憶を失っているらしい。しなだれかかってくるルーシィ。たわわな胸が、ぷるんぷるんと揺れて、くにゅっと腕に包まれてゆがむ。天使2人に洗われていた翼を、アランの背中にやって、くすぐるように撫でてくる。
とけたいの。とろけたいの。もっとフワフワに、とろけたいの。
アランはそんなルーシィの誘惑を――。
「今助けるぞ、ルーシィ」
完全無視。
スチャリ。スコップを構えた。
心を失ったルーシィの誘惑に、アランの心が動く可能性などない。
さっさと記憶を掘り起こすとしよう――と、そのときだ。
「お待ち下さいますこと、アランさまっ!」
天使の声がした。振り返ると紫色の髪をした天使がいた。
ガブリエラだ。他の天使と違って、その身にバスタオルをまとっている――といってもタオルだけなので、その豊満な体のラインは透けて見えるかのようだ。瞳は正気の色のままのように見える。
他の天使と違って、なかなか魅惑的だ。
アランはその体から視線をそらしながら答える。
「ガ、ガブリエラ? なぜここに?」
「リティシア姫より『スコップ通信』があり妹の体と心が『天使炉』に囚われたと!」
「どうやって天使炉に入ってきた」
「それはカチュア殿にお頼みして。見よう見まねのスコップでできました」
あの騎士も、スコップ使いとして一人前に近づいているようだ。
と、ガブリエラはちゃぷちゃぷとルーシィとアランに近寄ってくる。
「ルーシィなら大丈夫だ。今、俺が心を掘り起こす」
「その役目、わたくしが協力いたすこと、ぜひお許し願いたく!」
「……協力?」
「姉のわたくしがいれば、ルーシィの記憶を掘り起こすことも可能です」
「ふむ」
実のところ、アランひとりでも、湯に溶けた記憶をすくい上げることはできる。だが親類のガブリエラがいたほうが、確かに見つけやすいかもしれない。そして何より、妹を救いたいという思いを軽視すべきではない。
アランがうなずくと、ガブリエラはルーシィのそばに近づいた。
背後から抱きかかえる。
湯に浸かり、火照った二人の天使の顔がアランにゆっくりと向いた。
「アラン様……準備、できております。『スコップ』をお願いしますこ」
抱き合いながら懇願してくる姉妹天使。
あなたのすべてを、2人で受け入れます――そう言っているかのよう。
「(いや、いかんいかん)」
いまはそんな場合ではない。慌てて雑念を振り払う。
そして二人の浸かる湯めがけて、一直線にスコップを突き入れた。
ほわあああんっ!
強烈な勢いで湯気が立ち上りそこに映像が映る。
幼い二人の天使が、神殿を駆け回る姿だった。
「あ……う……?」
「ルーシィ、思い出して……私達の過去を……」
ガブリエラの声にルーシィは反応を示した。
頭がぼうっとする。わたしはだれ。わからない。
でも誰かに抱かれている。懐かしい感触。懐かしいにおい。
この懐かしい誰かは――お姉さまに。
「ルーシィ……ほら、あれを見て」
目の前には映像。どこかでみた風景。
『ガブリエラおねえさま、ルーシィはきょう、てんしになります!』
『よく言えました。ええ、あなたは私の自慢の妹ですよ』
知っている。このあと『パンテオン』の主神から祝福を授かった。
天使の翼を、天使の輪を、そして――と、映像がブゥンと歪んだ。
『天使ルーシィ。天なる使いの証として』
ルーシィの目に生気が戻ってゆく。
そうだ――この後に私は、主神から天使の証たる――あれを――。
『天使のスコップを授ける』
びしり。
脱衣所の方向でガラスがひび割れる音がした。
ルーシィの目に生気が戻っていたがそれ以上に混乱が戻っていた。
「ま……ま、待ってガブリエラお姉さま、いま何か、ちがった……ような……っ」
スコップ? あれ、もらったのはスコップ?
そうだっけ。そうだっけ。私の記憶ってこんなのだっけ?
「まあ! ルーシィ、記憶がすこし戻ったのね、ルーシィ!」
「も、戻りましたけど、なにかが、なにかが違う気が……!」
「でも足りないわ! アラン様、次のスコップを!」
アランが無言でスコップを湯に突き入れた。映像の場面が変わった。黒き太陽が輝く大地。天軍の一員、見習い天使兵として、初の戦場におもむいた。ガブリエラの戦いをただ見ているだけだった。
『ルーシィ。私の技を、よく見ていなさい』
傷ついたルーシィの前に立ち、ガブリエラは微笑んだ。
ああ、思い出した。お姉さまが得意とする、あの必殺スキル――!
『神聖スコップ波動砲!』
ドシュオオオオウウウズガアアン!
映像のガブリエラがスコップを持って波動砲を発射していた。ルーシィは、戦場の他の天使も全員スコップを握っていることに気付いた。というか悪魔もだった。当然だ、スコップは天界でも魔界でも、最強の武器なのだから――!
「……………………?」
あれ。あれれ。
お姉さまの必殺技って、こういうのだったっけ?
「え……あれ、あの、お姉さまって、あの、スコップ……!?」
「もうすこしです、アラン様、最後のスコップです!」
アランがスコップを突き入れた。ルーシィが浮遊都市を探索していた。スコップで四大元素の塔を攻略し、スコップで魔法王を倒し、スコップで大悪魔パズズを撃退。『スコップエンジェル! スコップエンジェル!』仲間みんながルーシィを褒め称えた。
崇めよ、スコップ天使、ルーシィ!
偉大なるスコップ天使、ルーシィ!
映像の中の人間も、天使も、悪魔も、合唱し始めた。
「あ……すこっぷ……スコップ天使……っ!?」
ガブリエラがぎゅううっとルーシィを抱きしめ、耳元でささやく。
「そう、あなたはスコップ天使、いいえスコップ天使長なのよ、ルーシィ」
「天使長、私が、ばかでおろかな私が、天使長……っ!」
フワフワと気分が高揚してゆく。嬉しい。姉と同じだ。落ちこぼれの自分が姉と同じ天使長。そうなんだ。それならいい。何かが壮絶に違う気がするけど、そんなの気のせい。ポロポロと涙がこぼれてるけど、きっと嬉し涙。
「あああ……私……スコップ……っ!」
どんどん記憶が『スコップ』で埋まってゆくのがわかる。
「あああ……すこっぷ……てんしちょう……っ!」
私は……ルーシィは……スコップ天使長? ほんとうにそれでいいの? 心は良いと言っている。体はスコップを求めている。じゃあいいはず。何も迷うことなんてない。ただ心を無にして記憶を――スコップを受け入れればいい。
ルーシィの目にスコップの光が灯りかけた――まさに、その瞬間だった。
『目を覚ませルーシィ!』
「……っ!?」
彼女の声が響いた。涙を吹き飛ばすような強烈な声。
勇者カチュアだ。映像の中の。ルーシィをまっすぐに見つめている。
『しっかりするんだ、私がついているぞルーシィ!』
懐かしい声。そうだ。私はこの声を知っている。
スコップに立ち向かうこの声を――知っている!
『スコップなんかに、負けるんじゃないっ!!』
「~~~~~っっっ!」
バキィィィィィィイン!
何かが砕け散った音がした。脱衣所でコーヒー牛乳の瓶が割れた音だ。ルーシィが湯船の中で汗だくでゼーハーと息をつく。ちがう。ちがう。スコップちがう。こんなスコップは私の記憶とはちがう――そうよね、カチュア!
「ちが……う!!!」
はっきりと己の足で立ちあがり、ルーシィは力強く宣言した。
「私は……私は、スコップ天使なんかじゃないっ!!!」
「あ、戻ってしまいますこ。仕方ないもう一度……ひゃうっ!?」
ぺしん。
ルーシィに再度抱きつこうとしたガブリエラをアランが止めた。
「ガブリエラ。リティシアに何か吹き込まれてきたな?」
「うっ」
「心はあるがままが美しく堀りがいがあるのだ。記憶改ざんはよせ」
「は、反省していますこ(´・ω・`)」
ぜーはーと汗だくだが、瞳に生気の戻ったルーシィが、堂々と言う。
「鉱夫アラン! さっさとこんな天使炉は壊しましょう!」
「うむ……だがルーシィ、タオルで体を隠してくれ。直視できん」
「……え?」
そこでルーシィは己の体を見下ろした。まばゆいばかりの裸体だった。89センチのたわわすぎる胸。うなじからしたたり落ちるお湯。引き締まったウエストにちょぼんとあいたおへその穴がはっきりと見える。
そして下半身。はいてた。中央上に天使の翼のかざりがある、白い布。だが天使の湯でほとんど溶けてしまい、もはや透明な布だ。スベスベの布は、ほぼ透けている。さっきまで天使炉でとろけきっていた、ルーシィの肢体。
そのことに気づき、羞恥にヒートアップする、ルーシィの表情。
「ぐぬっ」
アランのアダマンティンの自制心が揺れる。
これは――とろけきった天使風呂より、遥かに深みがある。
「きゃ……きゃああううううううっ!?」
「は、早く隠せ!」
じゃぼーん。慌ててルーシィは湯に身体を沈めた。
「アランさま、せっかくですから、姉妹でお背中をお洗いスコップしますこ?」
「しない。早く出るぞ」
「すこですのに(´・ω・`)」
なぜか残念そうなガブリエラは、やっぱりリティシアそっくりだった。
△▼△
「勇者カチュア、ありがとう、本当にありがとうございます……っ!」
99人の天使をすくい上げ天使炉を破壊し、一行はエルフ城に戻っていた。大広間ではルーシィが土下座しかねない勢いでカチュアに礼を言っている。カチュアの言葉がなければ間違いなく堕ちきっていた。
「ルーシィは命あるかぎり、勇者カチュアにお仕えいたします!」
「え。私はこまる、困るぞ……?」
などと言いつつ照れて嬉しそうなカチュア。
そして隣ではリティシアが残念そうだ。
「リティシア。ガブリエラに何かしただろう」
ぎくうっ。リティシアがわかりやすく反応した。
「あ、いえ、ちょっと『スコップ通信』しただけでしてっ!」
「……まるでリティシア自身と話しているようだったが?」
「すこっ!?(汗)」
図星らしい。スコップを抱えてアセアセ。
半信半疑だったがまさか本当にガブリエラに憑依していたのか?
いくらリティシアといえど、そこまでの無茶は――。
「――いや。そうか、アリスと魔法王だな」
「すここっ!?(滝汗)」
『わ、わらわは反対したのじゃ! したのじゃぞ!』
ファルシナールは精神魔法を使えた。その力をアリス経由で利用し、精神をガブリエラに一時転写したのだ。なんのためってまあ、ルーシィをスコップ天使にするためだろう。リティシアはスコップを使いこなし過ぎている――。
が、アランにとっては少し嬉しくもある。
――俺以外にもスコップを使いこなせる奴がいる。
仲間ができるのは、誰だって、嬉しいものなのだ。
「……あまり精神をいじくるな、リティシア」
「う。すこませんでした……(´・ω・`)」
強く言うつもりにはなれなかった。実際、実害は出なかったわけだ。
――アランの論理感も、だいたいスコップである。
「まあ、それはともかく。ともあれ、オーブは6つ集まったわけだな」
机の上には6色のオーブが転がっている。7つのオーブを集め、宰相ゼルベルグの野望を打ち砕くまで、あと残すところ1つだけだ。その場所がどこなのかリティシアに確認すると、今までで一番真剣な表情になった。
「闇の国、通称『ダークリージョン』です」
ゼルベルグの本拠地とされる、闇の国。常に嵐雲が立ち込める、太陽のない国。他国との交流はほとんどなく、実態はほとんど知られていない。悪魔が治める国である、とも謳われている。ゼルベルグなどを見る限りそれは真実だろう。
「闇の王が住まう地下大城塞『モルメギル』にパープルオーブがある、らしいです」
「地下大城塞――なるほど。よいではないか」
アランがとくいげに笑ってスコップを構えた。
「地下を最も得意とする、スコップの出番というわけだ」
全員が力強くうなずく中、カチュアは考えていた。
地下はたしかにスコップの本場だろう。だが、地上も海も空もぜんぶ得意だったスコップが――これ以上、強力になるのか? カチュアには想像もつかなかったが、一つだけ確かなことがある。
闇の国での冒険はまちがいなく――。
「侵入はスコップトンネル、スコップ地下鉄、スコップ地中戦艦……やはり戦艦だな」
――ひどいことに、なりそうだ。
ルーシィ&ガブリエラの天使湯スコップの続きが読みたい方は、ブクマ評価のうえ『ふわとろ天使湯ほんとすこ(* ´ω` *)』と……ちがいますスコップ編集長、ぼくは天使風呂を本気で書きたかっただけの無罪作者です。決して書籍化と6章完にかこつけて評価ポイントを更にかせごうとしたわけでは(このへんで存在をボツられた




