第40話 女騎士、空の魔法王を打ち倒す
水の塔の攻略が完了した。
一行は中庭で情報を整理中である。攻略中、アランの指導によりルーシィは新たなスキルを獲得した。塔の頂上にある『水の聖杯』を神聖なる水で満たすために獲得したスキルだ。その名も『降水魔法(SCPL 1)』。
その名前を見てルーシィは安堵のため息をついていた。
「ああ……やった、やりました勇者カチュア、比較的まともなスキルですっ!」
「ああ、そうだな、よかったなルーシィ」
クリスマスのプレゼントをもらった子供みたいに喜ぶルーシィ。その笑顔を壊したくないので、降水魔法の読みが『すこールマジック』であることは内緒だ。カチュアは優しい聖騎士なのだ。
と、ピロピロリーン。
また効果音が響きスキルに『五大元素の天使(SCPL 1)』が追加された。
ルーシィが目を輝かせ、ぱんっと手を叩いた。
「わ、私がまさか『元素の天使』になれるなんて……!」
「知っているのかルーシィ?」
「地水火風、4つの元素を使いこなすエリート天使の称号なのですっ!」
「なるほど……ん、4つ?」
スキル名には『五大元素』とあるが。
と、リティシアがつつーっ寄ってきた。
「なまいき天使さん。5つめの元素が何か、おわかりですこ?」
「え……」
「もちろんスコ――ん、んーっ!?」
言いかけたリティシアの口をカチュアが全力で抑えた。ルーシィをこれ以上混乱させるのは忍びない。たとえ欺瞞でも夢を見せておいてやりたい。というかなんで私は天使を気遣っているのだろう……。
そんなカチュアの肩をアランがぽんと叩いた。
「カチュア。その調子でリティシアの制御を頼む」
とんでもない無茶振りである。
「断る! アラン、貴様がやれ!」
「俺が羽交い締めにすると、なぜかリティシアが照れながら喜ぶのだ」
「すこー(>ω<)」
「………………」
カチュアは思った。
姫殿下は世界の未来のため、この空島に置き去りにすべきではないか。
「……もういい。アラン、さっさと先に進もう!」
とにかく4つの元素の鍵が揃ったのだ。中央の塔へ向かう。4大元素の塔を全部合わせたよりも大きい、塔というより城塞だ。古代魔法文明期の遺跡。ゴゥンゴゥンと謎の音を立てており今も稼働中のようだ。
ルーシィによれば、この塔の宝物庫に『ゴールドオーブ』があるはずだという。
「魔法のトラップがあるぞ。カチュア、気をつけろ」
「罠などアランなら埋められるだろう?」
「埋められるが、今回はカチュアとルーシィを育成中だ。二人に埋めてもらう」
「私はやらないからな?」
などと話しながら城門を開く。黒くぬめっとした謎の材質でつくられた、一本道の通路をゆく。やがて魔法の灯りがともった大広間に出た。玉座の間のようだ。宝石がきらめく玉座が見える。
魔法の力か劣化はないようだが、まったくの無人だ。
あたりを見回すが、入ってきた扉以外に入口はない。
「ここに宝物庫があるはずなのですけど」
ルーシィによればこの空島は、魔法王ファルシナールの城だったという。
近年、その宝物庫に『ゴールドオーブ』が運び込まれたのだとか。
「宝物庫への隠し扉があるな。カチュア、掘り当ててみろ」
「やらないと言っただろう!?」
と、カチュアが叫んだそのときだ。
『無礼な――誰だ、余の眠りを、覚ますものは』
大広間にエコーがかった声が反響した。
「誰かいるのか!?」
若い女性の、しかし威厳のこもった声だ。それをカチュアが認識したとき、ゴオオオウウウウウと闇のオーラが、玉座周辺に竜巻のようにうずまいた。シュオウと風が吹いて、室内にもかかわらず稲光が見えた。
無人だったはずの玉座に――黒いドレス、黒い髪をまとった女性が座っていた。
年は20かそこら。切れ長の目に、信じがたいほどの威圧感を覚える。
「誰だっ!?」
『ほう。『魔法王』ファルシナールの顔を知らぬか。たわけた蛮人よ』
くくくっと、女性は心底面白そうに笑ってみせた。
ファルシナール。その名をカチュアは知っていた。
第八十八代の魔法王、もっとも美しくもっとも残忍な、空の女王。
ファルシナールはカチュア、アラン、リティシアを順番に指差すと。
『ふむ。蛮人が3匹に……』
そこで表情を険しいものに変える。ルーシィがびくんっと震えた。
『神の蝋人形が1体。気に入らん』
「っ!?」
『余の世界に神の手はいらぬ――目障りだ、死ぬがよい』
ファルシナールが手をブウンっと振るった。大広間に充満した闇の波動が、突如収束。槍状となりファルシナールの手から射出。凄まじい速度でルーシィに向かう。避けなければ――だめだ追尾型だ、ホーリィランスで迎撃、だめ間に合わないっ!!
ガブリエラお姉さま――っ!
「聖波動撃(ジャスティストリーム!)」
シュオオオオオオオオウウウ!
「……え」
「ルーシィ! 気圧されるな、こいつは敵だ!」
瞬時に反応したカチュアの聖波動撃(自称)が闇のエネルギーを迎撃。
やった。やれた。なんとか間に合った。でも――恐ろしくギリギリだ!
カチュアは耐えきれずアランを見た。
「アラン、やるぞ!」
アランはカチュアと、ルーシィと、リティシアを順番に見た。
そして『ふむ』と少し考え込むと――。
「カチュア、ここは任せた。俺はアリスを呼んでくる」
「はあっ!?」
とんでもないことを言い出した。
「魔法王とはいえアンデッド。アリスに支配させて情報を聞き出したい」
「いや待て、待てっ! 私たち二人に、時間稼ぎをさせるつもりか!?」
「今回は二人の育成だと言っただろう」
そんな無茶な。ファルシナールの手には再び魔力が収束している。
はっきり言って、さっき防げたのは偶然だ。二度目の自信はない。
するとアランは首を横に振った。
「時間稼ぎではない。魔法王を叩きのめしておけ」
「はあっ!?」
「自身を持つのだカチュア。俺の見立てだと」
アランは笑うと、自らのスコップを地面にザンッと突き刺した。
そしてカチュアの肩をぽんと叩くと。
「カチュアとリティシアとルーシィ。3人ならあの程度の相手は、楽勝だ」
「なっ!」
「どうしても負けそうなら『スコ・スコ・スコ!』と3回叫べ。すぐ駆けつける」
「負けそうな時に悠長にそんな助けを呼べるかーっ!?」
ツッコミを入れるがアランの意思は硬いようだ。
「カチュア。他人にばかり頼っていては、聖騎士としての成長はないぞ」
「っ!?」
アランは薄く笑うと。
「俺のスコップに頼ることなく――聖騎士として『人をすくう』がよい」
そしてアランは神速で去っていった。
聖騎士の誇り。アランに頼ることなく。やれるのか。自分が。
残されたのはリティシア、カチュア、そしてルーシィの3人だけだ。
『逃げたか。懸命な蛮人だ。殺すのは最後にしてやろう』
ファルシナールがくくくっと更に楽しそうに笑っている。余裕の態度。実際、とてつもない魔力なのだ。威圧感は海の国で戦った『ハイドラ』の本体と同等か、それ以上かもしれない。しかも今はアランまで(修行のために)いないのだ。
自分ごときが――伝説の魔法王と、やれるのか?
「勇者カチュア……っ」
そのとき、カチュアの隣でルーシィがか細い声をあげた。
あどけない顔の天使。女王の威圧を受け、戦意を喪失しかけている。
だったら――カチュアはぐっと剣を握った。
「……大丈夫だルーシィ」
やれるか、じゃない。自分を頼る誰かが、そばにいる。
だったらやるしかないのだ――アランがいつもそうしてきたように。
「おおおおおおおおおおおっ!」
聖騎士の剣を握りしめ、カチュアは気合の雄叫びをあげる。青白いオーラが全身から吹き出すように湧き出てきた。一撃だ。全身全霊の力を込めて、一撃であの魔法王を、吹き飛ばす。
ふははははと、ファルシナールが愉快そうに笑った。
『大した精神力であるが。その精神から、先ずは削ごうか』
ぱちんと指を鳴らす。
『禁呪――『精神波動』』
ボウっと玉座の間に5つの球体が浮かんだ。魔力増幅の宝珠だ。ウオオオウウウウウウウウウンンン! 死霊の叫びのごとき、思考そのものに嵐が吹き抜けるような音。いけない思考が持って行かれる――だがカチュアは歯を食いしばった。
「この程度の……おおおおおおっ!
姫のスコップ洗脳に比べれば――もののかずではないのだ。
「はああああああああっ!!」
首を横に、思い切り振る。
それだけで、音はもう気にならなくなっていた。
『ほう。精神耐性持ちか、珍しい。だが天使はどうだ?』
「あ……あぐううううううっ!?」
ルーシィが膝をついてがくがくと震えていた。
いけない。ルーシィだ。彼女はカチュアほどスコップに耐性がない。
助けないと、でも一体、どうやって!?
――そのときだった。
「A-lan! Scoop! A-lan!」
誰かが叫んでいた。リティシアだった。
スコップを持ち一心に呪文を唱える王女。精神波動の音がかき消される。スコップ、アーラン、スコップ、アーラン! 声量は普通のはずなのに、死霊の叫びはどんどんと意識の外へと追いやられてゆく。
スコップ! アーラン! スコップ! アーラン!
大広間がその声だけで埋め尽くされてゆく。
玉座の間に浮かんだオーブがスコップ状に変形してゆく――。
『ぬおおおお!? 馬鹿な、余の禁呪を、逆流させるだと!?』
「A-lan! Scoop! A-lan!」
『やめろ! その歌をスコップ、やめろ、A-lan……私は何を言ってすこ!』
リティシアの叫びに、ファルシナールは頭を抑えている。
なんてことだ。魔法王の精神魔法を逆流させて――逆汚染している!
「いやあっ!? スコップ、スコップきゅるのおおしゅこしゃれるにょおおっ!?」
あとルーシィにも被害が及んでいる。っておい。
「姫殿下! その歌をやめるのです! ルーシィまで墜落(スコップ化)する!」
「わざといやですこ折角のチャンスですこ! A-lan! Scoop!」
「姫殿下ーーーっ!?」
やばい。やばい。この姫殿下があまりにもやばい!
誰か止めてくれ、このままでは世界がスコップに包まれる――っ!
『すこおおおおおぬおお、おお、おおおっ! や、やや『闇の波動』よすこーっ!』
魔法王ファルシナールの指先から、エネルギーが放たれた。ガシャアアアアアン! 浮かんだ宝珠がガラスのように割れる。魔力の残滓がぽろりとこぼれ、黒い床に落ちて溶けていった。それでリティシア姫の『A-lan』の波動は、おさまった。
「はあ、はあ、はあ、はあっ……はああああうぅぅぅう」
ぐっしょりと汗と涙で濡れまくったルーシィ。あと魔法王。
『ぐはっ……き、貴様っ! いったい何者だ、余の魔法を逆流させるなど……!』
「あ、宝珠がなくなったですこ……折角のチャンスコップが(´・ω・`)」
カチュアは震えた。
リティシア姫がおそろしくてたまらない。
「はあ、はあ、勇者カチュア、そばにいて! スコップを遠ざけて!」
「大丈夫だルーシィ! 私はここにいるぞ、無事だぞ!」
「す、すごいです勇者カチュア……あんなおぞましい声に耐えるなんて……!」
カチュアは言葉に詰まった。
あれ、そういえば私はアレ聞いても無事だぞ。なんでだ?
いや多分リティシア姫殿下と日頃から付き合っているせいだ!
「と、とにかく魔法王が弱った! 今がチャンスだ!」
カチュアは聖騎士の剣を構えた。玉座に倒れこんだ魔法王ファルシナール。渾身の力を込めて振りかぶり――『世界を救いたい』という念を込める。ズババババと神聖な光が稲妻のように迸った。
アレは今ここで倒さなければならない。
さもなくば世界が滅ぶ――主にリティシア姫の手によって!
「聖波動撃(ジャスティストリイイイイイイイイイム!)」
神聖なる波動砲を、全力で放つ。
『思い……上がるな、蛮人がああああああああ!』
苦痛の表情でファルシナールは玉座から立ち上がり、両手をカチュアに向けた。黒きエネルギーが放たれ、ズゴオオオオオオウウウウ! 2つの激流が正面から衝突し、玉座の間の空気を揺らした。
ズオオオオウウウウウウウウ!
「く……ああああああっ!」
カチュアが押されている。強い。やはり強い。誰だ楽勝なんて言ったやつは――アランだよちくしょう! スコ・スコ・スコと3回叫んで助けを呼ぶか? 一瞬浮かんだ思考。だが――その弱気を、励ます声がした
「カチュア! 手を貸します、『神の槍(ホーリィ・ランス!』!」
ルーシィがカチュアの波動に手をやり、ズゴオオオオオ!
白のエネルギーが厚みを増す。ファルシナールの圧力に対抗できる!
『天使! 天使が、天軍ごときが、余を止められるものか――ッ!』
ドオオオウウウウウ!
怒りに震えるファルシナール。一気に闇のエネルギーが増した。互角だ。カチュアは全力でエネルギーを放ち続けるが、押せない。二人がかりでもこれか――やはり楽勝なんて嘘だろう、アラン!
心の中で毒づいた、そのとき。
リティシアがしずしずと歩み出て、赤いスコップを掲げた。
「A-lan――A-lan!」
壊れたはずの魔力増幅の宝珠が、ふたたび形を取り戻してゆく。
床から『すこー、すこー』と魔力が立ち上り、宝珠を活性化させてゆく。
ファルシナールの顔が驚愕にゆがんだ。
『なっ……ばかな、余の魔力を、再利用しただと!?』
「魔力の残滓を吸収せず、床に落ちるままにしたのが間違いでしたね」
リティシアがとくいげに笑った。
「土に埋まった魔力を『掘り起こし』再利用する……スコップの得意技ですこ!」
『やめろ! やめるんだ! 私の魔法をスコップで貶めるなあああっ!』
大広間に再びあの『A-lan』の音が響き始める。
いけない――いけない、私が止めなければ! 私にしか止められない!
だって私は決意したのだ。アランにもリティシア姫殿下にも負けずに!
――この世界を(スコップ汚染から)救うのだと!
「あああああああああああああああああっ!」
その決意を思い出した瞬間、カチュアから放たれるビームが激増した。神聖波動砲。激流のごとき神聖エネルギーが、闇のエネルギーを完全に飲み込んで、ゴオオウウン! 魔法王ファルシナールを玉座ごとぶっとばした。
『ぐっはあああああっ!』
ブゥンッ!
ファルシナールが倒れ、気絶すると同時に、宝珠もかき消えた。
リティシア姫が『すこ(´・ω・`)』と残念そうに肩を落とした。
「ああ……カチュア、もうちょっと倒すことを遅くしてください」
「はあ、はあ、はあ、はあっ……!」
剣を床について、息も絶え絶えなカチュア。
それでもなんとか力を振り絞って、リティシアに振り返ると。
「姫殿下……」
「なんですこ」
「私は……スコップなどに……負けま……せん……から」
どさり。
そこで疲労のあまりぶっ倒れるカチュア。
リティシアはその体を優しく抱きかかえた。
「カチュア。その世界の理をつらぬく想いは」
くすりと笑って、続ける。
「すでに十分に、スコップなのですよ?」
「………………ちがい、ます」
「強情ですこと」
そしてカチュアは気を失った。
――こうしてカチュアは、本物の聖騎士としての一歩を踏み出した。
△▼△
数分後。
「どうだカチュア。3人なら楽勝だっただろう」
「主にリティシア姫殿下のおかげでな!」
治療を受けたカチュアは目を覚ましていた。
あれは楽勝ではなかった。辛勝でもなかった。もっとおぞましい何かだった。
とりあえずリティシア姫殿下が味方でよかったが……いや、味方なのか?
どう考えても魔法王の100倍は驚異だった気がする。
「アリス。それでファルシナールは、どうだ?」
『うう。わらわはアンデッドの便利屋さんではないのじゃぞ……』
言いながらもアリスはファルシナールの頭に手を当てピアノのように指をかたかた。
ファルシナールは『あっ、あっ』とよだれをたらして、されるがままだ。
『ふむ。支配下におけた。魔力が尽きておるのが幸いしたのう』
「ゴールドオーブと、あとついでにパズズの記憶が聞きたい」
『ふーむ。待て、待て……ここかの?』
『あ、あ、ああ……パズズ……オーブ……ぱず……』
黒髪の女性にしか見えないファルシナール。
と、突如。その目がカッと見開かれた。そして。
『――プロテクト・プログラム・発動』
オウンオウン、ファルシナールのアストラル体が赤く輝き出す。
アリスが血相を変えて立ち上がった。
『にゃ、まずっ……罠じゃ、全員下がれ!』
「Dig!」
ドゴオオウウウウ! アランのスコップが瞬時にファルシナールの体を突いた。赤の輝きが瞬時に消えた。罠を『埋めた』のだ。その間、リティシアとカチュアはぽりぽりとスコッキー(リティシア特性のクッキー)をのんびり食べていた。
アリスがぱくぱくと口を開けた。
「アリス、重要情報らしい。続けてくれ」
アランがあぐらをかいた。アリスはため息をついた。
――ちょっと見ない間に、こいつらますます、おかしなことになっとる。
主人公化しつつあるカチュアの『くやしい……でもスコップしちゃう……!(スコンスコン)』シーンが見たい方は、ブクマ評価のうえ『くやスコくやスコ!』と3回唱え……お待ちをスコップ死神長。ぼくはまともな戦闘をしようとしたら、なぜか姫が無双しはじめただけの無罪作者です。見逃して頂ければ、このフィオ&ルーシィたゆんたゆんコンビの薄い本を提供(このへんで薄い命が刈り取られた




