第3話 鉱夫、3秒でトンネルを掘る
旅の準備である。
倉庫室で、鉱夫と王女がせわしなく動いていた。
アラン一人なら準備はいらない。スコップ一本と地面があればよい。しかし今回は王女との二人旅だ。準備が必要だ。賞金稼ぎがうろついている中、どこかに隠れておくというのは危険だし、何よりもリティシア自身が自分で解決したがっている。
「鉱夫さま、鉱夫さま! 荷物をザックにつめてみました!」
「む」
げんに旅の準備も、リティシアは大はしゃぎのようだ。
洞窟にある旅道具の荷造りも『わたしやります!』と手を上げた。
「ふむ……少しつめすぎだな。二割は余裕を持つのだ」
「はい! なぜでしょう!」
「途中で何かを拾う場合が多いし、荷が重いと余計な体力を消耗する」
「はい! なるほど、さすがは鉱夫さまですっ!」
めちゃくちゃ素直で、元気で、嬉しそうである。
アランが何かを教えるたびにとんでもなく真剣に理由を知ろうとする。
なんと好奇心旺盛なお姫様だ。これが王族というものなのだろうか?
「まあ、熱心なのは、いいことだな」
キョロキョロと洞窟の壁を見回すリティシアを見ながら、アランは感心する。壁にはツルハシやヘルメットはじめ、採掘道具が立てかけてある。リティシアはそのひとつひとつに目を輝かせて、これはなんでしょう、これは、と聞いてくる。
「ふわあ……鉱夫とはこんなに、何百もの道具を使うのですね」
「まあな。俺はスコップ一本だが」
数百年前まではすべての道具を駆使していたが。
今はよほどのことがなければ、愛用のスコップ一本で、ほぼ何でもやる。地下深くには大量の道具は持っていけない。だから、一本の汎用性を追求した。
一番苦労したのはロープをスコップで代用することだ。柄を柔らかく伸ばし、どこまでも伸ばせるように腕力を鍛えた。
練習すれば、意外と、なんとかなるものだ。
「なるほどスコップ一本! やっぱりスコップがいちばん重要なのですか!」
「いや、本当にスコップ一本でいいのだが」
スコップが立ててあるあたりをリティシアはじーっと眺めている。
そわそわそわっと全身が沸き立っているかのようだ。
どう見ても――トランペットをほしがる子どもみたいだ。
「一本、持っていくか?」
声をかけると、リティシアが振り向いて目を輝かせた。
「え……よ、よいのですかっ!?」
「子ども用が確かあった」
すみっこの木箱をガサガサと漁る。二十センチほどのスコップがあった。色は赤。アランが1000年前に使っていた。短いので砂場を掘る程度にしか使えないが、材質だけはルビー鉱で、頑丈であることは間違いない。
「わ! 小さくて赤くて、かわいいです! ほんとによろしいのですか!?」
アランは黙ってリティシアに赤スコップを手渡す。
するとまるで宝物を受け取るようにリティシアの手が震えた。
「ど、どうした?」
「わたし……わたし、これ、家宝にしたいです……絶対します!」
「いやいや。なんの冗談だ。ただの子ども用スコップだ、それは」
王家の家宝とは、それすなわち国宝である。
しかしリティシアはアランの話など聞いていないようだ。
嬉しそうにスコップを胸にだいて、柄に頬をスリスリしている。
「やりました、すこっぷです! 鉱夫さまからいただいた、スコップです!」
何がそんなに嬉しいのだろうか。
まあ、それだけ大事に扱われたら、悪い気はしないのだが。
アランはぽりぽりと髪の毛をかいた。
どうも彼女をスコップで救って以来、鉱夫とスコップに憧れを持ったらしい。
「……まあいいが、リティシア。そろそろ目的地を確認させてくれ」
「え? あ、はい、すみません!」
慌てた様子でリティシアは机にトトっと向かう。
赤スコップは大事そうに抱えたままだ。
「地図で解説しますね。最初の目的地は西にある『リフテンの古城』です」
現在地は、大陸の南西部だ。ロスティールの国もここにある。
その更に西には人間の国家はない。かつては存在したが、100年前に起きた大陸規模の国家間戦争によって、国ごと消滅したのだそうだ。それを聞いてアランは『そうか』と感慨深くうなずいた。
「リフテンは滅んでしまっていたのか。残念だ」
「何かご存知なのですか?」
「領主に何度か宝玉を献上した。みな人柄良く、牧畜が盛んなのどかな国だった」
「ふふ、またご冗談ですの? リフテンに領主がいたのは、伝説の時代ですよ?」
「いや、だから俺は1024歳……もういいか」
本当に1000年以上生きているのだが。
もう説明しても信じてもらえなさそうだ。
「それでですね、魔術師の探知魔法によると古城の地下にオーブがあるのです」
「しかし困難もある、と」
「そもそも、西に行くには山脈を迂回しなければいけません」
リティシアの指がスーっと東に戻っていく。
「するとロスティールに戻る必要があります。とても危険ですが」
リティシアは真剣な口調で断言する。
「でも、それ以外に道はありません。わたしは進む必要があります」
王族としての威厳を感じさせる声だった。
アランはしばらく地図をじっと見て、やがて言う。
「道がないなら、つくればよいのでは?」
「………………は?」
王女は一瞬止まった。
そしてアランの表情を見ると、くすくすと笑う。
「鉱夫さま、道というのはですね、簡単にはつくれないのですよ?」
「そうなのか?」
「ええ。国が何十年もかけてやっと一本通す。とても大変な事業なのです」
「そうか……山以外はそうなのか」
「山はもっとたいへんです。トンネルにはたくさんのお金と人がいります」
えっへんとリティシアは、幼い顔を誇らしげにし、大きな胸を張った。
おそらく説明ができて嬉しかったのだろう。
「ふむ……なるほど、勉強になったぞ」
「ありがとうございます! 鉱夫様にお教えできることがあって、光栄です!」
えへへ、と照れながら髪の毛をいじるリティシア。
ときどき子どもっぽい仕草を見せるのだ、この子は。
「だから今度は俺が教えよう。スコップがあれば、道はつくれると」
ぴた。リティシアの動きがまた止まった。
「それは……どういった意味でしょうか?」
「ゆくぞ」
アランはスコップを背中から引き出した。
倉庫の壁の一点に、その金属の先端を向ける。
スコップはなんのためにあるか。鉱夫にとって最も重要なのは『道を掘る』ことだ。地底深くへと進むために。その一点において、アランには自信があった。何億回と繰り返したのだ。
道とは自らつくるもの。
それを、リティシアに教えなければならない。
「ふぅぅ……」
アランはスコップの金属部を壁に差しこんだ。
固い岩盤だったがアランにかかれば乙女の柔肌よりも柔らかだ。
そして――
「――Dig!」
一声。
次の瞬間、壁がまぶしい白に輝いた。
少なくともリティシアにはそのように見えただろう。
「きゃうううっ!?」
光は数秒でおさまった。
リティシアがゆっくりと目を開ける。
すると先ほどまで壁だった場所に、直径2メートルの穴が空いていた。
「…………………………」
「とりあえず1キロ掘った。あと十回も繰り返せば、山を抜ける」
リティシアは大口を開けたままだ。
「す、すみません……鉱夫さま……あの、今のはなんだったのでしょうか?」
「スコップでトンネルを掘った」
「え、え……ええ……?」
リティシアは答えを聞いてもまだ動くことができなかった。
アランの顔とスコップとを交互に見て、そして。
「掘った……あの一瞬で、1キロ? こんなにも大きな穴を?」
「ああ」
「鉱夫さまは動いたように見えませんでしたが?」
「見えないぐらい、高速で掘った」
その秘訣とは何か。
「練習の成果だ」
実査、アランはただ掘っただけである。
その証拠に壁の脇には大量の固めた土が積み上がっている。
スコップで穴を掘る。
練習すればその速度は早くなる。
最初は1メートルに10分かかった。1年練習すると5分に縮まった。10年で3分。100年で1分。そうしていくうちに、いつしか10秒、1秒と縮まり――いつしかアランは考え方を変えた。
1秒間にただひたすらに採掘作業を詰め込んでいくのだ。
1秒に10回。100回。1000回。万回。
明らかに物理法則に反した速度。
だが練習すればスコップは応えてくれた。
究極の採掘。
それは、世界の法則を無視することで、実現される。
そのことにアランが悟ったとき、採掘速度は更に爆発的に増大した。
じわりと、リティシアの目尻に涙が浮かんだ。
「こ……これが、鉱夫さまの……スコップの……力……っ!」
震えながら赤スコップをきゅうっと抱きしめている。
「まさか、山をえぐったビームも、大魔法ではなくスコップの力だったのですか!?」
「ああ」
リティシアが泣き崩れた。
「すみません! いまリティシアは、本当に、世間知らずを痛感しています……!」
「いや俺のほうが世間知らずだが……泣くな」
「うう、うううう」
どうやら感動と情けなさのあまり、泣いているようであった。
が、さすがに王女、気丈さを発揮し、赤スコップを強く握りしめると。
「わたし……決めましたっ!」
何かを振り切ったかのような、晴れ晴れとした笑顔だった。
「国が元に戻った暁には、すべての騎士にスコップを持たせましょう!」
「は?」
この王女、なにか言い出した。
「剣や魔法などなんの役に立ちましょう。スコップこそ最強の武器だったのです!」
「おーい?」
「ええ、ええ、こんなことに誰も気づかなかっただなんて! これは革命的です!」
「リティシア、おーい?」
リティシアは感極まったまま戻ってこない。
「待つのだ。スコップは俺が鉱夫だから武器としただけだ。騎士は普通の剣を」
「鉱夫さま、剣でこのような神業は不可能です!」
「どうだろう……?」
気合を入れて練習すれば、わりといけるのでは。
アランはまじめにそう考えた。
スコップで世界を超えられるなら、剣でも超えられるのでは。
「すこっぷ、すこっぷ! ああそうです、スコップの歌もつくりましょう!」
「は?」
「大陸でいちばんの吟遊詩人にお頼みして世界に素晴らしさを広めるのです!」
「は?」
「いえもうロスティールからスコップールに国名を変更すべきなのでは!?」
「は?」
「どうしましょう夢が広がります! すこっぷこっぷ、えへへへーっ」
すりすりすりっと貰った赤スコップに顔を擦り付けるリティシア。
そろそろ旅立つぞ、とアランが促すまで、ずっとそのままだった。
「……王族とは、奇妙な人種だな」
――この日、リシティア王女はスコップ信者になった。
あと、ロスティールの騎士団が将来ひどい目に遭うのが、確定した。
△▼△
「す、すみません、とんだ醜態を晒してしまいました……」
「気にするな。驚きはしたが」
「はぅ」
ようやく落ち着きを取り戻したリティシアと共に坑道を進む。
リティシアは、ザックとスコップをドレスの背中にしょっている。
どう見ても不釣り合いである。
「まあ……それだけスコップを気に入ったなら、後継者の方も頼むぞ」
「え……あっ!」
と、リティシアが一瞬止まった。
すぐに頬がぽおおおおおっと、ピンク色に染まっていく。
アランへの報酬『子どもをつくる(語弊あり)』を思い出したようだ。
「も、も……もちろん、です。あの、なんというか……リティシアは、光栄です……」
「光栄……何が?」
「え、そんな……は、恥ずかしいです! わたし、言えません!」
「は?」
王族の恥ずかしがりポイントというのはよくわからない。
とりあえずそのまま松明片手に、テクテクと二人で歩いて行く。障害となりそうな岩は先行したアランがスコップで砕く。その後にリティシアが続く。しばらくそんなことを続けていたら、リティシアが口を開く。
「鉱夫さま、わたし、また、お願いごとがあります」
「む?」
リティシアは小さな赤いスコップを背中から引き抜いた。
そして両手で構えて、真剣な口調で言う。
「わたしに――リティシアに、スコップを教えてください!」
夜にもっかい更新します。