第32話 ルクレツィアの恥ずかしスコップ
湯浴みを終えたルクレツィアは応接室に入った。
薄い部屋着だった。肌をできるだけ隠せる淑女のシルクローブを選んだが、それでも、しっとりした肌から上がる湯気は隠せない。お湯、のせいだけではなかった。ルクレツィアの心臓はばくんばくんと鳴り、張り裂けそうなのだ。
しとしとと、ルクレツィなの豊満な太ももから流れ落ちる、お湯。
水滴が伝う感覚がやけに鮮明に感じる。
これが――乙女として、最後の湯浴みになるかもしれない。
「(ああ……っ)」
実感する。今日ここで自分は死ぬのだ。
いや死ぬわけではなかった。でもスコップされるのだ。乙女としては死んだも同然。不幸にも貞操を失い乙女でなくなったものは数いれど、不幸にもスコップされる乙女はラクティア共和国史上でもルクレツィアただ一人だろう。
それでも、約束は果たさなければならない。
自分はこれからスコップされてしまうのだ。
目の前の立派なスコップを持つたくましい鉱夫、アランに。
一体……いったい、なにをどう、スコップされるのか……!
「遅かったな……ルクレツィア、何を恍惚とした表情をしているのだ?」
「なっ……し、し、しししてませんことよ!? 何を証拠に!?」
「頬が紅潮してるから」
「してませんもん!!」
「もん!?」
ぎゅっと、形の良い胸を抱くようにするルクレツィア。どきどきは止まらない。決して興奮とかワクワクとかじゃない意味で。じゃあどういう意味かと問われれば、ルクレツィアは羞恥のあまり自害するだろう。
スコップ。スコップ。スコップって……ほんと、何をするのっ!?
「まあいいか。では」
アランがすちゃりとスコップを構えた。
「とりあえず、ルクレツィアの部屋に案内してくれないか」
「へ……部屋っ!?」
「ああ。スコップするには都合がいいのだ」
「そ、そ、そう、なのね、やっぱり初めてはお部屋なのね……!?」
興奮気味に、しかし納得したようにルクレツィアがうなずく。
「できればルクレツィアが幼少期から暮らしていた部屋がよい」
「~~っ!?」
一気に緊張が走った。幼少期って。そんな。私の大切な思い出をスコップまみれにされちゃうの。アルバムを見せながら『ほーら、ちっちゃなルクレツィアもスコップすこすこだぞー』とかされてしまうの!?
それでも、拒否できない。
だってなんでもすると決めたから――私はなされるがままなのよ――!
そんなスコップ妄想を迸らせながらルクレツィアはアランを案内した。
豪華なプリンセスベッドが中心にある、寝室だ。
「ほ、ほら……どうにでも、しなさいっ」
ルクレツィアは震える手で自らの幼少期のアルバムを差し出した。
「………………なんだ? 見てほしいのか?」
「ちっ、ちが! 貴方が幼少期のって言ったから!」
「ふむ。まあイメージスコップには役立つか」
「イメージスコップ!?」
アランはアルバムを床に広げた。そしてスコップで絨毯の床をこつこつと叩いた。するとどうだ、床の一部が、いきなり砂場に変わったのだ。幼稚舎にあるような小さな砂場できめ細かな砂である。そばにはバケツもある。
砂とバケツ……砂とバケツ……まさか!
「わ、私を砂場に転がしてどうするつもり!? 砂まみれの私に!?」
「は?」
「違うの……? あっ! じゃあ泥ね、バケツに水をくんで、砂場にかけて、泥だらけにするつもりなのね! 泥という屈辱にまみれた私をスコップしてしまうのね!?」
「いいから座れ」
ルクレツィアは素直に従った。砂場のまえに体育座り。へえ……スコップって、座ってはじめるものなんだ。はじめて知った。覚えておこう。じゃなくて。いよいよはじまるのだ――私スコップされちゃうんだ――っ!
「ではスコップをはじめるぞ」
「~~~~っ!!」
ルクレツィアは目をぎゅっとつむり、両拳をにぎりしめた。
するとアランは砂場をざくざくと掘り始めた。
子供の遊びみたいに、ゆっくりと掘り返してバケツに入れていく。
ざく、ざく、ざく、ざく。
「……………………え?」
「ルクレツィアもやってくれ。そのほうが捗る」
スコップを受け取って、ルクレツィアもザクザク掘る。
アランはそのうち砂のお城を作り出した。砂場遊びである。
え――待って、こんなのが、スコップなの?
いやそんなことより。
「(ちょっと待ちなさい……あれは全部私の妄想だったの……?)」
泥まみれスコップとかわけのわからないスコップは全部勘違いだった?
ルクレツィアが気付き、己の失敗を感じかけた瞬間――変化が、起きた。
ぽわわわっと。
砂のお城から白い煙が湧き出てきたのだ。
それは一瞬にして空中に雲をつくり、そこの魔映石のように映像が浮かんだ。若葉色のワンピースを着た、5才の幼女だ。その顔は見間違えようもない。アルバムにあるのと同じ幼少のころのルクレツィアだった。
「過去を掘り起こすスコップだ」
アランが言った。映像の中のルクレツィアの言葉が聞こえてきた。
『ととさま、ととさまーっ! よつばのくろーばー、みつけたー!』
てってっと、大きな背中の後を笑顔で追ってゆくルクレツィア。その背中もよく知っていた。想い出のままの父親だ。父はルクレツィアに振り返ると、クローバーをいったん受け取って、優しく頭をなでた。
『ありがとう。だが私ではなく、ルクレツィアが持っていなさい』
『えー、だめ! だめ! これは、ととさまのものなの!』
『ほう?』
『いちど、あげるってきめた! だからととさまのもの!』
『ははは』
ルクレツィアの頭をもう一度なでて、父は嬉しそうに笑った。
『ありがとうルクレツィア――私の、最高の娘だよ』
『さいこうって、すごいの?』
『そうそう、ルクレツィアはすごい貴族になるぞ!』
『すごい! わたしってすごいんだ! すごいすごーい!』
ぽろぽろと。涙がこぼれてきた。
「……あ、ぅ」
「よい父親を持ったようだな」
ルクレツィアは声が出せなかった。胸の奥から何かがわきあがっている。もう会えない父との想い出がそこにある。自分に誇りを教えてくれた父が。これがスコップなのか。だとすれば私はとんでもない誤解をしていた。
ぽろぽろと、涙がこぼれてゆく。温かい涙だ。
スコップとは――こんなにも、温かいものなのか。
「順調だな。では時間を進めるぞ、どこでオーブと関わったのか調べるのだ」
アランは砂場を掘る手を加速させた。
雲に映るルクレツィアの姿がどんどんと成長してゆく。8歳、10歳、12歳……そこでアランはいったん手を止めた。12歳のルクレツィアは、全寮制のアカデミーに通って貴族としての教養を学んでいた。
教室でメガネをかけて学んでいる姿。
「む。ここで何かルクレツィアに重要なイベントがあったようだ」
「重要な……イベント?」
「スコップの震えでわかる。再生するぞ」
あれ、12歳のころって何かあったかしら……。
思いながらルクレツィアが映像を見ていると、教室から一人で出たルクレツィアはいそいそと裏庭に走った。キョロキョロと誰もいないことを確認して、鞄の奥底から『知らないと恥をかく! 男女のお付き合いお作法』という本を出した。
そして頬を染めつつ、興味津々で読みふけりはじめた――って。
「きゃあああああああああああああああ!?」
ばばばばっと必死で己の体で映像を隠すルクレツィア。
「やだやだ、なに、なに、なにコレなんなの!?」
「オーブの秘密を探るため、ルクレツィアの過去を掘り返している」
「ピンポイントでなんてものを掘り返しちゃってくれてるのよ!?」
「だがスコップによれば重要イベントなのだ」
映像の中に、最終ページにある版画、男女が絡み合ってキスをするシーンが見えた。
ルクレツィアは目をじーっと近づけてそのキスを凝視していた。
ごくり。つばを飲む音がした。ルクレツィア12歳からだった。
「やだ、やなの、見ないで見ないでーっ!?」
「ふむ……確かにこのシーンは違ったようだ」
アランが砂場をまた掘り返し始めた。すると14歳のルクレツィアが浮かんだ。アカデミーの夏休みにキャンプ場に行った時。ロッジで男女が濃密に抱き合いお互いの服を脱がし合う先輩達を、ドアの隙間からチラチラと覗いていた。
ごくり。つばを飲む音。めっちゃ凝視してるルクレツィア14歳。
「あああああやめてやめてやめてーーーっ!?」
現実のルクレツィアは人生最大の恥(3時間ぶり3回目)を迎えていた。やだ、私スコップされちゃってる! 私の恥ずかしい過去がぜんぶスコップされちゃってる! もう死ぬしかないむしろ乙女として死んだ! 私もう死んだ!
「ルクレツィアにとっては重要イベントらしいが……これでは、ないな」
「ばか、ばか、死んで、死ぬの、アランを殺して私も死ぬのー!」
「落ち着け。スコップできない」
「やなのもうやだやなのー!!」
そして10分後。
ラブレターをもらって平静を装いつつ死ぬほど嬉しがるルクレツィアとか、湯でバストアップ体操にはげむルクレツィアとか、大人用の下着を嬉しがるルクレツィアとか、机の角に(※この単語はスコップされました)をスコッピング(※健全なスコップ表現です)するルクレツィアが上映された。
最後の映像が流れた時、ルクレツィアはへなへなと腰から崩れ落ちた。
知られた。知られちゃった。
ひみつのすこっぷ(※健全なスコップ以下略)を、ぜんぶ――知られちゃった。
「ああああ……ああああぅぅぅ……」
――そんな尊い犠牲の末に、オーブの情報が手に入った。
『ラクティア近くの海中に、遺跡が沈んでいる……決して開けてはならない』
遺跡にはグリーンオーブが安置されているようだ。そしてルクレツィアの父親がその遺跡を封印したらしい。自分か、もしくは自分の血筋のもの――すなわちルクレツィア以外では、開けられないように。
「なるほどわかった。ありがとうルクレツィア」
そこでアランはようやく砂場から手を引っ込めた。
「はあっ、はあっ、はあっ……あああああううう……っ!」
ぐっしょりと汗と涙で濡れたルクレツィア。全身がぐちょぐちょぬるぬるだ。だって涙は流しきっていた。なのに体が熱い。余韻が止まらない。何の余韻ってもちろん羞恥のである。こんなのちがう。こんなの聞いてない。
ルクレツィアの恥ずかしい過去が、ぜんぶ、ぜんぶ、知られてしまった。
「あああ……ああああああ……ふえええええ……っ!」
やがてルクレツィアは理解した。
スコップは温かい。でもそれだけじゃない。
とても、とても――恥ずかしいものなのだった。
△▼△
翌日。
ルクレツィアと共に港にゆくとリティシア達が出迎えてくれた。
事前に海に出ると連絡すると船を調達してくれるということだ。
「鉱夫さま、こちらです……そちらの方は?」
「ルクレツィアだ。昨晩スコップで(過去を)掘ったらこうなった」
真っ白に燃え尽きたルクレツィアがそこにいた。
ぼんやりした視線。リティシアを見ても反応を示さない。
「まあ、後ほどご挨拶をしますね。それで、こちらがリティシアのお友達の船です。最高級の帆船ですよ」
たしかに立派な帆船だった。船長らしき男が全速力でリティシアの前に駆け寄ると『イエス、スコップ!』と叫んで状況を報告した。どうやらリティシアの信者らしい。報告によれば出向の準備は整っていて、スコップ一年分を積み込んでいるという。
「なんだ、スコップ一年分って……?」
『たわけ! 聞いてはならぬことを!』
「作業員達の人としての生を終わらせる気か! 口をつつしめアラン!」
「……すまん」
どうやらアランがいないところで、いろいろあったらしい。
アリスとカチュアが以前より更におびえている。
「まあ後で聞こう。リティシア、出港だ。グリーンオーブを探しにゆくぞ」
「了解です。総員、スコップの錨を上げてください。アルティメットスコップ号出発です!」
「「「「イエスコップ、プリンセス!」」」」
整然と並んで叫ぶ船員たち。
見上げるとスコップ型のマストが揺れていた。
たしかにこれは――最高級にスコップな、帆船のようだ。
ルクレツィアの恥ずかしいスコップ詳細を見たい方はブクマ&↓スクロール評価のうえ「ルクレツィアのひみつすこっぷ……ほんとすこ///」と……違いますスコップ時空警察。ぼくはリティシア姫殿下がこうなんというか清楚な姫君になったので一般的上流階級ツンデレ娘を出しただけなので無罪です。それに彼女の恥ずかしいスコップはきっと貴方もご満ぞ(このへんで時空の彼方にスコップされた)




