第31話 鉱夫、法廷でスコップを展開する
アラン達はスコップを片手に、大理石の通路を走っていた。
目的地はルクレツィアの父を殺した黒幕、ジスティス執政官のもとだ。公務中で、現在は何かの裁判の参考人として、裁判所にいるという。裁判所ならば話が早いということで、そのまま直行することとなったのだ。
裁判官の前で、ジスティス執政官を逮捕して罪をあばき牢屋に入れる。
「よし、あれが法廷の門だ。準備はいいな、ルクレツィア!」
走るうちに、衛兵二人が守るひときわ大きな門が見えていた。
「はっ、はっ、アラン、ホントにこの方法でいけるのっ!?」
「スコップの力を信じろ!」
「信じたくない……っ!」
アランはスコップを振りかぶり『誰だおまえら!?』と叫ぶ衛兵をふっとばして気絶させた。開き扉の真ん中にスコップをくさびのようにかませると――バーン! 堂々と開け放ったのだった。
ざわめく法廷。高い台に座った裁判官がじろりとこちらを見て叫ぶ。
「誰だ、神聖なる法廷を侵すものは!」
そしてゆっくりと、証言席にいる男が振り向いた。
ピシっと決まった革服を身に着けた、目つきの鋭い中年の男。
おそらくあれが、ルクレツィアの言っていたジスティス執政官だ。
ざわざわざわざわ。
更に喧騒に包まれる法廷。カンカンと裁判官が槌を鳴らしている。
「ルクレツィア、今だ、打ち合わせどおりに!」
「ちょ……ちょっと待っ……やすませ……っ!」
ルクレツィアはゼーハーと息を切らしていた。全速力で走ったのだ。
頭がうまく回らない。
「場が混乱している今こそスコップチャンスなのだ。さあ!」
なによスコップチャンスって! ツッコミは声にならない。
アランに背中をぽんと押される。入口の一番目立つ広場に立ったルクレツィアに、法廷全員の視線が、集中する。『誰だ』『ルクレツィアお嬢様だ』『どうしてこの場に』などと聴衆のざわめき。
皆がルクレツィアを怪訝そうに見ている。
「くっ……!」
ルクレツィアも悟る。法廷に乗り込んでしまった。
退路はない。黙って引き下がったら法廷侮辱罪で捕まってしまう。
何をやるのか、いまだによくわからないけど、とにかくやるしかない。
「じ……ジスティス! 裁判長! そして全員、聞きなさいっ!」
ルクレツィアのよく通る声に一瞬にして声は止んだ。ルクレツィアは深呼吸をした。そうだ落ち着いて考えろ。普通に考えては憎き執政官を告発ではない。だから、アランの提案が、唯一の方法なのだ、きっとそうだ!
走りすぎて酸欠ぎみの思考になっていた。
だからルクレツィアは己の右手にある小さなスコップを掲げた。
そしてアランに教えられた言葉を――叫んでしまった。
「執政官ジスティス! 我が父を殺した罪により――スコップの名において、貴方を逮捕いたします!」
痛いほどの沈黙が訪れた。
10秒のあいだ、誰も声を発さなかった。
20秒で誰かがへっくちんとくしゃみをする音が聞こえた。
「ふっ」
ジスティス執政官が小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「……なんのつもりですかな、ルクレツィアお嬢様。そのスコップ、私は正気を疑いますが」
そのへんでようやくルクレツィアの思考が回復した。
ルクレツィアの顔全体が、ボンっと、爆発的に紅潮した。
「アランーッ!? やっ、やっぱりダメなんじゃないのーっ!?」
「……ふむ?」
涙でぐしゃぐしゃの顔で、ルクレツィアは叫んだ。
何をしたって。それはスコップで逮捕しようとしたのだ。だって法律に書いてた。スコップを持つ鉱夫なら(アランの理屈ではルクレツィアは誇り高き鉱夫だった)逮捕ができるって法律全書に書いてあった。
……書いてある、だけだったのだ。たぶん。
「なにが『ふむ』よ! ばか、ばか、バカーーーーッ!!」
むしろ私がバカだった。
狂気的なバカだ。スコップで逮捕って、なにそれ。アランの意味不明な勢いに押されて『なるほどスコップは逮捕状の代わりになるのね!』などと一瞬でも思い込んだ自分は明らかに人間的思考を失っていた。人間やめますか、スコップやめますか。
今のルクレツィアは法廷でスコップを掲げて逮捕を叫ぶ女だ。
人生最大の、恥だった。
こうなったらアランを殺して私も死ぬしかない。
ルクレツィアがアランの頭蓋骨を割るべくスコップをふりかぶった、そのとき。
「たとえスコップといえど――執政官たる私を罪に問う、証拠はあるのですか?」
ジスティスが、笑いながら言葉を続けた。
「えっ」
ぴたりとルクレツィアが止まる。
裁判長が『うむ、うむ』とうなずいていた。
「然り、ルクレツィア殿。それは確かにスコップ。しかし告発には証拠が必要です」
「え、え、えっ」
「そのとおりだ。ルクレツィア殿がスコップを持ってきたのは驚いたが」
「執政官をスコップ一本だけで逮捕は厳しいぞ。三本あれば、まだしも」
弁護人と検事が口々に続けた。
「どうだルクレツィア、通じただろう」
「…………………………」
「今がチャンスだぞ」
ルクレツィアが取り戻した常識がガラガラと崩れてゆく。通じた。通じちゃった。ものすこっぷ通じた(←言語が崩壊したお嬢様)。スコップすごい。じゃなくて。と、裁判長がルクレツィアに問いかけてきた。
「ルクレツィア殿。証拠はお持ちなのですか?」
「も――もちろん、ですっ!」
裁判長の前で、殺人の証拠を提示する。
今なら信じられる――証拠はこれだ!
「証拠はもちろん、このスコップですわっ!」
さっきより痛い沈黙がルクレツィアを包んだ。
「……ルクレツィア殿。ふざけているのですか」
「えっ」
裁判長の冷たい声がルクレツィアに突き刺さった。
「お嬢様、スコップが証拠になるわけがないでしょう?」
「えっ、えっ」
「ルクレツィア殿は頭の医者におかかりになった方がよろしいですな」
「「「はっはっはっは」」」
「~~~~っ!?」
ルクレツィア、人生最大の恥であった(3分ぶり2回め)。
裏切られた。信じたのに。スコップを信じたのにまた裏切られた!
「アラン! アラーンッ!!」
「大丈夫だ。スコップの力を信じろ」
「もう絶対に信じるものですかバカーっ!?」
「少しよいですかな、ルクレツィアお嬢様?」
と、そのときジスティスが口を挟んできた。
「私はお父様を殺してなどいませんよ。事故という証拠もあります」
「証拠……ですって?」
「実をいうと、今日はその証拠を審議する、予備法廷でして」
ジスティスがパチンと指を鳴らす。すると法廷の壁に映像が映った。ルクレツィアの父が乗る馬車だ。魔映石。映像を記録する、古代魔法文明時代の遺物。父が集めていたものだった。やがて馬車は崖に差し掛かる。
ハチがブーンとやってきて、馬の耳元をちくりと刺した。
暴れだす馬。制御しようとする御者。だができない。
やがて馬車は崖から転がり落ちる。そこで、映像は止まった。
「そういうわけです、ルクレツィアお嬢様」
ジスティスがにこやかに笑って深々と礼をした。
「私としても、あの事故のことは痛ましく思っております。原因究明のために手を尽くしましたところ、亡きお父上がたまたま持っていた魔映石を回収できまして。明らかに事故です、疑問の余地はありませんな」
「な……そんなっ!」
「映像を疑いますかな?」
ルクレツィアはぐっと言葉に詰まる。
魔映石はコレクターの父も集めていた、古代文明の遺産だ。
証拠保全のために用意されたもの。この男の細工だとは考えにくい。
ルクレツィアの思いに、疑問がよぎる。
本当に事故だったのか、私の思い違いだったのか。
スコップに思考が侵されたあげく暴走しただけだったのか――。
「ルクレツィア、信じるんだ」
「うるさい! もうスコップは信じないわよ!」
「そうではない。己の決断を信じるのだ」
「え?」
アランが今までになく真剣な視線をルクレツィアに向けた。
「事故ではないと、そう信じると、一度決断したのだろう」
「…………」
「ならばとことん貫くべきだ。鉱脈があると信じた場所を掘り続ける。それは――」
アランがスチャリとスコップを構えて、続けた。
「鉱夫も貴族も、同じはずだ」
鉱夫と貴族を同じにしないでほしい。だが言いたいことは理解できた。魔映石ごときで諦めてはならない。ジスティスの理論の穴を見つけなければならない。なぜなら貴族、人の上に立つものは、一度下した判断を簡単に変えてはならないからだ。
ルクレツィアは、誇りある貴族なのだ。
判断が間違っていないと信じて――全力で突き進むのだ。
「ジスティス! 例えばそのハチが、誰かが放ったものだとしたら?」
ジスティスはぴくっと鼻もとを反応させた。
「ははは。面白い想像ですな。しかし、証拠はあるのですかな?」
「くっ……」
今の反応。怪しい。
「あ、あなたの屋敷にハチを飼っていた証拠があれば……っ!」
「はは、よいですよ、なんなら私の全ての部屋にご招待致しましょう」
駄目だ。この男は慎重だ。簡単には尻尾を出さない。
考えろ、考えるのよ私――でも思いつかない。証拠が圧倒的に足りない。というか最初から証拠なんかゼロで、スコップだけでやってきたのだが――その時点で何かが圧倒的に間違っている気がする。
じゃなくて、どうすれば――ルクレツィアが絶望しかけたそのとき。
ガシ、ガシ、ガシ、ガシ。
アランが法廷の床に穴をほっていた。
「……アラン。器物破損罪よ」
奇行を咎めている余裕などないはずだがツッコまざるを得ない。
「あとで埋める。それより今のは怪しい。ジスティスを責めろ」
「無理よ……証拠が足りないわ」
「大丈夫だ。今、穴を掘った」
「なにが大丈夫なの!?」
そのとき、ジスティスが『くははははは』と笑った。
「無理ですよルクレツィアお嬢様。あのハチは私が出入りの食品業者に、口止め料30万ゴールドと引き換えに用意させたうえ、殺し屋ギルド『アラズカン』に放たせたものなのです。いくら探しても、証拠など見つかりませんよ!」
全員の視線がジスティスに向いた。
「ははは、強いていえば経理の伝票に50万ゴールドの支払記録があるぐらいです。それも通常の取引記録に偽装してありますから、私の執事であるセバスチャンに証言させない限り、暴くことは不可能ですな!」
全員の視線が氷点下になった。
「セバスチャンは口が固いですからな。彼の大好物であるサバロニア産ワインを渡しでもしない限り、私を裏切ることはありません! さあルクレツィアお嬢様、この完璧な計画を暴くことはできますかな!?」
法廷に猛吹雪が吹いていた。
もちろん比喩だが心情的にはそんな感じだった。
1時間後、ジスティスはセバスチャンの証言と経理伝票を証拠に逮捕されその場で有罪判決が言い渡された。判決は無期懲役。裁判長が判決を言い渡すのを、ルクレツィアは脳髄が死んだまま聞いていた。
隣に立つアランに死んだ声で問いかける。
「……貴方、なにを、したの」
「犯人の墓穴を掘った」
見ると穴の横の石には『ジスティス』と名前が彫られていた。
どうやら墓石らしかった。
「だから言っただろう、ルクレツィア。法廷で勝つために必要なのは」
アランは得意そうに笑うと、己のスコップを掲げた。
「己自身と――スコップを信じることだ」
ルクレツィアは天を仰いだ。
「(スコップって……いったい、いったい、なんなの?)」
なにひとつわからない。
ただふたつだけ、漠然と理解できることがあった。
自分の窮地を、スコップとこの男が救ってくれたこと。
そして――
「ではルクレツィア。約束は守ってもらうぞ」
「……っ!」
自分がこのスコップ男にスコップでスコップされる運命にあるということだ。
アランの持つスコップがきらりと光っている。
ルクレツィアその光から視線が離せなかった。
「も……も、も、もちろん……覚えていますわ……っ」
ぶるるっと、ルクレツィアの豊満な体が震えた。恐怖からではなかった。
スコップの光が――あの、掘るためだけの光が、自分に向けられるのだ。
「……っ!? ちが、違いますのよ!?」
「……なにがだ?」
「なんでもありません!」
ちがう。そんなわけない。自分は決して興味などない。
あの法廷を縦横無尽に切り裂いた、意味不明なスコップで。
――自分はいったい、なにをされるのだろう?
ルクレツィアのハートのどきどきは、増すばかりだった。
弁明をお聞きください陪審員兼読者さま。ぼくは王道英雄ファンタジーを書いたと思ったら逆転スコップ裁判になっていただけなのです。きっと悪のスコップ組織による卑劣な陰謀です。ぼくは陰謀と戦うために皆様の正義の力を必要しており、具体的にはブックマークと↓スクロールの評価とかんそ(このへんで逆転有罪判決を受けた




