第28話 鉱夫、交渉術(スコップ)をカチュアに教える
ロスティールの北西、海の国ラクティア共和国に一行は来ていた。
潮の香りが漂う風。ざあざあという波の音。そんな中、目の前には巨大な城壁がそびえていた。ラクティア共和国の街全体をかこむ『巨人の壁』である。この街は遙かなる古代に巨人が栄えていた時代の遺跡を利用している。
今では、世界最大の貿易都市だ。
馬車を連れたキャラバン隊が石造りの道路を行き交いしている。
「それでどうする? またスコップでトンネルを掘って入るのか?」
馬車の御者をしながらカチュアが言った。
隣にはアランがいる。リズは雪山に行ったきり行方不明(たぶんジャンプして帰ってくるだろう)、アリスは情報を吐かせたご褒美にリティシアに『スコップ』され馬車の中でダウン中だ。壮絶な声が聞こえてくる。
『ちがうの……スコップきもちよくなんかないのじゃ……にょじゃぁう……!』
『えへへへへふふふすこすこですよー、すこすこっ』
『すこすこいや、いやじゃあっ!』
カチュアが見たとき、アリスは謎の液をたれながしていた。
絶対に関わるまいと強く誓った。
――などと考えていたら、アランが首を横に振った。
「人の目が多すぎるからな。今回はトンネルではなく普通に門を通る」
「おまえなら情報隠蔽など楽勝だろうに……」
「隠蔽はあくまで隠蔽だ、完全ではない。最初から目立たないに越したことはない」
この鉱夫の安全第一主義は、なにかが壮絶に間違っていると思う。
ともあれアランの意向を受けてカチュアは馬車を城門に向けた。
大きな鉄の門が、半開きになっている。
そこで真面目そうなガッチリした大男の門番が、馬車を止めた。
長い槍に鉄の鎧で、完全武装である。
「次の馬車。通行証を提示しろ」
もちろんそんなものはない。
むしろ国を追われる指名手配の身である。
門番は、カチュア達のような人間を止めるために存在するのだ。
「おいアラン。何の策もないぞ。どうするつもりだ」
「心配するな。まずはこのスコップを使うのだ」
アランが金色のぴかぴか輝くスコップを取り出してカチュアに渡した。
スコップである。どう見てもスコップである。通行証ではない。
「……おまえはなにを言ってるんだ?」
「いいから持っていけ。使えるはずだ」
「む」
疑問は残るが、アランが言うのだ。何かしら効果はあるのだろう。
とりあえずカチュアは受け取り、金色に輝くスコップを門番に見せた。
門番は槍を構えたままスコップをじろりと見て数秒ほど見つめてから。
「なんだこれは。貴様ふざけているのか」
怒りの声を発した。
「………………」
「二度目はないぞ。通行証を出せ。さもなくば引き返すのだ」
カチュアは半泣きの目でアランに振り返った。
ショックだった。
めちゃくちゃショックだった。ふざけているのか、か。ああ、まさにそのとおりだ。自分の頭がふざけていた。なにを考えて黄金のスコップを差し出したのだ。スコップ汚染が進行しすぎじゃないか。ばか。私のばか。
そのときアランの視線に気づく。アランは不思議そうな声で。
「カチュア……スコップが通行証の代わりに使えるはずがないだろう……?」
ぶわっと、涙がこぼれた。
貴様が! 貴様が! よりにもよって――!
「ああああ、この、この、貴様のせいだろうがあああああ!」
「落ち着け。そのスコップは見せる用ではない、埋める用だ」
「埋める用!?」
「カチュアに経験を積ませるつもりだったが……まず俺が見本を見せよう」
そう言ってアランはスコップを手に門番に近づいていく。
何をするのかと思ったら、ボコン。アランの足元に細長い溝が空いた。
さっと、警戒色を強める門番。
「……貴様、一体なんのつもりだ? その穴は?」
「これは溝だ」
「は?」
何を言ってるのか理解不能といった様子の門番。
「俺は通行証を持っていない。だが騎士と護衛の一行だ、通してほしい」
「脈絡がなさすぎて意味不明だが、とにかくだめだ。規則では――」
ざっくざく。アランがスコップで溝に土を埋めた。
溝がわずかに埋まり、なぜか、門番の表情がわずかにやわらいだ。
「――き、規則では騎士といえど通行証が必要だ、ラクティアの安全のために」
「俺たちは決してこの街に危害を加えるつもりはない。信じてくれ」
「信じろと言われても――」
会話の様子がおかしい。
ざくざくざく。溝がさらに半分以上、土で埋まっていく。
門番の態度がさらに軟化する。カチュアをちらりと見て。
「――むう、確かに信用できそうな騎士のようだが」
「では通してくれるのだな」
「ま、待て。馬車の中だけは安全のために確認させろ――」
それはまずい。馬車の中では全裸幼女がスコップされているのだ。どう考えても誤解しか呼ばないというか誤解でもなんでもない。あとスコップ耐性のない常人が見たら発狂する光景だ。この門番の正気を守るためにも絶対阻止しなければ。
――などというカチュアの懸念は不要だった。
ざくざくざく、ぺたぺたぺた、溝が全部埋まったからだ。
「――と思ったが、まあ、騎士なら禁制品は扱うまい」
門番はもはや完全に笑顔だった。アランとがっちり握手。
「お互いに理解し合えたようだな」
「ああ、貴様とはよい友人になれそうだ。ようこそラクティア共和国へ!」
そして門がガラガラと開いて馬車は中へ通された。
「………………おいアラン」
「なんだ」
「なんだはこっちの台詞だ。なんだいまのは」
「スコップで相手との関係の溝を埋めた。基本的な交渉術だぞ」
交渉術。ふざけるな。
「カチュアにもすぐ使えるようになる」
「嫌だ! 絶対に嫌だからなっ!」
△▼△
大陸一の貿易街、の異名は伊達ではなかった。
港の近くにやってきたカチュアとアラン(残り二人は宿屋だ)の前に広がるのは、見渡す限りの市場、市場、市場。そしてその倍以上の倉庫、倉庫、倉庫。店はどれも露天だが商品が道路に所狭しと並んでいる。
そして更に目を引くのは桟橋に並んだ数々の木造船だ。
100隻はくだるまい。
ほとんどが商船のようで忙しく木製のコンテナを運び込んでいる。
そんな様子を眺めて、カチュアが感嘆の声を上げた。
「なんと……これがラクティアか、なんという活気だ!」
王女の情報によれば『グリーンオーブ』が最後に反応を示したのは港だという。
だが、とにかく圧倒的な量だ。いったいどうやって探せばよいのか?
「アラン。なんとかスコップでオーブを探せないのか?」
「『魔力遮断の箱』に入れられているなら難しいな」
「おまえならそんな障害は無視できそうだが」
アランは少し考えてから、首を横に振った。
「魔力遮断の箱を『掘って』破壊はできるが、一つ問題がある」
「やはりできるのか。問題とは?」
「箱が壊れたら、中身も粉々になる」
「……普通に情報収集でも、するか」
気が遠くなる作業になりそうだ。情報屋を見つけた方がよいかもしれない。
「む……待てカチュア」
アランの視線が、港に停泊する船のひとつに向いた。
中型の年季の入った船のようだった。何人かの船員がコンテナを運び込んでいる。
と、アランがスコップをすちゃりと構えた。真剣そうな面持ちだ。
「どうしたアラン? あの船が何か?」
「……やはり。積まれたコンテナの一つにスコップを感じる」
「オーブか!? あとスコップは感じるものではないぞ!!」
「だが感じるのだ。これは――オーブなのか――いや――?」
アランは珍しく迷っているようだった。
中のものが本当にオーブなのか判別がつきかねているようだ。
「とにかくアレを開けてみるぞ」
アランの声にカチュアはうなずき、船に駆け寄った。
コンテナの一つに近寄るとアランは金属の錠前にスコップを向ける。ドシュウ! ミニ波動砲で錠前はこの世から消滅した。この程度ではカチュアはもちろんツッコまない。そのあまコンテナの扉をパカリと開けた。
中にいたのは――
『――ッ!? ――ッ!!』
猿ぐつわをされ、両手両足を縛られ、涙を流す少女だった。年は16歳前後か。長く腰まで届く髪。髪飾りを付けている。服は高級そうなワンピースで身分は高そうだ。そんな子が、コンテナの中で転がされていた。
誘拐。
おそらくそういうことだろう。
その証拠に、アランを見て恐怖に表情をゆがめ、手足を揺らしている。
「アラン。この娘がオーブを持っているのか?」
「いいや。だがスコップが反応したのだ。関連はありそうだ」
「何がどういう理屈で反応したのかわからんのだが――」
『おい貴様ら! そこで何をしているっ!!』
と、殺気だった男たちの声がした。
振り向くとサーベルを構えた船員がカチュア達を取り囲んでいた。おそらくこいつらは海賊だろう。この少女を誘拐した張本人だ。カチュアは『聖騎士の剣』を構えた。オーブの話がなくとも、誘拐犯に、容赦は無用だ。
だがアランがカチュアの肩をぽんと叩いた。
「カチュア。こいつらからも情報を聞きたい。ここは交渉だ」
「誘拐犯だぞ。こんな相手に交渉が通じるのか?」
海賊たちは武装したカチュアを見ると、警戒した様子で包囲を狭める。
どう見てもやる気満々の戦闘態勢である。
「むろんだ。カチュア、試しにやってみろ」
アランが黄金のスコップをカチュアに投げ渡した。
「なぜ私が!?」
「聖騎士は交渉も覚えるべきだろう」
「あれは交渉ではなくスコップだ、絶対に嫌だ!」
だがカチュアの黄金のスコップは勝手に動いた。
ぐぐっと下向けに剣先が向き、地面をぐっさりほりほり。
「うわあああああ!? 動いた!? 勝手に動いたぞこれ!?」
「そのスコップは俺の声に反応して技を繰り出す」
「私を妙なスコップで操るなーっ!?」
だがぐっさりほりほり。やがて溝が大きく空いた。海賊たちが驚いてとびのいた。門番の時と同じだ。だが溝はとてつもなく大きかった。そのうえゴゴゴゴオと激流が流れている。おそろしいまでの激流であった。
「アラン、下に何か流れているぞ! どうするんだっ!?」
アランがうなずいて、解説をする。
「『関係の溝』の底に流れる水流とは、つまり敵意だ。いくら『関係の溝』を埋めたところで、敵意があればすぐに押し流されてしまう。したがって、土を埋めたところで関係は改善できない」
無茶苦茶な解説だが、言いたいことはわかった。
つまり戦う気満々の相手には、使えないということだ。
「やっぱりダメなんじゃないか! 普通に戦うぞ!」
「いや。この場合は水流――つまり敵意の源を止めればよい」
「敵意の源!?」
アランはスコップを頭上に高く掲げた。炎のようにゆらめく青白いオーラが大気からスコップ先端へと集まる。採掘力の集中。それが一瞬のうちに何度も繰り返された。
射程よし。斜線よし。目標よし。
採掘力充填率100%。
「Dig!」
波動砲、発射。
青と白の二条のエネルギーのうねりが港町を切り裂いた。轟音。ドラゴンの咆哮すらも飲み込む音。それは停泊していた中型の船にまっすぐ向かい船体をつらぬく。ズゴオオオオウウウウウウウウウ!
大砲の直撃よりも強烈な、アラン必殺の波動砲が船を貫通した。
ずごごごごごごごぼぼぼぼぼぼぼぼ。
バラバラと船から出てきた船員たちが海上を泳いでいる。
船が沈む。沈んでゆく。海の底へと。
「よし」
アランが振り向く。
海賊たちはみな波動砲に撃沈された船を見て、呆けた表情。
そのときアランは溝を指さした。カチュアはほとんど死んだ目で溝の中を見た。激流はなかった。敵意が消失したということだな、とぼんやりと思った。アランはざくざくと土で溝を埋めてから、カチュアの肩をぽんと叩いた。
「どうだ」
何がだと聞き返すと、アランはパンパンと溝を完全に埋め立てた。
そして一言。
「今のが――応用の、スコップ交渉術だ。参考になったか」
そのときコテン。背後で物音。振り返ると誘拐少女が気絶していた。
たぶん波動砲のショックであった。なんか、じょろろーと失禁してる。
高級そうなワンピースがぐっしょりと黄色に濡れていた。
「む、どうした!? しっかりしろ!」
「どうもこうもあるか」
頭痛を抑えながらカチュアは深々とため息を付いた。
――やはり今のは交渉術ではない。ただのスコップだ。
スコップ式交渉術(相手は死なない)。とても平和的だと思います。
溝を埋めるのはスコップの本分なのですが、むろん掘ることもできます。ストーカー対策とかヤンデレ対策に溝を掘れば役立つのでは。いかがですか警察のみなさ……あ、すみませんこのスコップすこすこ全裸幼女はですね、アストラル体のじゃロリなのでぼくは無罪(強制連行




