第22話 鉱夫、自称氷の賢者のかき氷を食べる
王都の大通りをみんなで歩く。
リーズフェルトは活気を取り戻した人並みを見て感心の声をあげた。
彼女の魔力の暴走による氷漬けは、完全にもとに戻っているようだ。
「これは……凄いです。術式が完全にほどけて、後遺症もないなんて……」
あごに手をやって首をかしげて、ぶつぶつとつぶやくリーズフェルト。
やがて『なるほど!』と手をたたくと、アランに振り向いた。
「私にはわかりました」
リーズフェルトはアランの方を見て、にこやかに笑うと。
「つまり貴方は凄腕の解呪師だったのですね?」
ちょっと得意げなお姉さん顔のリーズフェルト。
「……ディスエンチャンター?」
「付与魔法や呪いを解く専門の魔術師……つまり貴方のことですよ」
リーズフェルトは『私に隠してもダメですよ?』とでも言いたげだ。
「いや俺の専門はスコップだが」
「スコップ……なるほど。この時代の魔法の発動体はスコップなのですかね」
「(凄い勢いで勘違いが進んでいるな)」←だが面倒で訂正する気もないカチュア
「ともあれ」
リーズフェルトは一声『ラ・レボルト』とつぶやく。
すると空間に裂け目が走り、冷気を放つ長いロッドが転移してきた。
「鉱夫様。私にも『シルバーオーブ』の探索にぜひ協力させてください」
「場所を知っているのか?」
リーズフェルトはくすりと笑った。
「私は仮にも氷の賢者と呼ばれた女。シレイジアは庭のようなものですよ」
「……あれ?」
と、リティシアが口を挟んでくる。
「伝承には賢者ではなく『氷の女王』と伝わっているのですが」
「……それは、きっと、伝承が伝わるうちに変化したのですね」
リーズフェルトは、不自然なまでにさわやかな笑顔を浮かべた。
「私はシレイジア建国の勇者の介添人。氷の賢者、リーズフェルト」
リーズフェルトは氷のロッドをアランの足元に置いた。
そして優雅なしぐさでひざまずくと。
「鉱夫様はまさに勇者とお見受けしました。ぜひ、賢者の知恵をお役立てください」
どうやら氷の中から救ってくれたお礼に力を貸そうということらしい。
「頼もしいな。だがオーブを探すにしてもリーズフェルトを氷漬けに」
「長いのでリズでよいですよ」
「じゃあリズ。リズを氷漬けにした『邪悪な魔法使い』は放っておいていいのか?」
しばらく無言の間があった。
その辺の通行人が『あ、しまったリンゴ買うの忘れた』と声をもらした。
「………………あ」
リズの白いほっぺたから、たらーりとひとしずくの汗が落ちた。
それでも、保っていた余裕のお姉さん笑顔は崩さない。
「あ?」
「あ、いえその、あのですね?」
視線をなぜか横に逸らすリズ。
「あの誤解です。私は決して、魔法使いのことを忘れてなどいません」
「俺は何も言ってないが」
「氷の賢者はとても賢いのです。だから、忘れものなどしないのです」
ロッドをぎゅっと握り、えっへんと胸を張るリズ。
「(忘れてたのか)」
『(忘れてたのじゃな)』
「(すこっぷすこっぷ)」
カチュアとアリスは思った。この自称賢者、かなり怪しいと。
リティシアは思った。この自称賢者、かなりスコップだと。
ともあれリズは『邪悪な魔法使い』のことを語りだす。名前はレイストール。シレイジア王宮の宮廷魔術師らしい。とにかく邪悪なことを企んでいる。リズに薬を飲ませて魔力を暴走させ王都を氷漬けにした。
リズからの情報は以上である。
「それだけなのか!?」
「……かなりアバウトな情報だな」
カチュアとアランが同時にツッコミを入れた。
そもそも『邪悪』の根拠がまったくない。王都が凍った理由はリズの魔力が暴走だし。
「まあ、魔術師本人に聞き出せばいいか……どこにいるんだ?」
「お任せを。『氷の賢者』である私が、探知してみせましょう」
やけに賢者を強調する。
リズはロッドを構えて呪文を詠唱した。すると手元に大きな水晶玉が現れた。
水色の魔力をロッドから放ち、左手を水晶玉にかざしながら、リズは念じる。
「北東……雪の降り積もる山……その山頂から中腹のどこかに」
「かなりアバウトな位置情報だな」
氷の国の山にはだいたい雪が積もっている。
それに、山頂から中腹って、だいたい山の3分の2ではないか?
などとアランが疑問に思っていると、リズの目が驚きに見開いた。
「これは……まさか……『シルバーオーブ』の……気配?」
「む。レイストールがオーブを持っているのか?」
「ええ、ええ。ふふ、この気配は間違いありません」
リズはぱんっと手を叩いて、とくいげに笑ってみせた。
「おわかりいただけましたか。アレはそういうわけなのです」
「……アレ?」
「私は魔法使いのことを忘れたのではないです。オーブは魔法使いが持っているからオーブの探索=魔法使いの打倒なわけで、つまり後半を省略しただけで、決して氷の賢者ともあろうものが忘れ物をしたわけではありませんのです」
ものすごい早口でまくしたてられた。
「(いやいやいや)」
カチュアが心のなかでツッコんだ。
無理がありすぎる。オーブの場所に気付いたのはついさっきのはずだ。
が、口には出さない。リズが必死だからだ。カチュアは優しい子だった。
「北東の山か。場所の精度をもっと高められないか?」
「……いかに私がクールな氷の賢者でも、これ以上は難しいです」
自称クールな氷の賢者リズは、本気で残念そうに首を振った。
「レイストールが魔法探知を妨害しています。おそろしく強力な魔法障壁を拠点に張っているようです。私でなければ、探知そのものが不可能だったでしょう」
アランはうなずくと。
「わかった。では俺がスコップで地図を書こう」
「……は?」
アランは地面をスコップでつんつん突いて『シルバーオーブ』の場所を調べた。脳裏にイメージが浮かぶ。確かに北東の山の中腹だ。切り立った斜面にそびえる黒い塔。標高は800メートルというところだ。
アランはそのイメージを巻物に書き写すとリズに渡す。
「できた。シルバーオーブまでの地図だ」
ぱちぱちぱちぱち。リズがまばたき。
え、なに私は夢を見ているのでしょうか……とでも言いたげな表情。
「大まかな場所がわかっていたからな。精度を掘り下げられた」
「…………え? え?」
己のアバウトな情報の100倍正確な地図を見て凍りつくリズ。
その様子に、カチュア達三人は生ぬるい視線を向けていた。
「(この氷の賢者、いらない子なのでは……)」
『(この氷の賢者、いらない子なのじゃ……)』
「(この氷の賢者、スコップ賢者に転職させるべきです)」
思いは共通だった(約一名を除く)。
そんな雰囲気を察したのか、リズはとりつくろった笑顔で。
「……探知魔法に関して『だけ』は現代の方が発展していましたか」
「魔法ではなくスコップだが」
「た、ただですね? 雪道の進軍は、まさに氷の賢者の独壇場ですよ?」
汗たらたらのリズを伴って一行は王都を出発する。
目的地の山に直進しようとすると、すぐ氷の張った湖に出くわした。
かなり大きな湖で渡し船もない。避けようとすると大回りが必要だ。
「さっそく、私の出番のようですね」
「(だめな予感がするぞ)」
『(だめな予感がするのじゃ)』
「(スコップな予感がします)」
カチュア達の懸念(約一名除く)をよそに、リズがロッドを片手に進み出る。
リズが『凍てつく吹雪よ、我が道をつくれ!』と詠唱しロッドを一振り。先端から凄まじい吹雪が発射され、湖全域を瞬時に覆い尽くした。肌が凍りつくほどの冷気。それが数秒ほど続いた後、湖には完全に氷が張っていた。
「おおっ! これは本当にすごいな!?」
カチュアが感嘆の声をあげた。リズが満足そうに笑う。
「これぞ氷の賢者の実力。どうぞ、おひとりずつ湖を渡ってください」
「1人ずつ?」
「氷は薄いですから。いちどに複数人が乗ると割れてしまいます」
「……途中で魔物に襲われると、危険なのでは?」
王都に向かう最中に何度か魔物とエンカウントした。
すべてアランが1秒以内に撃退したが。単独で湖の上で襲われたら落ちそうだ。
「ふむ……では念のため、俺が橋を架けよう」
「えっ」
トンテンカンすこーっぷ。約3秒で湖に橋がかけられた。建材はもちろんアダマンティンだ。エルフ城をつくった時にかけた橋と同じぐらいに頑丈。100万人の軍隊が乗っても壊れないだろう。
「えっ」
自称氷の賢者が呆然をアダマンティンの橋を見つめている。
そのとき、バッサバッサと上空から翼の音がとどろいた。見上げると巨大なくちばしを持つコンドルのようなシルエット。あれは氷のブレスを吐く『冷たき空の支配者』だ。リズが目を輝かせた。
「みなさん下がってください! 空の魔物なら、私の魔法で迎撃――」
リズがロッドを構えて『冷たき空の支配者』に向けた、次の瞬間。
「Dig!」
波動砲、速射。
チャージを瞬時に終えたアランのスコップから青白い光線がほとばしり『冷たき空の支配者』は瞬時に蒸発した。リズはロッドを構えたままの姿勢で静止していた。アランがスコップを背中に戻した。
「よし」
「えっ」
生ぬるい空気がリズとアランの間を流れた。
「なんだかだんだん、哀れになってきた……」
『わらわも不死の軍団を埋葬された時あんな感じじゃった』
「やはり我が国の宮廷魔術師はすべてスコップ魔術師にすべきです」
「…………………………」
リズの目尻にじわり涙。泣きそうだ。というか泣いている。
「う、あうぅ……」
そろそろとりつくろうのも限界らしい。よくやった。カチュアはそう思った。いや実際魔力は凄いのだ湖を凍らせただけの実力はある。ただちょっと頭が残念なだっただけだ。と、そのとき『ぐー』と、アリスのお腹の音が鳴った。
「っ!?」
リズが振り向いて、アリスをじーっと見つめた。
『な、なんじゃ?』
「お腹が……すいてるのですねっ!?」
救いの神を得たかのように声を瞳を輝かせるリズ。勢いに押されアリスはうなずく。
「でしたら! ぜひお食事は氷の賢者にお任せください!」
『は? 食事?』
リズがものすごい勢いで動いた。凍った湖から氷の塊を取ってくる。それを空中に放り投げると、ロッドを構え『氷の刃よ!』と叫ぶ。ガリガリガリっと氷が削れてシャーベット状になり、氷で作られた皿に盛られた。
そこにリズはポケットからぽたぽたとピンク色の汁をかけた。
「どうぞ! 氷の賢者謹製、イチゴのかき氷です!」
『……………………』
それは腹が減った時に食うものではないのでは。
疑問に思いつつもとりあえずアリスはスプーンを伸ばす。
さくさくしゃーべっとかき氷。
『お……うむ、甘い、なかなかおいしいな』
「ふふ、そうでしょう、そうでしょう、何度も練習しました」
リズはカチュアたちにもシロップ付きのかき氷を差し出した。
そして、とくいげな笑顔を浮かべると。
「クールな氷の賢者リズの実力、おわかりいただけましたね?」
差し出された氷をしゃくしゃく食べながらカチュアは思った。
――なんだこの、かき氷の賢者は。
プロットには、氷の国のヒロインは「一見冷たいけど心は暖かい。お姉さん系のクールキューティ」とあります。そして私の中のクールキューティの定義を突き詰めた結果、こうなったのです。だからこれであって……あって……あってるな!(セルフ洗脳完了




