第21話 鉱夫、氷の女王リーズフェルトを解き放つ
氷の国『シレイジア』。
砂漠の国との国境には巨大なノッガラン山脈が海まで連なっており、天然の要衝となっている。その唯一の道には関所が置かれているため、アラン達はノッガラン山脈にトンネルを打通した。
世界初の国家間トンネルである。
スコップライトで照らされた内部をアラン達は馬車で進んでいく。
「これで砂漠の国と氷の国の国交も、盛んになることだろう」
「他国の外交関係までスコップしてしまうなんて、スコップすぎまふ鉱夫さますこー!」
「その語尾だけはやめろ」
「もはやこの程度で驚かなくなった自分が怖くて震えが止まらんたまらん……」
『わらわも』
この男はもう、大陸規模の危険人物というか災厄指定とすべきではないか?
いや、リティシアの心酔はますます増すばかりであるし、無駄だろうが。
「だがアラン。こんなトンネルなら軍隊も通れる。戦争が起きてしまうぞ?」
氷の国と砂漠の国が何度も戦争しつつも、いまは膠着状態にある。その最大の理由はノッガラン山脈だ。天然の要衝が、軍隊の通過を阻んだ。なのにこんなトンネルがあるとまた戦争が起きてしまうかもしれない。
戦争は、むなしいものだ。
カチュアは悲しいスコップの過去により既にそれを学んでいた。
「心配ない。そんなこともあろうかと入口に落とし穴を掘っておいた」
「は?」
「商人や旅人は通すが、軍隊や軍人には反応して自動的に落とす穴だ」
「とっても平和なスコップトンネルなのですね!」
軍人だけ落とすって、どんな原理の穴だ。
「……待て。その理屈だと騎士である私も、軍人だから落ちるはずだ」
「カチュアはもうどちらかというとスコップ人です」
「違いますよ!?」
「現に穴に落ちないではありませんか」
にっこりとくったくなく笑うリティシア。カチュアは頭を抱えた。
自分はもうスコップに汚染されてしまったのか?
いや、そんなことはない、まだ間に合うはずだ!
「そ、そうだ、このスコップはもう不要だ! 貴様に返すぞ!」
アランから押し付けられた『聖騎士のスコップ』を突っ返そうとした。するとどうだ、スコップが手に貼りついて、はがれないではないか。ぺたーっとまるで接着剤みたいに手のひらにくっついているのだ。
「うわあああああああああああ!!??」
カチュアの背筋にとてつもない悪寒が走った。
捨てられないのか、これ!?
「そのスコップには、カチュアが一人前の聖騎士にするまで側で見守るよう聖掘削力を込めておいた」
「呪いじゃないか! コレ呪いのスコップなんじゃないか!!」
「カチュア、これで一人前のスコップ神殿騎士団長になれますねっ」
「やだ、やなの、はがして、はーがーしーてーっ!?」
『幼児退行しとる』
半泣きのべそべそカチュアを慰めながら一行は氷の国シレイジアに入る。トンネルをけるとそこは雪国だった。というかブリザードが吹いていた。とんでもない吹雪だ。ゴオオオオウと吹き付ける雪は体温を瞬時に奪っていく。
極寒である。
「これが氷の国か……さすがに寒いな」
「それでも今は夏のはずです。こんな吹雪はおかしいです」
「ふむ?」
氷の国でも何か異変が起きているのだろうか。
思いながらアランはスコップで道をかき分けて掘る。
ズゴゴゴゴゴゾゾゾゾゾ。
とりあえず王都までの数十キロほど雪道をつくっておく。
20秒で雪道は完成した。
「吹雪いて寒いからな。雪道には天井と壁と、あと暖房もつけておいた」
「これで吹雪でも傘いらずで進めるのですね!」
「すこっぷ……しゅごい……すこ」
カチュアが吹雪の中棒立ちでスコップを見つめている。
目の光はもはや薄い。
その様子を見たアリスが、あわててパシパシとビンタする。
『しっかりするのじゃカチュア、カチュア、わらわを一人で置いていくな!』
「……う、あ」
『今気を失うとスコップじゃぞ、スコップになるぞ、それでよいのか!』
「……………………っっっ!」
ぶるるるるるっと首を振るカチュア。目に生気が戻る。
「はあ、はあ、はあっ! あ、危ないところだった……すまないアリス」
『お互い様じゃ』
「ふたりとも進みますよ―? ゆーきーのすこーっぷをー♪」
『いかん洗脳ソングじゃ! 耳をふさぐのじゃカチュア!』
必死の思い(主にアリスとカチュアが、スコップ的な意味で)で雪道を進んでいく。やがて王都の門にたどり着いた。城壁に囲まれた雪に覆われた城。だが様子がおかしい。巨大な城にも関わらず門番が誰もいないのだ。
「……何があったのでしょう?」
「わからん。だが油断するな」
慎重にスコップで門を開け(もうカチュアはツッコまなかった)城壁の中へ。
するとカチンコチンに凍った人形が、道端に、大量に並んでいた。
あまりにリアルな氷の彫刻。
まるでさっきまで生きていたかのようである。
「アラン、これはまさか」
「ふむ……どうやら冷気の魔法で、街と人間が凍結されたようだ」
「そんなことが、できるのか?」
「魔力さえあればな。地底では何度か見かけた」
「まさか」
言いつつもカチュアはアランの言葉が正しいと感じていた。げんに街をゆく人間すべてが凍らされているのだ。あるものは市場の商品売り、あるものは巡回の騎士。笑顔を浮かべているものまでいる。
どれほどの魔力による冷気なら、こんなことが可能なのか。
「冷気の発生源は……あそこか」
アランは鋭い視線を街の中央にそびえる、高い塔に向けた。
異様なまでの冷気が漂ってくる。あそこが吹雪の発生源だ。
「カチュア、急ぐぞ」
「城まで走るのか?」
「いや、こうする」
アランはスコップを一振りする。すると雪の道が空に向かって延びた。階段状に積み上がった橋だ。とてつもなく長く、塔の最上階の窓にかかっている。その強度を確かめるようにアランはパンパンと橋を叩く。
「よし、50人までは乗れそうだ。この氷の橋で直行するぞ」
「………………ああ」
カチュアは思った。
――この男一人で、世界中の氷をぜんぶ溶かせるんじゃないか?
△▼△
塔の最上階、荘厳な謁見の広間の玉座付近に、氷柱が建っていた。
おそろしく透明かつ巨大な氷の塊だ。白い冷気がオーラのように発している。ときおりピシピシと音を立てながら氷が張り付き、塊の一部となる。見ている間にも氷は大きくなっているようだ。
そして氷の中身。
人が、閉じ込められていた。
短い髪をした銀髪の少女だ。年は16、7くらいに見える。服を一切着ていない。クールな印象の顔つき。すらりとした目。小ぶりだが形のよい胸をはじめ、美しいと形容すべき少女だった。
目をつむっており、氷の中に眠っているかのようだ。
そして事実そのとおりなのだろう。
「まさか……『氷の女王』?」
リティシアがつぶやいた。
「リティシア姫殿下、あの氷の女をご存知なのですか?」
「氷の国シレイジアの建国に力を貸したと伝えられる、氷の女王『リーズフェルト』です。王家の伝承の巻物で見た絵姿そのものです……ですが、彼女の時代はもう300年以上も前のはずですが……」
「300年以上生きる人間も、中にはいる」
アランがつぶやいた。現に自分も1024年ほど生きている。
この氷の女王も、自分の道理か、あるいはそもそも人間ではないのだろう。
「いずれにせよ起こして事情を聞く必要があるな」
人間が誰もいないのではオーブの情報を集めることすらできない。
「アラン、氷を溶かせるのか?」
「これは古代魔法『アイス・コフィン』による氷だ。熱では溶かせないな」
「そうか……アランでも無理なのか」
この男ならあるいは、と思ったが。自分はやはりスコップに毒されすぎている。
「だから熱ではなく、削ることにする」
「………………は?」
ガシガシガシガシ。
まるでシャーベットのようにアランはスコップで氷を削っていく。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!
「鉱夫さま、かき氷が食べたくなる音ですね」
『わらわはいちご味を希望する』
「…………………………」
カチュアは己の脳細胞がすさまじい勢いで削られてゆく錯覚に襲われた。
やがて、氷をすべて削られた少女、リーズフェルトがふらりと倒れ込む。
「うっ……」
アランはやんわりと抱きかかえた。
おそろしく冷たく、なのにふにょりと柔らかい肌。
どうやら意識はあるようだ。リーズフェルトはゆっくり目を開ける。
「気付いたか?」
「ここ……は……私は……?」
ゆっくりと目を開けて、周囲とアランの顔を交互に見つめるリーズフェルト。
「うっ……頭が……私は、私は……だれ……っ?」
「ふむ。ひょっとして記憶喪失か?」
「それはまずいな。とりあえず休ませてはどうだ」
「いや、記憶なら俺が掘り起こせる」
「は?」
アランは左手をリーズフェルトの頭にかざした。するとブワァっと銀色の球状のオーラがリーズフェルトの頭上に浮かび上がった。そこをスコップで一突き。ざく、ざく、ざくと球状のオーラを掘ってゆく。
パアっと、リーズフェルトの瞳に輝きが戻ってゆく。
「あ……そう、そうでした……私の名前は……リーズフェルト……ッ」
「よし」
「よしじゃないが」
平然と人の記憶をスコップしたぞ、この男。
「人の記憶は『知識の神』が常に記録し続けている。アストラル空間のさらに奥深く、神域の最下層に世界円輪記録が動いているのだ。アカシック・レコードは、スコップで工夫すれば掘り起こせる」
「解説されても私には1ミリも意味が理解できん!」
「私は……そう、氷の洞窟から引き上げられ……魔力を暴走させられて……」
そこで銀髪の少女リーズフェルトは、ハッと何かに気付いた様子。
顔を手で覆い、あああっと悲嘆に暮れた声を上げる。
「ああ、私は……私は……とんでもない、罪を……っ」
ぽろぽろと涙をこぼす氷の女王リーズフェルト。
「どうした、まずは落ち着け」
「は……そうですね、失礼……致しました、勇者様」
もともとが理性的なのだろう、すぐにリーズフェルトは落ち着きを取り戻す。
「それと、とりあえず服を着た方がいいな」
「……あっ」
スタイルの良い裸体の肌は目にまぶしい。
リーズフェルトは己の裸に気付き、わずかに頰を赤く染める。ひとこと言葉をつぶやく。
瞬時に体が輝き、リーズフェルトは純白のミニスカートのドレスをまとった。
高度な転送魔法を軽々と使う。たしかに伝説の魔法使いのようだ。
「失礼致しました……ご指摘に感謝いたします、勇者様」
まだ頰を染めつつも、すっと礼儀正しく頭を下げるリーズフェルト。
恥じてはいるが動じてはいない。やはり精神は強いようだ。
「それはいいのだが……誰が勇者様だ?」
「私を封印の氷から解き放たれたので、勇者様です」
「……そういうものか?」
そこへリティシアが口を挟む。
「勇者さまではありません。鉱夫さまです」
「えっ」
「鉱夫さまです。りぴーとあふたーみー?」
リーズフェルトはしばらく黙ってリティシアを見つめていた。
が、やがて。
「こ……こうふさま?」
「もっと感謝を込めて。鉱夫さま!」
「鉱夫さま」
「鉱夫さまのスコップ万歳っ!」
「鉱夫さまのスコップばんざいっ」
「はい、素晴らしいです! よくできました!」
ぎゅっと手をつかんで満面の笑顔を浮かべるリティシア。
「はじめまして、私はリティシアと申します。よいお友達になれそうですね!」
困ったようにカチュアやアリスを見やるリーズフェルト。
カチュアは何かを言おうとして、やがて言えることがないと気付いて諦めた。
「リーズフェルト殿……まずは何があったのかお教え願えますか?」
なので、とりあえず話を進めることにした。
リーズフェルトは語る。自分は氷の魔法を極め、人をやめた魔法使いだった。シレイジアの建国に手を貸した後は『極氷の洞窟』で永い眠りについた。それが何者か――邪悪な魔法使い――に目覚めさせられ、拘束され、王都に連行された。
王都でリーズフェルトは謁見の間に連れられ、奇妙な薬品を飲まされた。
魔力の暴走を誘発する、焼けるように熱い薬だった。
「つまり王都を襲う吹雪は、リーズフェルトの魔力によるものか」
「伝説の氷の女王は健在というわけだな……凄い話だ」
「え……皆様、私の話を信じるのですか? 滑稽無糖な話かと考えます……」
カチュアは乾いた笑みを浮かべた。たしかに滑稽無糖だ。
しかし、すぐそばに伝説の氷の女王よりよほど滑稽なアレがいるのである。
「それでリーズフェルトは、外の氷づけの人間を戻せるか?」
「あ……」
リーズフェルトは暗く沈んだ表情に戻ってしまった。
「申し訳ありません。あの奇妙な薬の力で暴走した魔力の結果ですから……私には」
「なるほど、わかった」
「ですから、私に薬を与えた邪悪な魔法使いを、なんとか捕まえて薬を奪えば」
「いや、薬はいらん。俺が元に戻してこよう」
数秒の間があった。
「……え?」
アランは広間にちょうどいた衛兵にスコップを向ける。ゴオウ。スコップ先端から炎のビームが噴射された。岩石溶解ビームの応用。何かを溶かすのはアランの得意技なのである。『アイス・コフィン』でないただの氷など泥も同然だ。楽勝だ。
2秒で氷はすべて解けた。
衛兵が『ここは……俺は……うわ熱っ!』と叫んだ。
どうやら意識が戻ったようだ。
「よし。じゃあ王都の全員を溶かしてくる。半日ほどもらうぞ」
「行ってらっしゃいませ、鉱夫さま」
「え、え、え、え?」
そして半日後、王都にはもとの賑わいが戻っていた。
アランが王都の60320人全員を氷から溶かし終えたのだ。
みな氷になっていた間の記憶はなくもとの生活に戻っていった。
そしてまた謁見の広間。
「お疲れ様です鉱夫さま。あたたかいスコップ茶が入りました」
「普通のお茶がいい」
「ではスコップでお茶っ葉を入れただけの普通のお茶にします」
「普通に入れろ」
「……………………………………」
リーズフェルトがパクパクと口を開けている。だが言葉にならない。
その肩をカチュアがぽんと叩いた。
カチュアには氷の女王の気持ちが痛いほどわかっていたのだ。
――やっぱり、もう全部この男一人でいいじゃないか。
クールキューティなリーズフェルトちゃんは、肌がひんやりひやひやつめたいです。
夏にはかき氷リーズ味が食べたい。むしろ冬でもいい。冬がいい。
冬にこたつに入りながらひやひや肌すべすべしたい(直球欲望)。
……欲望のままにあとがき書いたらなんかおかしい。なんだこいつ(自分である)。




