第1話 鉱夫、王女を救う
アランはその日久しぶりに山を降りて王都に行く予定だった。
久しぶりとは、具体的には200年ぶりだ。
「俺のことなど、誰も覚えておるまい……いや生きてもいないか」
地底深くに新たな巨大宝石鉱脈を発見し、夢中になって掘っていた。食料も飲み物も現地調達で200年ほど。王都の人間は自分など忘れているだろう。前回に売却相手となった魔術師ギルドも代替わりか、そもそも消えているかもしれない。
が、国があるなら、高品質な宝石の需要はあるはず。
そんなことを考えながら山道を下りはじめたところ。
「きゃああああああああああっ!」
女性の悲鳴が、行く手からあがった。
「むっ。だれか、襲われているのか!?」
アランは愛用のスコップを構えて駆け出した。
スコップに意識を集中する。すると先端が細かく震える。だ。5人が、すぐ近くにいる。男が4人、女が1人だ。《掘削探知》(スコップ・センス)による能力だ。スコップは工夫すれば気配探知に使えると知ったのは300年前だった。
窮地の女性。
必ず助けなければならない。
父から1000年前に、そのように教え込まれた。
そして『あわよくば手篭めにして後継者を』とも言っていたが今はどうでもいい。
「大丈夫かっ!?」
道の中央に、壊れた馬車があった。
馬は死んでいる。御者もだ。頭に矢が刺さっていた。だから襲ったのはモンスターではない。四人ほどの無骨な男が、馬車を囲んでいる。そして最も体格の良い男が、ブロンド髪に白いドレス姿の少女を捕まえている。首に剣を向けていた。
「はは、やあああっと見つけたぜ! 賞金100万金貨のお姫様さまよ!」
「やっ……いや、だめです、さわらないでくださいっ!」
「あんたも不幸だよなー、同情するぜ。でもオレ達も生活があるんでな?」
少女が山賊に襲われている。
それだけわかれば、アランには十分だった。
「やめろ! そこまでだ!」
「あ?」
山賊達の前に仁王立ちするアラン。
親分の男は一瞬警戒の色を見せた。
が、アランのスコップを見るや。
「なんだ、鉱夫か? まさか100万金貨を横取りするつもりか?」
「金貨などいらぬ。その女の子を放すのだ」
「は?」
「さもなくば我がスコップの切っ先が、貴様の命を堀抜くぞ」
男は一瞬止まった。直後、周囲から爆笑があがる。
「うわはははは、親分はむかし、聖騎士だったんだぜ!」
「『我がスコップ』とか初めて聞いた! かっけー、最高のジョークだ!」
「おっさん。悪いことは言わねえ、死にたくなけりゃ黙って穴に帰りな」
どうやら誰も引く気はないようだ。
アランはため息をつき、スコップの先端を親分に向けた。
「(人相手は――初めてだが)」
岩と鉄が相手なら、百億回と掘ってきた。
アランは意識を『掘る』ことに集中する。
スコップで重要なのは、先端への集中だ。切っ先がすべてを貫くイメージを浮かべる。ねらいは男の持つロングソード。地底奥深くに眠っていた魔界鉱物に比べれば、鋼鉄などバターに等しい。
「はん。痛い目見たいようだな……っと!」
男が剣を振りかぶり、一瞬で下ろした。
達人、であった。
凄まじく、速い。
子分たちの言う元聖騎士とは、ハッタリではないようだ。
剣の軌跡は正確に急所を狙っていて、そして、速い。
だがスコップの先端ほど鋭くはない。
「Dig!(掘れ)」
ジュワアアアアアアアッ!
剣が蒸発した。
スコップから放たれた青く輝く鋭い光線が剣を直撃したのだ。
剣を失った攻撃は素振りになり、親分はトトっと体制を崩した。
「…………………………は?」
沈黙の時間が流れる。
次いで、周囲の男たちがどよめきはじめる。
「親分、なに遊んでんすかー?」
「あれかな、剣などいらんという手加減アピールかな?」
子分は誰も今のアランの技を理解できていないようだ。
親分は違うだろうが、素手の自分を見て呆然としたままだ。
「動かないぞ親分」
「もしや剣を捨てたのは『俺に手間かけさせんな子分ども働け』の意味では?」
「なるほど! おまえ頭いいぞ!」
「よっしゃ働くぞ! みんなやるぞ! おーりゃあ!」
どうやらアランに襲いかかることで意見が一致したようだ。
そのとき、じっとしていたドレス姿の少女が、声を発した。
「あの! 逃げて、逃げてくださいっ!」
長い髪を揺らめかし、必死の様子だった。
「わ、わたしのことは気にせず、逃げて! そんなスコップでは戦えません!」
アランは笑った。
「優しく、強い子だ」
嬉しかった。
見れば少女は幼い。顔つきからして15か16か。体は恐怖でブルブルと震えている。命の危機だ、怖いにきまっている。
なのに己の命より、鉱夫ごときを心配しているのだ。
そんな少女が200年ぶりの地上にもいることが嬉しかった。
すぐにでも安心させたいと思った。
自分はこの山賊達より強いと、知らせなければならない。
だから、全力を出す。
「充填――スタート」
全力は500年前、王都に襲来したドラゴンを打ち払ったとき以来だ。
アランはスコップの尖った先端に意識を集中する。
金属部に青く光るエネルギーが集まってきた。
1000年間、宝石を掘り続けたことで身につけた力だ。
「お、おい! おまえらひけ! ひけ! こいつ只者じゃない――」
親分だけは異変に気づいたようだ。
だが遅い。
エネルギーのうねりがスコップの先端に収束し太陽のごとく輝く。スコップの先端が宝石のきらめきを発した。地底3000メートル、地底デーモン帝国の城塞をも貫いた最強のスコップスキル。空気が波打つ。
充填完了。
姿勢よし。
目標よし。
――発射。
「轟けっ!」
ズオオオオオオオオオオオウウウウウウウウウウウウウ!
エネルギーの爆流が、天と地の間を貫いた。
荒れ狂う海原のごとくスコップの金属部が《波》打ち、エネルギーの束が先端から《動》いて、《砲》撃のごとくすべてを打ち砕く。だからアランは、これに《波動砲》と名付けた。
青と白の光がうねり狂い、途中のすべてを巻き込んで蒸発させていく。
その軌道は、山賊子分たちのちょうど頭上だ。
エネルギーの奔流が、空を貫き、天を焦がしていく。
それが、十数秒も続いた。
やがて。
「まずい……」
ビームの嵐が収まったとき、アランは苦渋に歯を噛み締めた。
視線の先には山がある。宝石鉱山のひとつだ。緑豊かな山だった。
過去形である。
なぜなら――
「山ごと、掘ってしまった……」
山頂近くにとんでもなく大きな穴がぽっかりと貫通していた。
もうひとつ向こうの山肌まで見えている。
なんてことだ。
完全に自然破壊だ。
全力は久しぶりで、やりすぎてしまった。
アランは深く後悔した。
「「「「うおおおおおおわああああああ!!!???」」」」
叫び声に振り返る。
山賊の親分と子分、全員のアゴが外れていた。
ドレス姿の少女もアランを見て、ぱくぱくと口を開けている。
「え……ええ……えええええ……?」
少女もまた驚いていた。
山にぽっかり空いた穴とアランのスコップとを交互に見る。
自分は夢を見ているのではないか、とでも言いたげだった。
親分の手を離れ、フラフラと体がよろける。
「む、す、すまん!」
アランは慌てて少女を抱きとめると。
「《スコップ波動砲》の衝撃が来たのか……すまない、やりすぎた」
「すこっぷはどうほう!?」
少女は大声で驚いた。
「待ってくれ。すぐに《スコッピング・ヒーリング》で癒やすから」
「すこっぴんぐひーりんぐ!?」
少女はもはや気絶しそうだった。
これが、後に伝説となる、鉱夫と王女の出会いであった。