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第17話 王女、スコップ信者を80人増やす

 ラハル族の村は、多くの家が革のテントの、小さな部族の村だった。粗末な布の服装。しかしそれよりアランが気になったのは皆死んだような目をしていることだ。奴隷だったころのユリアよりも、生気がない。

 見慣れない馬車を見かけても近寄ってくる人もいなかった。

 地面にしゃがみこんで、ただじっと、見つめてくるだけだ。

 

 カチュアがぽつりとつぶやく。

 

「これは……ひどい状況だな」

 

 アランもうなずいた。これでは村が滅びるのも時間の問題だ。

 

「オアシスが干上がるというのは、それほど深刻な事態なのか?」

「水は……私達の生活の、すべてですから……」

 

 ユリアがつらそうに答えた。

 この村の惨状は自分のせいだ――言外にそう言っていた。

 アランはそのことに気付き、ユリアの頭にぽんと手をおいた。

 

「大丈夫だ」

「……あ」

「この俺のスコップに任せろ。オアシスなどすぐにスコップしよう」

「アラン、様……」

 

 ユリアの救いを求める視線。オアシスをスコップすることに疑念を抱いていない。

 カチュアは『ああ、この子も手遅れなのだな……もういい放っとこう』と思った。

 

「まずは水源を探るか」

 

 そう言ってアランは馬車から降りた。スコップで地面をコンコンとつつく。優れた鉱夫は水源の場所を探知できる。アランであれば、周辺50キロはスコップに気合を入れてスコップするだけでスコップ現象により把握可能である。

 だが。

 

「む……」

 

 アラんがうなった。地中に水は確かにない。

 まるで炎で干上がったかのような感覚。何者かに枯らされたのか。

 そして、更に、どす黒いなにかの気配を感じた。

 

 そのときだ。

 

「ユリア! 帰っておったのか!」

 

 叫び声が村に響いた。振り向くと頭に羽飾りをつけた老人がいた。

 いかつい顔つきに壮健な肉体。どうやらラハル族の族長のようだ。

 ユリアに厳しい視線を向けてきている。

 

「族長……私は……」

「言い訳はよい。この疫病神の巫女が、よくも顔を見せられたものだ」

「……っ!」

 

 ユリアはびくびくっと震えてほとんど泣きそうな表情を浮かべた。

 気圧されるように一歩下がる。

 が、アランの方を見てきゅっと拳を握る。勇気を振り絞ろうとしている。

 

「……お聞きを……ゆ、ユリアの話を、お聞き、ください……」

「なんだと?」

 

 胸の前で手を組んで、必死な声で懇願する。

 

「水を……ユリアは、さきほど水を出せたのです……ですから……お、オアシスが……干上がったのは、何か他の原因が……あるのでは、と……っ」

 

 最後まで、なんとかといった様子で、言い切る。

 族長はしばらくの間黙っていたが、やがて邪悪な笑みを浮かべた。

 

「巫女にあるまじき、なんと醜悪な言い訳だ。話にならぬな」

「族長……あの、あの、あのっ!」

「災厄を招いたのは貴様だ。すぐに処刑をはじめる」

「っ……!」

 

 ユリアが哀しみの表情に包まれた。

 カチュアが一歩前に出ようとした。族長の態度はあまりに異常だ。

 いくらなんでも話を聞かなさ過ぎる、ここは説得に回るべきだ。

 

「アラン」

 

 カチュアはアランに声をかけて、一緒に説得を促そうとした。

 この男のスコップ技を目の当たりにすれば族長も心変わりするかもしれない。

 

「ああ、わかっている」

 

 アランはスコップをスチャリと構えた。

 そして一閃。

 族長の首が、スパンと飛んだ。

 血は吹き出なかった。

 そのまま族長の首は羽飾りごと空中をヒュルヒュルと飛んで、ズゴンとそのへんのテントに当って、地面を転がっていった。

 

 残されたのは首なしの族長と、一行である。

 

「………………………………」

 

 完全にフリーズするユリア。そしてカチュア。

 五秒ほど経ってから比較的異常事態に慣れていたカチュアが動いた。

 

 

「おまえは……なにをやってるのだああああああああああああああああ!?」

 

 

 首が飛んだぞ。族長の首が一瞬で飛んだぞ。

 説得とか交渉とかそういうのを全部無視して一瞬で!

 

「スコップの金属部で首をはねた」

「うおいいいい!? 仮にも相手は族長だぞ!? ラハル族の族長だぞ!? それは私もあの態度はありえないと思っていたが、人間というものは戦う前に交渉を――」

「違う」

 

 アランはまだスコップを構えたままだ。

 鋭い目つきで族長の首なしの体を見つめている。

 そして。

 

「これは、人間ではない」

 

 そう断言した。

 

「……は?」

「カチュアの知っている人間は、首をはねても血が出ないのか?」

 

 言われてカチュアも振り返る。

 確かに。首をはねられたのに、血が一滴も出ていない。

 鋭いスコップのためかと思ったが、時間が経っても出ないのはおかしい。そう思っていたら族長の肉体が、グツグツと煮えたぎる音を発し始めた。シュウシュウと首のあたりから煙が発される。そして声も。

 

『貴様……どうやって、見破った』

「スコップの力だ」

『ふははは……人間はおもしろい冗談を言うのだな……』

「冗談ではない」

 

 さきほど水脈を探った時に至近距離にどす黒いものを感じた。

 デーモンの気配だ。そのときにアランはおおよその事態を察していた。

 この村に――上位のデーモンが潜んでいる。

 

「デーモンよ。本来の族長はどこへやった。貴様の目的はなんだ」

『はははは……ふははははは……』

 

 悪魔は首のない体で不気味な高笑いをはじめた。

 もう肉体は黒く脈動していて、デーモンのものに変動している。

 

『族長は土に埋めた。目的は、我が主――ロスティール宰相の命により、オアシスを干上がらせ、ピラミッドを守るラハル族を根絶やしにすることだ』

「ふむ、ペラペラと素直に喋る……しかも嘘はついていないと」

 

 スコップは嘘発見器にもなる。デーモン相手といえど使えるのだ。

 と、そのときだ。

 デーモンの腹のあたりにカパっと口が空いた。

 高笑いがますます激しくなり、空気を脈動させるほどになる。

 

『ははははははは。人間よ、なぜ我が素直に答えるか理由が知りたいか?』

「どうでもいい」

『その理由はな』

 

 ゴオオオオオウ。口の中に激しい炎が燃えたぎる。

 デーモンの『炎のブレス』。その前準備だった。

 

『貴様ら全員が! 今、ここで、死ぬからよ!』

「アラン! 来るぞ!」

 

 カチュアが反射的に警告の叫びを上げた。

 

「安心しろ。俺にはスコップがある」

『わはははは! スコップ! スコップで何ができるというのだ!』

「スコップを知りたいか。ならばその身で知れ」

 

 ドウン!

 アランのスコップから青白いオーラが一瞬で吹き上がった。

 スコップ先端に凝縮された、空間を歪める採掘力スコッピングパワーだ。

 

 

「Dig!」

 

 

 青白いオーラが爆発的に広がり、発射された。ズゴオオオオオオオオウ! 太陽の光もかくやという凄まじい輝き。炎のブレスなど比べ物にならぬアラン必殺の波動砲だ。すべてを消滅させるスコップのエネルギー光線。

 三秒で光の奔流は収まった。

 デーモンの痕跡はその場から消え去り砂漠にスコップ跡だけが残った。

 

「スコップにできること……それは」

 

 アランがつぶやいた。

 

 

「波動砲を発射することだ」

 

 

 しばらくの沈黙の時間が流れていた。カチュアは『いや、波動砲はスコップ関係ないから。貴様のスコップが異常なだけだから』とツッコみたい衝動を懸命にこらえていた。カチュアは雰囲気を壊さないえらい子であった。

 

「……………………えっ?」

 

 ずっと呆然としていたユリアが、ようやく声をあげた。

 

「え、え、えっ……?」

「ユリア。これが、採掘だ」

「はっ……さ、採掘……???」

 

 アランはスコップを背中に戻すとユリアに手を差し伸べた。

 呆けた表情で見上げる巫女に、アランは言うべきことがあった。


「そう、採掘だ。採掘を続けていると、ときに、自分ではどうにもならぬ障害物にぶち当たることがある。ユリアにとっては先程のデーモンがそうだ」

「…………」

「そんなときはいつでも俺を呼ぶがよい」


 スコップを天高く掲げてアランは続けた。


「粉々に、打ち砕いてやる」



 そうして、アランはラハル族の伝説となった。

 

 

 △▼△

 

 

 夜になっていた。

 ラハル族の全員が広場に集まっていた。

 その中には、昔に地面に埋められたはずの族長もいた。

 

『すまぬ……ユリアよ、すまぬ……っ!』

 

 族長は、生きていた。正確にはデーモンにより地中に埋められて死んだのだが、アランがスコップで地中の時間を操り、巻き戻すことによって、生きている状態まで戻すことができたのだ。なんだその理屈(カチュアの常識的感想)。

 

「おまえ、死人は生き返らせられないとか言ってなかったか?」

「地中の時間なら多少はスコップで操れる。埋められて死んだから、なんとかなった」

「あたりまえのように時間操作するのか貴様は……」

 

 今はカチュアと二人だった。

 アリスとリティシアは何かの準備があるとかでこの場にいない。

 ユリアは『水の巫女』として、広場の中央にいた。『水呼びの儀』をしていた。ふんわりとした巫女服を空中に舞わせながら、一心不乱に踊っている。ただ馬車のときと様子が違っていた。

 ユリアの右手には――

 

「……なんだあれは」

 

 

 水色のスコップが、大事そうに握られていた。

 

 

「おい。アラン。おい」

 

 カチュアは頭痛がしてきた。

 

「水の巫女が水色のスコップを握ると、水呼びパワーは水の相乗効果で100倍になる」

「アラン……貴様はひょっとして勢いだけで生きてるんじゃないか?」

「嘘は言ってないぞ」

 

 その証拠に、ユリアがスコップで地面を差すたびに、そこからぶしゃあああと水が溢れ出してくる。すさまじい勢いだった。そのたびにユリアが水に濡れ、衣装が透け、豊満な胸があらわになっていく。なのに歓喜の表情を浮かべていた。

 スコップを大事そうに抱えてスリスリと頬ずりする。

 胸にだいて、ぎゅっぎゅっと大事そうに抱きしめる。

 まるで、己の恋人を見つけたかのようだ。ぽろりとユリアの目尻から涙がこぼれた。

 

『ああ……っ』

 

 身体をぶるるっと震わせながら泣く。それはきっと嬉し涙だ。

 一度逃げた自分なのに、使命を果たせることへの嬉しさ。

 

「そら、効果があったぞ」

 

 アランは満足げにうなずいた。

 カチュアは深く深くため息をついていた。

 確かにユリアとラハル族を救ったのだ、文句のつけようもない。

 

「……そういえば姫殿下はどこへ?」

 

 これほど多くの人を、スコップの力で救ったのである。

 狂喜乱舞していてもおかしくないはずだがさっきから姿が見えない。

 

「アリスと一緒に何かの準備をすると言っていたが」

 

 そのときだった。

 広場の後方から『A-lan』という声が共鳴した。その声は最初は少なかったが、やがて村人のほとんどが唱和するようになった。アランが振り返ると、広場のすみっこに――像ができていた。

 アランとユリアの銅像だ。

 どちらも、スコップを握っている。

 そして銅像の前にリティシアとアリスがいた。

 

『ラハル族のみなさんは救われました。これはすべてスコップのお力です!』

 

 スコップ! A-lan!

 スコップ! A-lan!

 部族の若いものが口々に叫んでいる。熱狂的である。

 みんな、家から持ってきたのか、スコップを握っていた。

 

『水の巫女ユリア様を見習い、みな、スコップの敬虔な信徒となりましょう』

『す、すこっぷ、すこっぷー! みんな、すこっぷするのじゃー!』

 

 アリスも協力しているようだ。たぶんスコップで脅迫されてる。

 

『スコップ! スコップ! スコップ!』

 

 轟くスコップの熱唱。リティシアが輝く笑顔で宣言する。

 

『だってあなた方は……いいえ、わたしたちはみな等しく! スコップの加護を受けた栄光の民なのですから!!』

 

 

 カチュアは黙っていた。アランもだった。

 やがて二人はお互いの目を見つめて同時にこくりとうなずいた。

 二人の結論は同じだった。

 

「見なかったことにしよう」

「同感だ」

 

 

 こうしてオアシスは復活した。あと聖スコップ教団の信者が80人増えた。

 リティシア王女の野望は、まだはじまったばかりだ。

 

 

 △▼△

 

 

 翌朝になり、アラン達はまた馬車に乗っていた。

 あの後に族長から『レッドオーブ』の話を聞いた。ピラミッド地下の台座に、族長に入れ替わったデーモンが置いたのだという。ピラミッドへの入り方は族長が知っていたのでユリアが案内してくれることになったのだ。

 

「ピラミッドは砂漠に埋まった、トラップだらけのダンジョンです。盗掘者が何人も犠牲になっていますので、ご注意ください」

「大丈夫だ、俺に任せろ」

 

 アランはスコップを握ると、ユリアに力強く宣言した。

 

 

 

「発掘作業こそ、スコップの最大の得意技だ」

サブタイトルは本来違うものだったのですがなんというかこれが適切に思えてきたので。ついに始動するリティシアの野望的な。めざせ100万人。次回はたぶんダンジョン回です。安全ぴらみっど。あとすふぃんくすりどる! ロマサガか。次回もよろしくおねがいします!

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