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第16話 鉱夫、水の巫女ユリアのスコップ水を飲む

 ガタゴトと砂漠に馬車が揺れていた。

 10人は乗れる立派な馬車である。奴隷商人をスコップで蹴散らしたとき、騒ぎに気付いたアリスとリティシアが、商人の馬車をぶんどってきたのだ。この馬車で水の巫女ユリアの故郷の村に向かう予定だった。

 なおユリアは既に奴隷の服から、白いヒラヒラのついた巫女服に着替えている。

 馬車の中に、没収された服が置いてあったのである。

 

「馬車泥棒か……まあ仕方ないな」

「いえ、泥棒ではありません。きちんと予備のスコップを代わりに置いてきましたので!」

「犯行声明か?」

「もちろん代金ですよ?」

 

 何がもちろんなのかさっぱりであったがアランは気にしない。

 

 ちなみにカチュアとアリスは表で御者をしている。カチュアは御者に慣れているし、アリスは馬に乗るのが楽しいらしい。なので馬車の中にいるのは、アランとリティシア、そしてユリアの3人だった。

 

 そのユリアから道すがら事情を聞いていく。

 

「私は……ラハル族で『水呼びの儀』を行う、巫女でした」

 

 水呼びの儀とは、単なる祈りの儀式ではなく魔術的なものだ。砂漠の国サバロニアが栄えているのは、点在するオアシスのおかげだが、オアシスを枯らさないために『水呼びの儀』を行うのだという。

 水を地の底から呼び寄せる、そんな巫女だ。

 

「なるほど、ユリア様はその巫女様なのですね」

「はい……巫女『だった』……ですけど」

 

 リティシアが興味津々な様子でふんふんと頷いた。

 口元に手をやり、何事かぶつぶつとつぶやきはじめる。

 

「儀式の名前ですか……スコップ呼びの儀? スコスコの儀?」

 

 どうやら怪しい宗教の怪しい儀式を考案しているようだ。

 

「えっ……あ、あの、何のお話でしょうか?」

「スコップのスコップ話です」

「えっ」

 

 ユリアがぱちぱちとまばたき。

 

「あの……アラン様、その、この高貴な方はどちら様ですか?」

「ああ、紹介が遅れていたな。リティシア」

「はい」

 

 リティシアは馬車の中で優雅に立ち上がるとドレスをつまんで。

 

 

「聖スコップ教団の最高司祭、リティシアと申します」

 

 

 耳を疑う自己紹介をしてくれた。

 

「おい」

「それとロスティールの第三王女もやっております」

「おい」

 

 王女は既におまけらしい。

 

「え、あの……し、司祭様……もしくは王女様……えええ……?」

 

 混乱の極みにある水の巫女ユリア。

 それはそうだろう。アランも混乱している。

 司祭のおまけに王女をやる少女など、この大陸には一人しかいない。

 

「ユリア。リティシアの自己紹介はすべて無視してよいぞ」

「え、え、でも、でも……」

「よいのだ」

「鉱夫さまが仰るなら、スコップよいです」

 

 ユリアは首を傾げて不思議そうな様子。

 水の巫女というだけあり、清涼な湖の水のように、純粋な心を持っている。

 リティシアに水質汚染されないようにきっちり見張っておかねばならない。

 

「で、ラハル族の長は伝承には詳しいのだったな」

「はい。ピラミッドはもともとラハル族に伝わる伝説ですから」

 

 ユリアを送り届けるのは単なる人助けではない。

 本来の目的である『レッドオーブ』の手がかりを得るためでもあった。そもそもピラミッドがどこにあるかすら、アラン達には不明なのだ。だからラハル族の長老に話を聞きに行く予定だ。

 

「ところでユリア様、水呼びの儀とはダンスなのですよね?」

「はい、部族に伝わる、長い布を使った舞踏です」

「できますか? わたし、ぜひ見てみたいです!」

「えっ」

 

 わくわくわくわく。目を輝かせ全身でワクワク感を表現するリティシア。

 水色の髪を揺らし、ちょっと戸惑った様子のユリア。

 

「私は……もう、巫女ではありませんから……」

「逃げ出したと言っていたな。事情を聞いてもいいか?」

 

 ユリアは語る。

 代々続けてきた水の巫女をユリアが継いだのは昨年のことだ。

 だが昨年に『水呼びの儀』を行ったあと、オアシスの水位が減ってしまったのだ。部族の者はみな、ユリアははじめての儀式で慣れていないのだと、責めなかった。だからユリアも皆の期待に答えるべく、ひたすら練習した。

 

『私は……水の巫女をするために、生まれたのですから』

 

 二年連続での失敗は、部族そのものの存亡にすら関わる。

 失敗は絶対に許されない。

 365日ずっと、踊り続けた。

 朝も夜もなくひたすらに踊りを練習し祈りを捧げ続けた。

 そして巡ってきた、今年の『水呼びの儀』の日。

 

『そんな……っ!』

 

 運命は残酷だった。

 オアシスの水位は、儀式のあと、昨年の更に半分以下に減った。

 

『うあ……あああっ!』

 

 ユリアは逃げた。

 あてもなく砂漠を走り、さまよった。部族には絶対に戻れない。

 だって、水を呼べない水の巫女にいったい何の価値があるのだろう?

 

 自分は死ぬべきだと思った。

 

 

「そこで奴隷商人に捕まった、ということだな」

「はい……」

 

 ユリアはうつむいたままだった。リティシアがぐすんと涙ぐんでいる。

 

「ああ……お辛かったですね、なんとスコップ悲しいお話でしょう……」

「リティシアはスコップ黙っていろ」

「はい」

 

 ぴたりと止まるリティシア。スコップ素直だ。

 

「ふむ……ユリア、やはりここで一度、踊ってみてくれないか?」

「え……あの、でも、私は……」

「俺も水を掘ることは慣れている。水位が減った原因がわかるかもしれない」

「えっ!?」

 

 ユリアが今まででいちばん大きな反応を示した。

 大きな胸がたわわわんと揺れて、必死な視線を向けてくる。

 

「げ、げ、原因がわかるのですかっ!?」

「ええ、鉱夫さまのスコップはあらゆる願いを叶えるのです」

「叶えない。ただ、水に関しては俺は詳しいつもりだ」

 

 鉱山を掘ればいつしか地下水脈に突き当たる。それを誘導するべく水道を掘るのも鉱夫としての大切な仕事だ。水を誘導するという点では、アランもユリアも、同じ使命を持っていると言える。

 

「原因が……水の減った、原因が……」

 

 ユリアの目は明らかに輝いていた。

 アランは嬉しく思う。やはりこの娘は情熱を失っていない。

 ユリアはアランと目的は違えど、ただひとつのところを掘り続ける鉱夫だ。

 やがて、ユリアがゆっくりと立ち上がった。

 

 舞が始まる。

 

 ふんわりとした舞いだった。すらりとした体型の純朴な少女が、豊満な肉体をぷるるんと揺らしながら、体を上下させている。大きく天を仰ぎ、そして頭を下げる。ただただ水をくださいと願う、健気な巫女。

 やがて――ちゃぷんと。

 水の匂いすらも、漂ってきた。

 

「――以上、です」

 

 ぱちぱちぱちぱちぱちカンカンカンカンカン!

 リティシアが全力で拍手している。

 最後の金属音はスコップを合わせる音でした。

 

「すごい! すごすぎます! まさにスコップ舞踏でした……っ!」

「え、あの……」

「ぜひスコップ教団の正式な踊り手に採用させてください!」

 

 リティシアの言うとおり素晴らしい、達人というほかない踊りだった。

 一生のすべてを、それに捧げ続けてきたのだろう。

 アランにはそれがわかった。証拠もあった。

 

「……枯れた原因はユリアの踊りではないぞ」

「えっ!?」

「これを見るがよい」

 

 アランは金属製のスコップを差し出した。

 その先端には、おそろしく澄んだ水たまりができている。

 ユリアの踊りの最中に、ぽこぽこと湧いてきた、水だった。

 

「これは、おまえが呼んだ水だ」

「え、えええっ!?」

「鉱夫さま、どのようなスコップ原理なのですか?」

「ユリア自身から出る『水呼び』の採掘力スコッピングパワーがスコップに集まるように細工しておいた。この短期間でこれほど澄んだ水が集まるなら、踊りが原因ということはありえない。それに」

 

 アランはスコップの水たまりに指を伸ばすと、ぴちゃん。水を指ですくって、口で舐めた。おそろしく繊細で甘い。夢中になって飲み干したくなる、ユリア自身のように純粋に甘さを感じる、水だった。

 

「味が素晴らしい。ユリアは完璧な水呼びをした」

「なるほど……つまりこれは、ユリア様のスコップ汁というわけですね?」

「えええっ!?」

 

 ユリアは両手で自分を抱くようにして、羞恥の仕草をみせた。

 言い方が無茶苦茶だが、リティシアも指を水につけてぺろりと舐める。

 ぶるるるるっと、背中を震わせながら、リティシアは己を抱くようにして。

 

「おいしいです……ユリア様のお汁……ああっ」

「あ、あの……そ、そんなにか、感慨深げに飲まれましても……っ」

 

 ユリアは頬をピンク色に染めて、もじもじと身を揺らしている。

 嬉しいけど恥ずかしい。恥ずかしくてたまらない。そんな感じだ。

 

「いや、本当に美味しいぞ、ユリアの水は」

 

 アランもぴちゃぴちゃと何度もユリアの水をすくってごくごく飲む。ユリアは自信を失っている。ならば、褒めるべきものがあれば、どんどん褒め称えるべきだ。ユリアが恥ずかしげなのは、きっと照れ隠しだろう。

 

「あ、あ、あううぅぅ……」

 

 胸をぎゅっと抱いて、豊満な体をぷにぷにとゆがめる。

 

 ――ユリアは生まれて初めての奇妙な感覚を抱いていた。

 ただ水を飲まれているだけだ。別に汗というわけでもない。

 

 なのに、なんでこんなに――恥ずかしいのだ?

 

「ひ、ひやう……そんなっ」

 

 さきほどの舞の時よりも、よほど悩ましげな水の巫女ユリア。

 やがて、最後の水をちゅぽんと吸い込む。はあはあと荒い息をつくユリア。

 

「うむ、これほどおいしいとは、やはりユリアは水の巫女に違いない」

「リティシアもスコップ同感です」

「……っ」

 

 ユリアの反応が、変わった。汗をぽたぽたと流している。相変わらず頬はピンク色に染まっている。でもアランが満足気にごくんと喉を鳴らす音に、どことなく――嬉しげに、表情を緩めている。

 きっと嬉しいのだ。

 自分が、水を出せたことが。

 

「あ……ああ……っ」

 

 ユリアは口元に祈るように手をやる。

 羞恥に身を震わせつつも、目尻から涙をぽろぽろとこぼす。

 そして。

 

 

「……ありがとう……ございます……っ」

 

 

 アランに向かって、祈るようにして、感激の礼を述べたのだった。

 

 

「おいアラン、そろそろ部族の場所に……うおお、なんだこれは!?」

 

 そのときカチュアが馬車の中に入ってきた。

 水浸しのスコップ、満足げなアランとリティシア。

 そしてハアハアと荒い息をついて、泣きながら礼を言うユリア。

 

「何があった!?」

「ユリアさんのスコップダンスで出たスコップ汁を飲んでいました」

「の……の、飲んでいただいて……おりました……」

 

 ぽーっと頬を赤く染めながら答えるユリアだった。

 カチュアはしばらく考えてから、はああっと深くため息をついて。

 

「何もかもがおかしいがよく考えたらいつもどおりだったな」

 

 諦めたようにハハっと笑った。この騎士もだんだん慣れてきたようだ。

 

「で、カチュア、どうした」

「そろそろラハル族の村だが……どうやら様子がおかしい」

「どのように?」

「オアシスが完全に枯れている」

 

 ユリアがびくっと体を震わせた。

 その肩をアランは優しくポンと叩いた。

 

「安心しろ」

 

 スコップを構えて、宣言する。

 

 

「ユリア水のお礼に、俺のスコップで村を救ってみせよう」

 

 

 潤んだ瞳でアランを見上げるユリアを見てカチュアは確信した。

 

 ――今度はこの巫女が、スコップの犠牲者か。

ぼくは大発見をしました。水の巫女さんがスコップとフュージョンすることで『みこみこ天然水』が湧き出てくるのです。ぜひ日本全国の巫女さんにスコップを普及し、みこみこ天然水を例大祭で披露すべきだとぼくは思いま(このへんで神社本庁のエージェントに連れ去られた

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