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第15話 鉱夫、水の巫女ユリアを救出する

 アラン達は砂漠の国サバロニアに入った。

 関所は、旅のスコップ芸人を装って通過しようとしたところ門番がスコップをバカにしたためリティシアが暴走し、結局波動砲で関所ごと消滅させた。そのために軍隊が駆けつけるとの情報が入ったので、道なき砂漠にスコップで道を敷いた。

 国境から王都まで、大理石の石畳の、直通道路である。

 およそ20キロあったがアランは5秒でつくった。

 道作りは鉱夫の得意技だからだ。

 

「……道を作ったから、関所を消滅させたのと、差し引きゼロでいいか?」

「バランス感覚がまさにスコップです鉱夫さま!」

「なるわけあるか!」

 

 砂漠の果てまで広がるピカピカの石畳の道を見てカチュアはため息をついた。

 この男は、本当にもう……もう……なんなのだ(今日8回目の問いかけ)?

 サバロニアの国家はとんでもない混乱に見舞われているだろう。

 

「ともあれ、ここが王都か……でかいな」

 

 砂漠のオアシス。そこに広がる広大な城壁。門の付近には日に焼けた屈強な衛兵。

 

「では中に入ろうか」

「どうやって。私たちは関所破りで指名手配されているぞ」

「むろんスコップで」

 

 城壁の下にスコップで地下通路をつくって(もはやカチュアはツッコまなかった)中に入っていく。穴を抜けた先は、大勢の人間でにぎわう市場のようだった。砂漠特有のホロのついた屋台がならび、商人の声がひびいている。

 石造りの建物に、砂の道。まさに砂漠の国の王都だった。

 

「賑やかな街なのだな、ここはどこだ?」

「市場ですね。サバロニアは商業も進んでいるとは聞いてましたが……」

 

 リティシアがキョロキョロあたりを見回し、目をキラキラと輝かせている。

 

「鉱夫さま、鉱夫さま! たくさん子ども服が売っています」

「……欲しいのか?」

「はい、アリスちゃんにスコップ着せたいです」

『はあ?』

 

 アストラル体のアリス(普段は他人には見えない)が返事をした。

 

『わらわはアストラル体ゆえ服を着ても透けてしまうぞ?』

「半透け……ますますスコップが捗りますね……すこじゅる」

「姫殿下、よだれをふいてください。あと謎の擬音をつくるのはやめてください」

「はっ! そ、それでは探してまいります! 行きましょうアリスちゃん!」

『うおう、触れるな、ついていくからスコップでは触れるな!』

 

 リティシアはアリスの手を取って嬉しそうに屋台に駆け出した。

 残されたのはアランとカチュアだ。

 

「時間がかかりそうだな。俺達は別行動でオーブの情報を探そう」

「であれば私は姫殿下の護衛を」

「いらん。アリスの方がカチュアの300倍は強い」

「うぐっ」

 

 300倍とは誇張ではない。

 アリスは一見幼女だが最強のリッチ『ヴェクナ』の力の一部を受け継いでいる。

 アラン以外の人間で、アリスに勝てるものなどまずいないのだ。

 

「それに、俺には常識が足りん。常識人のカチュアの助けが必要だ」

「常識がない自覚はあったんだな……?」

「鉱夫だからな」

「おまえは他の鉱夫に今すぐ謝れ」

 

 大通りに行けば情報収集できる酒場があるだろう。

 そう考えて街を進むと、アランの視界に目立つものが入ってきた。薄汚い服の女や子どもが足かせに繋がれて、木製の台の上に立たされている。みな覇気がなく死んだような目をしていた。その横にはでっぷりと太った男。

 

「奴隷商人だな。サバロニアでは合法な商売らしい」

 

 カチュアがいまいましそうな表情で解説する。

 人間を売り買いする行為を、カチュアは嫌っているようだ。

 

「そうなのか? 奴隷など何の役に立つのだ?」

「荷物運びに掃除、建設作業など、単純な肉体労働だろう」

「そういった作業はスコップにやらせればよいではないか」

「何もよくない。おまえは常識を覚えろ」

「ふむ」

 

 アランは少しだけ並ぶ奴隷達に目を走らせると――。

 

「……あの子は」

 

 ひとり、気になる少女を見つけた。

 年齢はリティシアと同じぐらい。薄幸の美少女といった幸薄い雰囲気。恐ろしく白い肌、水色に輝く長い髪。服はぼろぼろの布の服を着ていてみすぼらしいが、胸はぽよよんと大きく人目を引く。

 中央の目立つ場所にいることから目玉商品扱いらしい。

 ずっと、うつむいたままの薄幸の少女。

 

 カチュアがむっと表情を歪めた。

 

「なんだアラン、奴隷などが欲しいのか、美少女の」

「いらん。俺にはスコップだけあればよい」

「だろうな。ではどうした?」

「あの少女から……強い採掘力スコッピングパワーを感じるのだ」

 

 数秒の間があった。カチュアは天を仰いだ。

 

「すまないが人類向けの言葉に直してくれ」

「あれは長年に渡って『何か』を掘り下げてきたオーラだ」

「ふむ……達人ということか? 言われてみれば、雰囲気があるな」

 

 カチュアは改めて少女を見た。他の人間とどこか違う雰囲気がある。

 なんというか――動作のひとつひとつが、流れるように美しいのだ。

 踊り子、と言われても納得するだろう。

  

「だがこの採掘力スコッピングパワーの萎れ……心が折れかけているな」

「まあ奴隷に落ちたわけだからな」

 

 儚げ少女の目は死んでいる。ずっとうつむいたままだった。よく見るとその胸には『300万金貨/売約済み』という表札がついている。既に買い手がついているようだ。

 

『さあさあみなさんお立ち会い、ここで素晴らしーいものをお見せしましょう!』

 

 奴隷商人がパンパンと手を叩いた。

 おそろしく太った中年の男が、下卑た笑いを浮かべながら台の上にあがる。

 そして少女に手を伸ばす。びくりと震える白い肌。

 何をするつもりなのか、カチュアにはすぐにわかった。

 

「うはははは。よいぞ、よいぞ、この場でおまえをもらってやろう」

「うっ……!」

 

 カチャカチャと手枷を鳴らしながら、逃げようとする儚げな少女。

 だが当然、逃げられない。誰も助けはしない。

 奴隷商人もよい見世物だと思ってニヤニヤしているようだ。

 カチャリ。

 カチュアは背中の剣に手をかけた。

 騎士として。あのような行為を絶対に許せはしない。

 

「……アラン、おまえは動かないのか」

 

 スコップ狂いだが正義の心は持っていると思っていた。

 中年の男が少女のそばにまで迫っている。

 カチュアがほんの少し失望しかけたそのとき、アランが返事をした。

 

 

「もう動いた」

 

 

 直後、ズボオオオオン!

 台の上に巨大な穴が空いた。落とし穴だ。

 

「えっ」

 

 中年の男が『ひえええええええええ!?』と悲鳴を上げて落ちていった。落ちていった。落ちていった。着地音が聞こえない。どれほど深いのか。やがて数十秒が経ったあたりで、やけに遠いチャポンと水の音がした。

 アランが木製の台の上に登って穴をポンポンと叩いた。

 すると穴がパアっと白く輝き、もとに戻った。

 

「えっ……えええっ……お、落とし穴……!?」


 呆然として戸惑う少女。アランを不可思議な表情で見上げている。

 

「安心しろ。地下水脈に繋げておいた……殺してはいない」

「殺すよりひどいだろう、それは」

 

 ツッコミつつカチュアは剣をスラリと抜いて台の上に上がった。

 顔には笑みがあった。

 そうか。うん。こいつはこういう男だった。

 スコップですべてを解決してくれる男なのだ。

 

「な、なんだ!? 貴様何をした!? ええい全員来い!」

 

 奴隷商人がガンガンと鐘を鳴らす。客がわあっと逃げるように引き、ファルシオンを持った屈強な砂漠の戦士たちが駆け寄ってきた。50人はいる。この広場全体を警備する兵士たちのようだった。

 兵士たちは台に上がったカチュア、アラン、そして少女を取り囲む。

 

「あ……あ、あのっ」

 

 と、少女がトテトテとアランに近寄り、必死な様子で話しかけてきた。

 

「どうかお逃げください! 奴隷の警備隊に歯向かっては、命はありません!」

 

 自分ではなく他人を気遣う。

 いつかリティシアも似たことを言っていた。

 この子もまた強く優しい子だ。絶対に助けたいと強く感じた。

 

「一緒に逃げるぞ。君にもやるべきことがあるはずだ」

 

 少女は一瞬だけ逡巡した様子を見せるが、やがて。

 

「いえ……私はもういいのです……使命から、逃げだした女ですから……」

 

 何かを諦めたような声で、そうつぶやいた。

 

「逃げたのか?」

「はい。使命が怖くて、逃げて……そうしたら奴隷商人に捕まって……」

 

 帰りたい、でも帰れない。自分は裏切り者だ。

 少女はそう言いたげだった。

 

「ならば、帰ってもう一度採掘すればよいではないか」

「……採掘?」

 

 アランは笑った。どのような使命かはわからない。

 だが、この美少女も自分と同じ、何かを掘り続けた人間なのだ。

 

「少女よ。掘ることをやめても、そこには穴が空いたままだ」

「は?」

 

 であれば、ぜひ教えたいことがあった。

 

「採掘はきつい作業だ。逃げ出すこともあるだろう。諦めることもあるだろう。それでも穴は空いたままだ。帰れば、いつでも再開できるのだ。俺も逃げては戻ることを、何度となく繰り返してきた」

「あの……えと、仰る意味がよく……」

「アラン、兵士が来るぞ!」

 

 カチュアの警告の声。台の周囲に兵士が集結していた。

 遠くから弓を引き絞る音も聞こえてくる。3人を確実に殺すつもりだ。

 

「そうして、一度掘った穴を、最後まで掘りぬくのだ。そうすれば――」

 

 アランのスコップに青白いオーラが集結する。

 砂漠に突風が吹き荒れた。アランの採掘力スコッピングパワーに呼応して、砂漠の空気そのものが吠えていた。スコップを覆うオーラはどんどんと大きくなり、人間の大きさを超え、天高くにまで立ち昇らんとしていた。

 充填よし。目標全方位。オールスコップ。アランは叫ぶ。

 

 

「Dig!」

 

 

 青白いオーラが収束し、ドシュウオオオオオオウ!

 78本の閃光がスコップからほとばしり、全方位に発射された。

 アランのスコップ技の一つ《拡散スコップ波動砲》だ。通常の波動砲が一直線に進むのに対して、これは複数のホーミングビームを発射する。全方位を敵に囲まれた際に特に有効だ。

 ビームは兵士そのものではなく、その足元に向かう。

 地面にあたるとジュワゥ! 土が蒸発し落とし穴ができた。

 

「落ちるがよい」

 

 広場には78個の落とし穴。

 ヒュウウウウゥゥゥンと全兵士が落ちていった。

 カチュアはその様子を見て、大口を開けていた。

 

「……おい」

「なんだ」

「なんだはこっちの台詞だ。なんだこの、大量の落とし穴は」

「サバロニアの国で大事は起こしたくない。殺したくなかった」

「既に大事になっているし、殺すよりこちらの方がひどいからな?」

 

 薄幸少女は大口を開けたまま時間を止めている。混乱の極みにあるようだ。無理もない。スコップから拡散波動砲が発射されて混乱しない人類はいない。

 

「よし、では逃げるか」

「あっ」

 

 アランは少女の華奢な手を取った。

 少女はアランをぼうっと見上げていた。ほのかに頬が赤く染まっている。

 

「行くぞ少女……っと、名前を聞いてなかったな」

「…………私、は」

「よければ聞いてもいいか。それと何を掘っていたのかもな」

 

 白い肌の少女はアランを見た。まるで神に祈るような目だ。

 自らの大きな胸の前で手を指を絡めて組むと、ひざまずいて。

 

「私は……私の名前は、ユリアです」

 

 まるで許しを請うかのような口調で、ユリアは続けた。

 

 

「『水の巫女』でした……今は違います……使命から、逃げ出しました」

 

 

 アランは笑った。

 

「では俺が『水の巫女』の使命とやらを手伝おう」

「え……」

「まだ使命に未練があるのだろう」

 

 ユリアの手を引きながらアランは続けた。

 

「俺に任せろ。穴を掘ることについては、俺が、世界一だ」

 

 カチュアは二人の様子を見ていた。空気を読んで黙っていた。

 ただ心のなかで全力でツッコミを入れるだけだった。

 

 

 ――巫女の使命は、穴を掘ることじゃないだろ。

砂漠の国の主成分はみこみこスコップです。たわわ薄幸巫女さんに、スコップえっちなスコップ祈りダンスを踊ってスコップ祈祷してほしいだけの人生でした。現地スコップ妻(最悪の表現)。


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