第13話 鉱夫、不死の幼女アリスの英雄となる
不死の王アリスは、スコップ拷問のあとに事情を語りだした。
『わらわは100年前に死んで……そして、蘇った』
リフテンは100年前に戦争で滅んだ。そのときの王女がアリスだ。敗北した国家の王族は皆殺しにされる。だが当時の王――すなわちアリスの父親は、アリスだけでも生き残らせるために『ヴェクナの王冠』を使った。
それをかぶる人間は、一度死んだ後に蘇ることができる。
伝説の時代より伝わる王家の秘宝だった。
「ヴェクナ……その名前は聞いたことがあるぞ」
「知っているのかアラン?」
「ゲヘナに領地を持つリッチの王だ、戦ったことがある。即死光線を乱射してくる強敵だ、スコップに即死耐性がなければ危ないところだった」
カチュアはツッコミを入れたい衝動を懸命にこらえた。
「鉱夫さまは死すらスコップで超えるのですね……っ!」
「超えてない。耐えただけだ」
「はやく続きを聞こう」
カチュアはツッコミを入れなかった自分を褒めてやりたいと思った。
『じゃが……国はすでに、滅びておった』
荒廃した城の地下墓地で、アリスは目を覚ました。城はがらんとして無人だった。死んでからもう、何十年も過ぎていたのだ。国民も家族もいない。リフテンの領地は人すら立ち入らない魔境となっていた。
だからアリスは――国民をつくろうとした。
自分にそれができると、わかっていたのだ。
死霊魔術の知識が、滝のように王冠から流れこんできていた。
「王冠にヴェクナの知識が蓄えられていたのか」
『そうじゃ』
持つものに知識を与える冠は、伝説の工芸品にはよく見られる種類だ。
アリスがアストラル体で蘇ったのも、そのためだろう。
『その日からわらわは、アリス・ヴェクナルと名乗っていた。心が、自分はそのような存在じゃと言っていた。意味は『ヴェクナを継ぐもの』じゃ』
リティシアはアリスの話にうなずいた後、ピーンと何かをひらめく仕草。
「鉱夫さまも、スコップの知識が流れ込む、スコップ冠をつくられては?」
「カチュアに渡したヘルメットに似た効果は込めている」
「ひいっ!?」
ガバアッ!
慌ててカチュアが『安全第一』シールのあるヘルメットを外した。
なんてことだ。これは洗脳装置だったのか、完全に油断していた!
「安心しろ。安全第一の精神が徐々に身についていくだけだ」
「安心できるわけあるか!? もう絶対にかぶらないからな!?」
ハアハアと荒い息をつくカチュアだった。
「ほ、ほら、はやく続きを聞きましょう! スコップの続きを!」
「そうですね。アリスさん、ほーら新しいスコップですよ?」
『ひいっ!? スコップをちらつかせるでにゃいっ! 話すから!』
アリスはおびえながら続きを話す。
『じゃ、じゃが……つくった国民はみな、心を持たぬ屍じゃった』
スケルトンとゾンビ、それにごく低級のリッチ。みな生前の知識などない。姿かたちを真似ることすらできない。それがアリスの限界だった。アンデッドがうごめく城の中アリスはただひとり、玉座に座っていた。
領地から人里に行くことも考えた。
だがアストラル体のアリスは己の棺に縛られ、離れられなかった。
『そんな折にここを訪れたのが、ロスティールの宰相を名乗る男じゃ』
「っ!?」
『ひと目でわかった。すさまじく強力な、悪魔じゃ。だから信用した』
リティシアが赤いスコップをギュっと握りしめた。
険しい顔つきでスコップの先端の金属部をブルブルと震わせる。
アリスがまた『ひぃん!?』と泣き顔になった。
「姫殿下、怯えています。そのスコップをしまってください」
「いえカチュア。片時もスコップを手離さぬが王族たるものの心得です」
「王族とはそういうものなのか」
「絶対に違うな」
「さあアリスさん、早く続きを。宰相は何を言ったのですスコップ!」
「スコップ落ち着いてください」
厳しいリティシアにほとんど泣き顔になりながら、アリスが続けた。
『《ブルーオーブ》を汚染すれば、おまえの望みを叶えてやる、と』
「……汚染?」
『ヴェクナの知識の中に、人間を生贄に宝物に呪いをかける魔法がある』
オーブほどの工芸品ともなれば、破壊は困難だ。そこで宰相は破壊ではなく汚染をするため、アリスに呪いを依頼した。アリスがアラン達に襲い掛かってきたのは、呪いの生贄にするつもりだった。
『約束の証として宰相はわらわに宝石を渡した』
「宝石?」
『これじゃ』
アリスは自らの額を指差した。
そこには黒く輝く小さなダイヤモンドが埋まっている。
不気味な光を放ち、ウィンウィンという音をたてている。
『魔界のダイヤモンド。絶対に違えぬ、上位悪魔の契約の証じゃ』
アリスはそこでふうっとため息を付いた。
話はこれで終わりだ、ということらしい。
『そしてわらわは、おぬしらを生贄にすべく戦い……負けた』
天を仰ぐ。どこかすがすがしくもある笑顔だった。
『もうどうとでも……あいや待て、スコップは、スコップだけはだめじゃ!』
「……スコップが、だめ?」
『ちがう間違えた! スコップは素晴らしいのじゃスコップばんじゃーい!』
「わかっていただけましたか! スコップばんざーい!」
『ばんざーい! ばんざーい!!』
スコップばんざいが続いた。やがてアランが切り出す。
「アリス、話はそれで終わりなのか?」
『そうじゃ。わらわの話せることはすべて……』
「いいや。まだ肝心の話が聞けていない」
『なんじゃ?』
アランはスコップでアリスの胸のあたりを真っ直ぐに指した。
そして問いかける。
「アリス、おまえの望みとはなんだ?」
『――えっ』
「アリスが上位悪魔に何を願ったのか。省略されていたぞ」
掘り下げていく。
『そ、それは、お前たちには関係のないことじゃから……』
「俺が聞きたいのだ。関係ある」
アランは鉱夫だ。掘り下げるのが生業なのだ。
『そ、そんなことはどうでもよいじゃろ! 話す筋合いなど!』
「俺が聞きたいのだ」
それでもアリスは言いたくない様子だった。と、きらーん。
アランの声に呼応してリティシアのスコップが光った。
「質問に答えてください、アリスさん」
『あ、あううっっっ! い、いやじゃ、これ、これだけは……!』
スコップ脅迫にもかかわらずイヤイヤと首を振るアリス。
本当に嫌なようだ。リティシアが更に一歩進んだ。
「さっきよりも、あついスコップ、試してあげましょうか?」
『あうううううううううううううう!!』
リティシアのスコップとアランを見比べる。
アリスは顔を地面に伏せた。
やがて、鳥のようにか細い声で、ぽつりと。
『………………あたたかく、なりたかった』
アリスの頬からぽろぽろと水滴がこぼれ落ちていた。
『あたたかい食べ物が……言葉が……おふとんが』
声は鼻声になっていた。それでもアリスは続けた。
『ものいわぬ冷たい屍のものではない……あたたかな何かを、感じたい……』
アリスは顔を上げた。手を太陽にかざす。
『わらわは……わらわの体は、100年前に死んだあの日からずっと』
強烈な光にもかかわらず、アリスの体は光を一切反射していない。
宝物庫にいたときと同じ青白い体だった。
『太陽にすら、つめたさしか感じぬのだ』
そこで話は終わったようだ。
カチュアは押し黙っていた。アランもだった。
リティシアはスコップをだらんと下げて、じっとアランを見ていた。
「…………鉱夫さま」
意を決したようにリティシアが言った。
「鉱夫さまのお力で、アリスさんを生き返らせられませんか?」
しばらくの間があった。やがて。
「それは、できない。スコップにできるのは、掘ることと埋めることだ」
眼前に広がる墓地を指差してアランは続ける。
「死体を埋葬はできても、生き返らせることはできない」
「そうですか……そう、ですよね……」
リティシアはスコップをぎゅっと握って沈んだ表情だ。
しんみり声。声にスコップがない。驚異的なことだ。
カチュアも同じ気分だった。
この男のスコップにも、できないことがあったのか……と。
「(……いや待て、今の気分は何かおかしいぞ!?)」
心の中のツッコミは言葉にならなかったので空気はしんみりのままだ。
「鉱夫さまにも……できないことが、あったのですね……」
「そうだ。俺は死を司る神ではない」
「はい……」
「俺のスコップにできるのは、せいぜい」
アランはスコップを握りしめると。
「アストラル体の者に熱を感じさせたり、料理の味を感じさせたり、棺に縛られず自由に動けるようにしたり……たったその程度に過ぎないのだ」
「そう、だったのですね……スコップはたったそれだけしか……」
「ああ……」
5秒ほど沈黙が続いた。
10秒たってもまだ沈黙が続いていた。
20秒が経っても誰もしゃべらないので仕方なくカチュアが動いた。
「アラン」
「なんだ」
カチュアはすーっと息を吸い込んだ。
そして、今日いちばん大きな声を発した。
「それだけできれば、十分だろうがああああああああああああああ!?」
もはや我慢の限界であった。
アリスの目が点になっている。カチュアは声を張り上げた。
「おかしい! 貴様のスコップは絶対におかしい!!」
「む……そ、そうなのか?」
『まままま待て! お、おぬしそんなことが本当にできるのか!?』
と、黙っていたアリスがようやく口を開いた。
「現にリティシアがさっきやっただろう」
『へっ?』
「スコップで足の裏をくすぐった時、汗を出していただろう。あれだ」
『にゃ、にゃぬうううううううう!?』
アランのスコップには相手の感覚を《掘り起こす》効果がある。たとえ物理的に存在しなくとも、心のなかに埋まっている感覚を掘り起こす。応用すれば味覚も掘り起こすことができるだろう。
そのためには何度もアリスをスコップする必要があるが。
棺の件はもっと単純である。アランが持ち歩けばいい。
運搬は鉱夫の得意技である。
「なるほど!」
リティシアが目をらんらんと輝かせた。
「つまりリティシアが毎日アリスさんをスコップすればいいんですね!?」
『待つのじゃ! な、何かこう根本的な矛盾を感じるのじゃ!』
「矛盾ってなんでしょうか!」
『そ、そもそも! わらわをお主らが助ける義理など!』
「あります」
リティシアはにっこりと笑うと、太陽のような笑顔を浮かべて。
「だってわたしたちはもう――スコップした仲、ですからっ!」
『…………………………』
アリスは嬉しいやら怖いやら、もうどうしていいかわからない表情。
カチュアは黙っていた。
「(もう絶対にツッコまないぞ)」
カチュアは空気を読めるえらい騎士だった。
やがてアリスは太陽を見上げる。と、そこで、何かに気付いたようだ。
『わらわの……手が……』
久しくない感覚だった。
心の内側から何かがこみあげてくるような。
そのことに気付いてアリスの目尻からまた涙がこぼれた。
どうしようもなく溢れでる涙からすら――その温かみを、感じた。
「アリスさん!」
リティシアが笑顔で叫んだ――その直後。
オオオオオウウゥゥゥゥゥゥゥ!
アリスの額に輝く黒いダイヤモンドが不気味な光を放った。
『……これは……わらわの体が……』
上位悪魔との契約の証。それがどす黒い光を放ち始めた。
アリスは己の額からの黒い光を見て、納得したようにぽつりと。
『そうか……オーブを呪う契約を、守れなかったか』
「アリスさん、その宝石の光はなんです!?」
アリスは寂しげに笑った。
アストラル体は黒い宝石から出るオーラに呑まれようとしている。
サラサラと、溶けるように体全体がなくなっていく。
『契約を破った者には死を……悪魔の常識じゃ。まあ、もう死んでおるから、消えるだけか』
アリスは自分が消滅すると、そう言っていた。
なのにアリスの表情は穏やかだ。
「そんなだめです! リティシアとこれからたくさんスコップするんです!」
「(ツッコムなツッコムなツッコムな)」
『絶対にごめんじゃ。それに、もういい』
「なっ!」
アリスは笑った。今日いちばんさわやかな笑みだった。
もう一度太陽に手をかざして、リティシアに向かって。
『……わらわはもう、じゅうぶんに、あたたかい』
リティシアの頬から涙がこぼれ落ちた――そのときだ。
アランが、動いた。
「はっ!」
スコップを神速で突いた。切っ先の行く手はアリスの額。黒いダイヤ。ズゴォウと聖なるオーラが瞬時にスコップを覆うと、そのダイヤをぐりいいいいいいっと凄腕宝石職人のごとく、くり抜いてしまった。
ぽとり。
黒いダイヤは地面に落ちた。
『…………………………え』
呆然とするアリス。
「言っただろう――スコップにできるのは」
アランはスコップをもとに戻して、すちゃりと構えた。
黒いダイヤを地面にパンパンと叩いて埋めた。オーラが地面に消えた。
口をぽかんと開けるアリスに向かって、アランは言った。
「掘ることと、埋めることだ」
アリスはアランをじっと見つめた。
己を救った英雄を、信じられないとでも言いたげに、じっと見つめていた。
カチュアはぼんやりと己に問いかけた。今日何度目かもわからない問いだった。
――スコップって、いったいぜんたい、なんなんだ。
△▼△
そしてエルフ城。
みんなで戻ってフィオに土産話をすると、涙をうるませていた。
ぷるるんと胸を揺らしながら、グスングスンと涙を拭う。
「すごい……ふ、フィオはいまっ、すごい謎の感動をしています……!」
「ふむ……どのあたりが謎だった?」
「あらゆる意味ですべてが謎すぎるわ!!」
カチュアが我慢できずにツッコミをいれた。
それから深くため息をついた。もうスコップとは本当に一体なんなのだ。
いくら考えても結論など出ないが、それでも考えざるをえなかった。
「……ところで、姫殿下はどこへ?」
「アリスをスコップしている」
「そうか」←ツッコミを放棄した騎士の図
『やめるのじゃ、そこはちがうのじゃ掘ってはいけないところじゃー!?』
『いいえ、女の子にスコップしてはいけない場所はありません』
頭上から幼女の本気悲鳴が上がる。カチュアは聞かなかったことにした。
せっかく王女のスコップ相手ができたのだ、絶対に巻き込まれたくない。
「アラン、それでは次の目的地を決めよう」
「《レッドオーブ》だったな」
カチュアは地図を指差す。
場所はロスティールの東にある大国の、さらに僻地だ。
「砂漠の国、古代のピラミッドの地下にあるようだ」
「砂漠か。つまり」
アランが得意げに笑った。カチュアにはもう次の言葉の予想がついていた。
「スコップの出番だな」
今回はかなり王道英雄ファンタジーだったと……だったと……なんだこれ……でも言い張る!これは王道英雄ファンタジーです、アリスちゃんすこすこ!(魔法の合言葉)
あ、明日から砂漠の国編です。引続きよろしくお願いします。