第12話 王女、不死の幼女アリスをスコップする
戦争がはじまろうとしていた。
荒野にかれらは対峙している。
アラン達3人に対し、10000+1(幼女)のアンデッド軍団である。ゾンビやスケルトンを前衛に、後衛にはリッチの集団が控えており、きっちり隊列を組んでいる。人間の軍隊など相手にならないだろう。
だが問題はそんなことではなかった。
「アラン……私には大きな疑問がある」
「なんだ」
「まず、なぜ我々は荒野にいるのだ」
さっきまで全裸の幼女と宝物庫で対峙していた。
が、まばたきした瞬間、そこは荒野になっていた。
『にゃにゃにゃにゃんじゃ!? て、転移魔術を使いおったか!?』
自称『不死の王』のアリスは飛び上がらんばかりに驚いていた。カチュアもだ。リティシアだけは落ち着いて携帯の水筒からお茶を飲んでいた(落ち着きすぎだ)。いったいなぜ、こんなことになったのか。
「それは俺が城をスコップで解体したからだ」
アランが力強く断言した。
「オーブを取った以上アンデッドが湧き出る拠点は潰すべきだからな」
「…………………………そうか」
「うむ。2秒かかった」
もうツッコまないぞ、とカチュアは心の中で何度も唱える。
この男のスコップに常識は一切通用しないのだ。
「で、次の質問だ。なぜ隊列を整える時間的余裕を与えた?」
あの場でアランがスコップを一突きすれば、戦闘は終わっていたはずだ。
「アンデッドは復活防止のために埋葬すべきだな」
「うん」
「事前に整列させれば墓穴をどこに掘るか、考えずにすむ」
「うん………………うん?」
ちょっと一瞬理解が及ばなかった。
カチュアはしばらく考えてからようやく意味を理解する。
「……あのアリスとかいうのが、可哀想になってきた……」
「敵に哀れみをかけてはならんぞ」
「鉱夫さまはスコップお優しいのですね(ぱくぱく)」
リティシアは地面に座り込んでフィオにもらったエルフの焼き菓子を食べている。勝利を確信しているどころではなくもうピクニック気分。アンデッドの匂いの中よく食べられるものだ。
「スコップおいしいです」
『きさまら! なにを食っとるのか、準備はいいのかー!』
軍隊の中央でスケルトンの骨力馬車に乗ったアリスが叫んでいる。
運動会ではあるまいし律儀に待たずさっさと襲ってくればいいのに。
「では、やるか」
アランがすちゃりとスコップを構えた。
『なんじゃそのスコップは、道化のつもりか? ふははは、ものどもけちらせっ!』
――スコップが、戦場を舞った。
チカチカと川面の水面のようにアンデッド軍団がきらめいていた。アラン以外には見えないが、それはアランが首をはねた際の反射光だった。首をはねて、墓穴を掘って、埋めて、スコップでパンパンと土を固めて、あと墓石を加工して建てる。
そんな一連の作業。
最初の1体の作業行程だけはカチュアにも(超高速映像で)見えた。
2体目は、風にしか見えなかった。
3体目以降は、見ることすらできない。
アランの人知を超えた光速採掘は常人には認識不能だ。
そんな墓づくりの作業を、アランは10000回繰り返した。
カチュアが認識できたのは、一瞬の間に戦場が変化したことだけだ。
「ラスト・スコップだ」
アランが最後の墓を建て終えた。アンデッド軍団が、消えていた。
「これは……」
カチュアが目を見張った。
「墓地が――できている」
さっきまで荒野だったそこに、10000柱の墓石が並んでいた。
周囲はきちんと芝生が敷かれており鐘まで用意してある。
「名前がわからず墓石に彫れないことだけが心残りだ」
どうでもいいよ、とカチュアは心の中でだけ突っ込んだ。
もはや大抵のことでは驚かない。
「ああ……墓守の鉱夫さまもスコップです! さすがしゅぎます、リティシアのお墓も将来的にぜひスコップしてほしいですっ!」
「姫殿下、おくち、口元がっ! あと言動が物騒すぎます!」
リティシアの口からよだれのように紅茶がたれていた。
目はらんらんとスコップ型に輝いていた。カチュアは頭を抱えた。
「頭痛が止まらん」
「む、大丈夫か? スコッピング・ヒーリングをかけるか?」
「いらん! なおさらひどくなる!」
「なぜに」
『うにゃああああああああああああああ!?』
そのとき『不死の王』アリスがやっと叫び声を上げた。
『なんで!? なんでわらわの最強軍団が墓地になる!? どうして!?』
混乱のあまり口調がネコ化している。
「スコップの力だ」
『なんじゃそれは! スコップとはいったいなんなのじゃ!?』
カチュアもスコップ同感である。いい友達になれそうだと思った。
「それでアラン、こいつはどうするんだ」
「他のオーブの情報を持っているかもしれない、捕まえよう」
1秒後、ロープに縛られたアリスが地面に転がっていた。
アランがスコップから出したロープで縛ったのだ。
『なんじゃとおおおおおおおおおおおおおおお!?』
「アラン……もう少しゆっくり動け。私が混乱する」
「善処する」
「アラン様はとてもスコスコ速いのですね!」
「やめろその表現」
ともあれ縛り上げられた全裸幼女。
銀色の髪が地面にファサリと落ちている。ほんの少ししかない、それでも少しはあるふくらみが視界に入る。不死の女王というにはあまりにもあどけなく、犯罪的な縛られっぷりだった。
太ももをぐっぐっと動かして抜けようとするが逆にしまっていく銀髪幼女。
街に転がしたら3分後には路地裏に連れ込まれているだろう。
ふえええん、と泣き始める。
『なんなのじゃ!? なぜアストラル体のわらわが縄で縛られるッ!?』
「スコップの力だ」
『たわけ! スコップごとき低俗な道具がアストラル体に干渉できるか!』
その言葉にアランではなく、リティシアが反応した。
「スコップ……ごとき?」
びくうううっ!
カチュアが震えた。とてつもない悪寒を感じた。
寒さの源は、先ほどの発言をしたリティシアだ。
笑顔である。しかし目が笑っていない。ていうか怖い。
リティシアはしばらく深呼吸してから、笑顔でアランに振り向いた。
「鉱夫さま。この子をリティシアにお任せくださいませんか」
何をするつもりだ、とは聞かなかった。
間違いなくリティシアは『スコップ』をするつもりだ。
△▼△
『ひああっ……やめ、やめ、やめるのじゃ……っ!』
縛られたままのアリスが悲鳴を上げながら体をくねらせている。
「ふふふ。ほらアリスさん、あなたの言った『スコップごとき』ですよ?」
『やめろ! 近づけるな! やめるのじゃもうやめ、やめ……ひああっ!』
「やめません」
すこすこすこすこ……。
リティシアの手がスコップをいじるたびにアリスがくねる。
すこ、すこ、すこ。ひぃん、ふぁん、ひゃあん。
ピクピクピクっとアリスの幼い体が震えている。
「私はいったい、何を見せられているのだ……」
「俺に聞くな」
何かといえばアランにもわからない。リティシアに聞いてもスコップとしか答えないだろう。だが目の前の状況をそのまま言えば、縛られた銀髪全裸幼女の足の裏を――スコップ先端で『すこ、すこっ』と引っ掻いているだけだ。
足の裏をスコップでくすぐっている。
が、アストラル体の幼女にはそれが凄まじく、効くらしい。
すこ、すこ、すこっ……。
『やじゃ、いやじゃ、もういやなの……あははははっ!』
「まだです、もっとたくさんスコップしましょう」
『いやあああぁぁぁああああぁぁっ!』
全裸アストラル幼女はもうよだれやら涙やら鼻水やらで大変だ。
カチュアはリティシアの幸せそうな表情を見て、背筋を震わせた。
絶対に――姫の前で、スコップをけなしてはいけない。
そう強く決意した。
「まさかスコップが拷問に使えるとは……俺も知らなかったぞ」
「やるなよ! 人間相手には絶対にやるなよ!」
「リティシアに言え」
そして5分後。
もう汗とかあれとかとにかく汁まみれの幼女が土下座していた。
『すみませんすみませんすみませんなんでも話すからスコップだけはもう』
「もう?」
『す、すすすすスコップは最高にスコップなスコップなのじゃ!!』
「はい、よくできました」
もう幼女はリティシアに絶対服従なようだった。
リティシアはふうっと額の汗をぬぐうと、アランに近寄ってきた。
そして子どものように、えへへっと笑ってみせると。
「鉱夫さま、い、今のスコップは、いかがでしたでしょう!」
なぜか照れながら言ってみせた。
「いかがもなにも……」
「鉱夫さまに教えてもらったスコップ、がんばってみました!」
「がんばるな」
俺は何かとてつもない王女を育ててしまっているのではないか?
疑問に思いつつも、アランはもうリティシアは放っておくことにした。
今はそれよりアリスである。
「……では聞くとするか。そもそもおまえは、何者だ?」
アリスはその質問にビクッと震えた。
が、リティシアのスコップを見ると更にビクビクビクっと震えて。
『わらわは……リフテンの、最後の、王じゃ』
カチュアは思った。
――どうせこの話もスコップでだいなしになるな、と。
今日から夜19~21時ごろ更新となると思います。
初回特典で本日のみ、いつもより多く更新しております。おひねりをー。
あとよく誤解されるのですが「リティシア殿下は清楚かわいいお姫様」です。
プロットにはそう書いてあるのでまちがいないとおもいます。
少なくとも作者はそう信じてます。信じてください。