第11話 鉱夫、ダンジョンを安全第一で攻略する
名残惜しげなフィオに『また帰りに寄る』と告げ歩くこと3時間。
森を抜けたすぐそこから、目的地は見えていた。
「あれがリフテンだな」
リフテンの古城は半島の小高い丘に建っていた。
城壁は崩れ野草の生い茂る、朽ち果てた城だった。かつては小さいながら歴史ある国家だったが今ではアンデッドの巣窟だ。まだ距離があるがアンデッド特有の黄色いオーラが城全体から発せられている。
あの地下に冒険の目的である7つのオーブの1つ《ブルーオーブ》がある。
「鉱夫さまならスコップで2秒で取ってこれますよね?」
リティシアが自信満々の様子で言った。
「姫殿下、無茶を仰らないでください。あれは魔の城です、いくらアランでも」
「カチュアも鉱夫さまの波動砲とエルフ一夜城を見たでしょう?」
「うぐっ」
「スコップ神殿騎士団長たるもの、スコップを理解しなければいけませんよ?」
カチュアは振り向く。
その額には、たらーりとカチュアの汗が流れていた。
――確かにこの男のスコップなら、やりかねない。
じろりとアランの方を見やると気まずそうな声で。
「ど……どうなのだ、アラン? できるのか?」
カチュアはまさか、嫌な予感がする、といった表情
アランは怪しげのオーラを放つ城を観察したまま黙っている。やがて。
「やれば、できる」
自身を持って断言した。実際スコップを使えば2秒とかからない。
「できるのかっ!?」
「さすがです鉱夫さま! リティシアはスコップ信じていました!」
「待て待て。やればできるだけだ。俺はやらないぞ」
「えっ」
リティシアとカチュアが首を傾げた。カチュアが割り込んでくる。
「それはどういうことだ?」
「たとえばあの古城をスコップ波動砲で丸ごと消し飛ばしたとしよう」
「例えが既におかしいが続けてくれ」
「もし中に強力な反射能力を使う魔物がいて波動砲を反射されたら?」
数秒の間があった。
「……あんなものを反射できる魔物がいるのか?」
「ダンジョンには、いる」
アランは思い出す。
宝石鉱山の奥深くが地獄の第七層『ゲヘナ』と繋がったときのことだ。
ゲヘナを支配する悪魔の君主『デモゴルゴン』が姿を表した。アランは先制のスコップ波動砲を放った。だが醜悪な巨体が一瞬銀色に光ったとき、アランの放った波動砲が反射されたのだ。
並の魔術ではアランの波動砲には干渉不可能。
だが相手は反射した。
後で知ったが《あらゆる攻撃を反射する》よう物理法則を書き換えたのだ。
この世には、世界のルールを意のままに変えられる、怪物がいる。
「いるのだ。ダンジョンには――」
とてつもない激闘となった。
最終的には肉弾スコップで打倒できたが、途中アランは死を覚悟した。
そんなゲヘナの君主と同等の相手があそこにいないとは断定できない。
だから安全第一の精神が、大事なのだ。
「いやいや待て待て待てこら!」
解説を終えた瞬間、カチュアがツッコミを入れてきた。
「『デモゴルゴン』とは、創生神話で悪魔の軍勢を率いた、邪神にも匹敵する大悪魔ではないか!」
血相を変えて抗議するカチュア。
「なるほど、あれが邪神か……どおりで手ごわいわけだ」
「いやいやいやいやいや! ありえんだろ! 常識的に考えて!」
「鉱夫さまは既に神話となられていたのですね……ああスコップ……っ!」
「最後のスコップはなんだ」
「感動詞です、えへへ、昨日フィオちゃんと考えたんです」
リティシアが子どもっぽくてれてれ笑顔で答えた。
「おまえいつもスコップという度に感動しているのか……」
「はい、スコップしてます」
「もういい」
アランは頭を抱えつつも、地面にスコップをざっくり差して気を整える。
「とにかくダンジョンは安全に攻略するぞ、カチュアのためにも」
「…………は? 私?」
いきなり名指しされ、自分の顔を指差すカチュア。
「俺のように強くなりたいと。そのためにダンジョンはうってつけだ」
「えっ」
顔をほころばせるカチュア。
「お、覚えていたのか?」
そうか……と感慨深そうにうなずくカチュア。ちょろい。
「う、うむ、では今回は私に任せろ。アンデッドなど一刀両断にしてくれよう」
「その意気だ。ではダンジョン攻略をはじめよう、安全第一でな」
「ああ!」
パンっとお互いの手をハイタッチして気合を入れた。
こうしてアラン流ダンジョン攻略がはじまる。
最初はまず情報収集だ。スコップから採掘兵を生み、ダンジョンに潜らせる。魔物、トラップ、ルート。3分で情報すべてが集まり、アランのスコップ金属部に『ダンジョン完全攻略ガイド』が映された。
アランのスコップは情報を集積し表示する端末にもなるのである。
「待 て」
カチュアがうめくように言った。
「なんだいまのは!? というかこの完璧な地図は!?」
「情報収集は戦争の基本だぞ」
「戦争!?」
「覚えておけ。ダンジョンは――戦争だ」
教えながらアランはスコップに映し出された情報を確認。基本的にアンデッドだけのようだ。複数に絡まれなければカチュア一人でも勝てるだろう。だが魔界の君主クラスなら情報隠蔽される可能性もある。
安全第一、油断禁物。
そう唱えてからアランは次の一手を繰り出す。
「次にこのダンジョンを外界から隔離する」
「は?」
「カチュア、戦争において最も怖いものは援軍だ」
「だから?」
「援軍にドラゴンの大軍が飛来しても大丈夫なように結界を張る」
「おまえはドラゴンの大軍に何かトラウマでもあるのか……?」
「ある」
採掘していたとき、背後からのブレスで消し炭になるところだった。
安全第一の精神に沿えば、ワンダリング・ドラゴンへの対策は必須だ。
アランはスコップでスコップ陣(※魔法陣のスコップ版。形がスコップ)を描いて結界を張っていく。エルフの森のときと違い、一時的でよいから、20秒ほどでリフテンの古城すべてをバリアで覆うことができた。
これで挟撃の可能性はなくなった。
「………………」
死んだ魚の眼で天を見上げるカチュア。
リフテンの古城全体を覆うバリア――ウィンウィンと謎の振動音を発している――を見つめたままピクリとも動かない。横ではリティシアが『スコップバリアがスコップかっこいいです!』といつもどおりである。
やがて、カチュアはブルブルと首を横に振ると。
「アラン……私のほっぺたを、つねってくれないか……?」
リティシアが『はて?』と首を傾げた。やがてハッと気付く。
「カチュア……痛いのが好きなのですか? 特殊な性癖を披露するのは今はスコップやめたほうがいいと、リティシアはスコップ考えます」
「姫殿下にだけは言われたくありませんよ!?」
カチュアもだんだん慣れてきたようだ。
「と……とにかく! これでダンジョン突入なのだな!」
「何を言っている、ダンジョンの安全工事はこれからだ」
「安全工事!?」
アランは地図を赤鉛筆で塗りつぶしていく。
それはダンジョンリフォームの設計図だ。このダンジョンは地下3階、地上4階のようだが入り組んだ箇所が多く少々危険だ。そこで工事だ。通路を一本道にし、不意打ちの可能性がある通路はスコップで埋める。
それでもまだ見ぬ強敵(探知魔法すら妨害するような)がいるかもしれない。
なので戦いに備え、通路には射線を隠す塹壕を掘っておく。
「覚えておけ。安全工事こそダンジョン攻略の要だ」
工事は3分で終わった。
カチュアはリフォームされた安全ダンジョンを呆然と見ていた。
「どうしたカチュア。まだ不安な点があるか」
カチュアはしばらく止まってから、ふふふと笑う。
冗談めかした口調で。
「もう……頭上に隕石が落ちた時の対策でもしてはどうだ……?」
「隕石……ふむ」
アランが反応した。
「その発想はなかった。なるほど地上では隕石の危険が常にある」
「 」←カチュアの声にならない声
「これを被れカチュア。アダマンティン製のヘルメットだ」
すっぽりと『安全第一』とシールの貼られたヘルメットがかぶせられた。
カチュアの美しく青い髪が隠されてしまったが誰もそんなことは気にしなかった
「 」←カチュアの今まさに精神が死に行こうとする声
「よし、今度こそ突入だ」
正面の古びた城門は、トゲだらけで危険なので撤去し、クリーム色の匠のドアにつけかえた。そのドアをカチュアが(死んだ目で)開けた。スケルトンが一体。走ってくる。カチュアは本能的に戦闘準備をする。やりやすかった。
足場が体育館のごとく磨かれ整備されていることに、気づいた。
「…………」
カチュアは走ってきたスケルトンを、三撃で倒した。
ぼろりと崩れたスケルトンの体は消滅した。
「…………アラン」
「なんだ」
カチュアは何かを言おうとして、やめるという動作を何度か繰り返した。
やがて――すべてがどうでもよくなったらしく――アランに問いかける。
「アラン……ダンジョン攻略とは……なんだ」
「戦争だ」
「戦争……そうか、戦争か……なるほど……はは」
カチュアはカランと剣を落として、天を仰いだ。
「戦争とは……これほどまでに、むなしいものだったか……」
――こうしてカチュアは騎士として成長した。
「ところで鉱夫さま、安全工事をカチュアにお教えくださいませんか?」
「は?」
「俺の見立てでは二年ほどかかるが」
「かまいません。彼女はスコップ神殿騎士団長です。皆の見本です」
「ちょ、姫殿下っ!?」
「わかった。まずカチュア用のスコップを用意しよう」
「やめろおおおおおおおお!?」
カチュアの受難は、まだはじまったばかりだ。
△▼△
結局、カチュアはリティシアの命令に逆らえずスコップを背負わされた。
「くっ……わ、私は剣しか武器にするつもりしか!」
「だめです」
「ううううううう」
王女流パワハラである。またはスコハラ。
そしてオーブの部屋に来た。朽ち果てた城の中にあって豪華な宝物庫はいまだ健在だった。中央の台座に鎮座するは、神秘の光を放つ《ブルーオーブ》。部屋全体が淡い光で満たされている。
「すごい……これが、これがオーブ……!」
さっきまでゾンビだったカチュアが復活して感動の声をあげた。
「そうそう! こういうのでいいのだ……こういうロマンで……!」
「鉱夫さま、なぜこの部屋はスコップ綺麗なのでしょう?」
「地図を作る時に採掘兵に掃除させた」
ズゴン。カチュアがその辺の柱に頭をぶつけた。目はまたゾンビだ。
「その時にオーブを取ってこさせろよ!?」
アランは首を横に降った。
「常に作業の目的は一つに。安全第一の基本だ」
「スコスコです!(訳:スコップさすがスコップ鉱夫さまです!)」
「もはや何の略か意味がわからん」
「意味がわからんのは貴様のスコップだ!!!」
てんやわんやであった。
「む――カチュア、後ろだ」
「え?」
ホワワワワとオーブの周囲に青白いオーラ。やがてオーラは形を変え、青白く光る人間となっていった。少女。いや、幼女に近い。体は完全に透けていて、一糸もまとわぬ姿。長く伸びた銀髪はまさに神秘。
そんな透明の少女がフワフワと空中に浮いている。
やがて、目がパチリと空いた。
「なんだ……? オーブに宿る精霊か……?」
「いや、そういうものではないな」
アランがスチャリとスコップを構えた。
銀髪の幼女は、アランたちをじっと見つめる。そしてにやりと笑うと。
『ふふ……人間……わらわの贄……ようこそ』
言葉と同時に幼女から黄色のアンデッド特有のオーラが吹き上がる。
カチュアが警戒あらわに剣を構えた。スコップは構えない。
「こいつっ! この城のアンデッドのボスかっ!」
『察しの良い人間は好きだ――わらわの眷属となるがよい、贄よ!』
少女の暗黒オーラがカチュアに襲いかかろうとした。
直後。
カチュアの背中のスコップがパアッと白く輝いた。すべての暗黒オーラが消失した。フワフワ浮いてた全裸幼女はゴチンと床に頭から落ちた。
『うにゃっ!?』
悲鳴を上げて頭を抑えて痛がっている。
しばらくの間。やがてカチュアが呆然とつぶやく。
「……なんだいまのは」
「スコップの力だ」
「おまえはいつもそれだな」
「いや本当だ。カチュアに渡した《聖騎士のスコップ》の力だ」
カチュアは背中の銀色のスコップを見た。太陽のように輝いている。
「聖騎士と言えば聖なる力。渡すときに聖掘削力を込めた」
「さすがは鉱夫さま万能スコップさすがですスコップ」
「繰り返すな」
「…………………………」
カチュアは床に落ちて痛がっている(幽霊のくせに)銀髪アンデッド幼女と、背中の《聖騎士のスコップ》を交互に見比べた。そして「ははは」と笑いだした。もはや笑うしかないのだった。
『く……なな、にゃんという真似をするのじゃ! ぶれいな! ぶれいなっ!』
と、幼女が起き上がりながらカチュアを憎しみの視線で見つめた。
言動がかみまくっているのでもう普通の幼女にしか見えない。
『わ、わらわを哀れみの目で見るな! 不死の王たるアリス・ヴェクナルの、本当の恐怖をいま見せてやる!』
ズゴゴゴゴゴゴ。城が地震のように揺れだした。
いや、地震ではない。地面を大量の人が踏みしめる音のようだ。
『ふははは! わらわの1万体の《不死の軍勢》! 下等な人間を押しつぶせ!』
「ふむ、軍勢か」
アランがすちゃりとスコップを抜いた。先端の金属部がきらりと光った。
アリスと名乗った不死の全裸幼女にそれを向ける。
「俺の出番だな。よく見て覚えておけ、カチュア」
「なにを……」
「スコップは最強の武器だ。それは使う場所が」
アランはスコップを正眼に構えると力強い口調で言う。
「戦場であれば、なおさらだ」
数秒の間の後、カチュアは天を仰いだ。
きょう何度目かもわからない疑問を脳内で繰り返していたのだ。
――スコップって、ほんとに、なんなんだ。
この章のボスは当初プロットでは威厳あるマスターリッチの予定でしたが、やんどころなき事情により全裸幼女にTSされました。
のじゃロリ全裸アリスちゃんをスコップお仕置きしたい方は、ブクマ評価のうえ感想に「ぅゎょぅι゛ょスコップ」と……お待ちをスコップ大明神。ぼくはポイント懇願を日刊総合5位ランクイン中だけ続けると決めたところ4日もランクインして困惑しただけなので無罪です。それにランクインも今日が限界つまりぼくの命も今日で最期! なので命に免じて最後だけは見逃し(このへんで神聖浄化された)