第9話 鉱夫、エルフ城を築城する
とりあえず森中の黒い獣を30秒で一掃してから、アランはエルフ城建設に取りかかることにした。
「待ってくださいアランおじさん! いきなり何かが壮絶におかしいです!」
「何がだ?」
エルフ少女のフィオが叫んだ。彼女の視線の先には、黒い獣の死体が山のように積み上がっていた。このあと燃やして埋めて永久地下封印する予定である。そんな山を見てフィオは目を回しているようだった。
「どうした、獣の死体を見るのははじめてか?」
「いえ、あの、あのですね? なんで黒い獣が全滅してるんです?」
「採掘力のおかげだ」
「すこっぴんぐぱわー」
「うむ」
フィオが納得したようなので(実際には理解を放棄しただけだが、少なくともアランはそのように考えた)アランは図面を広げる。切り株のテーブルの上に、エルフの森の概要図がある。
アランはそこに赤エンピツで大まかな設計図を描く。
宝石鉱夫はただ宝石を掘るだけではない。
採掘に使う小屋、はしご、トロッコなどをつくることも重要な仕事だ。
大規模な鉱山採掘は、ただ掘るだけでは、だめなのだ。
「さて――はじめようか」
宝石鉱夫はいわば地底の凄腕建設業者。
今こそ、真の実力を見せるときだった。
「城の基本は、侵入者を防ぐ堀だ。まずエルフの森の周囲に堀をつくるぞ」
ちなみに森の半径はだいたい50キロ四方である。
形状が入り組んでいるため、外周にすれば800キロはある。
「すみません……フィオはかなり無理がある(オブラート表現)計画に感じます」
「そうだな。スコップがアダマンティン製でなければ無理だったな」
「材質が関係あるんですか?」
「頑丈でなければ、途中で折れてしまうだろう?」
話もそこそこにアランは作業に取りかかる。
採掘力を駆使して、白と青のオーラを放ちながら森の周囲にマッハで穴を掘る。深さ100メートル、幅5メートル。高さ20メートルの城壁を設置するのも重要なポイントだ。黒い獣の飛び越えとフィオの転落防止だ。
これが意外と骨の折れる作業だった。
800キロある森の外周全部を覆うのに、20分も要したのだ。
「アランおじさん……あの……フィオはいま、何か奇妙な夢を見ています……」
作業を終えて汗を拭くアランにお茶を出しながらフィオが言う。
その目はしっかりと現実を捉えて、そして混乱しているようだった。
「どうした、しっかりしろフィオ」
「いえあの……何か、何かが、おかしくありませんか?」
「おかしいとは何がだ?」
「何がと言われましても……あえて言えば、何もかも?」
「ふむ」
アランは地平線の果てまで続く地獄に続くかのような穴を見た。そして考える。掘削素人の意見は重要だ。おかしいと感じた、その素朴な感覚には真実が隠されている。このエルフ城の堀に、どんなおかしな点が……?
「あ……わかったぞ! なるほど、これはおかしい」
「わ、わかっていただけましたか!」
「ああ」
アランは力強く頷いた。
「この堀には――橋が足りない!」
「 」
フィオはエルフ少女にあるまじきアレな表情を浮かべた。
「なるほど、俺はスコップ移動(※ワイヤーフックによる壁伝い移動的なサムシング)で城壁を飛び越えられるから、橋を考えていなかった。しかしフィオにはエルフ用の橋が必要だな」
「 」
「すまない、待ってくれ。今すぐ交通の要所に架けてくる」
橋の建築には、時間をかけた。フィオにはメンテナンスは難しいだろうから頑丈に作らなければいけない。普段は2秒でつくるところを2分かけた。築2分の橋である。10本で20分である。形はアーチ状。
もちろん城門も用意しエルフとエルフが認めた人が通れる判別センサも付けた。
「完成だ。これで黒い獣はもう森に入れない」
フィオはドラゴンのブレスの直撃を食らった勇者のようにピクリとも動かない。
ながい沈黙の後。
「あの」
「うむ」
「フィオはアランおじさんに質問があります」
「なんなりと答えよう」
だが質問はなかなかこない。
何をどう尋ねればいいのか自分でもよく理解できていないようだ。
「………………は、橋の建築材は、どこから出したんですか?」
本当はコレガ聞きたいワケジャナイといったギクシャク感だった。
「地面にはたくさん石が転がっているだろう」
「はい」
「地底にはもっとたくさん石が転がっている」
「はい」
「つまりはそういうことだ」
「はい……………………はい?」
数秒の間があった。
やがてフィオは何かを諦めたような笑顔を浮かべた。
理解を放棄したがゆえの「とにかくよかった!」という笑顔だった。
フィオはアランおじさんが好きだった。だから愛でスルーしたのだ。
「本当にありがとうございます! これで私、安心です!」
「いや、エルフ城を作るのは今からだぞ?」
「えっ」
フィオの笑顔が固まる。
「堀と城壁だけでは、統制の取れた軍隊は防げない。衛兵が必要なのだ」
アランはスコップを天高く掲げた。採掘力を集中する。宝石鉱山をただ一人で地獄の底まで堀るには仲間が必要だった。だが生身の人間は地獄にはついてこれない。
だからアランは――スコップそのものを、仲間にした。
「百なる一のスコップよ、友の血を引くエルフを守れ――」
掲げたスコップから青色のオーラが漏れて、やがてスコップの形状を取る。それは地面にカランと落ちると、ピョンっと飛び跳ねた。金属の先端部を足のようにしてピョンピョンと動いている。
採掘兵である。
あらゆるものを掘り抜く兵士だ。得意技は塹壕戦からのミニ波動砲。
遠距離戦に限れば、実力は兵士10人分はある。それを99体用意した。
これだけいれば、フィオも安心だろう。
「アランおじさん……?」
「なんだフィオ、視線が泳いでいるぞ」
「いえ……あの……あの……」
フィオは天を向いたり地面を向いたりで『どうしよう私がおかしいのかなうんきっとそうだよこれが人間さんの常識なんだよそうだよ!』という顔になった。自分をごまかす作業は得意な子だったようだ。
「こ――こ、こ、これで森はもう、安全なんですね、アランおじさん!」
「まだだ。エルフ城築城の本番はこれからだ」
「え」
ぴたり。止まるフィオ。
「まだ城本体を作ってない」
堀と城壁と衛兵がいれば軍隊は防げる。
だが、それでも防げないものがある。
「フィオ、考えるのだ――もし突然ドラゴンの大軍が飛来してきたらどうする?」
5秒の間があった。
「世界の終わりなので諦めるかと」
フィオが何かをあきらめた笑顔で答えた。
「簡単に諦めてはいけない。地底ではよくあることだぞ」
「地上ではなかなかないことかと」
「そうなのか? だが、念のため備えはすべきだ」
地獄の底のダンジョン『龍窟』には大量のエルダー級のドラゴンが生息していた。さすがのアランも一対一ならともかく龍の軍団相手は厳しく、苦戦を強いられた。
そこでアランが発明したのが、飛び道具で敵を自動迎撃し、なおかつ火炎のブレスにも耐える軍事拠点――すなわち『城』である。
「設計は……エルフらしく世界樹を真似るか。名前はエルフ城でよい」
「そうですか(棒読み)」
「すまないが最低でも30分はかかる。フィオはそこで見ていてくれ」
「たぶん見えません(早すぎて)」
そしてアランは城を建築した。
場所は森の中央。高さはエルダー級のドラゴンを撃ち落とす射程確保のため、300メートル以上を確保する。建築材はもちろんアダマンティン。これならブレスに耐えられる。
その城(というより、外見は樹に近いが)の各部にアランはスコップを差す。多量の採掘力をあらかじめ込めることで、地対空波動砲を自動発射する『対空採掘砲』だ。
デーモン達と宝石戦争を繰り広げた時に大活躍した、固定砲台である。
「エルフ城、完成だ」
世界樹を模した美しきエルフ城が、そこにそびえ立っていた。
森全体が堀と城壁に囲まれ、侵入者を許さない。
たとえ軍隊に攻められても、採掘兵が撃退する。空中から攻められても、城に備え付けられた八百八十八門の《採掘砲》が、同時に100体までの敵を迎撃する。
まさしく難攻不落のエルフ城だ。
これでエルフの里が外からの侵略で滅びることは二度とないだろう。
「ふう……ぴったり2時間だ。なんとか間に合ったな」
「………………………………」
「さすがに汗をかいた。俺のスコップがアダマンティン製で本当によかった」
「すこっぷ……すこっぷ……?」
フィオのエルフの長耳がピクッピクっと震えた。あたかも彼女自身の心の動揺を示すかのようだった。フィオは世界樹の城を見て、次いでアランを、最後にアランの手にあるアダマンティン製のスコップを見た。
しばらくの沈黙の時間。
やがてフィオは、ぽつりと。
「スコップって……なんなのでしょうか……」
まるで宇宙の真理を問いかけるかのような質問だった。
スコップとは何か。
それは長きに渡ってアランが己自身に問いかけてきたことだった。
アランは考える。
波動砲を発射する。堀を掘る。城壁をつくり、衛兵をつくり、城を築く。いずれもが常識的にはおそらく不可能なのだろう。アランも最初の100年は不可能と思っていた。だが今では可能だ。スコップにグッと気合を入れて練習するとできたのだ。
なぜ、と問われれば、理由はアラン自身にもわからない。
しかし、やってみると、できるのだ。
世界の理を超えてすべてを掘りぬくことができたのだ。
「スコップとは」
だとすれば、アランはこう言うしかなかった。
「世界の理を、つらぬく力だ」
△▼△
「……ということがあった。で、この子がフィオだ」
世界樹の城の中、自然の木をくり抜いたかのような大広間。
そこにリティシアとカチュアを連れてきて、フィオを紹介していた。
ついでに先ほどのできごとを説明するとカチュアが気絶級ショックを受けていた。
「貴方はいったいなにをやっているんだ……」
窓からエルフの森外周に築かれた城壁を見るカチュア。
「大丈夫だ、ちゃんと太陽の光や雨風は通す、自然への影響はない」
「鉱夫さまのスコップな自然気遣い本当にスコップです!」
リティシアは平常運転のようである。
「で、今晩はこの城を宿としよう」
さすがに工事で夜になったので、今夜はここに泊まるつもりだった。フィオは快くOKしてくれた。というかこの城はアランが建設したのだからアランのものだ、と言って譲らなかった。
アラン以外の人間とは初めて会うらしくフィオはビクビクしている。
「はじめまして、フィオリエル様」
「えっ……ひゃ、ひゃいっ?」
リティシアが優雅にドレスをつまみながらフィオの前にひざまずいた。
「ロスティール王国第三王女、リティシアです。お会いできて光栄ですわ」
「へ……お、お、王女様っ!?」
わわわわっと慌てた風に手を振るフィオ。巨乳がぷるんぷるんと揺れる。どうやらリティシアの気品がにじみ出る仕草に圧倒されているようだ。無理もない。アランですらなんだか近寄りがたいオーラを感じるのだ。さすがは王族。
フィオの様子を見てリティシアはくすりと笑った。
優雅な仕草で続ける。
「緊張しなくても大丈夫ですよ。聞けばフィオリエル様は鉱夫さまの身内だとか――つまりわたしとも身内でもあるのです」
「え。王女様とアランおじさんは、どういった関係なのですか?」
リティシアは胸の前で手をギュっと抱いておごそかに言った。
「スコップな関係です」
ぱりーん(緊張感が粉々に砕け散った音)。
「………………あのう、アランおじさん」
「なんだ」
「この場合のスコップはどういう意味でしょうか?」
「俺に聞くな。知らん」
リティシアはトトっとフィオの側に寄ってきて手を握手した。
満面の笑顔で、動作は弾んでいる。よっぽど嬉しいようだった。
「フィオリエル様。もっとリティシアとお話ししませんか。わたし、子どものころから、おとぎ話に出てくるようなエルフの方と話すのが夢だったのです」
目をキラキラと輝かせてリティシアは言った。
「え、え、え……お、王女様と私なんか……身分がぜんぜん」
「フィオリエル様も長老の子孫。すなわちエルフの王女でしょう」
「そんなっ!?」
「人間の王女と、エルフの王女です」
リティシアはにっこりと笑って、ぐいっとフィオに顔を近づけた。
「わたしたちは、よいお友達になれると思います」
フィオはぼうっとした様子でリティシアの顔をじっと見ていた。
やがて、涙をぽろぽろとこぼす。
エルフの自分に、アラン以外の友達ができるわけがない。
そう諦めていたところに、リティシアの言葉が刺さったのだろう。
「は、い、王女……さま……私も、おともだち、うれしい……です……っ」
泣きながらも、ほっぺたは緩んでいて、笑顔なのだった。
リティシアはフィオの涙をゆっくりとぬぐった。
「もうお友達なのですから、王女ではなくリティシアと呼んでくださいな」
「り、リティシア……さん?」
「はい、フィオさん。さん付けもいずれ、取りましょうねっ」
それから、きゃっきゃと戯れるフィオとリティシアだった。
「まあ、フィオに友達ができたならよかったか……」
ずっと一人で森で暮らしてきたフィオにとって、リティシア王女は良い友達になってくれるだろう。アランは胸をなでおろした。リティシアをフィオに会わせて、本当によかった――そう考えたときだ。
「フィオさん、今夜はたくさんお話をしましょうね……特に(きらーん)」
リティシアの目がスコップ型に怪しく輝いた。
「スコップのお話を!」
そしてアランは知る。
自分の考えが、根本的致命的スコップ的に、間違っていたことに。
△▼△
深夜、アランの寝室。
エルフ服のフィオがそこにいた。だが様子がおかしい。頬は紅潮している。足はぺたんと地面にへたりこんでいる。そしてなにより、フィオの大きなたわわ果実が、やけに強調されている。
むにににゅんとやわらかそうに変形した特大メロン。フィオはそれを腕組みをするようにしてぎゅっと圧迫する。ただでさえ巨大なそれが特大になっている。この世にこれほどスコップ(形容詞)なエルフはフィオ以外にいないだろう。
そんなフィオのむちむち肌色フィオ山脈の上には――
「は……は、はずか……し……で、でも……っ」
赤いスコップが、ちまんと鎮座していたのだ。
《たわわスコップ》
なぜかそんな頭の悪い単語が頭に浮かんだ。
「………………………………」
なんのつもりだとは、アランは聞かなかった。
強烈なデジャヴ。誰の入れ知恵なのか一発でわかる。あのときとの違いは、谷間に挟むのではなく双峰の上にあることだ。まるで食器と果実。食べてくださいと訴えるかのよう。フィオは、己のコンプレクスの胸をそのように扱うことに、強烈な羞恥を覚えているようだ。
「ひ……ひぃん……っ」
足がガクガクと震え目尻からは涙がぽろぽろ溢れている。
恥ずかし涙である。でも視線はアランからそらさない。
アランは絶望と虚無感に苛まれていた。
なんということだ。
フィオをあのスコップ・プリンセスに会わせたこと。
それは1000年の人生の中で、最大の失策だったかもしれない。
「あの……あ……ふぃ、ふぃ、ふぃおと……ふぃっ」
「誰にそそのかされたかよく分かるから、とりあえず落ち着けフィオ」
「いえっ、や、やらなきゃ……私、やらなきゃいけないんですっ!」
「しなくていい」
「里を……エルフを、ふっこう、させたいからっ! だから!」
フィオは緊張でアランの声が聞こえていないようだ。
「だから……あの、あの、あのっっ!」
ブルブルと震えながらもフィオは言葉をつむいだ。
「アランおじさんっ!」
意を決したように、目をギュッとつむって、胸のたわわスコップを強調しながら叫ぶ。
あまりにもあまりにも予想通りのアレだった。
「は、は、はしたないエルフのフィオを……スコップ(他動詞)してくださいっ!」
アランは天を仰いだ。
――やはりあの姫はもうスコップだめだ。
お聞きくださいスコップ裁判長。ぼくはフィオちゃんスコップ回を書く予定が築城シーンが長くなったので明日に回しただけなのです。あと、あわよくば「フィオちゃんのたわわスコップマジエロフ」という感想を稼ごうとしただけなのです、信じてくださ(このへんで有罪判決が出た)。