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遅れてほんとすいませーん!!
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揺れる草木はないが安らかな風が足下を撫でる。血が乾き乾燥した粉が渦を巻きながら何処かへと吹かれてゆく。
腐乱臭が鼻をかすめまゆを潜める。
それぞれが持つ武装を握る手に汗が滲み、より手が引き締まる。
デブが先陣を切る。餓鬼の手前で大きく跳ね、頭上から頭を粉々にしようとでかい石の塊が餓鬼を襲う。
だが、やつは普通の餓鬼ではないようだ。手に持つそこまで鋭いとは言えないクナイを立てハンマーの衝撃を殺して見せた。
跳ね返りでデブの体が少し浮く。
その隙を餓鬼が見逃すはずもない。
だからこその二陣……美命が属性(雷)の付与された短剣をデブをすり抜けて餓鬼へと超高速で飛ぶ。
デブは何も考えずそのまま中を飛び、地面に無骨に着地する。
「やれやれ、これは硬いな」
弱音を吐き、苦渋の顔をした。
さて、三陣は……超高速を上回る速度で餓鬼の後ろに回り込む夜見。餓鬼は音もなく忍び寄られた夜見の姿をまだみてはいない。
雷撃の如く、足を滑らせ……。
もちろん、餓鬼はすべての短剣を弾いて見せた。目に映るすべての短剣は……ではあるが━━。
急激に気配を増大させた夜見は一瞬の隙を見逃すはずもない。
その一振りは、岩をも粉砕するだろう。
全てを賭けた一振りは──杞憂に終わってしまった……。
鉄を斬っているかのような感触、それにこの鈍い手の痛みはなんだ。夜見はチカチカとする目をかっぴらき剣先を直視した。
そこにあったのは刀と切れない首。その首はまるで、鉄筋コンクリートを切っているかのような感触、それに加えゴムのような弾力もある。
引き切るように刀を滑らせるがそれも虚しく全てはじき返されてしまった。
(硬すぎる!!)
飛び退き、体制を整えようと上体を起こそうと眼前を見たその時……腹部にとてつもない衝撃が走る。
血反吐を湯水のように口から吹き出し、勢いはそのまま夜見は軽く十五メートル前後吹き飛ばされた。
「夜見!!」
「逆巻!!」
二人の声も虚しく、気絶してしまった夜見には届かない。
二人は歯を食いしばる。
あの一撃をもろに喰らった夜見は当分立ち上がることは厳しいだろう。それに加え、二人では火力に欠ける。あの子が居てこそ、奴の首を跳ね飛ばすことができるはずだった。
だが、刀が当たった瞬間餓鬼の体が硬直したのは何故だ?
美命は目を鋭くし考察に入る。
だが、餓鬼がその隙を逃すはずもない。
自前の石クナイを左手に持ち、みたこともないようなフォルムで美命へと走ってくる。だが、それを許すデブではない。
ハンマーを地面に叩きつけ、大岩を宙に浮かせた。
勢いを殺すことなく宙に浮いた大岩を気合を入れてハンマーで弾いた!!
いくら大岩といえど、強化されたハンマーの硬度には負ける。
メロン程度の大きさの岩が走り迫る餓鬼に襲いかかる。
煩わしそうにその岩を一つ一つ餓鬼は弾くだが、全てを弾けるわけでもなく、小さな小粒が餓鬼の皮膚を傷つける。
確かに血は出た。
だが、何故夜見の刀が弾かれた?!
美命は考える。
餓鬼との距離はまだそこまで近いわけではない。幸い、デフが多少なりとも時間を稼ぐ。
ここで助けを求めるのはいいことだが、果たしてくるだろうか?
いやいやと美命は首を振った。
悠長にことを構えている訳にも行かず、美命は後ろに下がるしか選択肢が残っていなかった。
短剣の貯蔵は腐るほどあるが、やつに有効打になりそうな武具は入ってはいない。
美命の貯蔵庫は無限ではない。いつかは在庫が無くなり、剣を投げられなくなる。それだけは何としても避けなくてはならないと美命は考えていた。
「お前たち、まだこんなところで油売ってたのか」
声のする方角をデブと美命は一斉に振り向いた。そこにいたのは前々日に出会ったクソ鬼。もとい、先生の式神だ。
「ホームルームが始まるまであと20分だ。いい加減もどれって……言いたいところだがなるほどこいつか」
顎を撫でながら式神は手を前にかざす。
「こういう奴はな。こうやって殺すんだよ!」
式神は何かぶつぶつと言い始める。
次第に餓鬼の周りから白い氷の粒があらわれる。その粒は徐々に形を変えて、大きさを変えて餓鬼を包み込むように大きく形を変えてゆく。
何事かと餓鬼がクナイを振るがもう、遅い。足元を見ればすでに凍っており、身動きが取れない。次第にくるぶし、太もも、腰、胸、首元まで凍りつく。
その時やっと気が付いたのだろう。
自身の死が間近にきているということを。
その引きつった餓鬼の表情は死を悟った猫のような顔をしている。
吠えることも、泣くことも、抵抗することもせずただ淡々とその事実を受け入れている。先ほどまでの勝ち誇った顔は何処へやら。
怯えを通り越し式神を畏怖しているのだろうか。
知らぬ間に背後に立っていた式神は無表情に手を餓鬼に突き刺した。
カチカチに凍ってしまった餓鬼の体はまるでガラス細工を壊しているような音がした。
パラパラと崩れ落ちて行く餓鬼の体からは一滴も血が吹き出さず苦痛な声も上げずに死んでゆく。
「何故そこに突っ立ている。ホームルームが始まると言っているだろう。かなりの遅刻だ。本当に迎えに来て正解だったぞ」
式神はめんどくさそうに頭をかきむしり、学校の方角へ指を刺す。
「ここからあの岩を越えていけばすぐに見えてくるだろう。走れ! 今のお前たちがすべきことはこの一点のみだ。そこのバカタレは俺が担いでゆく。いけ」
美命とデブは一目散に駆け出した。
あいつの重圧に耐えきれなかったのだ。強烈なら存在感と共に伝わってくる絶望するまでの実力の差に淀みのひとつなく怯えてしまっていた。
あんな化け物じみた怪物を飼い慣らしている先生と呼ばれる人物はどれほどの実力者なのかと思うと、さぞ震えが止まらなかったであろう。
自身達の力を過信していたが故に起きた間違いにまだ、美命とデブは気がつくことはないだろう。
「さて、このクソアマは……どれどれ。なるほど、肋骨が数本と内臓にダメージか。だが、これほどの攻撃を受けて即死しないとはさすがあの逆巻家と言ったところなのだろうか。伊達にあの禁忌を使った一族なだけはある。こいつはあいつら二人よりも伸びそうだ。あの頃の俺ならば刈り取っていただろうがな……あははは!!!」
式神は高らかに笑い夜見をボロ雑巾のように担ぎ飛び跳ねるようにそこを離れていった。
あのに残された鬼達の死骸はまた別の鬼達に喰われていくのだった。




