12
12
すこし焦げめがついてきた頃。
彼女は、何かを焦っているようにも見えた。
「どうかしたのか?」
そんなことを口にしていたのか、私はサッと口元手で覆った。
「……いえ、なんでもないわ。だけど、ここ少しだけ寒くてね……」
あんなに大きな火があると言うのに彼女は体を震わせていた。別段服はそこまで薄くはないし、それに鳥肌も立っているわけではない。
だが、彼女の顔は少し青ざめていた。
デブはどうやら回復したようでキョロキョロと辺りを見渡していた。まだ食べ物がないと知ると、ペチャっという音と共にまた眠りについたのであった。
「あいつ、よくあそこで寝られるな」
血溜まりの比較的浅いところではあるのだけど、背が濡れて寝れるものも寝れないだろうに。
それに比べて彼女はどこか繊細なのだろう。
先の戦いとは全く別の顔をしていた。
どこか儚げでいまにも崩れてしまいそうになるほどに。
目を伏せ、そっとハンドルから手を離す。
彼女の手は少し焼けていた。いい感じに焦げていた。
それなのに彼女は寒いと火に近づこうとするのだ。危ないと思い、彼女のベルトを掴み引き離そうとした。
「やめて、寒いじゃない!! 私寒いのだけは無理なの。爬虫類みたいに動けなくなってしまうから!!」
必死だった。それはもう……必死だった。
とても怖かった。
◇
そんなことがあり、夜見と彼女の座る位置は若干離れていた。
グカーグカーといびきを立てている腐れデブに関係のないことだが、若干あの太々しさが羨ましいと感じてしまう程には仲は良くなっているのではないだろうか?
いけないいけないと首を振り、ため息を落とす。
相変わらず火に近い彼女は手が火につきそうなほどに近づけていた。
ジュウジュウと肉が焼ける。下の面はもう焦げているのではないだろうか?
かれこれ何十分もあぶっているのだ。
流石に食べごろなのではないだろうか?
いや、鬼化した鹿なんて食べたくはない。というか怖い。食あたりとかあったらどうしようかと、頭を悩ませた。
いやしかし……お腹は空いているし、何より空腹は一番の調味料だと美帆お姉ちゃんも言っていた。
だから、いけるはず……? だよね?
そんなことを考え、顔を引きつらせていた。
スッーー。
デブが飛び上がるように起きた。
何事かと思い、夜見と彼女はデフチンを見た。
いきなり、ガブ……。
焼いている鹿肉にかぶりつきやがった。
「な、なにを!!!」
彼女は取り乱すように慌てふためく。
なんせ、まだ肉は火の上なのだ。それなのにあのデブはそれをもろともせず、肉を齧っている
美味しいのだろうか? と思いつつ私も肉を切り分けてもらい食べてみた。あっさりとした甘い脂に口溶けの良い赤み。腐ってるなんてもったいない……。
だが、しかしそのままかぶりつくのはどうしたものだようかと、頭を悩ませていると彼女が口を開いた。
「まぁ、本人がいいなら……」
めんどくさそうな顔をして腐れデフを見ていた。
二頭のうち一頭は放置されているが、その肉はなんかハエが集っていた。煩わしそうに猫がその肉を突いていたが、あえて無視しといた。
それがいいと、夜見は思ったが流石に鬱陶しかった喉、小石だけを投げた。ジト目で私のことを見てくるクソ猫はあとで締めるとして、とにかく焼けた鹿肉を食べることにした。
小一時間もすれば腹は満たされてくるもので、デフもそこそこに食べたのか、膨れたお腹をさすっていた。
何故か体型が元のぶよぶよに戻っているのはいささか不思議でなかった。どうやら彼女もそう思ったらしく微妙なものを見るような目をしていた。
「ねぇ、あなた。あんなのと友達なの?」
「……聞かないでください」
顔を背け、彼女から少しまた距離を取った。
嫌われたと彼女は下唇を噛むが、私には関係がない。
日が下がり、つきがあがる。真っ赤な月だ。
雲は一つも見えず、血の匂いのする風が吹いた。
小岩に腰掛け、体を休めた。
少し膨れたお腹を上から眺め、太らないか心配になった。
太ったら動けなくなって死ぬ。それだけは勘弁だからだ。
デブちんは寝ていた。
大きくいびきを立てて寝ていた。
「あなた……寝ていいわよ。火の番は私がしとく。明日は頼むわね」
「いいよ……徹夜にはだいぶ慣れてるから。でも……寝る。おやすみ」
「えぇ、そうしなさい。今日きたばかりであなたたちも疲れてるでしょ。私は一昨日からだからだいぶ慣れてるわよ」
パキパキと薪が燃えた。
うっすらとしていく意識の中で、ポツリと彼女が言った言葉が少しだけ引っかかった。
「夜は長いわよ」




