05デブと牛脂は紙一重?
おひさです。今回のお話は会話多めとなっております。
あと、三話から二話程度で学校編突入となります。
このデブとはくされえんとなりそうですね!
α05
少し来た道を降りるとゼェぜェと息を切らしたブヨブヨに太った男が取り巻きと一緒に切り株に腰を落としていた。
「主人様〜! 連れて来ました。強そうな人」
「お、おう。でかしたぞ。タン吉! お? 女とはまた珍しい……女で鬼殺しとは珍しいな」
「……んーー」
珍妙な物を見たと夜見は顔をしかめた。
身長は私より下で、体重は四倍?
ぱつんぱつんのスーツがとてもかわいそうに見える。
取り巻きたちは動きやすい服装なのに対しこのデブは一体何なんだ?
武器は殆どが重火器ばかり……そんな武器では鬼に致命傷を与えるのはむずかいしと思うのだが……。
「おい、女。名前は何でいうんだ?!」
「……」
「おい、主人様が名乗れと言っているんだ!
話さないか!」
先程タン吉と呼ばれた男が私に話しかけて来た。
おいおい、怪我したんじゃないのかよ……。
「逆巻」
「……ん? 坂巻……ほほぅ。あの逆巻家の子か……これはいい戦力になりそうだな。あはは」
脂ギッシュなそのデブはゆっくりと腰を上げ、私の元に近づいて来た。
近づくに連れて生ゴミのような匂いが鼻に付く。この男……風呂というものの存在を知らないのか?
「まぁ、よろしくな……ま、長い付き合いになるかも知れんからな。よろしく……」
そういうとデブば私の肩に手を置きトントンと叩いて来た。
斬りたかった……。臭い、キモい、あと触ったところなんか黄ばんでキモい。
「おい、お前たち行くぞ。鐘が鳴るまであと四日。気を抜けば間に合わなくなる。それだけはダメだ。この天下の鬼斬となる可能性の塊、夜坂 尸一様なんだからな!」
(可能性の塊? 脂の塊だろ?)
ふと、そんなことを考えたが言ったところで何かが変わる気もしなかったので口にはしなかったが、こいつが死んでも誰も悲しまないんだろうなーと夜見はおもった。
思うところはあったが、一人でこの山を登るには些か厳しいものがあった。夜見としても仲間がいるのは少なからずありがたいことではあったので……。
「よろしく……」
軽く会釈だけをして、戻ってきた道を登ろうとした時であった。
強い刺激臭と共に大きな獣が蠢く音が聞こえた。
それも、人や鬼の類のような音ではない。四足歩行の何かだ。
夜見の経験でこれはイノシシやシカの類だと分かった。
師匠と籠ったあの山でであった化け物どもと同じ歩き方だ。だが、その音はあの山よりも大きく、ドスドスと地響きのような音もする。
こいつはかなりでかい。それも、相当に……。
「おい、何か聞こえないか?」
デブが耳に手を当て何かを察したようだ。
取り巻きたちは刀に手を当ていつでも抜刀出来る準備をした。
だが、夜見は刀に手をかけることができなかった。
先程の化け物よりも化け物じみた鬼と出会ってしまい、刀よりも先に鳥肌が立ち腰がひけてしまった。
眉を寄せ、首を横に振り師匠の言葉を思い出す。
『いついかなる状況、心の持ちようであっても、芯だけは強く持て!!」
強敵と出会い、心が死んだ時その剣士は死ぬ……。
歯を食いしばり歯茎から血を流す。
臆してしまったことに嘆き、震える手を強く握りめ……。
「ブオオオオオオオオオオ!!!」
けたたましい程の轟音否、獣の叫びは辺り一帯に響き渡る。
のしのしと姿を現した猪のような何かは全身から血を吹き出し美しかったであろうその体毛は全て抜け落ち、蛆虫が表面を這っている。
口を開くたびに流れ落ちる体液は腐っており黄緑色の胆汁が流れ落ちる。
取り巻きの一人が口元を押さえ、ゲロを吐いた。
デブは息を整え、ハンマーを背中から取り出して上段に構えた。
なかなかに隆起したハンマー。
黒く塗り潰されたその持ち手はしなやかで、厳かである。
赤い帯が螺旋状に巻かれ、美しさを体現している。
柄頭からハンマーの本体まではさほど長くなく二尺ほどだろう。
本体であるそのゴツゴツとしたハンマーの大部分を占めるものはそこらへんの岩を取り付けた……といってしまえばいいのか?
いや、元は綺麗に整っていたのだろう。
幾千の戦場を駆け抜けてその果てに削れ壊れその度に修復してきたのだろう。所々釘の跡が見える。
この使用者はかなりの綺麗好きなのかハンマーには血の一つもついていない。はたまた争いをしたことがないかの二択ではあるが。それにしても見事な逸品だろう。
それに比べて取り巻きの持つ日本刀はお粗末なもの……と。なんの力もなく、作られて間もない一振りなのだろう。
猪は地面を掻き、体勢を低くした。
(くる!)
猪の突進はかなりの脅威である。
その場から飛び退き夜見は刀をやっと抜いた。
デブは猪の突進に合わせハンマーを振り下ろした。
キィーーーーン
耳を紡ぎたくなるような金属音が鳴り響いた。
勝負は一寸にして終わっていた。
あの巨体からは想像もできないほどの速さと力でイノシシを一撃で仕留めてしまった。グシャリと潰れた頭蓋骨からは脳みそと思しきものが垂れ流れている。
「…………」
「なんだ、女。これくらいはお前でもできるだろう。それにこの腐ったイノシシ程度相手にもならんよ」
相変わらず脂ギッシュな腐れデブは猪の頭に突き刺さったハンマーを抜くと再度ハンマーを振り上げて猪の頭をかち割り息の根を止めた。
「よしっと。お前たちあとは頼んだぞ」
ピシッと整列した取り巻きたちはセカセカと肉を解体し始めた。
「え?」
「なんだ、お前はいらないのか? 今夜のご飯だぞ?」
「え、いやいや。腐ってるよ?」
「腐ってる方が美味しいというじゃないか」
両腕を組みドシッリと構えているデブは満足げに取り巻きたちを見ていた。そして取り巻きたちは小刀を取り出して口元を押さえながら、目に涙を浮かべながら、いや、泣いてるなこれ。
そんな感じであの巨体を捌いていた。
読みもなんとも言えない顔でその状況を眺めていた。
「絶対にこれまずいよ」
「あははははは……食べてみないとわからないだろ?」
まぁ、夜見も鬼の肉を食べないと死んでしまうたちなので人のことはあまり笑えないのだが、いやしかしこればかりはキツイ。
取り出した肉はもうすでにドロドロ。
角煮ですか? というくらいにドロドロなのだ。というかもう溶け始めてる。
「くっさ」
取り巻きたちはかわいそうである。先程より匂いは増して鼻を摘みたくなるくらいくさい。とにかく、臭すぎて涙が出てきた。そう思うと取り巻きたち……めちゃくちゃ可愛そうなのでは?
と、心配してみるものの。それを声に出さない私もなかなかに失礼なのかもしれない?
小一時間ほどすると、巨大腐肉の塊となった猪は骨だけとなり地面に横たわっている。
「ご主人様、解体一応終わりました。オェエ……食べ方はどうなさいますか?」
「うむ、そうだな。ここには調理スペースがないので焼くか」
「御意にて、それでは少しお下がりください。
『万象、断りにて。第三節ーー昏き世を灯すのはいつの世も人であった。その黒を塗りつぶし、赤き衝動にてこの世の断りを照らさん。呪道三炎炎』
取り巻きの一人が片目を瞑り両手を前に突き出して詠唱をする。
他の二人が苦時のインを結びその手助けをした。
するとどうだろう。
何もないところから赤い火柱がゆっくりと上がり、猪肉を焼いているではないか!
しかも弱火でじっくりとだ。
パチパチと火の粉が舞い、微妙にだがいい匂いがしてきた。
火が少し落ち着いてくると取り巻きの一人が裾から少し大きめの小箱を取り出して、その中にある粉を振りかけ出した。
「あれはなんだ?」
「あれか? あれは胡椒と言ってな。薬味みたいなものだ」
「は、はぁ?」
夜見の言っている事がうまく伝わっていないのかデブはよだれを垂らしながらそう答えるのだった。
数分もすれば、油の滴る焼き猪肉が出来上がる。
皮目はパリパリに、中はふっくらジューシーにしがっていてなかなかの出来だと取り巻きたちは額に汗をにじませながら首を縦に振った。
「「「ご主人様、
じょうずにやけましたー!」」」
(なんだろう、言ってはいけないセリフを言っているような気がするのは何故だろうか?)
ニンマリと笑みを浮かべたデブはどこからともなくフォークとナイフを手に持ち、猪肉へと足を進める。空腹が限界なのかグゥグゥと腹の虫が呻き声を上げている。
(あれ食べるのかよ)
切った断面からドロドロと脂が垂れてきて地面に油だまりができている。
それを物ともせずブタは美味しそうにその肉を咀嚼していた。
しかも何回も噛んで噛み締めている。
「女、お前も食べろよ。不味くはないぞ」
「つまりは美味しくもないって事だな。私はいらない」
「そう、つんけんしなくてもいい。こいつらの調理はプロ並みだ。毒も入っておらんし。不味くはない。食べておいて損はないはずだそう」
食を止めてデブは私に問いかける。
「それとも何か? 太るのを気にしているのか?
なーに、油分はかなり落ちた。俺のようにがっしりとした体型になるにはこれくらいがちょうどいいぞ。それにお前は痩せすぎた。俺たちの故郷に行ったのならこれくらいは朝飯前だぞ」
(果たしてがっしりとは……)
「いや、遠慮しておく。太る太らないの以前に私の体重は完璧に近いーーってそういう話ではなくお腹は空いているがそんなゲテモノを食べるほど落ちぶれてはいない! だからいらない」
「ほほうー鬼を喰らうのにか?」
デブの目が細くなりほくそ笑みながら肉を食う。
「お前から鬼の匂いがする。それも口からだ。それはつまり鬼を食っているということになる。
他のものも食べるには食べるが鬼の肉の割合の方が多いような気もする。それなのに、この程度を避けるとは笑止。まぁ、騙されたと思って食べてみるが良い。存外にハマると思うぞ」
「チイッ、分かった。食べればいんだろ。斬るものをよこせ。私の持っている刀で斬るとたちまちに肉が腐るぞ」
「それなら腰にいいものをつけてるじゃないか。それでも使っておけ! そのためのナイフなのだから」
夜見は苦虫を潰したような顔をし、腰からナイフを引き抜くとヤケクソになりながらも肉を切り裂き、口元に運んだ。
(これ、大丈夫かな。賞味期限とかそういうの以前の問題だし。いや、でもさっきまで動いてたし……なーー。某漫画に出てたような気もしなくないしーーこれ食べて本当にいいのか?)
その時であった。
口元に運んだ肉から一滴、肉汁が夜見の口に入ってしまった。
ポチョン……ジュワー
(な、なんだこれは。味わったことのない旨味、そして、この絶妙な胡椒、それに後から来るこの刺激は一体……)
「ふふ、なぁ、ぞんがいに悪くはないだろう」
してやったりとほくそ笑むデブは口元を油で汚し、しまいには衣服まで脂ギッシュになっていてもはや牛脂そのものなのではないかと思うほどにてかてかしていた。
「美味いだろ」
「悪くはない」
「……そう、ツンツンするな、女よ。美味いなら食え。そして、明日に備えて寝ればいい。そうすれば俺のようなパーフェクトボデェーになれるぞ」
「ーー遠慮しときます」
なんやかんや、夜見はその肉を三切れも口にしてしまっていたのであった。




