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04

おひさです〜

 



 α04


 山登りと言うのはそんなに嫌いではない。


 今のこの日までは……。



 一度歩けば、鬼の死体、鬼化した動物の死体、人の死体があちらこちらと散乱している。


 尸の山と言われても首を縦に振ってしまいそうだ。


 山というには仰々しく、名もなき山はそれら全てを畏怖させる。


 地面にはうっすらと白い霧が立ち込める。どこまで行っても同じような景色で方向感覚を簡単に崩されてしまう。


 歩けど歩けど同じ松の木、これでは前には進めない。



「どうしたらいいかな?」

 立ち止まり頭を悩ませた。


 一本の松に体を持たれかけ体を休めた。

 ズルズルと上体を落とし尻餅をついた。ジワリと湿った苔のせいでズボンが湿ってしまった。


「はぁ〜」

 ため息を吐き松の木を見上げだけ。


「ん?!」


 見上げた先に見えたのは鬼の首、それは生きているかのようにニタニタと笑い口をカタカタさせるのだ。

 ゆっくりとそれは下がってくる。自身の髪の毛をロープにして。ゆっくりと大きく口を開き紫色の瞳孔を激しく左右上下に動かす。


 まるで数日間飯を抜かれた私のように……。


 黒色のよだれをたらりと待ち切れないのか私の顔面に垂れ流す。


 腐敗臭と共に強烈な毒素を持つその液体は皮膚を軽く焼いた。


「あ"ぁぁぁあ!!」


 拳大ほどに大きく開いた口は音を立てずゆるりと……。


 ……グサリーー


 突き立てられた禍々しき刀は鬼の命を軽々と刈り取った。


「そんなに殺気出してたら馬鹿でもわかる。次があったら頑張りな……もう二度は無いけどね」


 頭蓋骨を貫通させられた鬼はキュルキュル、カタカタと気色の悪い音を立て……やがてはその音もせず。目の色を落とした。


「死ね……」


 捻りながら抜き取られた刀には沢山の髪の毛が付着していた。


「あぁ、これが師匠の言ってた木に寄生した鬼というやつね」


 刀をはらい血肉を地面に落とした。


 自身の酸で溶けた肉の匂いが鼻を付く。


「くさい……」


 鼻をつまみ、げんなりした顔でその場を去った。




 しばらく歩き霧も晴れた頃……。


 日が沈みかけている黄昏時。

 少し強い風が吹く。


 髪を煽られ落ち葉と死臭が夕暮れに飛んだ。

 普段ならば美しいとため息を落としたいところなのだが、どうやら今回は真逆らしい。



 どうやら匂いを付けられたらしい。


 大型犬の鬼が三体……周りを囲まれてしまった。


 殺気はなく、ただ静かに、誰にも悟られぬように獲物を追い詰めていく賢い奴らだ。相当の人を食べてきたのだろう。人の知恵を持っているかなりの強敵だ。


 決して鳴かず、声もあげない。足音はどうやって消しているのかわからないが全くしない。


 微かにわかるのはこの弱い酸味といったところだろうか?

 どの死体よりも強い死臭。

 先程の風がなかったら気が付けなかった。


 もしかしたら他にもいるかもしれない。


 犬たちは自身が気がつかれたということにまだ気がついていないのが幸い。逃げるにしても、戦うにしても決断は早く迅速にしたほうがいい。


「はぁ……この様子だと無理かな?」


 ため息と共に落とされた戦いの火蓋は思ったよりも早く落とされる。


 抜かれた刀を両手で構える。


 背中に飛びつこうとしている犬型、頭上から牙を向ける犬。揺動のための前方からの強襲。

 実にいい作戦だ。見事と言ってもいい。少しだけ腕に覚えのある人間なら確実に狩れている事だろう。


 だがな、どうやら三体だけではなかったようで。


 グサリ……



 地面には突き立てられた刀。そして、源泉かのように吹き出るどす黒い血。


「ゲームオーバーだよ?」


 齢十三歳とは思えない程の殺気は、犬達を一瞬怯ませるには十分すぎたようだ。


 怯んでしまった犬達の敗因は何かわかるか?


 獲物に対して臆してしまった事だ。それだけで勝敗は喫する……。



 フォーメーションが崩れてしまった犬たちは自身がまだ負けていないという自信だけが己を突き動かしていることに気がつかなかった。


 そして……。



 犬たちはなにがあったとか、痛みとか、彼女の動きなどと言う拙いことは何一つ考えるまでもなく地面に倒れ込んでしまった。


「また、つまらぬものを切ってしまった……」


 某漫画で見たセリフを決め刀を仕舞い込んだ。



 そこからしばらく歩いたあと私は、火を焚いた。


 幸い燃えやすい薪、肉はその辺に沢山落ちている。


 若干煙が黒いのは愛嬌として見てくれればいいと夜見は思ったが、この場に誰もいないと言うことを考え肩を落としたが「まぁいいか?」と切り株に腰を下ろした。


 この森では眠れない。


 いつ何時自身の死が迫ってくるかわからない。

 鬼が火を嫌うとと言うことはわからない。


 だが、人というのは火を見ると落ち着く。それにすこし肌寒いこの季節に火は欠かせないものだろう。

 予め師匠に教わっておいて正解だった……。


 軽く目を瞑り体を少し傾けてそのよるをすこした。





 チュンチュン


 目を開けると朝日が体を照らしていた。

 ほんのりと温かい日差しが冷えた体を温める。


 昨日焚いておいた焚き火は今にも消えそうなほどに弱っている。


 どうやら寝てしまったようた……。


「はぁ……」


 軽く頭を小突き自分を戒めた。こんなところで寝ていたら死んでいたかもしれない。

 それを考えると今の行為は少しだけ矛盾しているようにも感じたが、夜見は自身を戒めることで気を引き締め直した。


「ふっぅ……」



 クンクン


 鼻をすませる……微かに人の匂いがした。

 あまり鼻は強くないが、血の匂いと人の匂い、それに鬼の匂いくらいはかぎわけられる様には訓練を積み重ねた。



「ん、」


 強い人の匂いだ。私よりも前にいる。

 先に進んでいる人だ……!


 嬉しさと、高揚感。そして若干の恐怖で立ち上がり山を勢いよく登った。



 そして……



 死体を見た。







 開けた場所、いや、厳密にいうと木々がなぎ倒された場所というのが正しいだろう。どれもこれも今し方斬られた様な様子。


 きっと、この人と鬼が戦った後だろう。


 背丈一.七メートル前後の赤い着物を着た少女の鬼。


 少し大きな女性といったらわかるだろうか?


 だが、その少女には鬼特有の黒煙のツノが頭部に三本生えていた。


 黒く濁ったそのツノは太陽に照らされギラリと黒光していた。


「ナンジャ……マタアタラシイエサカ?」


 人とケモモノ間のような声、されどその声は夜見の心に突き刺さるように心臓を跳ね上げる。

 額から大量の汗。脚がすくみカタカタと震えだす。


 これはやばい……いや、やばいどころの話ではな

 い。


 しぬ、これは間違い無くしぬ。



 一片の欠片も無く殺される。







 激情のような血の巡り、今にも破裂しそうな肺と心臓。ドクトクと脈打ち、ふくらみ肩を上下させる。


 息は荒く、目からは涙がこぼれ落ちた。


「ナンジャ? ツマラヌ……ヤルマエカラ、せんいそうしつトハ、……まあ良い。『生きたい』ネガワヌヒトナド、コロシテモ、ツマラヌ」


 鬼はそう呟くと、ケタケタと笑い姿を霧に消した。


 ドサリ……


 膝から地面に伏し両腕を地面について大粒の汗をいく滴も落とした。


 落ち着け、落ち着け、落ち着け……



 後方から足音が聞こえる。乱雑で統率の取れていない足音だ。


 血の匂いはしない。

 だが、死の匂いはした……。



 きっとヒトだろう……ここまで逃げてきたのだろうか?


 あの走り方では疲れるだけだ。




「おい君、そこの女! 包帯を持っていないか!!」


 額に大きな傷を持った自分と同い年くらいのひょろひょろ男がそこに立っていた。


「なぁ、頼む……薬とか止血剤なんて贅沢は言わない。たが、包帯をくれないか?!」


 鬼気迫る勢いで夜見に迫る。


 息は荒く、肩は上下し、口はとてつもなく臭い。


「……ないーー着物の端くれならお前も持っているだろう。布を引き裂いてそれを包帯がわりにするといいよ」


「…………わかった。だが、少しついてきてくれ。見方が多い方がこの先は安心できる」


 そう言うとその男は私の手首をがっしりと握った。

 まるで、逃げられたら困るかのように。


「痛い、何する!!」


「あぁ、悪い……ついーーいや、今はそんなことを言ってる場合じゃないんだ。主人様がお怪我を為されて。そのための治療のために

 お前を呼んだんだ」


「私は医者でもなんでもないんだが?」


「そんなこと関係ない。言うだろう、『三人寄れば文字の知恵』って多いことに越したことはない」


 私はその男に連れられるがまま山を少しだけ下山した。





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