新たな門出……そして
はい、学生編始まりです。
α01
目を覚まし、顔を洗い、手を洗う。
窓から覗く景色は緑いっぱいで清々しい。
今日から私は学生になる。
以前から言っていたあの学校だ。
師匠が全て用意をしてくれた。
どうやら教材はなに一つとしてないらしい?
有るのは木刀と、ノート、ペンがあるだけ。
なにをするのかは全く聞いていない。
私は少し浮かれていた。
◇
「夜見、必要な物は持ったか?」
「はい、持ちました……」
「よし、なら行く。クレアすまないがまた家を数日開ける。何かあったら電話をくれすぐに行くから」
「はいはい、わかりましたって。そんなに心配しなくてもここには鬼は入れませんよ」
必死に家に齧り付こうとしている師匠をジト目で見ているとなぜかげんこつをもらった。反撃しようとすると何処からともなく銃口が私に向いたので矛を収めることにした。
「…………」
「それじゃあクレア行ってくる」
「行ってらっしゃい……夜見ちゃんも気を付けてね」
「うん!」
私はここで引き返すべきだった……。あの地獄をもう一度繰り返すことになるなどいまの私は知る由も無い……。
◇
家を出てから三時間ほどだった。
家を出たのが朝の九時半過ぎごろだ。お腹も空く頃合いだろう……。
「師匠昼ごはんはどうしますか?」
「そうだな……抜きで」
「え?」
「そんなことしてる暇があると思うのか? 後ろみて見なさい」
ふと、バックミラーを私は恐る恐る覗き込んだ。
そこには軽く百体は超える鬼の軍勢が居た。
「ヒィィ!!」
「だろ?」
「…………はい。呑気にご飯食べてる時じゃなかったです。でも、倒せば……?」
師匠はめんどくさそうにこめかみをかき、怠そうに答えた。
「あれな、俺らの住んでた家の周りに居た鬼たちなんだよ」
「はぁ?」
「あれな、普通の鬼じゃねーんだわ」
「はぁ?」
ショットガンを後方に向けて何発か撃った。
「この様に神聖弾も弾かれる仕様になっております」
「…………はぁ!!!!! なんじゃそれは!」
思わぬ強敵に夜見は大きく口を開けた。
「多分な、あれ武鬼くらいの強さだ。俺がフル装備でやっとまともに戦えるレベルだ。こんな軽装備で殺れる相手じゃねーよ」
夜見は額に大量の冷や汗を流していた。
「あの、いまもしここで止まったりしたらどうなるの?」
「……それ、聞く必要あるか?」
「…………死ぬね」
「だろ?」
ため息を落とし師匠は運転に集中した。
「あ、因みにこのショットガンな有効射程距離な五十メートル程度なんだわ。この距離なら普通の鬼なら傷はつけられるし運が良かったら何体かは殺せる。ざっと車から鬼の距離まで約八十メートル前後と言ったところだろう……スナイパーがあればドタマ吹き飛ばせるが運転がな……」
などと言い訳をタラタラと聞きたくもないのに言っていた。が、あえてそれを全て無視した。
こういう時この人はめんどくさいのだ。
非常にめんどくさいのだ。
さらに車を走らせること一時間……。
「まだ付いてくるね」
「……そだな」
「その学校までどれくらいかかるの?」
「三日……」
「わぉ、オワタ!」
チラチラとメーターを見る師匠が夜見は気になってしまった。
「どうしたんですか師匠?」
「いやな、人が動くには飯が必要だろう?」
「はい、そうですね」
「んでな、車もその飯がいる」
首を傾げ夜見はメーターを見た。
「それでな、いまお前が見ているメーターあるだろう」
「はい」
「あと、走れても十五分程度なんだよ」
「えーと、……つまりは……」
夜見は目を瞑り深くため息を吐いた。
「そういうことですか」
「そういうことだとも」
「そんな虚勢張るくらいならあれ倒してくださいよ」
「そういうこと言うんだ、ならお前やれよ〜」
師匠は車を止めた。
ショットガンとハンドガンを構えてタバコに火をつけた。
夜見は車から降り、刀を腰に回し鞘から刀を抜き放つ。
「師匠……こんな無謀な戦いはしたくないですね……」
「そだな」
「ちなみに学校が始まるのっていつですか?」
「二週間後かな?」
「成る程……時間はあると」
気だるそうに夜見と師匠は武装を整えた。
車が止まったのを見た鬼たちはニタニタと下卑た笑みを浮かべのしのしと歩く。逃げられまいとたかを括り鴨がネギを背負ってやって来たと愉悦に浸る。
だが、彼らの目論見は少しだけ甘かった。
フル詠唱で紡がれる呪詛を聞き鬼たちは身を引き締めた。
『時計の針が三歩あるく。
緑色の世界、失われた絵画、白色の地図
光宿る天の腕
回る指針を指で止め、覡を指す
蜘蛛糸絡めて、柱を巻く
戒級の戦乱、紫色の帽子
呪詛六五戦々恐々』
『六十五……死にたくなければ皆後ろに下がれ!!」
冠を付けたオニがガラガラの声で叫ぶ、後ろに連なる鬼たちはリーダー格の指示に従い、後方十五メートルほど飛び退きガードの構えをとった。
戦々恐々…………
発動された呪いは幾多数多の戦場を駆け抜け死した者達の怨念がいまここに集い、自らを滅ぼした怨敵を殺さんとその剣と、鎧と、熱き魂を掲げて鬼へと一斉に駆け出した。
『雷鳴の唸りとともに我が四肢を求めん
呪道の三、開会烈女』
異空間が師匠の前に広がる。
吐き出されるは黒く光る銃、銃、銃。
あらゆる戦場をも蹂躙できるほどの武装の数々、その弾丸一つ一つが地形を変え、命のそのひとかけらさえも微塵も残さず消しとばす威力を秘めたる化け物じみた弾丸を使用している。
アサルトライフルを両腕に抱え、セーフティを外し、銃弾が装填されていることを確認し、女を愛でるかの様に優しく引き金を引いた。
ダッダッダッダッダ!!!
耳を塞ぎたくなるほどの爆音とともに雨風の如く銃弾が鬼へと襲いかかる。
夜見……は剣を握りしめていた。
然るべき時に、刀を振り。
然るべき時に、刀を突き刺し。
然るべき時に、その魂を喰らう。
そうして来た、そしてこれからもそうだ。
眼前にせまる私敵を討ち滅ぼさんと、己の集中力を限界まで高める。
もう、あの頃の私ではない。弱く惨めで泣いていたばかりの私ではない。
ただ目の前にいる敵を殺せばいい……。
ただ自身を守るために刀を振ればいい……。
ただひたすらに刀を振りその信念を突き通せばいい……。
眼光をゆっくりとたぎらせ、口角を上げ真っ白の歯を光らせる。
「さぁ、死刑の時間です」
怨念滴る刀はカタカタと嬉しそうに血脈を激しく脈打たせ『早く血をよこせ』と言わんばかりに戦闘を今か今かと待っている。
「坂巻流剣術……壱式、残光」
消えるかの様に踏み込んだ夜見は読んで字の如く光を残してその場から消えた。




