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間が空きすぎた……ごめん
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目を伏せた師匠は何か言いたげな表情をしていたが、口を塞ぎタバコを吸う。
「美穂……いつから。いつからなの」
「ずっと前。お姉ちゃんと出会った時にはもう」
目を見開き、驚きを隠せずにいた。
「でも、でも……」
「ねぇ、お姉ちゃん。散歩行かない?」
泣き崩れそうな私の手を無理やり引っ張り外へ連れ出す。
「ねぇ、お姉ちゃん。私ね今まで生きてきてさ今が一番幸せかもしれないの」
太陽は雲に隠れ日が陰る。
まだ朝日が上がったばかりだというのに気分は暗く話に花が咲かない。
「ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんはしあわせ?」
何も言えなかった。
何もいうことが出来なかった。
何も考えられず、答えることは出来なかった。
言葉に詰まり、涙がこぼれた。
「ねぇ、お姉ちゃん。鬼ってどう思う?」
美穂は笑いながら告げた。なんの苦しみもなく、なんの苦悩もなく、なんの憎しみもなく。淡々とそう告げた。
死の宣告のような冷淡なその言葉に夜見は驚きを隠せずにいた。
「それは……」
「……悪だよね」
「……」
返せるはずもないこれを返して仕舞えば私は。
「ねぇ、お姉ちゃん。私を殺して」
言うと思った。いや、言って欲しくなかった言葉だ。それだけは嫌だ。もう、これ以上大好きな人を私の手から離したくない。
美穂が刀を取り出し、私に手渡す。
「私ね、あの家に来てから薬で進行を抑えてたの。お姉ちゃんが学校に行くまでは持って欲しくて師匠さんにお願いしてたの。でももう無理なんだって。殺されるならお姉ちゃんがらいいな。人であるうちに殺してほいの。もう、これ以上人を殺したくないの。ねぇ、お願い」
カタカタ刀が震える。きっと、殺せと言っているのだろう。
カタカタとなる刀の柄を押さえつけ、私は目を伏せる。
「もう少し歩かない?」
その言葉しか出てこなかった。
美穂は苦しげに頷く。覚悟を揺らがせてしまったかもしれない。
私に殺される……死というのは必ずしも救いとはならない。師匠が一度だけ口にしていた言葉だ。
美穂はどんな覚悟で私に殺されたいと嘆いたらのだろうか……。そんな覚悟を私の未熟な心が打ち砕いて無碍にしてしまった……。
美穂は沸き起こる殺意の衝動に駆られながらも、優しく私の手を握り人であることの実感を沸かせてくれる。
泣きそうな顔は似合わない、そんなことを言いたげに微笑むのだ。
胸が痛む、そんな言葉では表せるほど私の心は丈夫ではない……。
親愛なる人をまた目の前で失う恐怖は計り知れない。
歩く足取りが重い、重力が増えたように……。
喉が乾く、一月の間なにも飲み食いしてないかのように。
手が痺れる、緊張と葛藤に苛まれているように。
胃が痛い、極度のストレスを受けているかのようにを
涙が止まらない、最愛の人を失いたくないがために。
気がつけば目の前には大きな湖があった。
見慣れない湖だ。家の近くにこんなところがあったなんで知らなかった。
「ねぇ、お姉ちゃん。ここね私の宝物の場所なの」
「……うん」
「……あのね、無茶言ってごめんなさい」
「なんで……?」
ズボンの裾を握りしめ、美穂は唇を噛む。
たらりと血が流れた。
「お姉ちゃんはもう人を殺したくないんだよね。だから……私」
ポケットから小刀を取り出した美穂は刃を喉元に突きつけた。
そして……
「ごめんね……お姉ちゃん。愛してくれて本当に、本当に私嬉しかった。あの時出会えたのがお姉ちゃんで本当に良かった。ありがとう、ありがとう」
グサリ…………
鈍い音が耳に届く。
「ぁあああああああああああああああああらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
首がせん断され、大量の血を吹き出しながら自らの手で絶命……。
美穂……永年十一歳
「クソがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで。またまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまた……どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……。
醜い痛みが全身を駆け巡る。
悍しいほどの悲鳴が体の奥底から聞こえてくる。
死んだあの子を見ると吐き気がする。
突き刺すような脳の痛み、焼き尽くすような胸の痛み、焼けただれるような皮膚の痛み、弾け飛びそうな内臓の痛み、崩壊して疎らに積み上げられた精神が、夜見の全てを壊そうと呪いを焚きつける。
なにをしても癒されない。何を成そうと救われない。何を捧げても報われない。何を犠牲にしても得られない。何を求めても帰ってこない。
『こんな世界ならいっそ…………滅べばいい』
呪いだけが救いだ。呪いだけが命つなぎだ。呪いだけが私を癒し、呪いだけが私を人へと至らせてくれる。
紡がれるメロディーはドス黒く、何人たりとも進入不可。
聞くことはできず、介入することは愚か、聞いたものは皆死に、私だけが生き残る。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
声にならない狂声を上げ己が呪いを受け止める。
身が破裂しそうに成る程呻き声を上げ、歯はむき出しに、全身が紅く熱せられ黒い霧が舞い上がる。
「何をしている」
ギロリと声のする方を向けば見慣れた風貌の男が立っている。
ショットガンを手に持ち、私に向けている。
「ごろず……一片残らず破壊する」
人は信用しない、誰も受け入れない、誰も私と触れ合わなければ……。
ドパッン
ショットガンの玉がいく数発放たれ、私に被弾する。
痛みは感じない……寧ろ頭が冴えた。
「ちぃ、鎮静弾はもう無理か」
拳銃を二丁目取り出し、男は告げた。
「夜見、ここで戻らなかった……お前を殺すしかない」
私と師匠の最後の戦いが今始まった。




