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おひさー
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ゆっくりと目を開けた、見知った天井、懐かしい声、まだおぼろげな記憶をゆっくりと辿り懐かしいあの人達の名前を思い出す。
「美穂…………」
「…………ちゃん」
優しく、力強く私の手を握ってくれるあの子の顔は涙で濡れている。
目尻に手を差し伸べ涙を拭いてあげる。暖かい……。
「良かった、本当に良かった!!」
今にも枯れそうな声で美穂は喜び私に抱きついてきた。
「グゥ……ッ……」
なんだこれ……体が痛過ぎる。筋肉の一つでさえ動きゃしない。
痛む顔をゆっくりと上げ体全身を見渡した。
「なに、これ……」
体全身に巻かれた包帯、所々に血が滲み足元には蛆虫が散乱している。焼け爛れたような皮が布団に幾重にも重なり落ちている。ベットは腐った体液が黄色く変色したものが付いている。
「……痛い、痛い、痛い……痛い」
歯を食いしばり、痛みを耐える。
その痛みは今まで味わってきた中で最上位の物、どんな切り傷でさえもこれらの傷には敵わない。
まさに『死』の痛み……。
口からは黒い血が垂れる。
吐血し、美穂の髪を濡らす。
「離れて美穂、まだ起きたばかりで体の自由が効かないの……あと、師匠を読んできてくれないかな?」
「いや、離れた瞬間にまたお姉ちゃんがどこかに行っちゃうもん」
震える体、涙が傷に触れて痛む。
「美穂……その辺にしてあげなさい」
「でもでも……」
ベットの横に立ち美穂の肩を優しく叩く。
師匠に諭され美穂は渋々私から離れてくれた。近くにある椅子に座り私から目を離さないよう大きく目を開き見ていてくれた。
「体の調子はどうだ?」
「見てわかりませんか? 痛いですよ」
「だろうな……それで話はその事についてだ…まずお前の体はいま、毒と虫、それから血に飢えている」
目元にクマを作り、眠たそうに瞼をこする。
小さくあくびをしさらに続けた。
「それでだ、坂巻家の呪いについてどこまで知ってる」
「…………」
「何も聞いていないのか」
「呪いを受けたのは知ってる。でも、どんな呪いかは詳しくは知らない」
タバコに火をつけ、師匠は語る。
▽
一つ目、鬼の角が生える
二つ目、ある一定の期間鬼の肉を食わねば体が腐る
三つ目、闇落ちしやすい
四つ目……これは分かってはいない。
△
「以上の四つだ。最後の一つは俺は知らない。お前の爺さんは知ってるかも知れんが伝承にはこうある。えーとだな。『日陰るときその呪いは解かれ万弱を退かん。されどその因果は断ち切られん』だったような気がする」
師匠は消えかけタバコの火を灰皿に入れ、新しくタバコに火をつけた。
「あとお前の治療に関してだが、額に札がついているだろ。それは今の現状を維持するものだ。鬼化しないための現状維持……それとこれを食べておけ」
「これって……」
「そうだ。鬼の肉だ。坂巻家の人は鬼の肉を食らって生きていると爺さんから聞いた。だから坂巻家はそういう呪いもあるのかもしれん。一応だ。食べておけ」
渡された肉、約三キロを手に取りまじまじと見つめた。
「味付けとかって」
「ない、そんなものは無い。生で齧れ」
「え、きつくない? それは無理だよ。お爺様でも薄くスライスして甘く味をつけてくれたんだよ。こんな肉の塊渡されても食べたく無いよ〜」
拳銃を額に押し付け、声を低くして彼はいう。
「……喰え……」
扉の下を見ると口元を押さえた美穂がゲロを吐きながら私を可哀想な人を見る目で見ていた。
とめて、これ超とめて!!
これ食べるくらいなら死んだほうがマシなんですけど。まあ、いま体めちゃくちゃ痛いから死にそうなんですけどね。
意を決し口を出来るだけ小さく開けて噛り付いた。
「……まじゅいーー」
なんというか口元にねっとりと張り付きマシュマロとお肉を融合させ生臭い魚をトレンドしたみたいな味。食感は最悪でグジュグジュした腐りかけのなまにくを噛んでいるかのような食感……。控えめに言ってクソまずい。
懐かしいな、このクソ味。お爺様もよく目線をそらしていたっけ……。お爺様なんでこれ食べなかったんだろ〜。
「どうだ? 美味しかったか?」
「この顔を見てどう思いますか?」
「最高に面白いと思うぞ」
「殺すらこいつ絶対殺す」
体からなぜか痛みが消えてゆく。破れ血の滲んだ包帯からは赤いものが消え蛆も消えていく。
「これは……」
「ほら、言った通りだ。最後の呪いは鬼の肉を食わないと体が腐って死ぬだったな。よかったな。分かって」
「いや、分かり方。最悪なんだけども!」
悪態をつき夜見は文句を言わずに鬼の肉をチビチビと食べ進めるのであった。
軒先には死んだ鬼が幾重にも重なり血を撒き散らす。ハエが集りこの世の地獄を表しているかのようだ。
そんな鬼塚を木の棒で突き遊んでいる美穂は一体何が楽しいのか笑顔になって鬼の死体を弄ぶ。




