62夜見と師匠……
はい、戦いです。なんだか説明ぽくなるんだよなー
どうしよう〜w
62
覚醒……その言葉には色々な意味や強さを引き上げるという面でよく使われる。
夜見の意識は最下層まで堕ち別の人格が浮かび上がる。
それは凶暴かつ非情な殺戮兵器と言っても過言ではないほどに。言葉は荒々しく、無骨であり慈悲のかけらすら持ち合わせない。かの時目覚めかけた災禍なる存在意識は彼女だったのかもしれない。
「……漸く目覚める事が出来たか……。この娘の体は動きやすい。グハハハ……さて、皆殺しと行こうか」
手に持つ真剣はドス黒く変色して行く。
立ち込める黒きオーラは草木を枯らす。
アメジスト色に輝くツノは一層輝きを増して行く。
「イノシシごときがわれに逆らうとは笑し」
われを自称する彼女は刀を水平に持ち、超高速で横ブリをした。
世界が割れる音がした。
一瞬、糸が切れ山肌がその場から崩れ去る。斬られたという感覚すら残さずその山に潜むであろ数億という生物の命が一瞬にしてその一振りによって絶命させられる。
恐怖や畏怖、それらの感情全てを網羅し『悪意』という感情そのものを生物自身に与えるという究極の一振り。
死を与えられた生物たちは声の一つすら上げられずに死を受け入れた。
「われの刀ではない……あの刀はどこにある……」
たった一振りで粉々に砕けてしまった真剣を吐き捨てるかのような目で見つめ、地面に投げ捨てた。
投げ捨てられた真剣は炭化し煤となり消えていった。
ちらりと横目でイノシシを見た。
脳天から尻尾の先まで綺麗に切れている。断面は焦げドス黒い煙を出している。赤く紅蓮に光っていたあの目にはもう何も写ってはいない。
死んだのだろう……食べるのは止そう。
咄嗟の怒りで現れた彼女の荒ぶる怒りや後悔、憎しみは消えることはない。
◇
タバコがうまい……なんて空を眺めていたら山一つが消し飛んだんだけど。
カレンなんか目をパチクリさせて手に持っていた洗濯物全てを地面に落としやがった。
ま、あれは仕方ないわな。地形変わってるもんな……。はぁ、あれは一体なんなんだ。だいたい予想はつくけれども。
「はぁ、仕方ない。命をかけて止めますか」
『詠唱破棄、歪』
時空を歪め、空間を歪め、目指す場所へと導く。
目を瞑り、意識を白濁させる。
濁った意識の中思い浮かぶ歪みの世界。
目を開ければそこは、意思の跳躍。
『遅かったか……』
切り開かれた山々、多くの命が刈り取られている。イボイノシシたちが何百と横たわっている。
圧巻の一言である。森は死に誰一人として生きていない。きっと植物学者なんかがここにきたら大泣きするんじゃないかと思うほどに死んでいる。
それに削り取られた山、これは非常にまずい。
断面が美しすぎる。きっと一太刀だけなのだろう。辺りを見渡すと、炭化した刀が落ちている。まさか、体内熱で燃え尽きたのか?
ありえないだろ……普通は。だが、鬼の心臓を喰らったあの一族だ、何があっても不思議ではない……。
でもまさか……ここまでの破壊力を内に秘めていたとは。ふむ、我ながらこんなのをよく鍛えてるな。
なんて考えに老けていると、ものすごい殺気を感じ取り、後方十メートルほど跳躍しその場を離れた。次の瞬間、その場に破壊をもたらす一撃が加えられた。
耳を紡ぐほどの爆裂音、撒き散らされる死は防ぐことすらできない。もしあの場にとどまっていたと考えるだけで鳥肌立つ。
土煙が次第に晴れる。
中央に立つ死は何もかもを粉砕する鬼だ。正確には『ナマナリ』という鬼と人との中間点。普通ならば弱い類のものなのだが、そこに立っているナマナリは生半可なものではない。言うて仕舞えば鬼神クラスはあるだろう。
だが、一点が違うとすればその本体が夜見であるという事。取り込まれたのか……やはりブレスレットの耐久値が無くなっていたか。
腕に嵌めてあるはずだった黒色のブルスレットの姿はなく、代わりに刻呪の印章が色濃く刻まれている。
「あぁ……これはダメだ。死力を尽くしたとてこれには到底勝てない。ましてやこれを殺さず生かしたまま抑え込むなど人の技ではない。だが、やらねばならない。行くぞ! 夜見死ぬなよ」
天候が荒み強風が山肌を削るように吹き荒れる。死んだ落ち葉が宙を舞う。
唸る夜見の獲物はなし、師匠の両手には拳銃とマシンガンの二丁構え。
滅鬼の怨念を込めた弾丸が宙をかける。銃口からは青い炎が吹き荒れる。
夜見はそれを交わすこともなく左手を眼前に出し撃ち放たれる弾丸を素手で受け止めた。
だが、それには滅鬼の呪いがかけられている。掴んだ手からはジュウジュウと肉の焦げる匂いがした。
危険と本能が訴えかけたのだろう、咄嗟に左手に持つ弾丸を投げ捨て、師匠へと足を出した。
すかさず第二波を打ち込む。今度の弾丸は閃光弾。弾けは光り避ければ爆音が耳元で炸裂し聴覚、視覚を奪う二段構えの弾丸だ。
夜見はそれを知らない。先ほどと同様……肉を焼け切る弾丸だと錯覚、銃弾をその目で捉え避けた。
ニヤリと師匠の顔が歪んだ。
その直後、爆裂音とともに目も開けられないほどの爆光が夜見の両目を破壊した。文字通り言葉通りに……目からは赤い血が滴り綺麗だった目は血で充血し黒点には色が乗っていない。
「チェックメイトだ夜見……」
『犬の骨、鶏の骸
黒き大鉈、巻きつく緑色の神蛇
凍結する激流大河の汚泥
連鎖する不運
呪詛35山氷』
覆い尽くす氷の山、閉ざされた悠久の夢夢はいつの世に無くとも、必ずそこに現れん……。
縦十五メートル、幅四メートル、奥行き三メートル四方の氷の山が夜見を包み込む。
身動きなど取らせるはずもない。ナマナリになった人は本来ならば、救う事も況してや人に戻すことなど出来はしない。だが、俺はそれを見つけた。
これは禁忌の中の禁忌……畏怖恐れられた災禍の技……。
「夜見、お前は良い弟子だったよ……」
パキッ
「なに!! 魔氷にヒビが入るだと……ありえん三十五番台の呪詛だ……いくらお前でもそれ程の力を……クソジジイーーなんて物を飼いならしてたんだ? しゃーなしか」
両手を眼前に突き出し詠唱を開始する。
『禁忌第六節、十八行……。
磁界の円環、憂鬱な写し鏡
伸ばす手、拒む明日
かすみ草の錯乱融解する意味
影踏み、よもやま、口伝て
呪詛44時連想』
「放て!!」
時を想い、かの者の記憶を喚び醒まさん。
氷はあと少しで残骸とかすだろうそれまでにこの術が完成したのならば……あの子は戻る。いや、戻らねばならぬ。
元来ナマナリというものに落ちる人と言うのは鬼の一部、又は鬼の血を浴びてしまった人が成る一種の闇落ちみたいなものだ。ならば、その理り、ましてやその血を呪い殺せば良いだけの話……。
この子は、鬼の心臓を喰らった。
坂巻家はその呪いを受けた忌まわし家系……。
全くお笑いだ……ナマナリになる事が坂巻家の呪いだなんて……なんてクソみたいな呪いだ。
その呪縛を全て払うことは俺にはまだ出来ん。だが、その一端でも俺に分けろ。俺とお前は師弟なんだからな!!!!!
「うぉおおおおおおお!!!!!!」
地面から這いずり回る透明な薄紫色の六つの蛇が夜見の体を這いずり回りクビ、心臓、両肩、左足、目に齧り付く。貪るようにその呪いを吸い取る。次第にその蛇たちは色が濃くなり漆黒に染まる頃には夜見からはあのオーラは全て消え去っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
大きく肩で息をし、膝をつく。死んだように眠る夜見は体の一つともピクリとも動かさない。
「終わった……」
体のあちらこちらから吹き出る汗を布タオルで拭き取ると、夜見の元まで歩いた。
「なにがあったかは知らねーが、お前は大馬鹿だよ」
タバコを口に咥えた。手元にライターがないことに気がつきあたりを見渡すが何もない。仕方ないと石と石をぶつけ合い火を起こした。
「はぁーーー。成功率は凡そ十五パーセントって所か」
悪態をつきながら夜見を抱えて家に帰ることにした。




