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年末なので、暇なので投稿!!
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その夜の星々はいつも以上に輝いて見えた。
雲一つなく夜の帳が降りてる。
そんな夜、私は窓辺に座り満月を眺めていた。
明日からは本格的に修行が始まるとのこと。
今日の走りはなんだったのだろうか?
りんごジュースを口に含み鼻から息を漏らす。
「なんだ、寝れないのか?」
「いえ、なんとなく」
「そーか、なんとなくか。横、いいか?」
「……はい」
寝巻きに着替えた師匠。バスローブとはいかに……。
「なんだ、その不満げな顔は」
「いえ、似合ってると思って」
「それは、ありがとう。と言っておく」
私の嫌味をさらりとかわし椅子に深く腰掛けた。
「悩みでもあるのか?」
「…………」
「言いたくなければいい。言いたくなったら言えばいい」
顔をそらし、コーヒーを飲んだ。
横顔は落ち着いた大人か……内面は底知れないが、今の私では太刀打ちは出来ないんだろうな。
「なにを考えている。俺の体を見て、ま、まさか!!」
「……キモい」
私の悪口を鼻で笑いタバコに火をつけた。
煩わしそうに目を細めると、師匠は席を立った。
「じゃあな、明日は早い。寝ろ」
「……はい」
しばらく外を眺めた。流れ星がキラリと流れた。
夏帆お姉ちゃんが言っていた。
流れ星に三回同じお願いをするとそのお願いが叶うって……。
「幸せになりたい」
願いを込めた、小さな祈り……天にはとどかなくてもせめてあの星には届いて欲しい。
みんなが笑顔になれる世界が欲しい……。
「幸せになって欲しい」
誰かの幸福を祈る事なんてしたことがなかった。今までの私は今日を生きることに精一杯になって明日を考えてこなかった。だからこそ。
「明日を幸福に生きていける未来が欲しい……」
その祈りには明確な、そして、儚い願いが込められていた。
握られたその小さな手には、他者の幸せが込められていた。
眠けが夜見を襲う。時刻を見ると二十三時……。
大きなあくびを一つこぼし、ふかふかのベッドに吸い込まれるように入っていった。
◇
「…………きろ」
耳元で誰かが叫んでいる。
「お……きろ」
うるさい……一体なんだ?
「起きろっていんってんだろうがー!!」
怒鳴り声が次第に大きくなり、顔に冷たい何かが触れた。
「ひゃぁぁぁ〜!!!」
「やっと起きた。ほら、いくぞ!!」
顔には謎の冷たいやつ、眼前には梅干しのような顔をした師匠の顔……。
もう、朝か。
なぜか水浸しになったお布団を後にし、食卓についた。
今日の朝ごはんは……なにこれ。懐かしのお味噌汁じゃないですか!!
お爺様の家で食べた以来の懐かしの味……と言ってもまだ私、13歳なんですけどね。
約一年程あんな所に居たらこんなもの食べる機会なんて……あったけどなかったようなもの。
懐かしい……でもひとつだけ不満を言うとすれば大根が入っていない。
あのクタッとなった大根の歯ざわりが好きだったのに……今度要望しておこう。
「早くしろ……朝は早い」
違うよね、起こしたのは師匠だよね。
なんて、心の中でグレてはみるものの顔には一切出さない夜見であった。
ものの数分で朝食をとり終え、木刀を片手に少し広めの庭に出る。
芝生の青々と繁った少し広めの庭は裸足になってかけるには充分すぎるほどの大きさだ。
「靴を脱げ」
「……え?」
「言う通りにしなさい」
「ん? わかりました」
言われるがまま靴を脱ぎ捨て、裸足で芝生の上に立つ。柔らかい芝生はさながら自然のクッションみたいに柔らかくそして暖かかった。
「剣を持て、そこで五時間素振りだ。やれ」
「は、はい」
素振り、素振りか……これなら何時間でもできるし、余裕。
だが、目測はすぐに砕け散った。
一時間ほど、素振りをした頃。
急に体力の衰えが見え始めた。剣を握る手は緩み、額からは大きな汗粒、足は震え、腹筋には激痛が走る。
顔を赤くし、霞む目で目の前を見据えひたすらに木刀を振った。
「どうだ、力が入らなくなってきただろう。この芝生は鬼の力を封じ込める力を持っているんだ。とある情報によるとお前は昔からあの寺で鬼の心臓をくらい、結界を解き放たれた子だ。そんな子がここに裸足で乗れば力を徐々に吸い取られる」
咳払いを一つ。
「ま、鬼の力の制御の訓練と思ってくれればいい。今はその腕輪によって吸い取られる制限はされているが本来であればお前はここに這いつくばって動けなくなっているところだ。良かったな」
良くはない……むしろ最悪だ。
体力もほぼ限界に近く、コントロール云々の話なんてもはやクソどうでもいい……。
鬼の力? そんなものがあるのならばとっくに使ってる。使えないし、使い方も分からないしそもそも鬼の力がどんなものかも分からない。
今まで殺してきた鬼はそんなものの片鱗すら見せる事は無かった。
刀で一太刀浴びせれば即死……。
そんな奴ばかりだった。そう、あの時までは。
私が気を失う前に出会った、あの村の、あの場所で出会った鬼だけは何かが違ったようにも見えたあの鬼……。
そんな悔しさもどかしさをバネにして食らいつくように木刀を無心で振り続けるのだった。
五時間も木刀を降り続ければ太陽が真上に来る。夜見がへばって倒れる頃にはカレンが真っ白なタオルを彼に手渡すのだった。
「どう? 成果の方は」
「ぼちぼち……なのか分からない程にダメだな」
「どっちよ!」
「軽快なツッコミありがと。と、もうそろそろ飯か?」
うつ伏せに寝ている夜見の顔にタオルを被せながらカレンは「そうよ」と短く返事をしさらに付け加えた。
「家に上がる前に体、しっかりと洗ってきてね!」
カレンの目は笑ってはいなかった……。
「起きろ、そして体を拭け! じゃないと飯抜きだぞ」
「それは……嫌だ」




