45死と選択
なにこれ……書いてて胸が痛い
45
死んだ鬼があそこで寝転がっている。
ピクリと体を動かしているのがここからでも分かる。
が、死んだ事には変わりない……か……。
じきに収まる事を夜見は知っていた。
少し歩くと少し枯れた倒木があった。どうやら人に切られた物らしく、切り株の所は綺麗に揃っている。チェンソーで斬られたにしては随分と滑らかである。
そんな事考えることしないのだけど、そっと年輪を数えるように手を添えた。
遠くの方で黒煙が上がっている。
火の勢いも大分強い、ここからでも少し火の熱を感じるほどに。今夜はよく寝れそうだ……。あの時とは違う……。
どこが感傷的になる心を気に留めず、山賊たちから奪って置いた何かの肉を貪り食べる。
なんの味もしない肉だ。少し酸っぱいし固くて噛み切るのも一苦労だ。
それ程美味しくない肉を貪欲に、貪食に食べ尽くしていく。塊にして一キロも無いだろうその肉は黒く変色している。脂肪分は固まり赤みの部分はトロトロとしている。
腐っているのは誰でも分かることなのだろう……。『腹が減ったから食べている』
それだけだ。
一時間もしないうちに完食した。
鈴虫か何か分からないが蟲が鳴いている。
煩いと耳を塞ぐこともしず、寝る事にした。
でも、流石に固い切り株の上で寝るのはしのばれるので苔を満遍なく切り株の上に引いた。
ふかふかのベッド……とまではいかないがソコソコの出来だと自負している!
誰に言うでも無くただ淡々と作業をこなす。
昔ではあり得なかったものだ。
空を見上げると五分欠けの月が見える。
「おやすみなさい……」
誰かに聞こえているのだろうか? 考えたこともない……。静かな夜だ……ゆっくりと眠ろう。
ただそれだけ……何もいらない。休息をとり、明日に備えるのだ。
だが、枕は高くして寝る事は出来ない。
大きく欠伸した……目からは欠伸涙が出る。
ふかふかした苔のベット、森の匂いがする。
そのまま私は夢の中へと旅立つのだった……。
◇
顔に何か冷たいものがヒタヒタと付いた。
「ん、ん〜!」
背筋を伸ばし、首を左右に振る。
ポキポキと背筋を伸ばす。
辺りを見渡すがなんの気配も感じられない。小動物の声は聞こえるが、鬼、又は人の声は聞こえない。
「よし……」
小刀……いや、大太刀を腰にぶら下げる。
食料である干し肉らしきものを手提げ袋に、財布はズボンのポッケに入れた。
どうやら、棘が苔に混じっていたようで足がちくりと痛かった。
装備を一通り確認したのち私は苔のベットを後にした。
コンクリート舗装されていない土の道。
横を見れば小さな花が咲いている。
聞いたことのないような小鳥の声が耳に入り、少しだけ気分を落ち着かせてくれた。
それでも、目は死んでる。
なんの抑揚もなく、ただ、淡々と作業のように歩いた。
目的? そんなものは決まっている。鬼を殺す。
常に柄に手をかけ、どんな時、あらゆる時でも対処できるようにする。
似合わないベルトにはナイフと少し長めのロープ。
皮で作られているそのナイフをしまうものは盗賊たちが使っていたのもだ。
なんの罪悪感もなく使っているが、そこそこに使い心地はよい。
ナイフの感触を確かめながら、一歩、また一歩と進んだ。
その先に何が待っているのかも知らずに。
道なりに道を進む。
なんの街すらも見えてこない。
仕方のないことなのだろうけど、少しだけ寂しい気がした。あったとしても、人とは顔を合わせないようにしなくてはならない。その人たちが死んでしまうかもしれないから。知らない誰かを守るほど私の力は強くはない。
そうして進むこと一週間ほどだった頃。
食料も底をつき、食べるものがなくなった頃のことだ。
私の前に鬼が現れた。いかにも弱そうで、棒切れで突いたら倒れてしまいそうなほど華奢で、死亡などなく、ガリガリだ。お腹はぷっくりと腫れ上がり 痛々しい。
目は赤く充血し、手は小刻みに振るう。
何もかもがみすぼらしく、着ていた服はそこら中にカビが生えている。
だけど、その目は怒りに満ちていて物欲しそうに私を眺める。
お腹が空いた。
昨日の晩から何も口にしていない。
お腹が空いた。
鬼は武器を何も持たず、私に直進してきた。多分、素手で殴るのだろう。子供、況してや女でもない私がこんなウスノロに負けるはずもなく、あっさりと勝負は決まった。
首をまるで、湯豆腐のように斬られた鬼は目や口から体液をドロドロと流し、悔やみながら死んでいった。
私は薪を集めた。
日が陰ってきたからだ。今夜はここで野宿する事にする。
近くにあった野草を鉄で出来た小さな鍋に入れ食べる。ここ最近はこれらしか食べてない。
筋肉も少しづつ落ち始めている。肉を食べなければならない。
ふと、目を横に向けると殺した鬼の死体が横たわっている。シワシワで肉付きも悪い肉だ。食べたらきっと固いだろう。だけど、体は正直で、鬼の足を一本ナイフで切ると、それをそのまま火へと焼べた。
人の焼ける匂いがした。生臭くてドロドロとしたヘドロのような匂いが鼻に付く。
我儘は言っていられない。今は非常時だ。それに昔は鬼の心臓を嫌々食べていたことも思い出した。
少し顔をしかめ、焼けた肉を口はと運んだ。
なんの味もしない。
強いていうならば鶏肉みたいな感じでといった所だろうか?
美味しくもない。が、栄養は多分……ある。
そういえば昔お爺様の持っていた書庫を漁っていた時、人肉について書かれていた書物を見つけたことがある。その本にもきっとこう言った味の事が書かれていたに違いない。
そんなことを考えながら夜見はその肉を貪るように食べた。
一通り食べ終え、空を見上げる。
長い時間、肉を食っていたのだろう。
もう、日が開けそうだ。喉も渇いた。
近くに水はなんてものはない。仮にあったとしてもドブ水くらいだろう。
ここ森の中。血が流れた水など飲めるはずもないだろう。人であったのならば。
私はもう"、人ではない''。人ではない何かである。
楽に死ぬことも許されないだろう。
あの日から幾日たった。
あのお爺様の笑顔を何日見ていないのだろう。私はそんな優しいお爺様さえも殺してしまった大罪人だ。
感傷に浸る。果たしてこれは感傷なのだろうか?
ただの傷を自身で舐めているだけの化け物ではないだろうか……。
寒くもないのに鳥肌が立つ。肩は震え目は座る。
何かに怯えている小動物かのように。
刀を大好きだったぬいぐるみのように抱きしめてゆっくりと目を瞑った。
そして、目覚めは早かった。
逃げ惑う人々の声がしたのだ。
頭の中であの光景が脳裏から離れようともしない。落ち着いたいまやってくるなんてなんて悪趣味な……。
目をそっと開ける。
そこには老若男女の人々が。
大して数はいない。どうやら家族の様だ。
服は腐りかけ、長い年月お風呂に入っていない様で体は少し黒ずんでいる。
痩せこけたその体つきは年相応にはまったく見えなかった。
「お嬢ちゃん……ここでなにをしているのかな?」
一番年上だと思われるご老人が私に声をかけてきた。
声はところどころ掠れ、弱々しいものだ。
年齢は多分五十後半……白髪が斑点のように生えている見窄らしい人だ。
「…………」
「大丈夫かい?」
大丈夫? 何を言っているのか私には分からなかった。
大丈夫だったらこんな所にはいない。こんな事はしていない。人以下である貴方達に私を心配する権利なんか有るはずもない。明日の飯すら食べられない様なその見窄らしい服装、体。
そんな冗談を言えるくらいには私は見えなかった。
「ほら、これをあげよう……あまり美味しくはないとは思うけど、腹の足しにはなるだろう」
そう言って老人が私に渡してきたのは小さなパンの切れ端だった。
所々にカビが生え、青緑に見える。元からそんなパンなんかは存在しない。よっぽど馬鹿なパン屋しかそんな奇天烈なパンは焼きはしないだろう。
「……いらない」
私のその言葉に安堵する子供達。なぜか目をそらす大人たち……。一体何がしたかったのだろう。
私はそっとポケットから札束を出した。
それをまた瞬間、大人たちは目を光らせた。
目の色が変わり、後ろでに持つ武器を手に構えた。
「辞めないか、こんな子供から搾取するなど恥を知らんのか」
ご老人か更に口を酸っぱくし言う。
「幼き子にこんな仕打ちはあんまりだ。子供達がもし同じことを言われたらお前達はなんと答える……」
大人達はそのご老体の言葉など耳に聞き入れなかった。これが、人間か……。
小さなナイフ、短剣……。餓鬼よりもずっと怖い。
何故、こんな風になってしまったのだろうか。
ご老人は両手を広げて大人達を止めた。
「止めんか」
だけど、そんな言葉など……通じるはずもない。
次々とその刃をその身に受け死んでしまった。
「なぜじゃ、なぜなのじゃ……」
佗しいのが悪いのか…………このご老人は最後の最後までそれを悔やみ続けた。
それだと言うのに何故か家族が死んだと言うのにこいつらは泣きもしない、悔やみもしないのだろうか。
ましてや、喜んでもいる。
「まさか……」
「うひゃヒャヒャヒャ〜今夜はジジイの肉が食えるぞーヒヤッハー」
大人子供皆が死体に群がりムシャムシャとそれを食べ始めた。
私は知らぬ間に後ずさりをしていた。
「…………」
ぎろりと大人達の一人が私を食べたそうに見た。
「ひぃ……」
思わず悲鳴をあげた。
こんなのはもう、人ではない。鬼だ。
鬼ならばどうする……。
どうする
どうする
どうする
どうする
どうする
どうする
どうする
どうする
決まっているじゃないか……………………
…………殺すーー
刀を抜いた。
あいつらは気がつかない。
これから自身が死ぬと言うことを。
あいつらは知らない
死の痛みを
あいつらは考えた事はない
自身が殺されてしまうと言うことを
あいつらは身にしみてわかる事だろう
自身の過ちを
鬼ならば、殺せ。
生かしてはならない。
そっと、あいつらに近づいた。
そして…………
…………首を刎ねてやった。
あいつらは驚いた様な顔をした。
頭を傾げ、不思議そうに私の顔を覗く。
地面に落ちた先程まで生きていたやつの顔を見た。
そして、また喜んだ。
「食べ物が増えた」と……。
どこまで腐っているのだろうか。
人は追い詰められれば追い詰められるほど、ここまで腐ることができるのだろうか。
きっと、あいつらは私を見て食料だと思ったのだろう。
「生かすと思っているのか?」
逃げることもしず、ただ肉を食い続けている奴らがこの世で最も憎い。憎悪すら生ぬるい。
「…………どうして、こんな事を」
男の一人が嘆く様に私に告げる。
「お前達が、鬼だからだ」
はい、胸糞ー。
ごめんなさい……。
どうやらこの世界には幸せという概念が存在しないらしいです。
少し茶番でも入れようかな?




