29銭湯?
ゆるく〜
29
「さて、お風呂にでも入りましょうか」
その一言から地獄が始まった……。
◇
時は遡ること一時間程前のこと。朝食を食べるため、キッチンへと行き席に座っていた時のことだ。
ひとりの子供が呟いた。
「お姉ちゃん、ちょっと臭うかも〜」
満面の笑みでその子は言った。
両親は無言で立ち上がる。
「そうね……確か夜見ちゃんってここへ来てからお風呂に入って無かったわよね。これもいい機会だわ。ふふふ、お風呂に入りましょうね〜」
突然、寒気を背筋に感じた。
嫌な予感がする……? なんとも言えない感覚、初めてのものだ。
私は逃げ出すことにした。大好きなご飯を放棄してまでも。惜しいことをしたが、この恐怖? に襲われるよりかは幾分かマシなはず。
まだ万全とは言えない体だがその辺の子供達と駆けっこをしたら一等賞間違いなしの足の速さだ。
そう、子供の中ではだ。
大人には敵わなかった。
必死に逃げ惑う私を大きめの虫取り網を用い全力で追いかけてくるあの大人たちを見るまでは。
「はははっ! まてーおふろにはいるのよ!!」
「そうだぞ〜そんな臭くては嫌われちゃうぞー」
閑散な街中を大の大人が子供一人を追いかけ回す。なんとも危ないシュチュエーションだこと。
何事かとお巡りさんが両親達を捕まえ、事情を聴いている。私はその様子を塀越しに見ていた。数分ほど何かを話すと、警察官のお兄さんは何かを納得した様な顔をした。そして、自転車で私を追い回し始めた。
「待ちなさい! お風呂に入らないなんて汚いんだぞ!」
「なんかわからないけど、いや〜」
私の名前を連呼し、自転車を漕ぐお巡りのお兄さんは犯罪者に見えます……。言わないけど。
お兄さんや両親達が私の名前を連呼して行くうちに、商店街へと差し掛かりました。
街ゆく人たちは私や後ろにいる両親やお巡りさんを見ます。
「どうかしたのか?」
「いや、あの子がお風呂に入らなくてな。と、こんな事してる場合じゃない。先を急ぐんでな」
「面白いじゃん、俺らも追いかけるよ」
「助かる!」
その様な会話が町のあちらこちらで話され拡散されてゆく。
そうこうして行くうちに、町人全員が私を追いかけ回す様になった。それに加えて散歩中だった犬、日陰で休んでいた猫。挙げ句の果てには見たことの無い生物までもが私を追いかけ回し出した。
「なんなのこれ? 逃げただけでここまで追いかけられるなんて……思っても見なかった。だけど、捕まるわけにわ……いかない」
終いには約五十人と三十三匹が私を追いかけ回す。大人達は無線や携帯で指示を出し合う。動物達は嗅覚や聴覚を頼りに私を探し出すのだ。
ゴミ箱に身を隠すと犬に見つかり、大人達に見つかると無線で指示が行き、気配を消すと猫に察知される。
落とし穴が設置されていたり、カラスが通せんぼしたり、犬や猫が吠え道を譲らなかったりと私はどんどん狭い道へと誘導されてゆく。
「しまった……」
目の前にはそびえ立つ壁。飛び越えることもできない様な壁がそそり立つ。
「ゼェゼェ、やるわね夜見ちゃん。ここまで逃げ切った子供は初めてよ」
「……クッ!」
「さて大人しく観念しお風呂に浸かろうな」
「ワンワン!」
「ニャ〜」
なにこれ?
捕まってしまった私はロープで雁字搦めにされ銭湯に連れていかれた。
大衆浴場なる銭湯へ行くのはこれが初めてだった。町人の半分程の二十人弱の女性達と一緒だ。
自分で脱ぐと断ったはずなのだが、服や下着袴まで脱がされでしまった。
「とりあえずわシャンプーから〜」
寄ってたかって二十人……なんちゃってハーレムにも見えるその光景は男からしたらいいのだろうが、女の私からしたら最悪の一言である。
「夜見ちゃんだっけ? そんなにむくれちゃってダメよ〜」
私が連れられてきた家の真向かいに住んでいるお姉さんがそういう。
確か名前は……水崎 夏帆さんだったかな?
私のボサボサになった髪の毛を大量のシャンプーでもみ洗いをしてもらっているところだ。
「夜見ちゃんの髪の毛太くて毛量が多いのねそれにコシがあって洗いがいがあるものよ〜お姉さん頑張っちゃうんだから!」
頭をこする手にも力が入る。首が持っていかれそうになるが、そこはぐっと堪えるのだ!
意味のわからない根性論を述べ夜見は体の隅々まで洗われるのだった。
ひとしきり揉みくちゃにされ、やっとの思いで解放されたのは湯船に浸かる頃のことだった。
「夜見ちゃんの肌すべすべでお姉さん興奮しちゃうかも〜」
夜見の後ろ側から抱きつき胸についている豊満な双丘を押し付ける。柔らかくてとてもグッジョブ……じゃなくて変な気分になる夜見だった。
「それにしても……傷が多いのね」
あらゆる所を洗われる事によって見つけ出された傷は沢山ある。
酷いのをあげるとしたならば抉られたような傷一箇所、切り傷十五箇所、打撲痕二十三箇所。
細々とした傷を合わせる百はくだらない。
「それに聞いたわよ。鬼を殺したんだって? 小さいのに鬼を殺すなんてまさに鬼殺だね。かっこいいわよ」
この世界は狂ってしまっている……人が死ぬ事に疎くなっているまた敵も然りだ。これがこの世界の理であり狂ってしまっている部分だ。死んでしまった人は鬼になる……これは世の常。
死んでしまった人間は火葬され炭にされて骨壺に仕舞われて保存される。
ヨーロッパの方では心臓に銀で出来た釘を刺し棺に入れて土に埋めるらしい。どちらが有用かはその国にしか分からないが、私は日本の方が効率が良いと思うのだった。
その証拠にヨーロッパや欧米諸国では人が鬼になる例が日本よりも多いと聞く。
「いえ、特には……」
「そんな謙遜しなくても良いのよ! 強い子は大歓迎なんだから……それにこの辺りに住んでいた鬼殺の人はつい最近死んでしまったから新しい用心棒と言ったところかしら? 可愛くて小さくて強いなんて最強よね」
私の頭に大きなお胸を乗せたゆんたゆんさせるお姉さんはどこか嬉しげだ。
「……重いーー」
數十分も経てば体もすっかり綺麗になり先程までの泥だらけの感じとは異なる姿に生まれ変わった。髪も良い匂いし肌も純白に戻った。
「そういば着替えって夜見ちゃん持ってる?」
「い、いえ……持ってません。先ほど来ていたものを洗ったりして使い回していたので……」
(先程強引に脱がされて着れるものなんてないんたけどな……)
「へ〜袴なんかを着まわししてたのね。まるで江戸時代に生きてた人みたいね!」
興奮して蒸気機関車のように鼻から白煙混じりの鼻息が勢いよく飛び出す。
腕を上下に上げ下げし興奮していた。
「えっと、その服を着替えてからで良いんだけどいくつか質問とかしても良い?」
「答えられる範囲なら……うん」
「あら可愛い〜お姉さん惚れちゃいそう〜!」
訳のわからないことを口走りお姉さんは悶える。
湯船から皆上がり、濡れた体を白いタオルで拭く……無論私はみなさんにやってもらっている。
近くにあるイスに腰掛けると、お姉さんば腕を胸の前で組みその双丘を机に乗せるのであった。
「それじゃあ〜質問です! 夜見ちゃんって前は何処に住んでたの?」
「分からない……ただ言えるのは森の中にポツンとあるお寺の中」
「そうなんだ〜」
お姉さんは考え込むようなそぶりをし腕を組み直す。
「えーと、次は。ん〜そうだな……お父さんとお母さんは今何処に?」
「…………死んだーー」
お姉さんは目線を落とし口元を手で覆い隠す。
一粒の涙を落とし、私の頭を優しく撫でる。
「そうか……こんなこと聞いてごめんね……」
お姉さんは申し訳なさそうに言う。
「別に私が幼い頃に死んでしまって記憶すらないの。だから別に悲しくなんて……」
胸の内に冷たいものを注がれる気分に夜見はなった。心が芯から冷えるような感覚が襲う。暖かいお風呂に浸かっていたと言うのに……この気持ちは何なのだろうか……これが寂しいと言う事なのだろうか。
「じゃ、じゃあ次の質問ね! 夜見ちゃんは何でそんなにも強いの?」
「記憶がある幼少期の頃から毎日のように剣を振るい、鍛錬してきたから。お爺様に色々なことを教えてもらったりもした。例えばご飯の食べ方、食べられる野草、獣の倒し方捌き方、人との接し方、刀の振るい方…………あと、あとはね……」
夜見は涙が止まらなかった……なぜ泣いているのかも分からないほどに……あの時師匠に拾って貰わなかったら泣いていたかもしれない。
お爺様との思い出が夜見を傷つける。
お爺様のあの笑顔……夜見の頬には大粒の涙がいくつも筋を作り流れて行く。
「お爺様…………」
夜見は初めて心の底から泣いた……。
「…………夜見、ちゃん…………辛かったね」
優しくお姉さんは私の頭を撫でてくれた。そして包み込むように私を抱きしめてくれた。
暖かくて優しくて……辛くて……涙が止まらなかった……。
「お爺様……お爺様……お爺様様!!!」
叫ぶように夜見は泣いた。
銭湯中にその声が鳴り響く。
周りにいるその他の女性陣が夜見の方を向き優しい目を向けてくれた。慈しむが如く見つめる人、中には貰い泣きしてる人もチラホラ、きっと大切な人を失ってしまったのだろうか……。
「辛いね……大切な人を無くすのは本当に辛いのよ…………でもね夜見ちゃんあなたは人を一人救ったのよ。でも、戦士にも休息が必要な時もあるのよ……だからね思いっきり泣きなさい! お姉さんやここにいる皆んながあなたの事を大切に思ってるから……泣いて、スッキリしたらまた人を救ってあげなさい。夜見ちゃんみたいに泣く事がないように……嬉しくて泣けるように……そんな人になりなさい…………分かった?」
お姉さんも泣いていた……。
お姉さんも前に妹を鬼に食われてしまっているらしいのだ。そんな時、町人の人達がお姉さんを励まし、そして、お姉さんのお母さんが抱きしめてくれた時の事を思い出したのだ。
「夜見ちゃん……良い子ね」
「……うんーー」
今にも消えてしまいそうな声で夜見は返事をした。
虚勢ばかりをはり自身を騙し続けた夜見はとうとう崩れてしまった……だが、この世には雨降って地固まると言う言葉もある……きっと夜見ちゃんは強い子になれる。困ってる人を救ってあげてそした、一緒に笑ってあげられる人になるだろうと。
水崎 夏帆は確信していた……。
◇
質問タイムも終わりお姉さんに勧められた牛乳を男らしく飲み干しているところだ。
「どう? 夜見ちゃん牛乳は美味しい?」
「うん! 美味しいよ!!」
「それは良かったわ。牛乳を飲むとお姉さんみたいな体つきになれるわよ! っと、そろそろお迎えが来てるみたいよ」
女性がたむろできるスペースの外、暖簾がかけてあるところに見覚えがある人物か立っているのが見えた。
「水崎さんすみませんその子を預かっていただいて……」
「いえ、とても可愛くて弄りがいのある子でとても楽しかったですよ」
暖簾をくぐり、私が出て行くと。後ろからぞろぞろと女性がわらわらと出てきた事に男性は少し身を引いていたが、そこは男らしくどっしりとしていてもらいたかった。
そんな事を心で思う夜見であった……?




