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お爺様……私は一体どうしたら……。
すがる人など居ないと分かっているのに、何かに頼ろうとする私は惨めなのだろうか?
兎に角お腹が空いて今にも空腹で倒れてしまいそうになる。
刀が杖なんてお爺様か知ったらなんて言うのだろうか? きっとお怒りになるんだろうな……。
次第に弱って行く自身の体をまじまじと手で触り今の感覚を感じた。いくら水があろうと、いくら寝床があろうと食事が取れなければいつかは死んでしまう……。まじまじと死について考察している夜見は側から見たら飢饉で苦しんでいるただの子供にも見えるだろうか?
その時、一台の軽トラが舗装されていない砂利道を通って行く。
荷台には子供達、運転席には夫婦だろうか? 一組の男女が乗り合わせていた。見るからにボロそうなその軽トラは排気ガスを撒き散らし、地球に喧嘩を売っていた。
夜見は叫んだ!
力の限り叫び助けを求めた。
「助けてー! 食べ物を、食べ物を恵んでください!!」
荷台に乗った子供達が夜見を指さしそれを両親に伝えた。軽トラを運転している男性は、ちらりと夜見を見ると、慌てた様子で夜見のところへと車を急がせた。
「君、ここで何をやっているんだ。ここから逃げなさい!! 死にたくは無いだろう」
血相を変えて軽トラを走らせる男はどこか焦っているようにも見える。
その時、一匹の鬼が姿を現したのだ。
子供たちは絶望した……大人は顔を青くしハンドルを思いっきり振り切った。
その反動で軽トラは横倒しになり、十メートル程地面を削りやっとの思いで止まった。荷台に乗り合わせていた子供達は宙に投げ出されうめき声をあげながら悶え苦しむ。両親たちはフロントガラスに顔面を強く強打し気絶。
そんな中でも鬼は容赦しない……獲物が目の前に飛び込んで来た。今夜はご馳走だ……。
涎を滴らせ、地面を穢す。
僅か一匹の鬼の為に人々はこれ程までに恐怖するのか。
夜見は考えてもなかった。
夜見は助けるべく刀を取った。
既に力は入らずとも、目はかすみ見えなくとも、やせ細った体は走りづらくとも、あの人達を助ける為……?
助ける? 何故、助ける?
助けたらご飯がもらえるのか?
助けたら何かしてもらえるのか?
助けたらご褒美が待っているのか?
助けるとは一体なんなのだ?
そう感じた時には、子供の一人が鬼に捕まり口に運ばれようとしていた。
ぐったりとした子供は逃げることを諦めたようだ。いくら逃げようとしてもこの握力と恐怖からは逃れられないと言うことを僅か数歳の子供が感じてしまったのだ。
自身の弱さを認め強者に狩られることを認めてしまった末路なのだろうか……涙を流すことなく絶望をしていたのだ。
夜見はそんな顔を知らない。
そんな、醜い顔があることを夜見は知らない。
恐ろしくて、怖くて走る足がもつれそうになる。
だけど助けなければという使命感が夜見を突き動かすのだ。
刀を逆手に取り、走り続ける。
坂巻流剣術……伍式、天叢雲剣
瞬光により速度を増した夜見は鬼へと迫る。鬼の背後から忍び寄り寸前で空高く舞い上がる。頭上十五メートル程まで飛び上がり、流星の如く勢いに乗り刀を天高く構えた。
「死ね!!!」
どこにそんな力があったのか、体の限界とは何なのだろうか?
そんなものは既になくなったと思っていたのに体が勝手に動いてしまう。閉じてしまいそうだった目は眼球に血管を浮かび上がらせ、乾いた唇には赤い色が灯る。
落ちると同時に刀を全開まで振り下げた。その直後鬼は夜見の存在に気付くが時すでに遅し。刀を鬼の頭蓋骨に直撃させる。その後は簡単だ、そのまま肉の断たれる音骨が砕ける感覚、脳髄が弾ける視覚、そして命が絶える心を感じ取る。
そうして真っ二つに切断され、絶命した鬼は最後までその子供を口から離すことなく死んでいった。
食欲とは恐ろしいものだな……。夜見はそう感じた。
そして、その記憶を最後にとうとう力尽き、視界を暗転させた。
◇
目が覚め気が付くと見知らぬ家に居た。
ふかふかのベッドに明るい照明、ふんわりと甘い匂いが夜見の食欲をそそった。
辺りを見渡すと、白い壁に覆われ所々に観賞用の植物たちが飾られている。ベットの下を見てみると、子供用のおもちゃが散乱して居た。
扉がノックされ、先ほど軽トラに乗って居た男性が顔を覗かせる。
「怪我の方は大丈夫かな? それよりもお腹空いたかな。いま持って来させるから少しだけ待っててね」
今までに聞いたことない優しい言葉に夜見は心を洗われる気分になるが、それよりも先ほど助けた子供はどうなったのか知りたくて仕方ない。なにせ、夜見が初めて救った命だ。自身の命を粉にして助けた人だからだ。少なからずの恩義は受けてもいいと思っているからだ。誠に図々しい話であるのは夜見も重々承知していたのだが……。
「あの……あの子は……?」
声がまともに出なくて、掠れてしまっている。
気を許したらまた倒れてしまいそうにもなる。
「あの子か! 助かったよ。怪我はしてるものの大した怪我じゃなくて良かった……それもこれも君のお陰だからね……安心してね。君は感謝されても足りないくらいの事をしてくれたんだから」
目に涙を浮かべ、笑いながら男はそう言う。
どうやらあの子は救われたようだ……。なんとも言えない感情が夜見を飲み込む。
「どうしたんだい? 涙なんか浮かべて……ありがとうございます……うちの息子を救ってくれて感謝しても仕切れないくらいの恩を君に感じている。どうか俺に、いや、俺たちに僅かばかりの恩返しをさせてくれないかな?」
男性は大粒の涙を落としながら夜見のシワシワになってしまった手を握る。その手はお爺様みたいに暖かくて優しい手だった。
扉が開くノックされひとりの男のことその母親が扉から顔を出す。
「あなた、お話は終わったかしら? ご飯が出来たからその子にもあげてちょうだい! それと、この子から言いたいことがあるそうよ」
母親の隅から離れようとしたい男の子は私の顔をみると、大粒の涙を零しながら私が眠るベットに走ってきた。
「おねえじゃん……ありがどう! お姉ちゃんのお陰で僕はいま、生きてることが出来ました。
ほんとにほんどうにありがどうごじゃいまじだ〜わぁーん……」
鼻水を垂らし、後半何を言っているのかは分からなかったけど、夜見は無性に胸が熱くなった……そして、また泣く。
「ほらほら、この子も今にも死んじゃいそうな身体してるんだからそんなにくっつかないの。そう言えば貴方の名前を聞いていなかったわね。おなまえはなんていうのかな?」
「…………夜見……ですーー」
「そう、夜見ちゃんって言うのね! 可愛らしい名前じゃないの」
目を細め、母親は笑う。でも、そう言う彼女は頭に包帯を巻く。目は赤く充血し先程まで泣いていたのが伺える。
木で出来た皿にはお粥がたっぷり入っていた。具材には卵やシーチキン、コーン、シャケが入っておりとても美味しそうに見えた。
木で出来たスプーンを夜見は受け取ろうとするが手が上がらない。うんともすんとも上がらなくなった手には筋肉がもう付いていないのだろうか?それとも技の副作用なのだろうか?
「ん? 手が上がらないのか……俺が食べさせてあげよう」
「やめなさい! ロリコンと思われるわよ。全く私が食べさせてあげるから。それと、そんなボロボロな服では可哀想だから子供のお古の服を持ってきてちょうだい。後で着替えさせてあげなきゃだし」
テキパキと指示を出し、父親と泣きついて離れない子供は母親の叱咤にそそくさと物欲しそうに立ち去った。
「さて、邪魔者もいなくなったし、ご飯を食べましょうね」
お粥をぐるぐるとかき混ぜ、少し冷ます。
一口だいにお粥を掬い、息をかけて冷ます。それを夜見の口に近づけた。
「はい、あ〜ん」
「ん、あ〜ん」
はっ!
美味しい……食べ物をここまで美味しいと思ったことがあっただろうか!
否、ない!!!
口の中でお粥が暴れる。色々な味が調和しそれはそれは旨い。
言葉では言い表せないほどの旨さ。
例えるなら、小さな川達がぶつかり合いやがては大きな本流となるような感覚。
一つ一つの味は違えども、その本質、調和は本来約束されたもの……ここがエデンか!
はっ!
あまりの美味しさに気を失いそうだった危ない危ない。
「あら? どうしたのかしらそんなにも美味しかったかしら? ふふふ、腕を振るって作った甲斐があるってものね」
頬を紅葉させ嬉しそうに食べている夜見を見て母親は小さくはにかんだ。
「誰も取りはしないからゆっくり噛んで食べなさい!」
「うん!」
その後も楽しい楽しい食事が続いた。
はぁ、至福のひと時であった。
久しぶりに満足にご飯を食べた事によって少しだけ回復した。
そして、眠気が夜見を襲う。
この睡魔には勝てない……。
zzzZ
◇
目を覚ますとそこには子供達が群がっていた。
私を見つめる目はキラキラとした興味の目だった。
「え、えっと……」
「ねえ、お姉ちゃんってなんで強いの?」
「お姉ちゃってなんで刀持ってるの?」
「お姉ちゃんって何歳なの?
質問攻めまさに極まり。
四方八方から子供達のワキワキとした甲高い声に流石の夜見も堪えた。
おどおどしている私を見かねた一番年上であろう長女が口を開く。
「貴方達、いい加減にしなさい!! この子だって疲れてるのよ。鬼を倒したその力とかには興味とかはあると思うけどもう少し順番ってものおね」
私より一つ二つ上の子だろう………なかなかにしっかりしている。
「ははは」
乾いた笑みを浮かべることしかできない私にはこの人は女神に見えた……。
その声を聞きつけた両親達がノックもせずに部屋に入ってきた。
「こらこら、何してるんだ?」
「こら、いい加減にしなさい。病み上がりの子に寄ってたかって質問責めにしないの。分かった?」
「はーい」
後ろめたそうにぞろぞろと部屋を出て行く子供達は、顔を膨らませ部屋を出て行った。
「ごめんなさいねあの子達、鬼を倒せる人なんて見た事がなくて……」
「いえ、お気になさらず」
「いーや、お気に召してくれ。命の恩人にあんな無礼な事をしでかすあの子達には強く言っておく。今後このような事がないようにするから」
「はい」
そうしか言えず、気を落ち着かせた。
答えたくても答えられない。私がしてきた事なんて普通の子達は無いだろうから。あんなに無邪気に笑い元気に走り回る子供なんて目にしたこともないのだから。




