03昔話〜
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03
澄んだ空気が空間を張り詰めらせ、私の頬に流れる拭き忘れた井戸水は、ゆっくりと頬を伝い、ポツリと年季の入った寺の木の板へと落ちて行く。
部屋の中央に置かれた長細いろうそくは、ゆらりゆらりと燃えロウを溶かし、金色に光る受け皿へと滴り落ちて行く。
「それでおじいさま、昔話とはどう言うものを話されるのですか?」
普段からおじいさまは事あるごとに昔の話をしてくれる。
前は井戸について話してくれたっけ?
井戸は一つの所に留まるとか、何とかって話していたっけ?
こう言う時のおじいさまはとても不思議な感じがする。孫を可愛がる時何かを教えてあげたいという感情が伝わってくる。その証拠におじいさまはとても優しい顔をしてらっしゃる。
幸せそうだ。
「そうだな……今日はわしの、そして夜見のご先祖様の話でもしようか」
「ご先祖様?」
「あぁ、そうだとも、ご先祖様だよ。悲しく、夜見儚く散って行った強くて、悲しくて、そして諦めなかった人たちの話だ」
おじいさまはどこか遠くを眺めるようにし、本殿に飾ってある大きな仏様を見ていた。というよりは、何か助けを求めているかのようにも私は見えた。
過去にあった一族の悲しい話……。
「夜見、心して聞きなさい。我々の達観しなければならない悲願を、そして受け継がれて行く意志を」
私は首を傾げ、おじい様に返す。
「ん?」
「お前にはまだ早かったか? ん〜そうじゃな……でもいずれ話さなければならない事だしな……まぁ、良いだろう」
そう言うとおじいさまは、袴の裾から一冊の本を取り出した。
古びていて、今にも崩れてしまいそうなほどボロボロで、虫食いも激しく力加減が難しそうだ。
それでも継ぎ接ぎし、修復し、受け継がれてきたという意志を感じた。
「おじいさまそれは?」
「これはな、我々の一族が書き上げてきた書だ。我々一族の思いと望みと希望と血と涙と汗が染み込んだ一冊だ」
「売ったらどれくらい」
おじいさまはジト目を習得した。
「夜見よ、そのような事を言ってはならん。例え価値があったとしても、金以上にこの本は価値があるものなのだ」
拳を突き上げ、私の頭にいつもとは重さがちがう拳骨が落ちる。「いたっ」
ズドンという音を響かせ私の頭に落ちた拳骨は、痛みという苦痛を伴って現れるのであった。
「ごめんなさい」
「分かればいい」
やれやれと手を振りおじいさまは本を開いた。
「それじゃあ話すとしよう。長き戦乱を共にしてきた我ら一族の言霊を」
書
坂巻家[秘伝の書]
【拡散希望】
「おじいさま、拡散希望とは何ですか?」
「聞くな、私にもわからん」
おじいさまは[知らないふり]を覚えた。
ゴホン……。
おじいさまは軽く咳払いをし、話を続けられた。
今から十年ほど前、鬼と呼ばれるもの達が現れた。
鬼と呼ばれる其奴らは人々を殺し食い、弄んだ。
私は此奴らを絶対に許さない。
妻を殺した奴らを許さない。
私は研究を重ね、一つの禁忌を生み出した。
それは自身の体に鬼の体の一部を埋め込み鬼の力を自身のものとする事だ。
これらは人の倫理に反するとして禁忌として昔から忌まわしめられてきた事だが、私はそれを破った。
それと同時に、鬼を殺すことが出来る武器の存在も知った。
とある占い師が教えてくれた方法だ。
その方法は外道とされる方法。
その方法とは、人をわざと鬼達に殺させ、その怨みのこもった人間達の死体を何百と集めて、一つに集める。
この時点でかなり呪詛を感じた。肌が焼け付くような感覚や吐き気を覚えたが、何とか踏みとどまり次の工程へと進めた。
次に、鬼の体に刺した剣をぬき、鬼の血がついたまま人間の死体が沢山積まれた所へと投げ込む。
すると、剣は溶けてなくなり物凄い悲鳴やうめき声とともに死体達もドロドロと溶け始めた。
そして私の胸には刻印が刻まれた。
呪いを行使した代償。
果てもなく長い呪い。
百年や二百年どころで解き放たれるものではない、その呪いは重く、悲しく冷たいものだ。
その呪いは、鬼を殺しつくすまで苦しみ踠き足掻くというもの。
強い怨みが招いた最悪。
私はこの呪いを後世へと受け継がなくてはならないと思うと、心が痛む。
これを読んでいる我が子孫達よすまない。だか、これだけはわかってほしい。
鬼を許すな。
殺せ。
憎め。
惨殺せよ。
刻印を刻まれし我が一族に繁栄を……。
終わり。
「と、ここまでじゃ。どうだった夜見」
「なんだか怖かったです。特におじいさまが」
おじいさまは顔を引きつらせ、あとで鏡を見ようと決意したのであった。
◇
食事を終えた私たちは食器を片付けていた。
「と、夜見。ご飯は食べ終えたか? 食べたのならば修行へと行こうか。今日からは新しい事をやろうと思っているからな。心してかかるように」
「はい、おじいさま」
それにしても、私たちのご先祖様はなにを思って、鬼を怨み、死んでいったのだろう。
永遠に終わらないこの不条理にどうやって争ったのだろうか。