第三話。はじめてのだんじょん! その1。 パート1。
gdgdスローに進んで行く、それがこいつらクオリティ。
「なんだよ、これ?」
階段を駆け下りると、そこは別世界だった。
「ですから、ダンジョンですよ」
「シレっと言うなよ」
ディバイナの発する光とは違う、空間そのものが発する薄ぼんやりとした光。
まさしくダンジョン。洞窟の中に、いきなり放り込まれたかのようだ。
苔でも生えてるのか、ぬめりの見える岩でできた壁。
軽く足踏みすれば、ザラザラと言う砂をなでるような靴音。
入口から鳴り続ける、空気のうねるような音。
「って言うか、想像してたのと違うぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。お前が無害なアトラクションですよーって言うから、
もっと明るくてメルヘンチックな、かわいらしいフィールドの
イメージだったんだ。それが蓋を開けたらこれだ。
マジモンのダンジョンじゃねーか!」
俺の叫びは、まるで温泉ででも喋ったような反響を起こした。
「当然です。だって腐ってもダンジョンですよ」
諭すように言ったかと思えば、急に吹き出して。
「そんなかわいらしいキラキラゾーンなわけないじゃないですか」
確 実 に! バカにしくさりやがったこいつ!
「んにゃろバカにすんな!」
「いたい! いたいです! ですからですねっ、
腰を持つ時はもっと優しくっ! 腰痛になったら
どうするんですかっ!」
「飛んでりゃそのうち治るんじゃないか?」
「やぁっ! 力入れちゃだめですぅっ! よとげなくなるっ!
カズヤさんとよとげなくなっちゃうぅっ!」
「バカにした報いだ、手の平サイズのくせして
いっちょまえに挑発なんてしやがって。後てめえとは
なにがどうなってもそんなことにはならない」
しかたないので手を放してやる。
はぁふぅと面白い深呼吸で、息を整えている手の平大魔王。
「んで? このダンジョンとやらはどんな構造になってるんだ?」
「んもぅ、心配の一つもしてくれないんですか?」
腰をさすりながら不服そうにこっちを見て来る。
「うん、しない」
なんの余韻も感情もなく頷いた。
そしたらひどいですと涙目になる。
この程度のことで涙目になりやがって。
……さっきので味を占めた、とかだったら
体を腰から上下に分割してやるからな。
「はぁ。ダイジョウブデスカ」
「棒読みじゃやです、ちゃんと感情をこめてください。
優しくやらしくそれでいて自然に」
痛みが治まったのか、両手を腰にやって
五月蠅い要求をし始めやがった。
「声優にでも頼めよそんなの」
呆れかえるしかない。なんだ今の注文、特に真ん中のやらしくって。
「で、再度聞こう。このダンジョンの構造はどうなっているのかな?」
「あ、あの。手の指をワームが歩くみたいに
互い違いの順番にくにょくにょ動かすのやめてもらえませんか?」
そう言いながら、少しずつ俺から距離を取るディバイナ。
よく見たら、顔に鳥肌立ってる。なるほど、足がいっぱいある生き物は苦手なんだな。
「言わないとやめてやらないぞ」
「ニヤニヤしないでくださいっ、わたしああいう
あしがいっぱいあるの駄目なんですよぅ」
本気で怯えてる様子。
しょうがない、遊ぶのやめてやるか。本気でほっとしてるな、
ほっ なんて息吐く奴いるんだな実際に。
「えっと、このダンジョンの構造、でしたよね?」
「そうそう。これで作りまで嘘八百だったら、
片手で腰を握りしめながら、片手手の指くにょくにょの刑だぞ
「嘘って、それはカズヤさんが勝手に
でっですからくにょくにょやめてくださいぃっ!」
「早く教えてください」
「……はい、くちごたえせずにおこたえいたします」
しゅんと落ち込むディバイナ。
ククク。これが大魔王だと思うと、笑いがとまらねえ。
ニヤニヤ顔の俺に恨めしげな視線を投げつけて来る大魔王ちゃんは、
はぁと疲れたような溜息を一塊吐き出すと、一つコホンと咳払いする。
「ええ、このダンジョンの構造を説明いたします。
まず、体格判定やる気レベル、どちらも三段階に分かれております」
マジでガイド役な説明口調だよ。
「体格レベルを基準にし、やる気レベル1ごとに、
ダンジョンの難易度と階層数が変化します」
「へぇ、そういう連動の仕方してるのか」
そうなんですよ、とニッコリ笑顔になった。
よっぽどダンジョンのこと、話したかったんだろうな、
この表情の急変は。
それでですね。弾んだ声で、ディバイナ・パンドラート。
こいつのダンジョン解説コーナーは続くようだ。
「やる気レベル1を基準に話を続けますけど。まず、このダンジョンは
全部で六階層になってまして」
「六階層もあるのか」
予想以上のフロア数に、思わず声が出ていた。
「そうですよ。びっくりするところなんですか?」
小首をかしげて不思議そうだ。
「あ、ああ。三階ぐらいだと思ったんだよ」
「流石にそれでは、大魔王製ダンジョンとして
申し訳ないじゃないですか、たったの三階層だなんて。
最低六階層でも短いと思ってるぐらいですから」
さらっと言う。
少ないフロア数のダンジョンが申し訳ない。
俺にはまるで理解できない感覚だ。
「申し訳……ないのか?」
鸚鵡返す。それしか言葉が出なかった。
……返事がない。固まってる手の平サイズの白髪少女。
俺は答えを待つしかない。
ぬるい空気が、俺と彼女の間を、ねっとりと通り過ぎていった。
はい。ようやく出た声は肯定の頷きと同時に。
「大魔王である以上、相応の規模がないと、
大魔王って言葉の重みが、なくなっちゃうじゃないですか」
「大魔王の……重み?」
予想だにしない響きを、俺は首をひねってまた鸚鵡返しした。
「はい。これでもわたし、魔族です。大魔王って存在が
どうあるべきなのかは理解してるつもりですから」
どうしてか。ディバイナの瞳は、俺を通り抜けた遠くを向いたような気がした。
うっすらと潤みを増したその目のせいだろうか?
「いったい……なにがあったんだよ?」
「って、いけませんいけませんっ、お話しが
五里霧中しちゃいました。ダンジョンの説明しなきゃですよねっ」
俺の呟きを払いのけるように声を張って、
ディバイナは奇妙な表現を持って来ながら、
話を戻そうとしている。
「あ、はい。すまみせん、どうぞ」
なにしろ、話の脱線原因は俺だからな。ちっちゃくならざるをえない。
「えーっと。やる気レベル1では全六階層だってところまででしたよね」
「あ、ああ。そうだな」
「了解です。それでですね」
気を取り直したようで、さっきほどの明るさはないものの
調子は戻ったみたいだ。
「三階に中ボスが、最下層には大ボスが配置してあります。
そこに向かうにつれて難易度は上昇しますよ」
「お、ボスがいるのか」
ニヤリ、口元が期待に綻ぶ。
「はい。退屈はさせません」
俺につられたのか、誇らしげに表情が緩むディバイナ。
こいつは、俄然攻略が楽しみになったぜ。
「で? レベル2と3はどんな違いがあるんだ?」
ズサっと言う音と動く右足。思わず一歩前に出てしまったようです。
「わわっ」
ディバイナさん、俺から距離をおとりになりました。
「わり、つい……テンション上がっちまった」
左手で頭を書いて苦笑い。
「あ、いえ、失礼しました。あまりの迫力にびっくりしちゃって」、
苦笑いのディバイナ。
「えーっとですね。レベル2ではモンスターの性能が上がって
階層が二つ増えます」
「ほうほう」
「そして、最大レベルのレベル3になりますとですね」
「うんうん」
どうなるんだ? いったいどんな変化が起こるんだ?
「まず、トラップの数が増えます」
「トラップがあるのか」
「モンスターの性能が更に上がります」
「ふむ」
「そして、階層も更に二つ増加。このダンジョンの最大階層は
10に到達します」
「おお、十階層。ただでさえ六階建てに、
中ボス大ボス完備でテンション上がるのに、
更に難易度が上がるのか。これは挑戦しがいがあるなっ!」
右拳を胸の前で作ってしまったぜ。
ニヤニヤも止まらねーしっ。
「そうですか? そう思ってもらえると作ったかいがありますですっ」
ディバイナさん、その表情からも大喜びなのがよくわかる。
おまけに両手で、俺の右手親指をガッチリ握りしめてるんだから、
テンションの爆AGEっぷりが
これっでもっかっ!
っと伝わろうと言うものだ。
「さてと。んじゃ、ダンジョン攻略、開始と行きますか」
「はいっ、案内はおまかせくださいっ!」
再び弾んだ声に戻ったディバイナは、自分の胸を力強く右手で叩いて、
ぼんやりと薄明るいダンジョンを、ふよふよと進み始めた。
「今回はテスト運用ということで、やる気レベルの上昇は
しないようにしてありますので、ご了承くださいね」
いつのまにそんなことしたんだ?
設定弄ってるような様子は見えなかったぞ?
もしかして、この一階に彼女に遅れて突入したけど、
あの僅かな間にやったとでも言うのか?
「そうなのか? ちょっと残念だぜ」
歩いて追いかける。
動くだけで自分の体から鳴る、カシャリ カシャリって言う音は、
まだ耳慣れない。けどこの否日常な音は、俺のテンションを
ハイに固定するにはちょうどいいぜっ!
「うおおおっ」
シャドーボクシングをやって、ガシャガシャSEを満喫するほどに、
俺のテンションは、
絶! 好! 調! であるっ!
「あの……なにやってるんですか?」
前から冷ややかな声が。
「……あ、いえ、その。ガシャガシャ言うのが楽しくて」
言葉の冷水をぶっかけられ、俺のテンションは急激に冷やされてしまった。
恥ずかしさで全身がズバーっと熱くなる。
顔どころか首やらなにやら真っ赤である。
大噴火である。
「ほら、そんな無駄なことやってるから、第一洞人が
こっちに向かってきてますよ」
こっち向いてた体を進行方向に戻し、探索を再開したディバイナは、
呆れたようにさりげなく言った。
「なんだよその第一なんとか言うのは?」
「耳を澄ましてみてください。意味がわかりますから」
まだ若干呆れから戻らない調子で言って来る。
カシャリ カシャリ、俺も進行を止めずに、
音に意識を配った。