第二話。ダンジョン? いいえ、だんじょんです。 パート3。
「ってことなので、二人の愛の巣へ~」
「かえるぞ」
俺が出せる最低のトーンで、無感情に言い放つ。
そして背中を向けて、ツートンカラーの脳内ピンクと逆を行く。
「まあまあそう言わずに。ベルバーベルバーベル」
またバーベルが始まった。いったい今度はなんだよ?
ま、いいか俺には關係ねえし。
まったく、まだ三十分も経ってねえはずなのに、もう三時間ぐらいあいつといる感じがするぜ。
やかましいしアホだし、いっしょにいるとただただ疲れる。
……でも。ーーいろいろ大変だったんだよな、あいつ。
話し相手……ほしかったのかもな。
「うわっ?!」
突如、俺は強烈な力で後ろに引っ張られた。
腰を両方からなにかに掴まれて。
「ぐっ、こらっ 離せ! HA! NA! SE!」
もがけども、俺の体はのけぞった体勢のままで
後ろに逆戻りさせられて行く。
「ぐわっ?」
不意に後ろへの付加がなくなって、俺は背中をしたたかに打ち付けた。
激しくむせる。背中いてぇ。
「こわいって。いったじゃないですか」
むせてる中に聞こえた、今にも泣きだしそうな少女の声。
俺はむせるのが一段落ついてから、辺りを顔ごと動かして声の主を探す。
「一人にしないでください」
額に小さな衝撃。声はそこからだった。
刺激が、額の中心辺りから横に二か所、両眉の眉間側に二か所ある。
でもお前、ラスボスなんだから一人入り待ちは慣れっこなんじゃ?
そんな言葉は喉まで出かけて霧散する。なんでって。
今のディバイナの体勢が、俺に抱き着いて……いや
しがみついているってわかったから。
おまけに冷たい刺激までついてきたとあっちゃ、
流石の俺でも今頭をよぎった質問が、
言うべき言葉じゃないことぐらいはわかる。
「……わるかった。んじゃ、中 入るか」
ゆっくりと。しがみついてる少女を落とさないような速度で、俺は身を起こす。
「はいっ!」
今さっきの雫はどこへやら。声色はすっかり元気だ。
「やれやれ。潔癖なほどに綺麗好きで寂しがりやな
てのひらサイズの女子大魔王とか、新ジャンルだぜ」
体を反転。目の前にあるのは、さっきの掘っ立て小屋、
その入り口扉。
「よし……いくぞ」
この先がダンジョンだと言う。
そのことを思い出した俺の鼓動は、ドクドク早鐘を打ち始めた。
「人間さん。お部屋を出る時といっしょですね」
耳元で少女が笑う。
「お前は慣れてるからいいだろうけどな。
こっちは初めてのダンジョンなんだぞ」
ノブを握りしめたり離したり。
この緊張感と鼓動の速度を、なんとか平常に戻せないもんかとやってみるが、
そううまくは行ってくれねえ。
「やったぁ! 初めてをぜーんぶ奪われたわたしが、
やっと初めてを奪うことができたんですねっ!」
「なにに感激してんだっ!」
突っ込みの勢いって言うのは、思った以上の力だったんだと、
今ドアをバンッと開け放って、これまた初めて知ることになった。
初めてを全部奪われた、か。
物語の中の大魔王としての、物語の流れとしていろいろあったんだろうな。
最早大魔王は世界の危機の立役者で、倒されるだけの存在ではない。
たとえば勇者ひいては人間と和解したり。たとえば主人公だったり。
そして、たとえば美少女だったり。
様々な大魔王象のある今、ヒロインの一人として
大魔王がいてもまったく不思議ではない。
そして、そのヒロインとしての大魔王とヒーローの行きつく結末に
年齢制限がかかるようなことに及ぶ場合だってあるだろう。
数多く自分ではない大魔王を演じる中で、
恋愛対象としての大魔王になってしまったことがあっても
なんらおかしくない。
そうなっちまったら、たしかになにも選ぶ権利はなかっただろうな。
って。なんで俺は、こいつにこんなに心砕いてんだ?
自分が不可解だ。
……目を向けよう。目の前に。
「なんだ、これ?」
空気がうねるような音が聞こえる。でも俺が疑問を発したのはそこではなかった。
「これですか? 玄関ですよ」
「おそらくホールなんだろうなってのは見ればわかる。そうじゃねえ、
あれはいったいなんだ」
正面を指さして俺は言う。そこには姿見があった。
それについてはなんの問題もない。
問題なのはーー俺の格好だ。
知らない間に、上下のジャージという
まるっきり飾らない服はどこかへ消え去り、
俺が身に纏っているのは、ディバイナと似たような体を覆うアーマー。
足や腕にも装甲が装着されている。これは、いったい。なんの冗談だ?
「どうですか? すっごいでしょっ!」
これ以上ないほどのドヤ顔。
俺が姿見を指差した段階で、向き合う位置に移動しているため
これがまあよく見える。
「これがわたしのダンジョンの特色です。
たとえ村人であっても、たとえ子供であろうとも。
熟練の戦士や勇者になることができるのですっ!」
なにやら胸を張って語り始めた。
鎧と身体そのものの大きさのせいで、彼女のふくらみがいかなサイズであるのか、
いかな動きを見せたのか。残念ながらうかがい知ることはできなかった。
けどま。ロリって言われてあれだけ腹を立てたんだ。
期待するだけ裏切られるってもんだな。
「で? 俺の服はどこ行ったんだ?」
「安心してください。ここを出れば元に戻ります」
サラリと答えられた。
「で? これが笑顔を生むダンジョンの仕組みか?」
理解できないことはスルーしよう。
じゃないと、話が進まない。
「いいえ、これはまだ序の口です」
「って言うと?」
「わたしの作るダンジョンはですね。侵入した相手の
体格、気迫 やる気って言ってもいいですね。それに応じて
レベルが臨機応変に変化するんですよ」
「そりゃすごいな」
俺の感心に、ふふんと喜びに口元をほころばせているディバイナ。
しかし、こいつの解説はまだ続く。
「なので小さい者が侵入すればモンスターはハリボテ化」
「え? ハリボテ?」
「気迫のある者には、それなりの対応をいたします。
小さくて気迫のある者の場合は、モンスターを
ハリボテから通常の強さにレベルアップします」
なんか、今口調が係員みたいになってなかったか?
「なので。わたしのダンジョンは、基本的に安全なんですよ。
ね? ダンジョンで、みんなに、笑顔を。わかったでしょ?」
「……なるほど、わからん」
「えぇえー? なんでわかんないんですかぁ?」
その言い方いらっとすんな。
「だってそうだろう。もし気迫があってそれなりの体付きの奴と、
たとえば子供がいっしょにダンジョン入ったらどうすんだよ?
子供死ぬだろ」
「その場合は小さい方にレベルが合わさるようになってます」
なんだよ、その才能の超無駄遣い。
「なるほど。たしかにそれは安全だろうな」
「でしょっ! ですよねですよねっ!」
俺の右手の親指を両手で掴んで、ブンブン上下に振っている。
しかもむちゃくちゃ笑顔だ。
「だからなんだろうな」
「なにがですか?」
親指シェイクを、やんわりと俺の親指を掴むことで止めさせ、
今度は俺が説明する。推測だけどな。
「信じてもらえない原因だよ。大魔王が作ったダンジョンだぞ。
そのふれこみだけで挑む連中は気迫充分だ、体格もそれなりにいいんだろう。
それじゃあ自然とダンジョンレベルは上になる。ってことは」
「難易度が高くて危険なダンジョンになってしまう。ですね」
別に促したわけじゃなかったけど、答えに行きついたらしい。
落ち込んだ声色。俺はそれに頷く。
「けどま、それはお前の世界での事情だ。
俺がこの世界のダンジョン潜り第一号になって、
中の様子を見てやろうではないか」
「え」
「案内頼めるか?」
「あ、あの。その。……はい、わかりました!」
すごく戸惑った様子だったけど、大きく頷いて了承してくれた。
姿見から左へ反れたディバイナは、一つの黒い扉を開けた、
「でぇい!」
体当たりで。
「フィギュアサイズの体当たりでも開くんだな。
見た目重たそうなのに」
ゆっくりとした歩調で、くっきり明るいツートンカラーを追いかける。
「……そうだった。こいつ、あのサイズで震脚で机に罅いれられるんだった」
思い出して苦笑いした。
「はい、ストップです」
「どうした?」
「ここでダンジョン突入の必需品をお選びくださいませ」
「……楽しそうだな」
右を指し示しているディバイナ。
そっちを見て、
「おお! こりゃすげー!」
俺は思わず、感激の声を上げていた。
横の壁に立てかけられてたのは、剣 斧 槍etc。
いわゆるファンタジーな武器のあれこれであった。
これでも、その手の物品にテンションの上がる人種なもんで、
試しに持ってみる。
カチャリ。触れた時に鳴った金属質の音が、否が応にもテンションを押し上げて来る。
「重たくないな」
でも、予想外の軽さにがっかりした。
武器ってものは、少なくとももう少しは
重量があると思ってたからだ。持ち上げた感想は、
まるでプラスチックのおもちゃ。
「これ、ハリボテか?」
黒い鞘に納められたショートソードを抜きながら問いかける。
引き出された鈍く光る銀色は、とてもおもちゃには思えない。
半分ほど刃が見えたところで手を止めた。
「いえいえ、その鎧に身体能力強化の魔法がかかってるんですよ。
そうじゃなかったら、そもそも鎧着て平気じゃ歩けないんじゃないですか?
人間さんの場合」
「言われてみれば、たしかにそのとおりだな」
チャキーン。小気味いい音で刃が鞘へと納まった。
「そんなとこにまで気を回してたのか。大魔王じゃないな、やっぱお前」
「言ったじゃないですか。ただ魔族の中で、
あらゆるステータスが最強なだけだって」
「……さりげなく自画自賛するのな」
「あの、それで人間さん」
「和也だ」
人間さんって呼び方をやめてほしかったから、名前を教えることにした。
「え?」
俺の言葉を、素っ頓狂な顔で相槌するディバイナ。
「和也。俺の名前は仁武和也だ」
改めて告げる。俺の声に返って来たのは沈黙。
一秒か二秒か三秒か。少しの間固まって後。
ディバイナ・パンドラートは俺に向けて、
比喩的な意味で輝くばかりの笑みを魅せてよこした。
「カズヤさん。覚えました」
俺がその笑顔に、口をパクパクさせていると。
「これからよろしくおねがいしますね。ふつつかものですが」
直角お辞儀と共に投げつけられた爆弾が、
体と心を動かす添加剤となった。
「いきなり嫁に来るんじゃねえっ!」
「いいじゃないですか~」っと先に飛んでった白黒大魔王の後を追って、
「いいわけあるか! まてこらーっ!」
勢いのまま俺は黒い剣を腰に差し
ダンジョンへと突撃したのだった。