第二話。ダンジョン? いいえ、だんじょんです。 パート2。
「なんだ?」
足元が小さく揺れてるような感覚。
小さくグゴゴゴゴって音が聞こえ始めた。
「おいおい、なんだよ。まさか、地震か? うわっ?」
なにかに足を取られたらしい。俺は尻餅をついてしまった。
「なんだこの音。それに、時間が経っても
揺れが強くも弱くもならねえ。落ち着いてやがる。
どうなってんだ?」
「ベルバーベルバーベルバーベル」
おかしい。そんな設備はどこにもないのに、
足元の少女の声には、エコーがかかっている。
その言葉を強調するために施すサウンドエフェクト。
「ベルバーベル」
ついにバーベル連呼が止まった。
「世界よ」
ゆっくりと両腕を広げるディバイナ。
その声色はさっきのように、柔らかで、
優しく語り掛けるようだ。
「っ! うるせっ!」
両耳を手で塞ぐ。彼女の動作に呼応するように、足の下
地面で鳴ってる音のボリュームが増したからだ。
そのでかさと言ったら、最早轟音だっ!
「歪に」
なんだこれ?
地面の轟音に耳をふさいでるのに、ディバイナの声は
はっきり しかもエコー付で聞こえる。
どういうことだ、と困惑する俺など無視して、
詠唱らしき言葉は続く。
空に向けてた両腕をくるっと回転、地面に向け 膝を少しだけ曲げる。
「否に」
そこから体全部を使って、自身をXの字のかっこうに。
頭が出てるから、表記通りのXじゃないけどな。
しかし。これが推測通り呪文の詠唱だったとしたら、
毎度こんな振付が必要なのかね?
「捻じ曲がれ!」
足を肩幅に開いたままで、両腕を無限記号を描くように
大きく回し出した。
なんか……今、ねじまがれ とか聞こえたんですけど?
「ダンッ!」
腕の回転を止めた。そして左腕を大きく振り上げる。
優しく語り掛けてた声と打って変わって、
また元気のいい声色が戻って来た。
「ジョンッ!」
今度は右腕。足は肩幅まで開いたまま。
「どーんっ!」
これで振付終了とばかり、振り上げた両腕を同時に振り下ろした。
「いやそれドーンじゃないよな? 効果音だよなそのどーんはっ!?」
俺の渾身の突っ込みは、更にボリュームの上がった
ズゴオオオオオッッ!!
と言う気絶しそうになるほどの爆音によって、
どうにも掻き消されたっぽい。
あまりの音のでかさに、俺は耳をふさいだまま
目を強くつぶるのと同時にまるまった。
どっかで見たんだけど、スタングレネード喰らったら、
こんなリアクションになるらしい。
数秒後。音が収まったのを体で理解。目を開けたら、
「お。おおっ?」
目の前に、なにか。建物のような物が現れていた。
大魔王さまは両手を腰にやって、なにやら誇らしげだ。
「なんだ? この掘っ立て小屋みたいなのは?」
「よし」
大きく頷いてから、
「原型出現完了ですっ」
首だけ振り返ってウィンクして来た。
ご機嫌斜め上、喜び具合のよくわかる大魔王さまだぜ。
「う ウィンクすんじゃねー」
爆音で痛む頭を抱えながら、それでも突っ込む
俺の突っ込み魂よ。
「さて、しあげですよ」
言うなりディバイナは、飛ばずに走って掘っ立て小屋に向かう。
「ころb」
「きゃっ!」
転ぶなよって言い切る前に、かわいらしい悲鳴を上げて
大魔王はこけた。
左手で拾い上げながら、「ったく」と息交じり。
けど、俺の口角はしっかりと緩んでいる。
「ご、ごめんなさい」
今回は暴れることなく、むしろしゅんとしてしまっている。
「隠密スキルカンストとは思えない注意力だな」
からかいながら、右手の人差し指で、鎧の砂埃を払ってやる。
「え、あ、あの。だいじょうぶですから、じぶんではたきますからっ」
「なに慌ててんだよ?」
「い、いいですからっ」
俺の右手を殴りどかしやがった。
「つぅっ、もうちょっと威力あったら折れてたぞ。
急にどうしたんだよ?」
「ききききにしにゃいでくりゃはい!」
かみかみになりながら、ディバイナはなにやらやっている。
バシバシと激しい音が連続で聞こえる。
掌越しなのに、その激しい音の
被害に遭うことがないのが不思議だ。
俺の手の先からモワモワと、土埃らしき物が立ち上る。
「ほんと、いきなりどうした」
含み笑いがかみ殺しきれない。
ただ埃を叩くだけのことを、ここまで全力でやる奴初めて見たぞ。
立ち止まっててもしかたないので、歩いて掘っ立て小屋へと近づく。
「これ、ほんとにダンジョンなのか?」
入り口と思われる木製の扉の前で、俺は立ち止まった。
「はぁ……はぁ……。はい、ここはダンジョンの入り口です、
ひぃ……ふぅ……」
「全力すぎだろ、なに息上げてんだ」
最早苦笑するしかない。
「で、開けてもいいのか?」
「あ、いえ、まだです。しあげをしないと」
「しあげ? 今さっきも言ってたな」
「はい。あの、人間さん。もうちょっと持っててもらえますか?」
「ん、ああ。かまわねえけど。いったいなにするんだ?」
「見ててください」
「えーっと。どこやったかなぁ?」なんて言いながら、
左手の少女はなにやらガサゴソやっている。
あの甲冑にポケットなんかあんのか?
「あったあった」
取り出したのは、一枚の真っ白な紙切れだ。
名前でも書いて、はっつけておくつもりだろうか。
いや、どこにかは知らねえけどさ。
って言うか紙のサイズ、ディバイナの大きさ超えてるぞ。
よく持ってられるな。
「なあ、なにやってんだ?」
紙切れを見つめたまま、動かないディバイナに声をかける。
バレないように、そーっと左腕を伸ばして、
見やすい位置に角度を調整、彼女の状況を見ている俺である。
「魔力を流し込んでるんですよ。あっちでは一瞬でよかったんですけど、
やっぱり濃度の薄いこっちだと時間かかっちゃいますね。
ダンジョンどーんも本来はもっと短時間ですし」
「へぇ。ん? なんか、浮かび上がって来たぞ?
なるほど、あぶり出しみてえなもんだったのか」
紙の中心に浮かび上がったのは、一本の木。
それも幹の太い立派な物だ。
だが、まだ持ち主は、魔力の供給とやらを、やめる気配がない。
「まだ続けるのか?」
「はい。まだこれだと完成してませんから」
どんどん木に葉っぱが茂り、幹には枝か?
別の螺旋に伸びた木が絡みついて行く。
「よし、できました」
ふぅと一息。出来上がったらしい白い紙には、
まさしく大樹と言うべき、一本の木の絵が完成していた。
「で? このあぶり出しイラストの紙をどうするんだ?」
「こうするんですよ」
飛び上がりながら言ったディバイナは、そのまま発光 飛行に移行。
掘っ立て小屋扉の、中央よりちょっと上の辺りで停止した。
「迷宮に憂い無き臨みを」
そう言って紙切れを、木の根を下にした角度でドアに押し付けている。
体全体を使って、それはもうギューっと。
「てつだ……わなくてもよさそうだな」
粘着を強めるためだろう、ドアに体を押し付けて、
まるでペットの毛を掃除するローラーのように
左右に何往復もゴロゴロと転がっている。はたして空中での左右回転移動を、転がると表現してもいいんだろうか?
で、その様子があまりにも楽しそうなので、
手伝おうか、と言い切る前に無粋に感じて
自ら引っ込んだわけだ。
「うん。大丈夫」
ゴロゴロを終えたディバイナ。
今度は手足で、バンバンとドアを叩きながら、ご機嫌ボイスで言う。
おそらくこれは、シール張る時にもやる、
とどめの一撃的な粘着強化なんだろう。
転がり強化だけじゃ足りねえのかよ?
気分的にはわかるけどさ。
で。粘着強化はいいのだが、いかんせん音がでかい。台パンかっての。
「うるせーよ! もう大丈夫なんだろ、さっさとやめろ!」
「えー」
「えーじゃねー! うるせーっつってんだろ
このロリ魔王が!」
「ぐ。わたしを。わたしをロリって言いましたね?
ちっちゃいって、言いましたねっ!」
感情をぶつけるが如く、おもっきしドアを蹴りつけて、
その勢いでこっちに向き直……ろうとしたら、
勢いが付きすぎて一周半で向き直った。
よかったな、回転しすぎたところで止まらなくって。
そしたらものすげーかっこわるかったぞ。
「だってお前、手の平サイズじゃん。それで、でかいって言うつもりか?」
「……あ」
強気に細められてた目が、ポカンと開け放たれた口と同じく
まんまるになった。
「自分の体の状態を、頭に入れてなかったのかよ」
「うぅ。ちっちゃくないことを、脱いで証明しようとしたわたしは。
はあ、乙女失格ですね」
自己嫌悪オーラすげー。そのまま、落下しかねない落ち込みっぷりだ。
てか、そういうのって口に出さなくねえか普通?
「それでだ。その紙切れ」
「ユグドラシールです、ユグドラシール」
「はいはい。ええっと? そのシールをはっつけて、
この掘っ立て小屋はどうかわったんだ?
外観的にはなんの変化もなさそうだけど」
扉の取っ手に、力なくぶらさがってるディバイナがいる以外、
シールが張られたことを除けば、目の前のドアには
一切の変化はないように見える。おそらくは内装外装共に。
「じゃ、入りましょう。口で言うよりその方が早いです。
えっと、アンディーよりウムガワヤスシ、でしたっけ?」
「間違ってる上に誰だよ、アンディーと海川易士って。
四十八人単位でグループ分けされた、アイドル集団でも
ぶち上げそうな名前だな。
百聞は一見に如かず、論より証拠だろ」
「誰ですかロンさんとショウコさんって。
浮気ですか! 浮気相手ですかっ! しかもショウコさんの方がいいんですかっ!
ロンさんはどうなっちゃうんですかっ! かわいそうじゃないですかっ!
じゃあ二人が涙を流さないために、わたし一択で決定ですね うん!」
「黙れ中学生大魔王! てめえとはそんな関係になってねえ上に
人の名前じゃねえよ! おまけになに脳内で四角関係作り上げてんだ!
ちくしょう突っ込みが追い付かねえ! ぜぇ……ぜぇ……」
まったくなんなんだよ。こいつの、つっぱしりすぎてる恋愛脳は?