第二話。ダンジョン? いいえ、だんじょんです。 パート1。
「なんでおこってるんですか?」
無意識で踏みしめる足の力が強まってたらしい。
なんでか自分でもわかんねえけど、なにやら緊張してるみたいだ。
だから足取りがカクついてるんだよな。
「興ってねえよ、気にすんな」
意識して、そーっと階段を下りる。
鉄向き出しなので踏み出すたんびに、カンカンとくぐもった音がする。
「そうですか? なら、いいんですけど」
こいつが来てからの体感数分間、疲れたりドギマギしたりだ。
なんで俺は、たかが15cmのフィギュアもどきに、
翻弄されてなきゃいけねえ。ったく。
夜の町を、俺は自称大魔王を追いかけて歩く。
周りに人がいないかを確認しながらなので、
疲労感がどんどんのしかかってきやがるのがきつい。
きっと今頃リア充の皆様方は、織姫がどうの天の川がどうの言って、
ドッタンバッタン大騒ぎしてるんだろうな。
ああそうさ。こちとらまったく無縁ですともっ。
まったく、ヨルの理由にされる織姫彦星もかわいそうだぜ。
自分たちを肴に、地上の男女が自分たちが年一顔合わせだけで、
したくてもできねえことしてんだからな。
そりゃ天の川なんて見せてやらねえわな。
「んで? どこ行くつもりなんだ?」
だらけた声で、俺は白黒に声をかける。
それにしても、まるで蛍光塗料でも塗ったように光ってるな。
蛍光塗料か。なんかひっかかr
「……あ」
足が止まる。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもねえよ」
歩みを再開。
部屋の明かり、消し忘れたなぁ。時計もしてねえや。
ーーまいっか、戻る野めんどうだし。
「そうですか? で、ですね。ある程度の広さを確保したいんですが、
いいところありませんか?」
「ある程度、なぁ。近所で思いつくのは運動公園か」
「じゃあ、そこで」
「なんかファミレスの便乗注文みてえな言い方だな」
彼女の横に行きながら、思ったままを口にする。
音にしたら思わず口元が緩んだ。
「人間さん。やっと笑ってくれましたね」
柔らかな声が横からしてそっちを見る。そうだよな、と口の中で転がして、
進行方向に向き直った。
「なんですか?」
「なんでもね」
これまでテンションが高い声ばっかり聴いてたせいで、
かなり面喰ってるんだが。
この15cmの魔王さまは、俺の顔面を近所にしながら
俺の間抜けたツラには気が付いてないらしい。
ラノベ主人公張りの鈍さだな。
「ところで。ダンジョンをたとえば作れたとして、設置する目的はなんだ?」
殆ど足を上げず、半ば足をひきずるようにして、だらーっと歩く。
「さっきも言いましたよ。ダンジョンで、みんなに、笑顔を。って」
不思議そうに言ってるんだが。
「いや、そんなことはひとことも言ってないぞ」
「あれ? そうでしたっけ?」
「ただ、お前のダンジョンは無害な遊び場だって言ってただけだ」
「ほら、言ってたじゃないですかー」
「あれだけの情報から、そんなところまで読めたら怖いだろ」
「そうですか?」
「そうですよ。頭ん中覗いてんじゃねえんだから、
ちゃんと伝わるように言え」
「むぅ。はぁい」
納得行ってないらしい。納得しろよ。
「ところで。俺がお前を引き寄せた、とか言ってたけど。ほんとなのか?」
「はい、それはもうっ、すごい勢いでガシーッと引っ張られました。
まるで恋人が体を引き寄せるように」
「なにをうっとり言ってんだ……そんなことした記憶はn……あ」
あのくしゃみエンターか、もしかして?
「心当たり、ありましたか?」
「あ、ああ。ありました」
「そうですか」
「なんで嬉しそうなんだよ?」
***
「ついたぞ。ここが公園だ」
雑談しながら歩くこと体感十分ほど。言葉通り、目的地へ到着だ。
流石に夜、人の気配はない。刺激を求めたカップルさんが、
オタノシミになるのはもっと後。
かと言って、もう星が出てる時間だから子供はいない。
あ……案外こええな、人気のない夜の公園って。
「七夕か」
なんとなく空を見てみた。
けど、星がぼやけてどれがなんなのか、ぜんぜんわからない。
珍しく晴れた七月七日の夜だってのに、
肝心のミルク道がぼやけてるってのは、
やっぱり残念だぜ。
「で? 公園の中でどんなとこがお好みなんだ?」
「できれば入り組んでなく、なおかつ物が範囲内にない場所ですね」
「入り組んでなくて、物が四方にない。そうなると」
歩き出す。このリクエストが通りそうなポイントは、
パッと思いつく限りでは一つ。
張りつめた感覚を疑問に思う。耳鳴りでもしてるんじゃないか、ってほどだ。
公園に入ったとたんこんな感じになった。どういうことだろうか?
「不思議なところですね。鉄でできた変な物がいっぱいあります。
これはいったい?」
設置されてる遊具は、滑り台やら鉄棒やらブランコやらと、
実にオーソドックスだ。おかしなところは特にない。
「その変な物で、この世界の子供たちは遊んで楽しむんだ」
ブランコについては、子供限定ってわけでもないかも。
滑り台もか、ひょっとしたら、滑り台で黄昏る人だっていそうだし。
「そうなんですね。こんなところに鉄をこんなに使うなんてもったいない。
武具にすればいいんですよ鉄なんて物は」
なにその勇者サイドな発送。
「いらないから、武具とか日常生活で必要ないから」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
「ううむ。この世界、わかりませんね」
「そりゃちょっと見ただけじゃわかんないだろうな」
「まるで、魔力を世界そのものが封じ込めてるような、不自然な大地。
それに人間さんは見たところぬののふく。死にたがりですか?」
真剣な声色。考え込んでる様子。
異世界の状況を、一つの部屋と無人の路だけで
わかったつもりなのかこいつは?
「アホぬかせ。ついたぞ。ここだ」
俺が立ち止まった場所。それは野球のグラウンド、その仕切りのフェンス。
たしか100m四方の四角い物で、ある程度飛距離が出ても安心設計。
「おお、これはいい場所ですねぇ」
どうやらお眼鏡にかなったようだ。
嬉しそうに、フェンスの間に頭から突っ込みグラウンドに入った。
変なところでテンション上がんだな。思わず微笑が漏れた。
「っと」
だいたい3mぐらいのフェンスを上り下りし、俺はグラウンドに降り立った。
ふっと達成感な息。
「遅いですよ」
青い瞳がまるでライトみたいだ。僅か俺はそれに見入っちまった。
「こっちはお前と違って、飛べもしなけりゃ小さくもねえんだよ」
悟られないように、睨み付けてるように見据えて、
諭すように教えてやる。
すると、「あはは。そうです、よね」と困ったような声。
どうやら俺と彼女の違いを理解したようだ。
「で? こっからなにすんだ?」
「入口はどっちですか? まずはそこに行きます」
「そうか。えーっと。たしかこっちだな」
歩き出しながら答えを返して時短する。
ディバイナは俺の横をふよふよと飛行中。
「この扉ですね」
「扉ってほどしっかりしたもんじゃねえけどな」
錆付いた鉄板がフェンスと組み合わさった、申し訳程度の仕切り。
一応取っ手はあるから、扉と言えないことはない……のか?
そうですね、顔横のミニミニ少女はクスリと微笑する。
「えーっと。この領域の入口がここですからそうですねぇ」
ディバイナは、なにやらぶつぶつ言いながら、前と後ろを交互に何度も見る。
気持ち悪くならねえのか、それ?
「野球グラウンドごときに領域とは、またずいぶんとおおげさな」
「よし、位置取り決まりました」
なにかに頷いてそんなことを言う。
「位置取りって、いったいなんのだ?」
怪訝な俺を気にも留めず、大魔王さまはグラウンド入口から
だいたい5mの辺りまで移動する。なので俺も後を追った。
「見ててください人間さん。ここにダンジョンを生成して見せますから」
地上へと降り立った15cmの少女は、そんなことを自信満々に
首だけ向けて俺に言ってのけた。
人間さんって呼び方が、どうにもモヤッとするが
名前を教えてないからしかたない。
「はいはいがんばれよー」
当然ながら棒読みだ。
こんな掌サイズの生き物に、ダンジョンなんて言う計り知れない空間を
作り出すことなんて、できるとはまったく思えないからな。
「信じてないんですね」
俺の棒読みに腹が立ったらしい。そんな声。
「いいですよ。そうまで言うなら、目をかっぴらいてみててください。
わたしのダンジョン生成をっ!」
その言葉には、魔法魔力を信じてない俺に、
意地でも存在を信じさせるって言う思いが、
ガッチリと乗っていた。
「なにっ?」
思わず、目を閉じた上に左腕で目を隠して、光を遮った。
蛍光塗料みたいに光ってたディバイナの体だけど、その光量が増したのだ。
よりくっきりと白黒のコントラストが見えて、この夜の暗さにはちょっとばっかしまぶしい。
ゆっくりそーっと目を開けて、懐中電灯みたいな光に目を慣らす。
「なんだ? なにぶつぶつ言ってる」
足元からなにかしら聞こえる。でも、ボリュームが小さくて聞き取れない。
だけど、異変は確実に興っている。
その変化は魔力? による、ディバイナの光量ではない。
吹いてないはずの風を受けて、彼女の白い髪が暴れているのだ。
「これが……魔力。なのか……?」
声のボリュームが少しずつ大きくなって来た。なにかの呪文だろうか、
同じ言葉を延々繰り返しているらしい。
「バーベルバーベルバーベルバーベルバー」
「バーベル? 運動器具がどうかしたのか?」
俺の存在を完全に無視して、バーベルと言う言葉を繰り返す。
こいつはいったい。なにを言ってるんだ?