第十四話。取り越し苦労と怒りのディアボリックエリミネーション。そして。 パート3。
「さて、君たち勇者と戦うのは、これで何度目になるかな?」
「なるほど、今回は理知的な魔王なんだな」
なんとも、ディバイナの本音な気がする出だしだな。
「おいおい、声が別人すぎだろ」
「声どころか口調まで、まったく違う。まさに『中の人』ね」
知ったばっかの言葉を、これ見よがしに使いやがって。子供か。
「で、順応能力最強の和也君は、一回これを見ただけで
もう慣れたわけだ」
「むりに、最強設定つけなくてもいいだろ」
皮肉なんだかいやみなんだか知らないが、クルミチャンの
「はいはいすごいですね」みたいなじめっとした声色に、
うっとおしさを、前面に押し出した顔で切り返した。
「それよりもヒロシ。むしろ昨日、ティル・ナ・ノーグに、
その裏方に長いことかかわったんだから、あんた曰くの
ファンタジックなことに、少しは慣れなさいよね。
神様にも出会っておいて、知らぬ存ぜぬは不自然よ」
やれやれ、と言った風情だ。
「むちゃ言うな」と答えるクルミチャンが、
今さっきの俺みたいな調子である。
なるほど。やっぱ、ティル・ナ・ノーグって遊園地は、
ただの娯楽施設じゃないらしい。
「さっきまで、言うのをしぶってたわりには、
ずいぶん、あっさりとバラすんだな」
「そっちが、否日常に対して堂々としてるし、大魔王の存在はあるし。
なんか、フェアじゃない気がしてね」
「そうか。フルネーム呼びを固定してるかわりの、
好意的な表現として、受け取っておくぜ」
「そうしといて」
ディバイナを見ながら雑談する俺達。
まるで、友達ん家で映画の鑑賞会でも、やってる気分だ。
「しかし、なぜだ。なぜお前が……
どうしてあなたがここにいるんですか、ヌオッドっ」
「ん?」
ディバイナの調子が、台本と違う。
それは突如戻った声と、見開いた目。そして、握り込んだ両手でわかった。
「素になったわね。しかも、明らかに動揺してる」
照も変化には気が付いたようだ。
「たしかに。なんか、泣きそうな感じだ」
クルミチャンも気が付いた、しかも声の感じまで理解している。
この手の変化には、鈍そうなのに。
「わたしを裏切って、姿を消したあげく、
今度は殺しに来たの、あなたはっ!」
怒りと悲しみ、その声にはこの二つが同居している。
潤んだ目からは、今にも涙が溢れそうになっている。
「口調が砕けた? ……まさか、今話をしてる相手ってのは……?」
こいつは、たまに口調が砕ける。それすなわちかかわりが長く深い相手ってことだろう。
自ら呼び出すゴーレママにも、たまに口調が砕けることがある。
「心当たり、あるのか?」
「ああ。ここに入った時に、ちらっと言ってたことがあってな」
「そうなのか? ぜんぜん気付かなかったぞ」
「あたしも」
「それはしょうがないさ。あの姿見の近くの、簡易の説明張り紙、
初見の奴にだけ効く魅了、チャームの魔法がかかってて、
意識がいやでも、説明書に向くようになってるらしいからな」
「そうだったのか」
「道理で姿見とちょっとズレた、変な方向に
目が吸い寄せられると思ったわ」
冷静に、自分が置かれた状況を認識してる辺り、
流石は照リン、と言ったところだろうか?
「ん、ディバイナの魔力が高まって来たか。
照、さっきの防御魔法、できるか?」
注意して見てたおかげでだろう、ディバイナの魔力の高まり
圧力の上昇を、すぐに察知することができた。
バトル物の、気を開放して行く時って、こんな感じなのかもしれない、
なんて思考と感想がよぎったのは、しかたがないだろう。
あくまでも、俺は一般人の範疇で、
しかもサブカル大好きな人間だからな。
「できはする。けど、もし吹き替えを忘れて戦い始めたとして。
この子の攻撃が、あたしの魔神力壁で
防げるかはわからないわ。自分の正面しか、カバーできないし」
「そうなのか」
「ええ。小規模で簡単な物だからこそ、
詠唱も宣言もなしで発動できるのよ」
「なるほど」
そもそも、詠唱と魔法名の宣言は、
やらなきゃいけないプロセスなんだな。
「くそ。電話があれば、ナルかベスちゃん辺り呼んで、
備えられるんだけどなぁ」
悔しそうに言うクルミチャンの言葉に、俺が目を点にすることになった。
「誰だよ、それ?」
「うちの従業員で、このダンジョンの魔力に
興味を持った人のうち、ヒロシとかかわったメンバーよ」
「うち?」
「あ……え、ええ。ティル・ナ・ノーグのこと」
「いっちゃんえらい人の関係者らしいからな」
クルミチャンの補足に、なるほどと頷く。
「自分の実力を試す。魔皇黒鎧と対を成す、
一定以上の魔力を持つ魔族だけが使うことのできる選定の剣鎧、
魔帝白鎧を装備できたことは素直におめでとう。
それ、あなたの目標だったもんね」
「すげー説明台詞だな」
「口調が砕けてるだけに、裏切られたあげくに
殺しに来た、って状況はさぞかしつらいでしょうね」
クルミチャンの感想とは違って、ディバイナの立場に立った感じで、
重たい溜息交じりに言った照に、
「そうだろうな」と、同じ調子で返す。
「それでも相手を素直に祝えるなんて。やっぱ勇者よね、この娘。
魔王要素ほんとにどこにもないもの」
そうだな、俺はそうしんみりと頷いた。
「でも、まだ。大魔王のわたしには届かない!」
悲痛な気迫と共に高まる魔力の圧力。
圧力に対してより、彼女の心に一瞬ふらついた。
「むしろ直に顔突き合わせないだけ、
抜け殻としての大魔王で再開したことは、
こいつにとって、よかったのかもな」
「どいて仁武和也っ!」
必死な調子の声と同時に、俺は左から
加減を忘れたような一撃を叩き込まれ、
「うおあっ!?」
派手に右に吹っ飛ばされた。
受け身なんぞ、当然取れるわけもなく、ズシャっと体で着地した。
「ってぇぇ。生傷が絶えねえなぁ、ったく」
などとぼやいた直後。
ギャアンっと言う、不協和音のような鉄っぽい音がした。
「あぶなかった」
何事かと思ったが、このリアクションからすると、
おそらくだけど、照がディバイナの攻撃を防いだ……いや
弾いたんだろう。
「ほんとに、吹き替え忘れて戦い始めたわね」
痛みを堪えたような言い方だ。
棒立ちで、でも少しずつ後ろに押されて行く照。
よく見たら、左腕を前にしたクロスガードのポーズを取っている。
もしかして、これが防御魔法展開中の体勢なのか?
「くっ、魔帝白鎧を装備できるようになってるヌオッド相手じゃ、
抜け殻だと厳し っうあっ!」
こっちではなにもしてないのに、ディバイナが一人で勝手に吹っ飛んだ。
しかも、そのまま地面に落ちて行く。
「間に合う蚊っ?!」
走るが間に合わないっ!
ガチャっと言う鎧装備時特有の、
プラスチック製の、わりとごちゃごちゃしたおもちゃをうっかり落とした音を、
そのまま鈍くしたような音が、だんじょんに響いた。
「大丈夫かっ!」
こいつがシリアスに、地面に背中をつけたのを見るのは、これが初めてだ。
「ヌオッド。こんな程度では、わたしは音を上げないですよ。
いくら反応に誤差のある抜け殻の姿であっても、
この程度で大魔王は負けません……!」
駄目だ。俺の言葉は届いてない。
けど、まだ余裕がありそうな様子ではあるか。
「仁武和也、その娘の射線からどいて。
おそらくは、手加減なしで戦ってる。怪我するわよ」
意味を表面だけ取れば、この忠告は軽い。
けど、ディバイナの性格を考えれば、
この忠告は、素直に受け取っておこう
暴走したあげく、俺に怪我をさせたって知ったら、
ディバイナはものすごく落ち込むだろうと思う、たぶんだけど。
「どんな戦いをするのか読めない以上、
こうして、正面で壁役やってるだけだと、安心できないわね」
なおも魔弾を防ぎ続ける照に、「そうだな」と相槌打ってから続ける。
「一撃二撃で、打ち止めになるとも思えないし。
なによりディバイナの奴が、やる気どころか殺る気だもんな」
「本気かはともかく、受ける印象はたしかにそうね」
「ついていけねえ。連絡さえとれれば、俺も役に立てるんだけどなぁ」
また、悔しそうに言うクルミチャン。
このだんじょんに来て、初めてクルミチャンがマジになったな。
「俺だって役には立ってないぞ」
「お前の場合、存在自体が、いざって時に
『だんなさま』って言う、ストッパーになりうるだろ?」
「こっちに意識が向けば、それもあるかもな」
「くっ、威力が上がった。今までのは小手調べ、ってことかしら?」
「久しぶりにあったんだろうし、実力のほどを見たいんだろう。
バトル物からのイメージだけどな」
アームド・ブラッキンと対を成す白い鎧。親友と殺し合ってるのか、ディバイナは?
「くっ。異世界で起きてる戦いじゃ、
なにをすることもできねえ」
ディバイナのおかれた状況に思い至って、
とたんに歯がゆさがこみあげて来た。
「シャドーボクシングの、被害を減らすことしかできないのか、
俺達はっ」
おそらく現場では、激しく打ち合ってるであろう、
攻撃をかわすような動きを交えた、手足の本気の素振りを見ながら、
俺は、拳を握り込んでいた。




