第十三話。合流、そして轟く竜。 パート3。
「うおりゃーっ!」
もっかい右足を斬りにかかるべく、二度目の突撃。
もっかい、あんぐらい連続攻撃叩き込んでやれば、流石にこけるはずだ。
それ以前に、足がぶった斬れるかもだけど。
「だんなさまっ!」
またも必死な、ディバイナの叫び声。
「なにっ!?」
気付いた時には遅かった。
ドラゴンが、体を右にねじっていたのだ。
この動きの後来る攻撃、予想可能回避不可能と言う奴であるっ。
「ぐわーっ!」
腰の辺りにバシンっと一発、叩きつけられた棒状のなにか。
それによって、俺は左にぶっ飛ばされてしまった。
その棒状の物の正体は、言うまでもない。
奴のテールスィング、尻尾の一撃だ。
「ぐぅ」
やっぱり受け身が取れず、地面に打ち付けられた後
反動でゴロゴロと、更に左に転がされちまった。
「いて、壁 か」
ゴロゴロを止めたのは、フロアの壁だった。
壁に当たったことで力が抜けて、右手から剣がカランと落ちた。
「だんなさまっ、お怪我はっ?!」
またも、突風のような勢いで飛んで来るディバイナ。
「おかげさまで、傷にはなってないな。
また、じんわり全身痛えけど」
半笑いで答える。
人間、ある程度の痛みを超えると、
どういうわけだか笑得て来るもんだけど、
この半笑いはそういう笑いだ。
「ごめんなさい、声をかけるのが遅れてしまって」
シュンとなってしまった、大魔王を名乗るマスコットに、
気にすんなと答えつつ、上半身を起こす。
「あのタイミングじゃ、どう頑張っても俺にさける手立てはなかったから、
遅かろうが早かろうが、こうなってたって」
「そうですか? それでも、二度も、直接
敵の攻撃を命中させてしまいました。守り切るって、言ったのに」
このしょぼくれる理由。やっぱ、こいつ勇者だろ。
「気にすんなって。守るイコール無傷ってわけでもねえんだしさ」
「だんなさま」
ちょっと悲しみを帯びた表情。
そんなフォローなんていりませんよ、と顔に書いてある。
「ほんと、そう思うんだぜ。それにディバイナは、
俺を無傷の状態であの竜を倒す、とは言ってないんだし。
セルフ拡大解釈する必要ないって」
「すみません。そんなフォローをしていただいて」
ううむ、駄目か。
掛け値なしの本音だぞ、って意味で言ったんだけどなぁ。
「それとさ。体の大きさと魔法に関する事柄が、
関連付いてんのかはわかんねえけど、
その大きさじゃ、戦う上でも不便は多いだろうし、
俺が攻撃喰らったことが、全部お前のせいじゃないだろう?」
剣を拾って鞘に納めながら、更に思ったことを言った。
落ち込んでるのを見るのは、相手が誰であれいやなもんだからな。
「体の大きさを、言い訳にするわけにはいかないんです。
大魔王ですから」
悔しそうな声色で、右手を握り込んでいるディバイナ。
その拳は、小刻みに震えている。
「元々の大きさでもこんな見た目で、人間たちからも魔族たちからも、
大魔王として、絶対に見られなくて悔しかったんです。
魔族たちにいたっては、わたしが大魔王であることを
知っているにもかかわらずですよ」
「その口調その性格じゃ、からかわれても、しかたないかもな」
うぅ、としょんぼりした声が返って来た。……あれ、地雷踏んだ?
「たしかにわたしは、ただ、戦闘能力が高いだけで、変身能力もなければ
性格も、この通り戦闘には向きません」
大して気にしてない様子で、話を続けたディバイナに、ほっと一息。
ディバイナ、闘争心が弱いって自覚あったんだな。
「それでも。それでも大魔王なんですよ。わたしは」
更に拳を握り込んで、かみしめるように声を殺すディバイナに、
俺は声が出て来ない。
「見ててください、だんなさま。わたしの、戦いを」
グルっと体を反転させたディバイナ。
そしたらすぐに。彼女から、掌サイズとは思えない圧力が渦巻き始めた。
突然した、ドンっと言うものすごい音。
思わず俺は、音の出処、部屋の入口を見た。
つい今しがた、シリアス全開だったディバイナも、
突然の大音でびっくりしたのか、むせている。
「お前ら。もう来たのかよ? 早すぎだろ」
「それを言うなら、この化け物にだけ言ってくれ。
俺はただの観客だ」
この空間に不釣合いな、まぶしいほどの純白の鎧をまとった
クルミチャンの言葉だ。
「ああ。そうだなっ!」
ガバリ立ち上がって、俺はそのままの勢いで、純白鎧のヤツに突撃。
勢いを殺さずに、顔面をぶん殴ってやった。
「ウヴォアー!」
ドアが開けっぱなしだったおかげで、
部屋の外までぶっ飛んで行きやがったぜ、あの野郎。
「ちょっと、なにしてんのよ? びっくりしたじゃない」
目を、パチ パチパチっと、何度かまばたきさせながら、
こっちを見て来たのは、照リン。
クルミチャンと同じく、だんじょん初見の片割れだ。
「あいつが俺に、恥ずかしいことをやらせたんでな。
そのオシオキだ。最優先事項だったんだよ」
パンパンと、手の誇りを払うようにしながら答える。
「ふぅん、そう」
「で? 勢いよく登場したけど。なんかする気だったのか?」
「ええ、その魔力の発動を止めたかったのよね」
照の指の先には、ディバイナがいるはずだ。
となると、あの圧力は魔力ってことか?
「なんでわかったんだ?」
「その膨大な魔力の気配、部屋の外でも感じられたからよ」
「マジか、すげーな」
「その小さな体のどこに、そんな魔力があるんだか」
大魔王だからな、って言葉は飲み込んだ。
やっぱりなんとなくだけど、大魔王であることを明かすのは
危険な気がするからだ。
「で。なんで、ディバイナの魔力発動を止めたかったんだ?」
「そうですよ、わたしの出鼻くじかないでください」
よくこの、10mぐらい離れたところで、ディバイナの声聞こえるな。
と思ったら、プレッシャーが近づいて来てたっ!
「そこで暇そうにしてるドラゴンに、ちょっと一発。
攻撃させてもらいたいのよ」
更にボスド・ラディオスを指差して、照はそう言った。
「よくここにいるのが、ドラゴンだってわかったな」
「ゴーレママに、ネタバレ喰らってたのよ」
「なるほどな」
すみません。つい、勢いで『』
少しだけ、だんじょんの温度が上がった。
おそらく、ネタバレの意味はわからないが、
会話の内容で、なにを話してるのかは理解したんだろう。
「あたしの攻略速度の早さで、テンション上がっちゃったんでしょうね。
気にしないでいいわよ」
『ありがとうございます』
「それでリンさん、なにをするつもりですか。一発だけなんて。
ボスド・ラディオス。これまでのモンスターとは、
わけが違いますよ」
不可解を声に乗せて、ディバイナが尋ねた。俺も同じ気持ちだけど、
リアクションのタイミングを逃してしまって、無反応になってしまったぜ。
「わかってるわよ。部屋に入った瞬間の、殺気めいた圧力で、
そこの黒い竜が、これまでとは違うってことはね」
バシっと両手を打ち合わせると、「だからこそ、よ」と意味深な言葉を
照リンは静かに発した。
「だからこそ、ですか?」
「ええ。ここまで、まったく歯ごたえが無くてね」
「退屈だったのよっ!」の「た」と同時に、
照はボスド・ラディオスに向けて走った。
そのまま地面を蹴ると、
「やぁぁっ!」
まさにピンポイント。
ボスド・ラディオスの喉をめがけて、
ーーディバイナがお薦めしないと言ってた部位に向かって、
飛び蹴りを叩き込んだのだ。
「なっ! お前!?」
「なんてことを! 喉を蹴るなんてっ!」
着地したかと思ったら、こっちにグルっと体を反転した照。
腰までの紅の髪が、まるでシャンプーのCMみたいにぶわっと広がって
余韻のようにゆらゆらと揺れた。
それが終わると少し腰を落とし、その直後。
「ふっっ!」
一っ跳びで、俺達のいるところの、わりと近くまで戻って来たのだ。
「カエルかお前は!」
「なんてジャンプ力。やっぱりあなた、普通の人間とは違いますね」
「まあね」
「否定しないのかよ」
戻って来たクルミチャンからの、質問のような突っ込みに、
照は「否定する要素、ないしね。今のジャンプじゃ」とあっさり。
「あー、そーっすか」
はぁ と、頭でも抱えそうな、溜息を吐いたクルミチャン。
「けど。あたしの身体能力が、常人と桁外れだってことは、
ここだけの秘密よ。知られるとめんどうだからね」
そう言われて、俺達は了解の返事を返した。
「さて、ドラゴンさん。しっかり怒ってくれるかしら」
「やっぱり。どうしてわざわざ、逆鱗を狙ったんですかリンさんっ」
俺よりも早く、ディバイナが問いただす。
「言ったでしょ、退屈だったって。
大ボスぐらい、歯応えがなくっちゃつまんないまんまじゃない」
そう言うと、照はクルリとまた体を反転。
ボスド・ラディオスと向かい合う。
「さらっと言うなよ。それはあくまで、お前の感覚だろ?
俺達、凡人のことも考えろよな」
やれやれをこめて、軽く頭を抱えて深い息を吐いた俺だ。
「魔力を感知できて、そんな異世界の掌娘をつれてるような人が凡人?
よく言うわよ」
「笑うところか、そこ?」
よく言うの「よ」と同時に吹き出した照に、驚き半分に突っ込んでいた。
「お、おい。あのドラゴン。体の色変わって来てるぞ?
ヤバイんじゃないのか?」
クルミチャンの、恐怖がそのまま乗っかったような、不安そうな声。
「たしかに……どんどん、体中が赤くなってってるな?」
「どうやら、無事逆鱗を蹴られたみたいね」
「満足してる場合かよピカリンっ! どうすんだこの状況っ!!」
悲痛に叫ぶクルミチャンに、照は
「あたしが一騎打ちするから、心配いらないわよ」
とさらっと言いやがった。
「おいおい、自信過剰じゃないのか、流石にそれ?」
身構えて言う俺は、
「逆鱗攻撃されたドラゴンは、怒りが収まるまで
力のリミッターが外れるって、ディバイナ言ってたんだぞ」
こう続けて言った。
冷や汗が、左頬を流れて落ちる。
けど、そんな俺の忠告にも、
「アトラクションだから問題ないでしょ。
いざとなれば、アレもあることだしね」
と、やっぱり、なんでもないことのように答える照。
「アレ、ねぇ。いったいなんなのか、楽しみにしたいようで
なるべくなら、出番が来ないことを願うぜ」
俺は余裕綽々の同級生に、冷や汗を左手で拭ってから、
そう切り返した。
「あれは。そうでしたか」
俺達が話してることとは関係なく、
ディバイナは、なにかに納得している。
呟く声で、そう判断した。
「どうしたディバイナ?」
「紅の目に、銀の瞳の赤い竜。ボスド・ラディオスが
怒った姿だったんですね。別種の竜だと思ってました」
どうやら、俺の呼びかけは聞こえてないらしい。
「なるほど。つまり、あの状態のボスド・ラディオスにも
遭遇したことがあったわけだな」
独り言を受けて言葉をかけて見たら、
「あ、はい、そうです。一回だけですけど」
きっちり言葉を返してきた。
シンキングタイムは、終わったみたいだな。
俺達の、会話のきりがよくなったのを計ったように、
怒りに燃えるボスド・ラディオスは、出会った時と同じように
大きく吼えた。
ーーだけど。今回の咆哮には、音圧以外の、
攻撃的な圧力を感じる。
その圧力を、部屋全体に拡散させて叫んだような。
そんなおたけびに、俺には思えた。
「こいつ。ヤバさが尋常じゃねえぞ」
「これまでのダンジョン攻略の鬱憤。発散させてもらうわよ、
怒りの赤竜さんっ!」
クルミチャンの呟きめいた声に耳を貸さず、
ファイティングポーズを取る照に、
不安がよぎらずにはいられない俺
そしておそらくは、クルミチャンとディバイナである。
ーーほんとに、アトラクションで済むレベルなんだろうな?
頼むぜゴーレママ。くれぐれも。くれぐれもな……!




