第十三話。合流、そして轟く竜。 パート2。
「ディバイナ、あのドラゴン。弱点とか、ないのか?」
油断しないよう、注意して相手を見ながら問いかける。
「わたしも、研究したわけじゃないので、独自の弱点はわかりません。
ただ、常識に当てはめれば、目、喉、首なんかがそうでしょうか」
「なるほど?」
「ただ、竜の喉には逆鱗があるので、うっかりそれに触れてしまうと、
怒りによって、力の制限が一時的に解除されちゃうんです」
「マジかよ」
竜の喉には逆鱗がある。
言葉としてのみならず、ファンタジー作品ではよくある設定だ。
それに触れると、ドラゴンは烈火の如く怒り狂うとされる、
たった一枚だけ喉にある、逆さについた鱗。
本物のドラゴンにも、存在してたのか。
ドラゴンが実在してない俺の世界の、昔の人間の想像力は、
想像力を通り越して、異界を視てたとでも言うのか?
「そうなると、大変なことになりますから、あまり喉はお薦めしません」
「そっか。ほんとにあるんだな、逆鱗って」
しみじみ、かみしめるように言った俺。言わざるをえないだろう。
ドラゴンどころか逆鱗までもの実在を、
ドラゴンが、生き物の一種として存在してる、
異世界の人であるディバイナが、証明したんだからな。
竜の逆鱗に触れるなって、当然のこととして忠告されたってことは、
つまり実在してるってことだ。逆立った一枚の鱗が。
「あら。こちらの世界にも、竜に逆鱗があるって話は
伝わってるんですね」
意外そうに言った、当然だろうな。
ドラゴンは愚か、モンスターや魔力の存在が
架空、存在しない物とされてる世界に、まったく同じ忠告が存在してるんだ。
驚きもする。
……って。なんで俺は、毎度こう
ディバイナの立ち位置で、物を考えられてるんだ?
「ドラゴンが実在してない以上、言い回しとして伝わってるだけだけどな」
「いないんですか? 竜」
「残念ながらな。まあ、実際出会って見て
……いなくてよかったと思ったけどな、正直」
「いなくて」からは、苦笑交じりに小声で言った。
実際のドラゴンの存在感と迫力が、これほどだとは思わなかったからな。
「そうなんですか? あんなに嬉しそうにしてたのに?」
こっちを向いて、目をパチパチとまばたきさせながら、
疑問符を顔全体で表現している。
「実際『敵』として相対するまでは、な」
なので、正直に答えた。
ここまでの存在感と強さだとは思わなかったよ、
と付け足して。
「で、弱点は。目 肩 腰、と」
話を本題へ戻した。
「あの、目 喉 首ですよ?」
心配そうに突っ込まれた、思わず苦笑い。
流石に、この冗句は通用しないか。
「わりいわりい、冗談だ」
そう笑いを含んで答えてから、相手を改めて見据える。
「んもぅだんなさまったら、脅かさないでください」って
安心した声が返って来たけど
それに答えてやれるほど、今の俺は集中力に余裕がない。
狩りゲーのドラゴンは、ディバイナが言ったような
生物としての弱点以外に、尻尾や翼 角なんてのも、
部位破壊できる場所。つまり、他の部位に比べればもろい部分、として
表現されている。
そうなれば、そういう部位を狙ってみるのも一つかもしれない。
その三択で狙えそうな部位は……。
「あの、だんなさま?」
翼。斬りに行く自分を思い浮かべて見る。
……駄目だ。
突っ込んでった時に、カウンターで翼叩きを打たれたら、
それをかわせる戦闘センスが、俺にあるのかわからない。
六階でのまぐれ暴れは、ただただ無我夢中だった。
できたと言うよりは、できてしまったと言うしろもの。
最早、生存本能が成せた業と言っていい。
それと今とでは、俺の精神の状況が違う。
いわば、戦おうとして戦っている状態。
自らの意志で動く。自らの意志でよける。自らの意志で打つ。
鎧によって身体能力にブーストがかかってて、
なおかつディバイナと言うサポートがついている。
それでも、攻撃に対処し攻撃をヒットできるかは、
戦闘経験がものを言う。そのはずだ。
「目が、あっちこっち行ってますけど……
どうしたんですか?」
尻尾。回り込んだとして、それを斬り落とせるのか?
こいつはいわばラスボスだ。
ハリボテだった、通常フロアのモンスターより硬いのは勿論、
中ボスのカースド・ゴーレミートよりも、こいつの強度は上。
そう考えるのが自然だろう。
そんな奴に何度も斬りつける。その間にも、おそらく敵は
俺を振り払おうと攻撃して来るはずだ。それを捌けるのか?
……イメージしてみる。
ーー駄目だ。弾き飛ばされる気しかしねえっ。
「だんなさまー?」
角。無理だ。今さっきのブレスが来る未来しか見えないっ。
そうなると……後狙えそうな場所は……。
っ! ある、一箇所。
狩りゲーで、まとまった攻撃チャンスを作るために、狙う部位が!
「おーい」
「……え? あ、ああ、わりい。なんだ?」
「なんだ、じゃないですよ。
キョロキョロ、ボスド・ラディオスのいろんなところ見て
……はっ! まさか、だんなさま!」
「な……なんだよ、なにに気が付いたんだよ?」
こういう、気が付きましたリアクションした時って、
たいてい妙なこと言い出すんだよなぁ。
「だんなさま。だんなさまは……だんなさまは……!」
もったいつけんなよ」
どうせ変なことしか言わないんだと思うと、
聞く前からげんなりである。
「鱗フェチだったんですねっ!」
「アホかああ! どうしてそうなったっ!
なんだその、間違いないだろ、みたいな自信たっぷりな笑みはっ!
ぜぇ……ぜぇ……」
って言うか、フェチって言葉あんのかよ、こいつの元いた世界に。
そっちに驚くわ……!
「あれ、違うんですか?」
「違うわ。効率よく、ダメージが与えられる場所は
どこかを考えてたんだっ! なに、かわいらしく首かしげてんだっ!」
息を上げながら、半怒りないらだち声で言った。
まったく、変な方向に飛躍する脳だなぁこいつは。
ほんとに、大魔王としてやっていけてたのか?
「か、かわいいだなんてそんなぁ~」
「てれとる場合かまったく。戦わずして、疲労困憊だぞ、これじゃあ。
ドラゴンさんも、これには呆れるばかりだぜ」
やれやれ感、150%の息を吐かざるをえない俺である。
「一つ、頼みがあるんだけどさ」
気を取り直して一つ、目の前の掌少女に声をかける。
「はい、なんでしょう?」
こっちに体ごと向けて、今さっきとは逆に
左に小首をかしげている。
「後ろから、防御魔法。結界みたいなので
俺までバリアで包むってこと、できるか?」
「どうしてですか?」
「前になんかあると、斬り込みに行けないだろ?」
「ああ、なるほど、そうですね。
真っ直ぐ走ろうとすると、わたしが邪魔になりますね。
言われるまで気が付きませんでした」
顔を赤らめて、アハハっと恥ずかしそうに笑うと、
俺の右を通って大魔王ディバイナは、俺の背後へふよふよっと飛行した。
「さて」
翼叩きには気を付けないといけない。あれは防御魔法を展開したディバイナが、
その魔力の壁に叩きつけられるほどの威力だ。
いくら、当者比十分の一サイズだったとしても、
間接攻撃ならびくともしなかったディバイナが、
一発叩かれただけで、それほどのリアクションを取るんだ。
当たったら死ぬ、ぐらいの気持ちでいないと、とても戦えない。
アトラクションだってことは、忘れないとな。
「どう、動けばいいか……」
後ろに回り込めれば、ラッキーぐらいに考えるべきか。
そうなると、正面から殴り合うか、横からチクチク攻める蚊、か。
俺が飛んだのを理解して、瞬時に対策を講じるような相手に
横からってのは……難しそうかな?
なら……!
「正面から」
「し」と同時に剣に手をかけ、
「行くしか」
勢いよく抜き放ち、
「ねえかっ!」
駆け出す。
狙うは一箇所!。
「でや!」
真正面に走り込み、そのまま一振り。
「足!?」
背後、後頭部の驚き声。
「振り!」
斬る、
「下ろし!」
斬る、
「切った!」
斬る。
「少し」
斬って、
「下で」
斬って、
「威力が」
斬って、
「ちょっと」
斬って、
「死んでる」
斬って、
「のが」
斬って、
「残念」
斬って、
「だけどな!」
斬って!
振り抜いたところで、いったん後ろに飛びのく。
なんとか、剣はドラゴンの足から抜くことができたおかげで、
間合いを離せた。
けど、このバックステップ。すごい勢いですっ飛ぶ体に、
自分がやっといて、冷や汗流れちまった。
よく綺麗に着地できたって、自分で思う。
「流石鎧の身体能力ブーストだぜ」
少し息が上がったけど、構わず戦闘態勢続行。
やっこさん、平気な顔してんな。
けど、右足にいくつも斬り傷ができてる。
ちょっとずつ、ダメージは入ってるみたいだな、よしよし。
「どういうことですか?」
「ん? ああ。バックステップなんて、
常人はやろうとすら思わないんだ。
ゲーム……娯楽の中でなら、よく見る動きなんだけどな」
「そうなんですか?」
「ああ。それも、一回でこれだけ距離を離せるバックステップ、
超人の動きなんだよ」
これだけと俺が言った距離は、だいたいそうだな……目測3mぐらいか。
連続攻撃を俺が食らわせた間合いは、
刃のリーチの半分より、少し先端の方。
俺のバックステップの移動距離は、だいたい1m半……いや、
ひょっとしたら2mぐらいかもしれない。
自分で推測して、ちょっと鳥肌立ったわ。
「なるほど、そうなんですね。わたしの世界じゃ、
わりとあたりまえにやってますけど」
「化け物の巣窟かよ、お前の世界は」
「失礼ですね、こんな美人妻を捕まえて
化け物なんて」
「誰が人妻だ 誰が」
むくれてんじゃないぜ、と軽口を呟くように吐き捨てた。
ディバイナの声色で、むくれてるのがわかったから、
顔を見ることなく、こう切り返せたわけである。
「そもそも、俺は見た目の話をしたんじゃないぞ」
「ふぇ?」
変な声出したぞ、こいつ。
「大魔王なんて存在が、その戦闘能力が
化け物じゃないはずがないだろ。
六階での大破壊魔法。あれでも、よくある力の具合だって言うのか?」
「いいえ。わたしの戦闘能力は、魔界一です。
大魔王ですから、なんせわたしは」
力強く否定した。
やっぱりこいつは、自分の戦闘能力と、大魔王って言う肩書に
凄まじい自信と誇りを持ってるな。
「だろうが。なら、戦闘能力の評価に不服を漏らすなよ」
俺の声が不服の色なのはしかたないことである。
「戦闘能力の話だなんて、思わなかったんですもん」
聞くからに、ほっぺた膨らませた声で抗議して来た。
「そっか、そいつぁあ悪かった」
「な!」と同時に俺はまた駆けた。




