第十二話。超人娘と不動の寂しさ、そして最終フロア。 パート3。
「この下が。いよいよ最終フロアか」
はーい、七階のカズヤでーっす。って、あんのバカなにやらせんだなにを!
「だんなさま? どうしたんですか、顔赤いですけど」
「な……なんでもない」
「ん?」
納得いかないって風で、首をかしげるディバイナ。
ヒロシの奴、後で一発ぶん殴る。
あの後、俺達が向かわされた先。それがこの、階段だった。
アイアノ・ゴーレムは、やっぱり俺達を誘導していた。
ゴーレママの演出の一環だったみたいだな。
大魔王製ダンジョンの意地、ってところか?
「いよいよですね、だんなさま」
「わくわくしてんな、ディバイナ」
階段を下りながら言う。くっ、緊張で足がカクカクだ。
「はたして、鬼が出るか蛇が出るか」
「おに? じゃ?」
「こっちの世界の言い回しだ。なにが起きるかわからない、
って時に言うんだ、こうやってな」
「そうなんですね」
まるでメモでも取ってるように、こくこくと頷きながら
「ふむふむ」とディバイナ。
「くそ、妙に足音がうるさく感じる」
「そうですか? わたしには、さっきまでと同じですけど」
「お前は、緊張してないからそうなんだろうな、きっと」
「はい、緊張はしてないですね」
「サラっと言いやがって……」
歩く時に鳴る鎧の音も、やけにうるさく聞こえる。
くそ、うっとおしいぜ。
『八階でございます』
「つ……ついちまった」
構造じたいは、たぶん中ボスフロアとかわらないと思う。
少し先に扉があるだけの入り口。それが階段を下りた、この階の始まりだからな。
ただ一つ違うのは。その扉の色だ。
「なんか……さびたような色だな」
その年季を感じさせる色合いで、
足を進めるのを躊躇してしまう。
「大丈夫ですよだんなさま。わたしがついてます」
優しく、そして力強く。
大魔王はまた、大魔王と言うより勇者の顔を覗かせて、
俺を鼓舞しようとしてくれている。
「わたしも、なにがいるのかはわかりません。
でもきっと、わたしたちなら大丈夫です」
俺の右肩に、上からボディアタックをしかけて来た。
いきなり何事だと、俺は彼女の背中に視線を落とす。
「頑張りましょう、だんなさま」
「もしかして……肩を叩いた、ってことなのか?」
気合を入れる時に、肩を平手でバシっと叩く。
たまにある光景だと思う。
今の力強い、はっきりとした鼓舞の意思。
たぶん。今のボディアタックは、そういうことなんじゃないだろうか?
「よし。そうだな。なんたって、お前は大魔王だ。
きっとなんとかなるな、よし」
左人差し指の腹で、うつぶせ中の掌少女の背中に、つんと触れる。
戦う、と意志を固めた。って、伝わるといいんだけど。
「はいっ!」
ガバっと起き上がりながら、元気よく。
今のは、実に爽やかな声色だった。
「いくか。このダンジョンのボスの間に」
一度両拳を握って、思いっきり力を込めてからパっと開いて、
そして扉へ歩き出す。
「今の、なんです?」
顔の右、定位置にふよっと浮かんで聞いて来た。
「緊張がほぐれないかなー、ってやったんだけど。
まだ、残ってんな」
軽く苦笑する。と、そこで足を止めた。
深呼吸を、一回、二回。
ノブを回した。
「そりゃっ」
そのまま押し込む。すると扉は、中ボスフロアの扉に比べて、
よりあぶなっかしい、「ギイイィ ィイイイイ」って言う、
今にも蝶番から外れてしまいそうな、不安な音を立てた。
一歩一歩、確かめるように中へと足を踏み入れた。
「明るいな、比較的」
「そうですね。ゴーレミートのところより
暗いのかと思ってたんですけど」
「同感」
明度としては、曇りの日くらいと明るい。
ただ、部屋の色遣いそのものが、全体的に灰色っぽいせいで、
本来の明度ほどには、明るく見えない。
これは……鈍色って、言うんだったか。そんな色だ。
そんな色の部屋なのに、俺が明るいって判定してるのは、
まるっきりの真っ暗闇を、想像してたからだ。
どうも、ディバイナも同じだったみたいだな。
「気味が悪いな、この色」
「そうですね。なんだか寒気が……」
「たしかに。なんか、ちょっと寒い気がするな」
『本能、ですかしら』
「本能?」
「どういうことです? ゴーレママ」
『これから対峙する相手に対する、生物的な危険察知の能力。
お二人が感じる寒気と言うのは、つまり。
生存本能、と言う物じゃないでしょうか』
「煽って来るじゃねえか。いったい、
なにを用意してるんだよ、ゴーレママ?」
睨み付けるような声で言う。
実際俺の目は、自分でわかるほどに、
相手を強く睨んでいる。
『では、ごらんくださいな。わたくしの第八階層、
ダンジョンレベル2の突破すべき最後の壁を』
言うと、地鳴りが始まった。
「なにっ?」
「地面が……揺れてる?」
「空中にいるお前には、わかんないと思うけどな、っ。
この揺れ、実害より精神的に威圧されるぞ。けっこうな」
そう。実は、揺れそのものは、
たぶん、棒立ちでもやり過ごせるような物だと思う。
それでも今俺は、少し足を開いて力をこめた、
明らかに「耐える」スタイルをとっている。
両拳もグっと握り込んでるし、歯だってかみしめている。
この揺れを伴って現れる存在と、
ゴーレママの言った、
生存本能が危険信号を発している、
って言葉。
そいつが俺に、この揺れを必要以上にでかい物に
感じさせてるんだと思う。
「揺れ、止まりました」
「来るか」
ドカン。ドカン。ドカン。
海からやって来て海へ帰る、破壊王の通称を持つ、
あの特撮怪獣を彷彿とさせる、重たくそしてゆっくりした足音。
「でかい。絶対敵さん、でかいぞ」
「この足音、この歩調。覚えが……」
「ほんとかディバイナ?」
「はい。大魔王になってからのことです。
力の象徴として、その強さを示すために戦力を集めてる時。
こんな足音を聞いたような覚えがあります」
RPGによくある、大魔王四天王みたいな奴のことだろうな、
たぶん戦力ってのは。
『そのとおりですわ大魔王様。あなたの記憶の通りの物です。
もっとも、強さをそのまま再現してしまっては、
みんな楽しくでは済まなくなってしまいますからそこはそれ。
相応ですけれどね』
ゴーレママはサラリと言ったが、それって……かなりヤバイ奴なんじゃないのか?
って言うか、こいつの「相応」って言葉には、いささか信頼性がない。
みんな楽しくとか言っておきながら、ゴーレミートみたいな巨大な敵はいるわ
モンスターだらけのフロアはあるわ。
「ほんとに、大丈夫なんだろうな?」
『大丈夫ですわカズヤさま。怪我はさせても命は奪うなが、
わたくしに課せられた、唯一の絶対命令ですから』
「……それ、この世界の身体能力の常識に
あてはまってればいいんだけどな」
不安だ。ゴーレミートん時も、かなり不安だったが、今回は更に不安だ。
むしろ、不安を通り越して不穏だ。
「見えました、だんなさま」
「え、な。なにぃっ!?」
驚きと、そして喜びと。
この二つが、ないまぜにならないわけがない。
ことオタクが、この存在を生で拝んで、
テンションを上げるなってのは、無理な話だっ。
なぜって?
「ドラゴンがぁキターッ!」
そう。今長い首を天へ向けて咆哮したのは、まさにそれだ。
全身漆黒の鱗に覆われ、鋭い爪を備えた一対の翼と
一対の、俺の体よりも太い足。
長い首の先には、これまた一対の反り返った角と、
人の腕ほどもある牙の数々。
そしてっ!
この灰色の空間にあって、なお鈍く輝く濃い銀色の一対の眼。
「魔界。それも真闇の領域、アン・ダーク・ランにのみ生息する漆黒の魔竜。
この魔皇黒鎧の主要素材でもあるその竜は」
『名を』
「ボスド・ラディオス!」『ボスド・ラディオス』
やべぇ。
なんだこの状況っ!
二人の、割り台詞での名前紹介と相まって、
めちゃくちゃかっこいいぞこの黒竜っ!
「ゴーレママ。まさか、ボスド・ラディオスを
作り出していたなんて、思いませんでした」
『ここは仮にも最終フロア、到達点ですわ。
相応の相手を用意しなくては』
ずいぶんと、楽しそうに言ってるなゴーレママ。
『わたくしの思い描く最強のモンスター。
それがこの、ボスド・ラディオスですもの。
時を経れば、ボスの種類を増やすつもりではおりますが、
一番初めに到達したのが大魔王様であるなら、
この驚きは必要かと思いまして』
「今回ばかりは、もう一度教えてください。
本 当 に、大丈夫なんですよね?」
俺に答えてるのを聞いてるってのに、更に聞くってことは。
このボスド・ラディオス。よっぽど危険なモンスターなんだろうな、現地では。
『保障、いたしますわ』
力強く、でも静かに。そんな声色で答えたゴーレママ。
それには頷いて、「わかりました」って答えて、
更に「信じます」」って、もう一回頷いた。
すると、俺の前にスーっと移動して来る。
「だんなさま」
声が、マジだ。
「なんだ」
自然、俺もトーンが真剣な物になる。
「絶対に、守り抜きます」
俺の目を、しっかり見据えて言ったディバイナ。
その、青く澄んだ瞳が。
今、少しだけ。
強く輝いたように、俺には見えた。




