第一話。七月七日が繋いだ物は? パート3。
「大魔王ってぐらいなら、自分の影武者作ればよかっただろ?」
「それも考えたんですけど、その場合影武者括弧仮が
再生するのかわからなかったので却下でした」
「なるほどな。で? この世界に逃亡してきて、お前さん。
なにする気なんだ?」
「それ聞いちゃいますか? 聞きたいんですね?
しょうがないなぁ」
「うぜー……」
ニヤニヤしながら言われりゃ、誰だってこういうリアクションになる。
「やぁっ! 痛い! 痛いですってば!
つまみ上げないでくださいー!」
「ほい」
言葉と裏腹に、勢いをつけて机に投げ落としてやった。
「がっっ! ごほっごほっ。ひ……ひどいです。
女の子を叩きつけるだなんて、どういう教育されたんですかっ!」
ガバッと起き上がって、騒ぎだした。
「大魔王にそんなこと言われる筋合いはねえな」
「むぅ」
体の埃をはたくディバイナさん。
その表情は、見るからに不機嫌。
「ええ、こほん」
なんだよその、いかにも二次元的なリアクションは?
「わたくしディバイナ・パンドラートは、この世界に
ダンジョンを生成しようと考えています」
高々と握った右手を振り上げて、そう力強く宣言する。
「……え?」
こんな言葉を一発で理解できる奴がいたら、
そいつはそれこそ異世界の人間だろう。
「ああ大丈夫ですよ。わたしが作るダンジョンは
無害な楽しい遊び場ですから」
腕を降ろしてにこやかにそんなことを言うが、
なにを言ってるんだこいつは?
「いやいやいや。誰がダンジョンって言葉から、
無害で楽しい憩いの場を思い浮かべるんだよ?」
「ほんとなんですよっ。わたしの世界でも
誰にも信じてもらえませんでしたけど」
不服そうな顔で俺を見上げる自称大魔王。
「ほらみろ、専門家たちが信じられないことを、
門外漢の俺にどう信じろって言うんだ?
そもそもダンジョンなんて、魔法の存在しない
この世界で作れるのかよ?」
「いえいえ、魔力ならありますよ。
あっちよりは濃度は遥かに薄いですけど」
なんか、若干言葉がかみ合ってない気がする。
「そんなバカな?」
「魔力のない世界にわたしたちは干渉できません。
他の世界もまた同様です」
「そうなのか?」
「はい。ですから勇者ご一行様さんたちが、
わたしたちの世界に現れる、なんて現象が起きてるんです。
物語は自らの体験 経験を描く物以外は、
全て書き手さんが異世界にアクセスして、
視えた情景 聞こえた情報を写し取っているので、
物語が多い世界は必然的に魔力が高まるんですよ」
誰視点なんだよ、その解説は?
「この世界、神話が山のように転がっていますよね?」
「ご存じで?」
「具体的に知ってるわけじゃないんですけどね。
いくつか違世界を覗き見たことがあるんですけど、
世界中に魔力が濃度を保持したままなのに、
わたしたちみたいな環境にない世界は
この世界だけなんです」
「ほうほう」
「それで、行きついた答えが神話なんですよ」
「なるほど?」
「神を想像するなんて、並大抵の魔力じゃできません。
つまり、この世界そのものがチートなんですね」
「ふぅん」
これはもう納得しないとまとまらない気がする。
異界の住人がこう言うんだ。そういうことなんだろう。
「さて。人間さんは、いまいち魔力の存在を
疑問視してるようですので。
証拠ついでに、ダンジョン生成に行きたいです。
つれてってくれませんか?」
「あーそー。いってらっしゃい」
「案内してください、ちょうどいい場所に」
こいつ、折れるってことを知らんのか。なにやら苛ついてるらしい。
軽くリズミカルに足踏みをしt。
「だから震脚やめろっつってんだろが!」
「やぁっ! いたいですっ! ですからっ、
腰を持つならもっと優しくしてくださいっ!」
毎度のようにジタバタと手足を暴れさせるディバイナ。
「ほい」
今度は上に放り上げてみた。
「はわわわわっっ!」
と手足をまだバタバタさせている。
が、
「ふぅ。なんとか着地できました~」
ストンとさほど大きな音も立てずに、机の上に降り立った。
すげーな。
「よくできました。って言うかできるんならさっきも受け身取ればよかったろ?」
「もぅ、さっきっからわたしのーー女の子の扱いが
雑すぎますよ人間さんはっ!」
今度は、両腕を前後にぐるんぐるん回して
お怒りの誤用す。
「そうかい」
こいつのテンションは、はっきり言って疲れる。
だからついつい応対もてきとうになる。
「俺は、ダンジョンに適した場所なんてわからねえ。
一人で行って来てくれ」
厄介払いだ。
「いやです」
即答かよ……。
「なんでだ?」
「怖いじゃないですか、一人でなんの事前情報もなく外に出るなんて」
「……お前、大魔王だろ? なんだそのヘタレ根性」
「大魔王だからこそなんですよ」
「どういうことだ?」
こいつの言うことは、わけのわからないことばっかりだ。
頭を無暗に使わされて、疲労困憊である。
「下手すると台本外でバッサリです。
いえ、別にそれで復活しないってことはないんですけど、
不意打ちで真っ二つ。怖くありませんか?」
「……想像しづらいけど、ゾッとしねえな」
「でしょ。だからいつもお部屋を出るのも外から戻って来るのも、
細心に細心な慎重の上にも慎重に動かないといけません。
そんなおかげで、大魔王なのに隠密スキルが育っちゃいましたよ」
乾いた笑いを浮かべる大魔王(隠密スキル持ち)。
「ストレスでおかしくなりそうな生活環境だな」
「そうです、そうなんですっ」
俺の右手の小指を右手で、人差し指を左手でガッチリと掴んだ。
表情を見る限り、どうやら理解を示されたことが
よっぽど嬉しかったらしい。
「お散歩するのも命がけ、コソコソしないと駄目なんて寂しすぎました。
だから、何度も居城から逃げようとしたんです」
「試みてはいたんだな」
「はい。でも、誰も張った覚えのない結界に阻まれて
外へはいけませんでした」
「そりゃ、きついな」
神様とやらのしわざなんだろうか?
「そうなんですよ。それで、城内になにかないかと探してたんですね。
そしたらあったんです、魔法陣が」
「そうなのか」
「はい。どうやら城から外へ脱出するための物だったみたいです。
なので、わたしがそれに手を加えて、世界移動ができるようにしたんです」
「へぇ。そりゃすげーな」
すげーのはわかる。わかるけど、
それがどんだけすごいのかは、まったくわからない。
ふふんと胸を反らして、勝ち誇る大魔王。
多少いらっとするけど、いやみじゃねえってのが
伝わって来るから腹は立たない。
「それでも大変でした。隠密スキルがカンストした今だからこそ、
こうして逃げて来ることができたんですよ」
「カンストしてんのかよ」
もしかして、こいつ自身もチートステータスなんじゃなかろうか?
いや、疑問に思うまでもないな。魔族最強にして不死身なんだから、
充分チートだ。
しかも神様括弧推測に選ばれてまでいるんだから、
これをチートと呼ばずしてなにがチートだよ。
って言うか、どうやって自分のステータスなんて確認するんだ?
……まさか、『ステータス』とか呟くあれか?
リアルハイファンタジー住民が、あのゲーム化世界ツール
使ってるんだと考えると、ものすごいシュールだな。
「ステータス確認は、自分がなにものなのか
余計にわからなくなるので、
めったなことでは使わないんですが。
一応使うことそのものはできます
「ああ。やっぱ、あれで確認するのか。
って、なんで俺の考えてることがわかった?」
「『カンストしてんのかよ』の時に、困惑した顔だったので。
もしかしたら、『どうやってスキルレベル確認してんだ?』
って思ったのかなーって」
「そん時、困惑顏だったとしたら、それは
カンストするほど隠密するほど、外に出たかったのか
って意味だぞ」
「そうだったんですか。外れちゃいましたね」
それでも楽しそうな顔である。
「でも。これはわたしだけに備わっちゃった力ですね。
おそらく、様々な大魔王に変化する能力を付加された時に
そういう作品も存在するから、
それに対応するための処置だったんでしょう」
備わっちゃった。自分がなにものか余計にわからなくなる、か。
どうやら様々な大魔王になるって時点で、かなり精神にダメージだったんだな。
毎日殺されるって感覚が、どんなのかわかんねえけど、
やっぱ、相当にきついんだろう。
「お前。ほんとに大変だったんだな」
この言葉は掛け値なしのねぎらい。
チート生活も楽じゃないんだな。こいつの話を聞いて、そう思った。
「わかってくれますか」
ようやく話せた。安堵しきった顔にはそう書かれている。一つ頷いて肯定。
「そういうわけですので人間さん。ついてきてください、
そして案内してください」
「わかったよ」
頷いていた。あまり話に繋がりは感じられなかったけどな。
「でもお前。そんなサイズで地面歩いてたら、踏みつぶされるぞ」
こんなに表情がコロコロかわる、ちっこくて愛らしい自称大魔王。
外に出て、うっかり車にでも轢き潰されたりしたら、寝覚めが悪すぎる。
「それについては問題ありません」
言うと、なんと小さな大魔王はスーッと浮かんだ。
「……え?」
そのまま空中を、まるで道があるかのように平行移動して
俺の部屋の出入り口方向へ向かっている。
「これはいったい、なんの冗談だ?」
二度三度瞬きをしてみるが、俺の視界 目線の少し下に、
白と黒のツートンカラーが浮かんでいる。
どうやら……幻覚でも幻でも気のせいでもないらしい。
「これは魔力による飛行ですよ。ね、魔力 あったでしょ?」
こっちに顔だけ向いて、ディバイナ・パンドラートは
にっこりと微笑んだ。
「お、おお。そうだな」
なんだ。
美少女とはいえ、なんでたかが15cmのフィギュアに、
鼓動が早まってるんだ俺は?
どうにかなっちまったのか?
それとも、魅了とやらにかかってるんだろうか?
「大丈夫ですか人間さん、胸抑えて。苦しいんですか?」
本当に心配そうに見つめて来る。
こいつ。大魔王じゃなくて、実はメインヒロインとかじゃないのか?
もしくは聖女とか勇者とか、そういう奴。
大魔王要素。どこ探しても見つからねえぞ?
「先出てろ」
己の鼓動をごまかす。
だから、これまでより声がぶっきらぼうになった気がする。
サイズ的に難しいだろうと思って、俺は部屋のドアを開けてやった。
「どうしたんですか人間さん? 手、震えてますよ?」
バレてたか。って、そりゃドアノブが、カタカタ言ってりゃバレるか。
「胸を押さえたかと思ったら小刻みに震えだして。
あの、やっぱりいいですよ、わたし一人で行ってきます」
申し訳ない、と言った表情で気を遣ってくれている大魔王。
このふるまい。やっぱこいつ、メインヒロインだったろ間違いなく。
顔を左にブンッと振って出た言葉は、「なんでもね。先出てろって」。
「ごめんなさい、無理させてしまって。
でも、ありがとうございます」
心配の抜けない感じの声色でそう言って、
ディバイナはゆっくりと外へと浮遊して行く。
少しだけ冷たい風が、部屋の中に吹き込んで来て軽く息を吐く。
ちったおちつけた。ただ、顔に新しく生まれた熱は、
しめりけを帯びた風じゃあ冷えてはくれなかった。
「レディファーストなんて、人間さん実は紳士なんですね」
こっちに体ごと向き直ったディバイナ。
その微笑はほんとの気持ちか、むりした笑顔か。
……って言うかな、その笑顔なんだぞ、俺の変化の原因。
「お前のサイズでドアあけんの、大変だろうと思っただけだぞ」
俺も、二階建ての安アパートから外へ出た。
ドア閉めて、鍵かけて。
道中誰とも会わなきゃいいんだが。