第十一話。魔王の力と中間地点。 パート1。
「なんだ?」
突然だ。
これまでピクリとも動かなかったモンスター軍団の外側、
つまり俺からすれば、手の届かない位置から、なんか音がした。
「どういうことだ? これまでまったく動かなかったのに。
俺……なんか起動するような行動取ったのか?」
思い返しながら口に出してるけど、
起動のきっかけになりそうな行動が、思い当たらない。
起動ってのは文字通り。
アクションゲームで、敵キャラの感知範囲に入ることによって
それまで否戦闘態勢だった敵を、戦闘態勢へと移行させることの俗称だ。
あんまり、好ましい状況にシフトさせる場合には使わない。
これまで二十匹……二十匹?!
あ、ああ。ええ……。二十匹ほどのモンスターを撃破したけど、
外側の連中は、オブジェクトですよと言わんばかりに
まるで動かなかった。
もし今の音が、俺の行動に反応しての起動だとすれば。
問題はこの状況から、どう戦況が転ぶかだ。
今んとこ、ありがたくも敵の攻撃ごとの動きは、
一対一になるような物だ。コンビネーションはうまくない。
……なんか。現状、シュミレーションゲームみてえだな。
一つ一つのユニットが順番に行動してるって言う、
オーソドックスな、シュミレーションゲームの戦闘マップだ。
敵さんは、変化に対応するためなのか動きを止めている。
そのおかげで、こんな風に現状を分析できる隙間ができた。
ありがたくもある反面、状況がいい方向になったようには思えない
ってわかったのは、皮肉な話だ。
さて、気を取り直すとするか。
この後の敵の動き、どう来るかを考えてみよう。
これまでのモンスターたちの動きを加味すれば、戦況に変化がないか
ともすれば、今起動した連中が、俺にしかけようとして
むりやり動いてドミノ倒しを起こすか。
ありがたいのは後者だけど、動いたって思う音だけで、
それ以後は、またダンマリ。後者は期待できない、と見るべきか。
「フフフ」
自然と笑いが出た。なんでって?
だって。こうして、敵の行動パターンを分析して
状況と照らし合わせて、次どう動くべきかを考えるなんて。
ーーなんか俺。参謀役みてえで、
すんげー頭いい奴みてえなんだもんさっ!
『あの、どうかなさいましたの?』
「え? ああ、いや。……なんでもねえ」
パシンと両頬を叩いて、顔つきをおちつける。
「さて。下への階段がどこにあるのかわからない以上、
こいつらの数を、まだまだ減らす必要があるな。
状況に変化なし。視界と道を確保、か」
とは言うものの。今この場にいるモンスターは……後三十匹だ。
一人でどうにかできる数じゃねえだろ、ゴーレママさんよぉ……!
パーティで、まとまっての移動を前提にした
敵だらけ部屋を作るんなら、落とし穴なんて
用意するんじゃねーって。
その時点で分断確定だろうがっ!
ドーン!
俺が心で咆えたのと同時に、
無意識的に握った拳に反応したように、
そんな、少しの衝撃を伴った爆音らしい音が、
同じフロアの……。
「モンスター軍団の外側から聞こえた?」
思わず、背伸びの用量で体を伸ばして確認しようとした。
けど、音の正体はよく見えない。
「なにが起きてる?」
困惑してる間に、二度目 三度目と爆音は鳴り、
それに呼応するように、俺の近所のモンスターたちが、
俺を無視して爆音の側に体を向け始めた。
……チャンスか。いや、いったいなんのチャンスだ?
今俺はどう動けばいい?
背中を向けてる連中を、後ろからバッサリやるのがいいんだろうけど、
それが呼び水になって、また俺の方に関心が向く可能性は高い。
ううむ……いっそのこと、この謎の乱入者に、
事態の解決を丸投げしちまうか?
少しずつ、こっちに近付いて来てる爆音を考えると、
これ 一番正しい答えな気がする。
ーーけど、駄目だ。
それじゃあ、せっかくのエンジョイダンジョンが
エンジョイできねえじゃねえか。
「よし。決めたっ!」
剣をシャリンと勢いよく抜き放つ。
単体相手が駄目なら、範囲攻撃でしとめればいい。
「でりゃーっ!」
剣を、槍のように柄を握り、正面で背中を向けてる狼戦士の、
その腰辺りに、勢いよく突きこむ。これはただの布石。
「よしザックリ入った!」
まったくの無警戒だったのか、不意打ちになったらしく
一つ小さくうめくように咆えただけで、特に抵抗してこない。
「こいつが」
ふんぬと力をこめてそのまま持ち上げる。
幸い、ハリボテベースのおかげで、そこまで重たくなかった。
この剣を利用した範囲攻撃には、支障をきたさなそうだぜ。
ようやく抵抗し出した狼戦士。
刺さった剣を抜こうとジタバタしてるが、
深々と腰に刺さってるために、
無用に手足を振り回すだけになっている。
狼戦士の腕が、顔にこすれて地味に痛い。
「ぐ。こ……この負荷、けっこう きついな」
体を持っていかれないようにふんばって、
なんとか高さをキープ。
ーーそして!
「恐怖の!」
全力で一歩踏み込み、モンスターたちの中に突っ込む。
この段階で、暴れる狼戦士の手足でダメージを受けたらしく、
鎧とえとマージヴォルフだっけ、四足歩行の狼が
こっちに体を向けた。
が、関係なしっ!
「焼き鳥スィングだーっ!」
叫ぶ勢いをパワーに変えて、俺は全力で一回転。
周りの連中を弾き飛ばしてやった。
その吹き飛びが、次々に他のモンスターたちに当たり、
バランスを崩したモンスターたちが、ドミノ倒しのように倒れて行く。
いくらかは、それで撃破できたらしく、
ズルっと地面に落ちるのが、何匹か確認できた。
「いけぇっ!」
更に、突きを虚空に打つ。そうするとどうなるか。答えは簡単。
突き刺さっていた狼戦士が飛び道具になって、
ドミノ倒しの、更に先の連中にヒットする。
「ぜぇ……ぜぇ……、想像以上に、きつかったぜ」
全部文字に濁点がついている。
それぐらい大変だった。そら肩で息もする。
なんせ、ここまでの戦い ーー みたいななにか ーー で、
既に疲労感が、じんわり体中にあったんだ。
それでいて、この全力ムーブ。こうもなる。
で、だ。いったいなにが焼き鳥なのか、って言うとだな。
剣に刺さった狼戦士の様子を、思い浮かべてもらえば
わかるだろうと思う。
剣がまるで、焼き鳥の串のようになっていることが。
……ネーミングセンスについては、俺のキックよりはましだろうと、
そう思ってる。自己判断だけど。
「あ……」
少しだけスッキリした周りを見て、俺はそんな音を漏らした。
エンジョイダンジョンだ。たしかにここは、エンジョイダンジョンだ。
しかしな。しかしだぞ俺?
一列先 二列先の敵にダメージ与えたら、
そいつら、こっち向くかもしれない、とか考えろっ!
自分からピンチ呼び込んでどうすんだっ!
敵の中に突っ込んで、まとめてダメージ与える、
無双ゲーム的アクションしてる俺カッコイイ
とか思ってる場合か! 勢いにもほどがあるだろっ!
慌てて倒れてる敵を見やる。グルリと周囲を確認する。
ーーやっぱりこっちに向き直り始めてるっ!
参謀気取ってすみませんでしたっ!
わたくしは所詮、ズブズブにずぶのトーシロ
でございましたっ!
「ディアボリック!」
「今……なんか、聞こえたか?」
「エ! リ! ミ! ネエエーションッ!!」
もう一回声がしたと思ったら。
「うわっっ?」
なにかが。えたいのしれない、重たい気配が迫ってきて。
俺は、思わずきつく目を閉じ、両足をふんばった。
じゃないと、飛ばされそうな気がしたからだ。
『フルコンプリート』
「なに?」
圧迫感が収まった直後にした、機械的なゴーレママのアナウンスに、
俺から怪訝なロートーンが出ていた。
「だんなさま~!」
徐々にフェードインして来る、小さな声。
聞きなれた、そして待ちわびた声だ。
戦力として。
けど、どういうことだ?
声は迷いなく、歪みなくこっちに向かってきてるように聞こえる。
モンスターの巣窟のはずの、このフロアの状況からすれば
ありえない動き方だ。
もしかして。ほんとにフルコンプリートしてるのか?
「んがっ?」
状況を確認しようと目を開けた瞬間、額に痛みが走った。
そのせいで、俺は再び目を閉じる羽目になってしまった。
「大丈夫ですかだんなさまっ!」
「いててて、人の額をボコボコ殴るな!
心配してんのか傷を増やしたいのかどっちだお前はっ」
思った以上に、この額への連打は痛みが強く、
俺はまだ目を開けられていない。
「大丈夫ですかっ?!」
拳が止んでくれて、心の中で一息吐く。
殴ってた俺の額を、ディバイナは抑えている。
「お怪我はありませんかっ?」
お前のせいでいらん生傷増えたわ、
「ご飯にしますかっっ?」
と言おうとしたんだが。
「お風呂にしますかっ?」
なにやらおかしな問いかけを、
必死テンションのままし始めやがっている。
「それとも……っ」
なんだ? なんだ今の、緊張したような、
息を詰まらせたような声は?
「それとも っ!」
なんだこの、奇妙な。まるで決意を固めたかのような、
吸った息を吐き切るかのような声は?
ーーん?
ご飯にしますか?
お風呂にしますか?
……って。
「わ」
まさか?
「た」
ひょっとして?
「し?」
理解した。理解しきった。
「どうっ! いうっ! 話の流れだそれはっ!」
だから思わず、カッッと目を見開くのと同時に、
全力でシャウトしてしまった。
「ひゃ~!」
その結果。
「ど」の時点で、掌サイズの大魔王は、
そんなギャグマンガでお星さまになるが如き
危機感のない声で、吹っ飛んで行ったようだった。
……俺の声、そんなにでかいのか? 音圧で吹っ飛ぶぐらいに……。
正直。ちょっと、へこむぞ。




