第十話。これのどこがエンジョイだ! パート3。
「くっ」
一息つこうとした刹那、殴り飛ばした狼戦士Bが突っ込んで来た。
「あぶねぇ」
軽く左にステップしてかわした。高さは腹の辺りだった。
弾丸みたいな頭突きだったな。
気を抜きかけたところで、ギャウオって言う変な声が。
「くっっ!?」
確認しようと体を向けようとしたが、その前にビョウッて鈍い風を切る音がしたから、
慌てて伏せた。
風の正体を目で追ったら、どうやら狼戦士Aを掴んで
放り投げたらしかった。
弾丸と化した狼戦士Aは、数匹のモンスターを巻き込みながら進み
落下したようだった。
「動けない同族など必要ない、ってか?」
のっそりと立ち上がった俺は、周りを確認。
今の狼戦士砲で、どの程度の影響があったのか。
左側は少しすっきりしたけど、それでもまだ
敵さんはわんさといらっしゃる。
左にスペースができたってことは、剣の回収に行けるか。
とりあえずは左に行こう。
ガシャガシャガルル、二匹が戦闘体勢継続。
どうやら鎧は死んじゃいなかったらしい。
「剣を探すより先に、こいつらを倒した方がよさそうだな」
ふぅっと息を吐きながら、両の拳をググと握る。
モンスター一匹一匹に、それほど耐久力がないのが
不幸中の幸いだ。
「休む暇がねぇっ!」
二歩踏み込む。残った狼戦士Bに向けて、右の拳を突き出すと、
思いがけず右手で掴み取られた。
「くっ、捌くのかよっ!」
そのまま左肩で、タックルをしかけた。
インパクト直前に、少しだけ体をひねって、
肩を叩きつけるように。
引きはがせたのと同時に、狼戦士は衝撃に耐えきれなかったか、
勢いよくバターンと倒れた。
直後ガシャリと鎧の動く音が聞こえて、
俺は音側に向き直って直進。その角度は鎧の右側。
回り込むっ。
「どうだ、これなら攻撃できねーだろー」
コンコンと右肩をつっついてやる。えー、どうだどうだー? おー?
「おわっっ!」
ギャキャーン! っと派手な音を立てて、鎧の剣が吹っ飛んだ。
そしてまた流れ弾の被害者が。
「っくぅっ。あぶなかったぁ。とっさに左腕でガードしたおかげで
大事にならずに済んだぜ。
ったく、すっっげー勢いで剣ぶん回して来やがって……
どんな馬鹿力なんだよこの鎧は。
左腕が軽くしびれてるじゃねえか」
左ひじを抑えながら冷や汗一筋。
見れば鎧さん、拳を胸の前で構えている。
「どうやら、よっぽどツンツン攻撃がむかついたらしいな」
ん? 左の横っ腹の辺りに、少し罅が入ってるな。
さっきの蹴りのダメージか。これを利用しない手はないな。
「おっと」
振り下ろして来た左の拳を、左手で受け止めた。
まだちょっとしびれが残ってるけど、
手加減でもしてたのか響かなかったのが幸い。
「なんだ、この手の形」
受け止めた敵の手を見て、俺はそう疑問符を声に乗せた。
まるで、剣を握ったかっこうのまま、殴りかかって来た感じだ。
とても殴ろうとして殴ったようには見えない。
ってことは。
もしかしてこいつ。肉弾戦をすることを、想定せずに生み出されてるのか?
「ゴーレママ」
『なんですの?』
「こいつ。もしかして殴り合うことを考えてなかったのかっ!」
動かないので、さっきと同じ位置 ーー罅に向かって、
思いっきり左で、横から叩きつけるように蹴りを打ち据えた。
ガギシャっと砕けた音と、足に伝わる軽くも重くもある感触。
拳を受け止めてた手を開かせると、
目の前の鎧は。ハリボテのように右へとすっ飛んで行った。
なにかに思いっきりぶつかったらしく、
耳をつんざくような、凄まじい破砕音がして、
俺は思わず耳をふさいだ。
『そうですわね。アーマー・ドガイストが肉弾戦を考慮するのは、
ダンジョンレベルが3になってからですわ』
耳から手を離して、そんなゴーレママの解説を聞く。
「地味にかっこいい名前しやがって」
なんか言葉切るとこ、おかしかった気がするけど。
「なるほど。あくまでもメインは斬撃ってことか」
肩で軽く息をしながら、ゴーレママに答える。
「くそ、今度は骸骨か。ひっきりなしだ」
左からついさっき、上階で聞いた足音がしたから、
そっちに向き直る。
そういえば、この骸骨剣士のことも、ディバイナは
ソードス・ケルトンって、おかしなところで切ってたっけか。
「いくら強化されてるったって、流石に筋肉痛は免れねえだろこれ?」
疲労を乗せた言葉を吐いて、一つ深い息を吸う。
そして相手を見ると。
「左手のは俺の剣だぞっ! 二刀流なんてヒロイックな装備は、
骸骨には似合わねぇ。返してもらうぜ!」
“ぜ”で今吸った息を吐き切るのと同時に飛びかかる。
「おっつ?」
思った以上に角度がついてびっくりした。
けど!
この高さはヒロイックに蹴り込むチャンスだっ!
「俺ノー、キーック!」
ドロップキックを骸骨の顔面にねじ込むべく、キーックに合わせて両足を突き出した。
骸骨が顔の前に剣を構えて防ごうとしたけど、既に遅すぎた。
ベキャリ。
乾いた音と共に顔面を通り過ぎ、俺は勢いを殺しきれず
ドスッと着地と同時にしゃがみこむ。
骸骨と背中合わせ。
後を追うように、ガランガランと乾いた音が俺の背後で鳴る。
「俺のキックって……」
勢いでいいすぎました。
我ながら、ひっでーセンスで苦笑い出たわ。
技名なんて、とっさにゃ出るもんじゃねえな。
厨二病患者たちのセンスのすごさを、
思い知ることになるとは思わなかったぜ。
立ち上がりつつ後ろを向くと、サラサラと骸骨が
砂のように崩れるところだった。残される二本の剣。
そのうちの片方を手に取って、俺は一路鞘へと納める。
「さて、骸骨さんの剣の威力。どんなもんか」
床に落ちてる、もう一本を手に取る。
せっかくあるんだからな、使わない手はないぜ。
「スライムと一つ目は、とりあえず蹴っ飛ばす!」
進行方向。ここに落ちた場所から言うと、
右側に当たる方面に走りながら言って、
木の枝っぽい棒切れを持ってる一つ目で、
真っ直ぐ伸びた短い一本角を持つちっこい奴に、
掬い上げるような蹴りを放った。
小気味いい重みを伴って、そいつは吹き飛ばされて行く。
遠距離攻撃を持たない俺にとっては、こいつやスライムみたいな、
小さくて軽そうな奴が飛び道具代わりだ。
ドカッと言う音がした、どうやら命中したみたいだな。
反撃するつもりなのか、こっちに向かって来る複数の足音。
来たけりゃ来い、やるっきゃねえからなこっちは!
「四足狼か」
地面すれすれスキップみたいな、独特のステップ移動でこっちに来る。
速度をゆるめないところを見ると、移動じゃないな こりゃ。
「ならっ!」
腰を落とし、足元を掬うように左から右へと剣を薙ぐ。
手応えあり!
当たったのは右足だな。けど、切り飛ばすには至らず、転ばせただけに終わった。
どうやら切れ味は悪いらしい。
ふっと一息。
「今まで、全部直感任せに動いてるけど。案外なんとかなるもんだな。
ゲームプレイで得た戦闘に仕えそうな知識。
捨てたもんじゃないらしいな」
言い終えたところで、体勢を崩してた目の前の狼が
ムクリ立ち上がった。
こちらを見る紅の眼と鋭い眼光は、さっきの二足歩行たちと
同族だってことが一発でわかる似っぷりだ。
一瞬身を鎮めたかと思うと、
「おっと!」
さっきの狼戦士のように、弾丸のような飛びかかりをして来た。
幸い、今の動きから突っ込んで来るだろうと予想がついたおかげで、
かっこわるい動き方ではあるけど、
右にぴょこっとしゃがんだまま、軽くジャンプして回避。
「うわっ?」
着地するはずだったのに、俺はなにかに弾き返されたように
元の位置に戻された。カン カランと甲高い音が鼓膜を打つ。
武器を手放しちまったのはしかたない。
バランスがとれず大の字になってしまった……まずいっ。
「ぐ、こら、離せっ!」
さっきすっ飛んでった狼が、もう戻って来たらしい。
俺の首を前足で抱えた。器用な奴だぜ。
「なにっ?!」
なんつう馬鹿力だよ、腕だけで
狼から見て、背中側に投げ上げやがったっ!
「やべっ!?」
そのまま飛んでおっかけて来たっ?!
「がっ!」
両手、前足で叩き落としやがっ
「がはっ!」
こ……こいつ。力がうまく入らねぇっ。
な? マウントポジションだと?!
「ぐ、く、くそっ」
ペチペチペチペチ。
微妙に重たい攻撃を、両前足で両方の鳩尾に同時っ!
いっきにじゃなく、じわじわと痛みの残る攻撃とはっ。
それとも、エンジョイダンジョンゆえの低攻撃力なのかっ?!
「や、ろう。獣の、くせに。頭脳プレイを……!」
『獣だからと言って、侮ってはいけませんわカズヤさま。
その狼はマージヴォルフ。魔力によって強化された種類ですの。
知能も含めて』
「頭もよくなんのかよっ」
くそっ、じんわり脂汗が出て来やがったぜ。
「こ、の。はな、れろっ!」
両腕を跳ね上げた。その苦し紛れは、狼の腹を打ち据えて、
真上へとその身体を打ち上げた。ハリボテベースなおかげで、
助かったぜ。
「おかえしだっ!」
垂直ジャンプして追撃。両腕を頭上で組んで、思いっきり振り下ろして、
地面に叩き落としてやった。鈍い衝撃が、拳にじわっと伝わる。
斜め前にすごい勢いで飛んだ狼は、まるでダンクシュート。
ズドーンと言うすごい音で、数体を巻き込んで派手に土埃を立てた。
「どうだ」
『お見事ですわカズヤさま。これで後三十匹です、
頑張ってくださいませ』
「さっさんじゅっぴきだって?! おいおいゴーレママ、
このフロア。いったい何匹いるんだよ?」
『全部で五十いましたわ』
「マジかよ、ソロで五十とか、鬼か!」
『わたくし、ゴーレムですわ』
「種族の鬼じゃねーよ!」
『それに、パーティでの攻略を前提にしているのですから、
これぐらいはいませんと、歯ごたえないじゃございませんか。
ここをどこだと思ってますの?』
「どこって……」
今更なにを、と思った刹那。
『大魔王の作ったダンジョンです。
最低限これぐらいはいないと、不釣合いですわ』
「そうかよ。そちらさんの感覚持って来られちゃ、
そうですか しか言えることねえぜ」
ガックリ肩を落としてそういう俺。
後三十匹。絶対身がもたん。
ディバイナ。早く来てくれ。




