第十話。これのどこがエンジョイだ! パート2。
「ぐあっ!?」
ドンッ。派手な音で、俺は下階に叩きつけられた。
「いてて。たしかにローグライクゲームじゃ、落とし穴はポピュラーなトラップ。
とはいえ、アトラクション的ダンジョンにまで設置されてようとは」
全身がじわっと痛い。なんかつい昨日も、
こんな痛みを味わった気がするな。
……でも、戻りにひっかかったんだよな。行く時はなんでひっかかんなかったんだ?
偶然か?
「とりあえず起きるか。ここは仮にもダンジョンだからな」
半身を起こして周りを見回す。
あれ、妙だぞ。
階層が下がれば暗くなる、そうゴーレママは言った。
けど、ここは明るい。まるで、マッピングを終えた時のように。
「どういうことだゴーレママ。話が違うじゃねえか」
『サービスですわ。のんびりマッピングできるほど、
今回のここは甘くはありませんから』
「甘くない?」
今回の、と言うことはどうやらこれまた、
ローグライクゲームと同じく、ランダム生成ダンジョンらしい。
つまり、ゴーレママがノリと勢いで、
ダンジョン内装を決めるってことか。
『よく、周りをごらんなさいませ』
「周り? ……な?!」
驚いた。驚かざるをえなかった。
さっきの骸骨剣士は元より、上の階にいた狼に鎧、
一番上にいたスライムともう一種類のなんか。
見たことねえのまでいるぞ?
「おいおい。まるでモンスターのバーゲンセールだな。
いや、モンスターがバーゲン場のクソ力発揮したおばちゃんだな。
タイムセール商品は、この俺仁武和也です
ってかフザケンナー!!」
……と、咆えたはいいものの。
右を見ても左を見ても、前も後ろも敵 敵 敵。
逃げ場がねえ。
「ーーなるほどな。
こいつが、フロア一面敵だらけの、あれか。
想像以上の圧迫感と絶望感だな、こりゃ」
ローグライクゲームじゃ、フロア全体攻撃の魔法辺りで
ある程度数を減らして、狭い通路に誘い込み
一対一でチクチク倒す、って方法が取れる。
けど、当然ながら俺に、そんなアイテムも力も
まったくない。
それに加えて、飛び道具さえ持ってない。
己の身一つで、この袋叩きまったなしな状況を、
物理的に切り開かなくっちゃならないわけである。
「なんてこった。ゲームなら倒せば倒すだけレベルが上がるけど、
こちとらレベルもスキルもない、ただのエンジョイ勢だぞ
どうすんだこれっ!」
理不尽な難易度爆上がりに、思わず床を殴ってしまった。
『大した問題じゃございませんわカズヤさま』
「どういうことだよ?」
さらっと言うので、天井を睨み上げる。
ゴーレママの顔がどこなのかわからないからだ。
正面睨んだら敵と目が合うので、視線は上である。
『カズヤさまには、魔力を扱える可能性があります。
魔力が扱えるということは、身体能力が
魔力を扱えない者に比べて優れるということですから、
素養があるというだけでも少しは楽だと思いますわ。
そうでなくとも、今大魔王様が大慌てで向かっておられます。
ちょちょいっと時間を稼ぎつつ駆逐していただければ、大事には至りませんわよ』
「ちょちょいとってお前……それよりも、俺に魔力を扱える可能性って、
いったいどういう理屈だ?」
『クルスさまには、魔力を感知する能力がございませんでしたでしょう?
ですが、あなたさまにはそれがあった。それだけですわ』
あまりにもあっさりと答えられてしまい、
「なるほどな」と納得するしかなかった。
とはいえ。俺に、魔力を感知する能力があったことを
改めて言われて、正直けっこう動揺してる。
『もしかしたら、大魔王様をこの世界に引っ張り込んだ影響で
覚醒したのかもしれませんけれどね』
けど、今はのんびり動揺してたくはない。
ゴーレママの管理下のおかげで、敵は今んところ動いてねえけど、
いつ動き出すかわかったもんじゃねえからな。
「そんなこと、あるもんなのか? そんな二次元みてえなこと?」
疑問符を吐き出して、むりやりにこの動揺をおいやっておく。
「なにはともあれ、先に行くにも一息つくにも無双しろ、か。しかたね」
カシャリ。
右手を今度はしっかりと、鯉口から鍔にかけ、剣を引き抜く。
そして、すっぽ抜けないよう、しっかりと握り込む。
「やってやろうじゃねえかっ!」
まずは正面を切り開く。
どうにも正面が空いてないのは、息苦しくっていけねえからな。
狙うは武器持ち。
殴られるよりもあぶないのは、誰に言われるまでもなしっ。
けど、武器を持った奴は一列ほど後ろにいるから、
まずはその前をなんとかしなきゃならないな。
一匹ずつ相手にしてちゃ、埒が開かねえのは一目瞭然。
ってことは、打つ攻撃は一つっ!
「達磨落としだ!」
右から左へ剣を振り回す。
右の前腕から肩までに、ガッシリと伝わって来る衝撃。
これがゲームで言うところの、ヒットストップって奴か。
「硬っ!」
ボスでもないのにこの硬さ。レベル1のゴーレミート、どんだけ柔らかかったんだよ?
いや、あれは素材がウエハースだったからか?
「んおぉりゃーっ!」
重みを推し進めて、むりやり剣を振り抜いた。
軽くなってはまた重く、それがまた軽くなっては、の繰り返し。
四回ぐらいそれが連続した。
「くそ。たかが一撃のグループ攻撃で、この重量かよ。
強化しててこれじゃ、身が持たないぜ」
軽い疲労の一息といっしょにそう吐き捨てて、俺は剣を構えなおす。
あんまし正面に目は向けたくねえけど、
状況は確認しなくっちゃな。
……うん。
予想通り、俺の横斬撃を受けたモンスターたちは、
上半身と下半身が綺麗に分かれていた。
血が出てねえのが、唯一の救いか。
流石アトラクション。お子様へのご配慮、痛み入るぜ。
「あ、消えた」
『探索の利便性を加味して、倒されたモンスターは
一定時間で消していますの。死体があっては邪魔ですし。
特にこういう狂戦窟では』
「なるほど。たしかに、そりゃありがたいな」
バサクネなんとかは、おそらくこの
モンスターさんホームパーティー会場のことを言ってるんだろう
って考えて、そこには触れないことにする。
少しだけクリアになった視界。
問題視する武器持ちが、踏み込めば斬れる位置にいる。
昨日二階にいた、騎士っぽい奴が真正面。
その左右に狼っぽい奴がいる。
身軽な二足歩行の獣は厄介だけど、リーチじゃ武器持ちには及ばない。
ならリーチの長い奴を先に倒すのが、危険回避に一番近い。
……あれ? 上階の狼っぽいの、立ってたっけ?
あ、よく見たら革っぽい鎧着てるわ、別物だこいつら。
上衣主の臭いはすれども今はスルーだ!
「喰らえ!」
ガキーン。
少し濁ったような甲高い音がフロアに響く。
今回も一撃だぜ、なんて思ったんだけど。
だてに騎士鎧じゃないな。剣で受け止めて来やがった。
「ならっ!」
苦し紛れに右で蹴りを打つ。膝の辺りに命中したら、
ギャーンって言う、なんか空洞っぽい感じの音がして、
鎧は軽くバランスを崩した。
「もっぱつ!」
蹴った勢いを借りて、左足を軸に回し蹴りを、右で続けて叩き込む。
ガシャンっと派手な音で、鎧は手折れた。
やっぱり。なんか、からっぽって感じのする音だ。
なるほど。こいつはリビングアーマーってんだっけ?
鎧が魔力だかで、ひとりでに動いてるモンスターってところか。
他の連中が一切動かないのが、逆にプレッシャーだな。
たぶん、詰まりすぎてて動けないんだろうけど。
グルルルル。
正面からの唸り声。狼二匹が、分厚く鋭い爪を鈍く光らせている。
どうやら、次はこの二匹が来るらしい。
紅の瞳が二組、ギラリと輝きを放った。
ーーどうする? この状況。剣を使うべきか、それとも殴り合うべきか。
やべ、左側の仮りにAが腰を低くしてる。こりゃゆっくり考えてる場合じゃ、
「ってもう来たっ!」
剣の腹で、下から腕を弾き上げるように振るう。
なんとか一発目は、って!
「なにっ!」
弾き上げられた左腕を無視して、右手を地面に突いて
片手だけの力で飛びかかって来ただとぉっ?!
「あぶねっ!」
慌てて左に転がった。
腕を弾き上げるなんて、バトル漫画からのイメージ戦法が、
とっさに実行できて俺ナイスとか思ってたら、とんだ反撃だったぜっ。
……あれ。なんか、手が、スカスk
うわ! 剣がまたすっぽぬけちまったっ!
……なんか左の方で、ギヤアアアって断末魔聞こえた。
怪我の功名か、はたまた地獄の呼び声か だな。ちくしょう。
「しまったなぁ」
どうすっか。五階と違って、取りに行けそうな状態じゃない。
結局、殴り合わなきゃいけなくなったってことかよ。
「うあっ?!」
ギャキンッ! っと、右腕にひっかけられたような、重たい感触。
今のひっかけられ攻撃のせいで、だらけてた右腕が持ち上げられちまった。
「もう二発目が来たってのかよ。無茶な攻撃からの素早い立て直し。
こりゃ、気ぃ抜いてらんないか、っと?」
考えてる間に、足払いが。かがんだのが見えたおかげで、
なんとか軽く後ろに飛んでよけられたけど、
「うわっ波状攻撃っ!?」
着地した直後に、Aの後ろにいたもう一匹
狼戦士Bが、仲間を飛び越えて両腕で引き裂きに来たっ!
敵の懐に飛び込むのに一瞬躊躇したけど、
ズバっとやられるよりはましだと切り替えて、
前に転がってよけ、その勢いを借りて逆上がりの用量で
Aの顔面に蹴りを放つ。
体勢の関係で奴の顔面に、カカトが突き刺さることになって、
狼戦士Aは悲鳴を上げた。
俺はそのまま、狼戦士Bに背中を向けるかっこうで立ち上がり、
勢いに任せて、カッッと見開かれたAの目に
両拳を叩きつけた。
もんどりうって倒れたAは、そのまま痛みにのたうち回っている。
なにこの動き、我ながらCOOLじゃねぇかっ!
ーーって言うか。今の追撃えげつねえな。
自分でやっといて言うのも変だけど。
グルル。背後でした声に反射的に身を縮めたら、
頭の上でビュンっと空を切る音。
「っぶねぇなぁっ!」
起き上がりついでに反転しながら、Bにボディブローを
左手でアッパー気味に打ち据える。
革鎧越しでも入ったって、しっかりわかる手応えと、
身体をゆるいくの字に曲げるB。
「でやぁっ!」
立ち上がるのと同時に、続けて右で
心臓を狙った踏み込みストレート。
ドンッと拳に重みが加わる。
それと同時に、Aと同じように目を見開く狼戦士Bは、
軽く吹き飛び、後ろにいたスライムとゴブリンっぽい
小さい、一つ目の鬼みたいな奴を薙ぎ倒して倒れた。
「ふぅ。一段落か。つっても、まだ正面最低犯意の
三匹を相手にしてるだけだけどな」
やけくそ気味に吐き出して、俺は状況の動かなさに拳を握った。
ちくしょう。スタミナじぬぞ、こんなテンポじゃ……!
しかし。勢い任せでとはいえ、よくこれだけ動けてるな、俺。
戦闘にかんしちゃ、ド素人もいいとこなんだぞ、これでも。




