第八話。週の始めに朝からドビックリ! パート1。
「さまっ! んなさまっ!」
なんだ? なんか頭がガンガンする。
「だんなさまっ! なんですかっ、この変な音は
いったいなんですかっ! わー! わーっ!」
「いやかましいわっ!」
ガバっと起きた勢いで、「きゃ~!」っと
なにかがすっ飛んで行った気がするが。
いったいなんだろか?
「ん、あぁ。目覚ましか。シンプルにしすぎて
最近耐性ついて来たんだよなぁ」
枕元の電子音を、カチリと止める。
「ひどいじゃないですかだんなさま、いきなり弾き飛ばすだなんてぇ」
なんか、白黒が飛んで来た。
「うおわっっ?! Gだ! Gが女体化して襲ってきたーっ!」
「きゃっ! なっなにいってるですかだんなさまっ! わたしですっ!
あなたのお嫁の大魔王、ディバイナ・パンドラートですよっ。
ジーなんて言う謎の生き物ではありませんっ!」
「くっこのG、俺の手ブンブン攻撃を
全てさけやがったっ。なにものだ、いったい?」
「いつまでねぼけてるんですかだんなさまっ!」
「うぅわぁ!」
往年の格闘ゲームの草分け、そのKOボイスのような言い方をしてしまった。
エコーが二度かかった気がするのは、この声の出展を知ってるからだろうな。
だってそうだろう、Gからフライング両足キックなんてものを
額に喰らったら布団に倒れもする。
「……ん? フライングダブルキック? Gから?」
「わたしはジーなんて言う、謎の生命体じゃないって
言ってるじゃないですか」
声の主をよくよく見たら、空中で腰に手をやった状態で
ふくれっつらする掌娘だった。
「……ああ、なんだディバイナか。なんだよ驚かせやがって。
起きて早々気絶するところだったろうが?」
「勝手に勘違いしておいて、なんて言いぐさですかだんなさま」
ポーズを変えずに不機嫌声でおっしゃった。
「あれ? そういえば変な音がやんでますね。
あの変な音はなんだったんですか?」
「変な音って、なんだよ?」
「なんか、だんなさまの頭の近くで
ピピピピ ピピピピ、って」
「それ……ただの目覚ましだよ。まさかお前、
それであんな騒いでたのか?」
「め、目覚ましっ?! あのピピピピがですか!?」
「目見開いてまで驚くことか?」
「目覚ましって、フライパンをオタマで叩いて
『あさですよー!』ってやるものじゃ?」
「お前はいったいなにを言っているんだ?」
「わたし、大魔王になる前も大魔王になってからも、
そうやって起こしてもらってましたよ?」
「フライパンで叩き起こされる大魔王って、
どんだけアットホームなんだよその魔王城は……。
って言うか、大魔王に規則正しい生活サイクルなんてあるのか?」
「ありますともっ。大魔王と言えども、わたしはただの魔族ですから、
規則正しい生活をしないと、
寝不足になったり調子が出なかったりするんですよっ」
「そんな、力説することか? って言うか騒ぐなよ、
頭ガンガンするから」
「あ、あわわごめんなさいだんなさまっ」
空中直立で、両手両足をバタつかせて慌てている。
朝から騒がしいなぁほんと。
「えーっと、今何時だ? 7時前か。飯食う時間ぐらいはありそうだな」
「無視するなんてひどい」
「いちいちお前のリアクションに付き合ってたら、
時間がいくらあっても足りないからな。さて、と」
ようやく布団から出る。
って言ってもまあ、タオルケット一枚なんだけどな。
個人的にはタオルケットって、重みがなくて、
寝てるって感じしないから、あんま使いたくないんだけど、
暑さには勝てない。
「まってくださいだんなさまっ」
めんどうなので、洗面台まで行かずに流しで顔を洗おうとしたら、
ディバイナに呼び止められた。
「なんだ?」
「なんだじゃありません。食器や食べ物を扱う場所で顔を洗うなんて、
たとえだんなさまの行動と言えど許しませんよっ!」
「な、なんだよとたんに、そんないきり立って?」
「いいですか? わたしは、わたしはですね。
大魔王生活では、食事が楽しみの大部分をしめていたんです。
その食事の場で体を洗うなど、食への冒涜なのですよっ!」
「ああはいはい、わかりました。
ちゃんと洗面台で顔洗いますよ」
ったく、朝から顔の洗い場所で説教を喰らうとは。
顔を洗いつつ、今朝はなにを食べようかと考える。
洗面から戻って冷蔵庫を開ける。
「ひゃっ? なんですか? 箱の中から冷風が?
これはいったいなんですかっ? どんな魔法が?」
「魔法じゃないんだけどな。っと、まあ
パンとソーセージでいいか」
てきとうにソーセージを取り出す。
残ってるのは三本。たしか、袋開けてから
四日ぐらい経ってるけど、まあ大丈夫だろ。
「あの、だんなさま。その中の一本、いただけますか?」
「食うのか?」
「はい。その、板の上に置いてもらえます?」
「ん? ああ、まな板の上な。ほれ」
一本置く。その直上にふよふよと飛んでいくディバイナ。
「なにするつもりだ?」
「まあ見ててください」
言うと深く息を吸う。
「我が手の軌跡は全てを断ずる」
エコーのかかったその言葉の後、ディバイナの手元が
ぼんやりと光り始めた。
「すらしゅま☆はん☆どそーど!」
カキーン。
ゲームで刃同士が打ち合ったような、甲高い音が聞こえたと思ったら、
ディバイナの手の色が、白から薄い銀色になった。
「なんかさ、お前の魔法って。
気が抜けるのは気のせいか?」
「きのせいですよっ」
ビュッと、なにか……光のような物が
ディバイナの真下に飛んで行ったなと思ったら、
ソーセージが切れていた。真ん中を横一閃。
「おお」
「むぅ。やっぱりこの体じゃ、一回のすらはんでは
これが限界ですか」
「略すのかよ?」
「なら!」
気合入れたかと思ったら、
「すらはん! すらはん! すらはん! すらはん!」
と手刀を素振りしながら、すらはんを連打。
言葉に合わせて、次々と打ち出される光の軌跡。
結果、ソーセージが五分割された。
……略しても魔法が発動するなら、
詠唱する意味っていったい?
「お……お見事です、大魔王様」
ふふんと胸を張るディバイナ先生。すんごーく手間だな、
と言う言葉を呑み込むことになりました。
「まだです。もうひと手間、かけさせていただきますよ」
「え? これ以上なにするんだ?」
ちらっと枕元の目覚ましを見たら、既に7時を回っている。
それほど学校まで遠くないからいいとはいえ、
あんま時間かけると、慌ただしくなるんだよなぁ。
「煉獄の主、怒れる焔の帝。
貴殿が矛先、僅か我が手 我が意に委ねたまえ」
「なんか……ものすごく不穏なニオイしかしないんだけど……」
「みすと☆らばいと!」
「だから、その魔法名なんとかならんのか、って なにっ?」
一瞬炎のようなオレンジの熱が、ディバイナから発射されたと思ったら、
まな板の上の切り分けられたソーセージが、
いい具合に焼かれていたのだ。
「よしっ、うまくいきましたっ」
「すげー、ガス代浮き放題じゃねーかっ」
我ながら、感動の仕方が悲しい。
「なあ、その調子で後二本も切って焼いてしてくれないか?」
「はいっ! お安い御用ですだんなさまっ!」
満面の笑みで答えてくれたので、
切り焼かれたソーセージを皿に置いてから、
残る二本をディバイナの真下に並べて置いた。
ディバイナが、すらはんすらはん、やってる間に、
パンをトースターにねじこんだ。
ソーセージが焼けて、並べてちょっとしたら、
たぶんパンも焼けるはずだ。
「お疲れ。ほんとちょうどいい焼き加減だな」
準備が整ったので、いただきますと手を合わせてから
パンにソーセージをのっけて時短する。
「だ、だんなさま。なんて豪快な食べ方を」
「あにほほぎむみめうんあ?(なにをときめいてるんだ)」
「あぁ、もぐもぐしながら喋る。野生的ですぅ」
飲み込んでから、うっとりしているだいまおうさまに、
そうか? と首をかしげる。
「ところで、お前は食わないのか?」
「あっ、そうでしたっ。あの、だんなさま。
ソーセージ半分と、パン一掴み分いただけますか?」
「そんなんでいいのか?」
ソーセージがちょうど五分の二と、
パンが小指第一関節分ほど残ったので、そのまま提供する。
「そだ。スプーン持ってこよう」
食器棚を漁る。
ガシャガシャやってると、後ろからまた、すらはんが聞こえる。
あれ以上細切れにするのか?
「うわ、マジで細切れだな」
「こうしないとわたしの大きさだと食べられないので」
「なるほど、言われてみればたしかに。ほれ」
細切れになった、もうなんだかわからない物を掬う。
「え、だんなさま。まさか? まさか『あーん』してくれるんですかっ?
くださるんですかっ?!」
期待に綻ぶ表情と、期待に輝く水色の瞳。
だが、
「くださらない」
バ ッ サ リ!
人間、できることとできないことは、誰しもあるものだ。
ディバイナのリクエストはできないことに分類される。
ゆえにバッサリなのである。
けっしていじわるしているわけではない。
「えぇぇ~」
「不満がるなよ。人間サイズならまだしも、
この細切れの一欠けらを、狙って口元にもってくなんて、
俺じゃ無理だ」
「むぅ、しかたありません。自分で食べますか」
小指の先程度のなにかを、ちまちまと食べている大魔王。
なんかもう、完全に小動物だわこれ。
そんな様子を横目で見ながら、
俺はでかける支度にとりかかることにした。




